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146 流れに身を任せる。そんな時もある。

 PVの話が出て、一ヶ月の月日が流れた。

 その間ももちろん仕事としてダンジョンに挑み、階層を踏破してきた。

 そんな日常になるダンジョン攻略にスパイスと言えるPV撮影の仕事が加わったのはなかなか新鮮だった。

 俺個人としては、PVの話が出た段階で何かあるのではと警戒していたが、そんな俺の気持ちなど無視するかのように平穏な日常が続いた。

 海堂と飲みに行った時に近寄ってきた他のテスターもあれから音沙汰もない。

 毎日ダンジョン内で戦って平穏と口にするのはおかしいかもしれないが、時々教官たちの酒宴に拉致られるくらいでこの一ヶ月は俺にとって十分に平穏と言えると思う。

 少なくとも精神的には平穏だった。

 スエラ、メモリア、ヒミクとの同居生活も順調だ。

 順風満帆とはこのことを言うのだろう。

 思い返せば、入社してから嵐のような日々を過ごしていた。

 そんな毎日を送ってきたのなら、ここいらで小休止を取っても問題ないだろうと思う。


「一カメOK!」

「二カメ! もっと上空に位置しろ!!」

「三カメ! そこじゃないもっと右だ!! 魔法の範囲内に入るな!!」

「撮影用のモンスターの召喚陣の用意はできているな!!」

「あと五分で!」

「遅い! 二分だ!!」


 たとえ目の前が修羅場の撮影現場であってもだ。

 忙しなく悪魔やダークエルフ、ジャイアントにリザードマン、獣人と様々な魔王軍の面々が機材片手に右往左往どころか上下といった高低すら利用し、その身を魔法で浮かし縦横無尽に動き回り撮影準備をしている。

 そんな一日にこの身を置いていた。

 通常業務をやりつつも、しっかりとPVの企画を進めていた俺たちはついに撮影の日取りまでこぎつけたのだ。

 撮影監督である悪魔と時間があれば打ち合わせをして、細かく詰めたりしていた間はまるで映画俳優のような気分も味わったが、やることと言えば普段の業務となんら変わらない。

 やるのは、派手に敵を蹴散らすことだけ。

 人に見せるという意味合いを意識すれば普段となんら変わりのない作業内容に気負うことなく、俺は撮影現場の脇でコーヒーを飲みながらのんびりと撮影準備が終わるのを待ちながら防具の留め具に緩みがないか確認する。


「せせせせ、先輩、俺、変なところないっすか? 今日はしっかりと準備できたと思うっすけど!?」

「せ、拙者、胃が痛くなってきたので帰っていいでござるか? 割とマジで」

「えっと、魔法の順番が初級撃ってそのあとに大魔法の準備して」

「私がここにいて、そのあとえっとマックス次に何やればイインダッケ?」

『敵の背中に飛び乗る、だよ。それと僕の名前はマイクだよ。忘れないでね』

「……ス」


 だが、のんびりとなるようにしかならないと思っているのは俺だけのようだ。

 海堂の呼びかけに応じてフルメンバーが揃っている方を見る。

 一見するだけでパーティーメンバーの様子は手に取るようにわかる。

 コンディションを聞くのなら過去に類を見ないほど悪いと言えるだろう。

 肉体フィジカル的にではなく精神メンタル的に。

 先程から何度目になるかわからない海堂が装備チェックを求め。

 続くように南はお腹を押さえ顔を真っ青にしながら全力で出演拒否を表明する。

 その後ろでは完璧を求めさっきから何度も北宮が台本をチェックしている。

 そのさらに背景になっているかのように小さな影が飛び回っている。

 本番直前にも自分の役割を体に叩き込もうとさっきから現場の端っこで飛び回るアメリアだ。

 途中頭の上にクエスチョンマークが出てきそうなほどピタリと止まるが、それを補助する守護霊的存在のマイクが次の動作の指示を出す。

 そして一番冷静そうに見える勝はさっきから立ったり座ったりを繰り返している。

 総評。

 全員、ガッチガッチに緊張している。

 いつもなら、ダンジョンに対してもほどよく緊張し、適度にリラックスして挑める奴らが、こうも取り乱すことになるなんて思わなかった。

 少しくらいは楽しむ余裕はあると踏んでいたのだが……

 こんなので本当に撮影ができるのか疑問だ。

 事前に何度も筋書き通りにいかないからいつものように戦えばいいと言ったが、ここの独特な空気に当てられてしまっている。


「落ち着け海堂、別に格好つける必要はない。いつもより派手に戦えばいい。それでこの仕事は終いだ」

「そ、それはわかってるっすけど。なんかこう、ほら映像に残るって意識したらしたで緊張するっすよ。と言うか、なんで先輩はそんなに冷静なんっすか?」

「極論を言えばただ戦う姿を撮られるだけだからな。なにより教官たちと戦うよりもマシだからだ」

「あ、確かにそう思うとなんか俺も少し安心したような気がするっす」

「拙者にはいまいち共感しづらい内容でござるが」


 そんな場では昔の俺なら間違いなく緊張するはずなのだが、あいにくと緊張するという基準値が入社してから今までの経験のおかげで狂ってしまっている。

 おかげで並大抵のことでは緊張しなくなってしまっている。

 緊張するかしないか、その基準に命が関わっているか関わっていないかという日常ではありえない判断基準になっていることで察してもらえるだろうか。

 この撮影はソウルモンスターを召喚し倒すだけで、倒すモンスターの情報も事前に入っている。

 負ける要素はほぼないと言ってもいいだろう。

 もし仮にこの撮影が教官たちとの戦闘であれば、今頃俺もこんなのんびりとしておれず神経を研ぎ澄まし、全力で生き残る方法を模索していただろうな。

 最終的には開き直るだろうが、途中で逃げ出すことを念頭に入れた戦術を検討するのは確定だ。

 誰が好き好んで必要じゃない死地に飛び込むというのだ。


「ったく、お前ら注目!」


 だが、それはあくまで入社してから誰よりも非日常的な経験を繰り返し積んできた俺だからできる心構えであって、そこまで経験を積んでいないこいつらに求めるのもおかしい。

 ここで一つ開き直させるために一回手を叩き、パーティーメンバーの視線を集める。


「いいかお前ら、これからやるのは普段やっていることの延長線だ。いや、別に命のやり取りをするわけでもない分普段よりも楽な仕事だ。失敗してもやり直しが利く。緊張を捨てろとまでは言わんが、気楽に行け」


 口調こそ真剣に言うが、最後の最後で俺は表情を崩し苦笑をこぼす。


「なんなら、別の方向で緊張感を出すために今から撮影スタッフに頼んで終わったあとに見る用でNG集作るように頼むか? それをつまみに打ち上げするってのも悪くない」


 人間失敗するかもという思いだけで緊張することはできる。

 それは初めての挑戦であったり、場数の経験が少ないという経験不足から来る緊張であったりする。

 そういった緊張に対して真剣に激励することは悪い手ではないが、却って緊張を増すことになる時もある。

 なので、俺はあえて失敗してもいいと口にし、そのあと少しふざけることで緊張の緩和を狙った。

 と、建前を作りつつ、本心のNG集を少し見てみたいという好奇心を混ぜる。


「やめるでござる!! 拙者の黒歴史を記録し、ましてや上映会をするなんて!! 公開処刑でござるか!?」

「南ちゃんなんてまだいいほうじゃないっすか! 俺なんて、下手すれば狙ってる子にその情報が流れるんっすよ!」


 案の定一瞬だけほっとした表情を各々見せたが、そのあとの一番反応するであろう二人の食いつき具合が良かった。

 おそらくであるが、このパーティーの中で一番失敗するかもしれないと思っている二人だ。

 なのでいいリアクションを返してくると踏んでいたが、案の定であった。

 そしてこういうリアクションを返してくれれば。


「まぁ、要は失敗しなければいいだけの話よね。あいつらと違って」

「そうかナ? 私は少し心配だけど」

「あなたなら大丈夫よ、いざとなれば取り付いている背後霊がなんとかするでしょう」

『背後霊とは酷い言われようだね。せめて守護霊にならないかな?』

「あなた、アミーのこと少しでも守ったことがある?」

『知識面ならあるけど』

「守護霊なら物理的防御がなければあまり意味がないでしょう」

『うーん、今度アンデッドに攻撃できるように練習してみるかな』

「そうしなさい」

「あははは、私が知らないうちに変なことしないでネ?」


 それを見て冷静になれる面々がいる。

 緊張していた自分が馬鹿だと言わんばかりに軽くため息を吐いた北宮はとなりで少し固くなっているアメリアの肩を叩きそれをほぐす。


「どうぞ」

「お、悪いな」

「いえ、大丈夫です」


 勝もいつもの調子を戻し新しくコーヒーを入れたりと、オカンスキルが発動してきた。

 この雰囲気なら大丈夫だと思い、ようやくゆっくりと待ってるかと思い椅子に座ろうと思ったらフワサと何かが羽ばたくような音が聞こえる。


「主、昼食の弁当を持ってきたぞ」

「早くないか?」

「なに、スエラの護衛も兼ねているからな。早いのは当然だ」

「私は大丈夫だと言っているんですけど」

「スエラは妊婦なのだぞ、何かあってからでは遅いのだぞ」

「ヒミクは少し過保護ですよ」


 最近では聞きなれた羽音。

 その少し癖のある音源は想像通り黒い三対の翼を備えたヒミクであった。

 ここ一週間で見慣れた光景になりつつある両手に四段重ねの重箱を持ち、その後ろには少しゆったりとした服装になっているスエラを率いて。

 そして堕天使ヒミクが現れたからといっても誰も警戒せず、むしろ軽く挨拶を交わしている。

 その光景を生み出したヒミクの性格には俺も素直に感心したものだ。

 思い出すのはヒミクを連れ帰った日から少し経ったある日。

 当初は部屋に引きこもっていたヒミクであったが、堕天したにもかかわらず彼女は怠惰にはならなかった。

 むしろ。


『主、何か私にできることはないか?』


 しばらく休息をとっていたヒミクは数日もしないうちになにか役に立たちたいと積極的に仕事を求めてきたのだ。

 まるでワーカーホリックのOLが休日に何をすればいいのかわからなく、暇を持て余したが故仕事に没頭するようであったが気持ちはわからなくはなかった。

 だが今では同居している、俺、スエラ、メモリアは少し判断を迷った。

 周知しているとは言え堕天使に社内をうろつかせるのはあまり良くはない。

 ヒミクをうろつかせるのはある意味では猛獣を檻から出して彷徨かせるようなものだ。

 すなわち、今の彼女はただ散歩をしているだけでトラブルになりかねないのだ。

 だからと言って、頭ごなしにヒミクの意思を無下にするのもどうかと当時の俺たちは思った。


『でしたら、家事などいかがでしょう?』

『家事?』


 なんらかの役割を与えればちょうどいいという俺たちの共通認識のなかでメモリアは一つの提案をした。


『ええ、私たち三人は仕事がありますので、この部屋の管理をしてくれれば助かるのも事実です』

『そうか! なら引き受けよう!』


 おそらく、神自身も天使がこんな雑用をすることなど想定していなかっただろう。

 鶴の一声ならぬ、メモリアの提案になるほどと俺も頷いたこともあってか、ヒミクはその日から家事に取り組み始めた。

 もちろん最初は掃除や料理、洗濯といった家事全般できなかったが、ずれた部分はあるが元来の真面目さとその体のスペックの良さを生かし着々と上達し今では俺たちの誰よりも家事がうまくなっていた。

 その上達ぶりに俺はつい才能があるのではと口にしたことがあった。


『本当か! 主!』

『あ、ああ、俺はそう思うぞ』

『そうか! ならもっと頑張らないとな!』

『ほどほどにな、無理はするなよ?』

『ああ! わかっている!』


 犬の尻尾が幻視できるくらいにその時のヒミクが喜んだのは記憶に新しい。

 掃除洗濯アイロンがけ、料理に至っては完全にヒミクの独壇場どくだんじょうであった。

 ヒミクの自室には着実に本棚に料理本が増えているというか、たまに俺が外に出て買っている。

 そんなヒミクであるが、段々と格好に変化が出てきた。

 最初は動きやすいジーンズにTシャツといったラフな格好をしていたが、とあるファッション誌にあった和服を見て、割烹着を普段着とするまでに至ってしまった。


『どうだ主! 似合うか!』

『あ、ああ、似合うがどうしたんだそれ?』

『メモリアに用意してもらった! 日本ではこの格好をして掃除をするのであろう?』


 薄緑色の割烹着に身を包んだ堕天使を見た俺はリアクションをとり損ねたがそんなことは俺の似合うという言葉を聞いて喜ぶヒミクは気にしていなかった。

 そして、喜ぶヒミクをみて動きにくくないか? とか、それは一般的ではないという俺のツッコミは入れることはできなかった。

 まぁ、似合っているからいいかと納得したというのもある。

 そんなヒミクが弁当作りに手を出すのは自然なことだった。

 それぞれ職場は違えど、家は一緒。

 なら、少しでも役に立ちたいと思うヒミクは俺たちのために弁当を作り始めた。

 だが、ここで少し問題が出てきた。

 弁当を作るためには食材が必要、そして食材を買うには外に出ないといけない。

 当初は一番商店街に近いメモリアが買い出しをすることになっていた。

 ヒミクが注文した食材を買って弁当を作る。

 そのサイクルだったのだが、ここで一つ俺がミスをした。

 弁当などここ最近なかった俺はヒミクの弁当を持っていくのを忘れたのだ。

 それにヒミクが気づき、同じ建物だからという理由で外に出て届けようとしてくれたのだ。

 その心自体は善意で、悪気は決してなかったが問題はヒミクの種族だった。

 普段のノリで翼を出して浮遊するように移動していたヒミクは、PV用機材を運んでいたスタッフが機材を崩す現場に居合わせてしまった。

 あわや大惨事になる瞬間、高速で移動しヒミクはその機材を支え崩落を防いだはいいがいきなりの堕天使の登場に周囲はさらにパニックになってしまった。

 俺も現場に呼び出され、何事かと思い駆けつけてみればそこには警戒するように包囲されバツが悪そうにその場で何もせずじっと座っていたヒミクがいた。

 俺が駆けつけるまでの間、ずっと視線に晒されそれでも彼女は


『すまない主、騒ぎを起こしてしまった』


 シュンと失敗を叱られることを恐れる子供のようにじっとその場に座っていた。

 自分が下手になにかすればさらに騒ぎが大きくなると自覚していたのだ。

 そんなヒミクに俺ができることといえば、全力で誤解を解くことだった。

 彼女自身に悪意はなく、善意で助けたこと。

 たとえ、昔語りに出てくる凶悪な天使と同種であったとしても今の彼女にその意思はないと。

 ただ、俺が忘れた弁当を届けようとしてくれたということを。

 幸い、機材を運んでいた面々は顔見知りであり、ヒミクの行動が幸いして理解も納得もしてくれた。

 それがきっかけだろうと思う。

 噂というのはあっという間に広がり、気づけばヒミクの存在は改めて社内に知れ渡る。

 弁当を運ぶ堕天使と。

 その噂のおかげでパニックを起こすことはなくなり、俺たちのうちだれかの引率が必要であったが買い物に出られるようになり。

 最初は商店街、次に俺やスエラ、メモリアと言った弁当の配達ルートで関わった存在たち。

 気づけば。


「おう! 嬢ちゃん!! 俺たちの分はないのか!」

「ふむ、済まないが主たちの分しか作っていないのでな。今度なにか差し入れをしよう」

「そりゃァ楽しみだ!」


 ヒミクの天然具合も相まってすっかり溶け込んでしまった。

 この光景を見た監督官の呆れ具合は注意を受けた俺が一番知っている。


「さぁ、主食べてくれ」


 何はともあれ、ヒミクが馴染んでくれてよかった。

 さて、海堂たちに食われる前に俺も頂くかね。



 今日の一言

 憎めないやつっているよな。


今回はこれで以上になります。

面白いと思って頂ければ感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いします。

これからも本作をどうかよろしくお願いします。

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