145 季節はすぎ、過去のことは水に流すタイミングがいずれ来る
俺からしてみれば特段睨みつけたり不機嫌そうな表情を作ったりと、戦闘時にやるような威圧行為をすることなく普通に歩いて近寄ったつもりであったが。
向こうからすればドラゴンが近寄ってきたように感じたのだろうか、海堂を囲む男の一人が俺に気づいた途端に表情を引きつらせ海堂に向けて頭を下げてそそくさと蜘蛛の子を散らすように立ち去っていった。
そういえば、教官たちに最初あった時にとんでもない迫力を感じたな。
あの存在たちにとっては普段通りの対応であっても、当時の俺ではただ立っているだけなのにヤバイと平和な日本社会で鍛えられていない危険本能が警告を出していた記憶がある。
それと一緒であろうか?
「なんだったんだ今のやつらは?」
いつの間に俺の体にそんな迫力がついたのかと思うも、何食わぬ顔で海堂に近づく。
しかし、パーティーメンバーを除くほかのテスターとの仲が良好でないという自覚はあったが、最近嫌悪感というよりは恐怖の対象として見られている傾向があるような気がする。
同じ社内にいればもちろんほかのダンジョンテスターたちとすれ違ったり、挨拶する機会があるのだが、入社当時は無視されていたのが今では目を合わせないように小さく挨拶を返してくる。
俺は戦ってはいけない裏ボスか何かかと思わず突っ込みそうになったが、そんな雑談をする暇もなく相手方はそそくさと去っていってしまう。
もちろん、火澄やコンビの七瀬、そして女パーティーのリーダーである神崎といった顔見知りからは普通に対応を返してくれるが、ほかはさっきのようにそそくさと離れていく。
「あ~、そうっすねぇ」
そしてそんなメンバーに海堂が囲まれ何かされていたのなら気になるのが好奇心というものだ。
そうして返ってきたのは何か言いづらそうな海堂の表情だった。
ああまであからさまに俺を避けている奴らからの言葉だ。
俺に言いにくい話であるのであろう。
「言いづらいことなら別に言う必要はないぞ? 単純に好奇心で聞いただけだからな」
「いや別に、言いたくないっていうわけじゃないっすよ?」
「そうなのか?」
「まぁ、こんな場所で言う話でもないっすから、とりあえず飲みに行きません?」
「そうだな」
立ち話でする話でもないと判断し、俺たちはそのまま予定通り飲みに出る。
「うう、この前まで暑かったのに、夜になると寒いっすねぇ」
「そうだな、息が白くなるほど寒くはないが、半袖で出歩けなくなっているな」
そんな俺たちを包んだのは秋夜の冷えた空気であった。
暑かった日差しや生暖かい空気は気づかぬうちに去っていたようだ。
そんな季節の変わりを感じると、ダンジョンに入ったり地下施設で過ごす時間が長すぎて、外の環境の変化に気づきにくくなっている生活を送っていると自覚できる。
治外法権の社内から自動ドアを抜けた先にある平和な日本、魔力のない世界。
そんな世界が感じさせる魔力が抜けるちょっとした脱力感と肌に感じる寒さは、季節が秋に入りまもなく冬が来ることを知らせてくる。
幸い俺も海堂も着ている服装は長袖であるので気にせず歩き出したが、寒いという感想は互いに抱く。
すれ違う人も長袖に上着といった格好の人物たちが歩く道のりを俺と海堂も歩く。
なにせ会社から徒歩圏内で行ける居酒屋というのは少ない。
あっても小さな店なので俺たちのニーズに合っていない店が多い。
なので自然と俺たちの足は近場の駅に向かい、少し足を延ばすケースになる。
「いやぁ、こうやって寒い日に先輩と飲みに行くと思い出すっすねぇ」
「何をだ?」
「ほら、前の会社で年末の締め切り前に残業を無理やり切り上げて飲みに行ったじゃないっすか。そん時の話っすよ」
「ああ、あったな。たしか終わりそうな仕事に追加で仕事を渡してきた課長の顔面を殴りたくて仕方がなかった時か」
「それっすそれっす。それにしてもそんなこと考えてたんっすか?」
「ああ、よく警察沙汰にならなかったなと思う」
いまさらな話だが、海堂という男は五分以上黙るというのが得意ではない。
時と場所は選んで沈黙することはできるが、そういった必要がないときはこうやって話題を振ってくる。
主語が無く、海堂と飲みに行った回数など覚えているわけがないのでいつの話か確認を取ればまた、懐かしい話題が出てきた。
度々ストレスが限界付近にくるケースが多かった前の会社で、年末の繁忙期。
目の下に隈を作っていない人物を探すほうが難しいという時期にやってきた嫌いな上司からの無茶振り。
堪忍袋などとうの昔に破裂しきって在庫一掃した俺の自制心という名の最後の砦が出した妥協案は、仕事を明日に回し気分転換することだった。
思い出しても理不尽だといえる当時の上司の無茶振りを、今では笑い話程度で片付けられる程度には心の整理がついていることについ口元が緩む。
「あの時の先輩すっげぇ怖かったっすよ? 周りも先輩がいつ爆発するんじゃないかってビクビクしてたっす。そんな先輩が付き合えって目を据わらせながらいきなり言ってきたときは周りの奴らからすげぇ同情されたっす」
「そんなにか?」
「多分、あんまり関わり合いになりたくない方面の人でもビビるくらいにやばい雰囲気出してたっす。それに気づかなかったあのバーコードは鈍感ってレベルじゃないっすねぇ」
わざわざなんで海堂がこんな話をチョイスしたかはわからないが、昔話というのは簡単に共通認識を持てる内容になる。
なので話は広がりやすい。
そういえばという定形の決まり文句から、自然とあんなことがあった。
あの時はこうすればよかったなと話が続いていく。
最初は暗い話題であったが、話はどんどんと別方向にずれていき会社の同僚が浮気がバレた時の話が出て笑ったり、課長のお茶に雑巾の絞り汁をガチで入れた話など、一に仕事、二に仕事、三に仕事と仕事づくしだった当時では耳を傾けられない裏話がどんどん出てきて、俺と海堂は気づけば笑いながら話していた。
「そんなことがあったのか?」
「そうっすよ!」
男同士の馬鹿話。
前の会社の話題はあまり触れたくないと思っていた俺だが、ただの食わず嫌いだったようで、話してみると自分でも驚きなくらいあっさりと笑い話にできた。
余裕ができた、そう思える。
外に目を向けることができた、そんな自覚を持てた。
だから、こんな話ができるのだろうとも思う。
前の会社にいた俺ならこんな雑談に時間を潰すくらいならさっさと家に帰りたいと思っていた。
そして帰っている間も風呂に入っているときも寝る前まで次の日の仕事のことを考えていただろう。
「そしたら事務の桑田ちゃんが」
「営業の奴に向けて全力でヤクザキック決めたんだろ? 聞いたことあるな」
「そうそう、仕事のせいで彼氏とのデートドタキャンしたって周りに愚痴ってたの聞いてたのにあの話はまずいっすよねぇ。蹴られて当然っす」
そんな俺が今では、こんな会話をする暇を作れるようになっていた。
仕事とプライベートのメリハリができるようになったのだろうな。
おかげで、仕事以外の時間に目を向けられるようになった。
そんな海堂との会話中にちらりと視線の脇に電話をしながら早歩きですれ違うスーツ姿の男は見えた。
すれ違う瞬間に耳に入った会話だけで、おおかたどこぞの会社の営業だろうと当たりを付け視界に入った時に見えたその表情が昔の俺と同じではと一瞬だが思ってしまった。
視線も合うことなくすれ違ったのに俺はつい振り返りたくなりその場で少しだが足を止める。
「どうしたっすか先輩」
「いや、なんでもない」
だが思い止まる。
振り返ってどうする。
大丈夫かと声をかけるつもりかと自分がやろうとした行為に苦笑を漏らし、海堂になんでもないと伝え再び歩き出す。
人生の分岐点で俺は変わった。
ただそれでいいのだと思う。
昔話を続けながら電車に揺られ数駅、少し大きめの街についた俺たちはチェーンの居酒屋に入った。
「くあ! 地下施設の酒もいいっすけど、こっちも捨てがたいっすねぇ!」
「あの施設の酒や料理は基本原材料が異世界産だからな、こっちの食物と違いが出てもおかしくはねぇよ」
「それぞれの良さってやつっすね!」
「どっちも飲み食いできる俺たちが奇特ってだけのような気もするがな」
その店で最初はビールということで乾杯した俺たちは一気にそれを飲み干す。
教官たちに鍛えられた肝臓はまだまだ平気だと言わんばかりに次の酒を要求してくる。
間髪いれずにつぎの酒を注文する。
「ええと、肉だけでもだいぶ違うっすからね。こっちだと牛豚鳥ってのがメジャーっすけど、あっちだとワイバーンとか熊とか平気に出すっすからね。前に俺、なんかよくわからない肉を店で出されたっす」
「野菜も何かわからないものばかりだしな。まずくはないし普通にうまいが、たまに違和感で微妙な気分になる」
「わかるっす、辛そうだと思ったらしょっぱかったりするっすからね」
ポテトフライに唐揚げこっちの世界では在り来りな居酒屋メニューを懐かしく感じるほど俺たちは社内で食べられる食事に慣れ親しんでしまっているのだろう。
食べ慣れているはずなのに、何故か新鮮味を感じてしまっている。
「勝くんも料理作ってくれますけど、見た目は普通の料理でも材料が普通じゃないっすからねぇ」
「ああ、見た目は普通のチャーハンだったが食材がすべて異世界産だったときは普通に驚いた」
「うまかったっすよね」
「ああ、うまかった」
「けど、肉も卵もコメも異世界産なんっすよね」
「食って腹壊さなかったが、なんの肉か卵かわからなかったな」
「それを平気で俺たち食べられるようになったっすね」
「ああ、前に教官が食わせてくれた肉もうまかったぞ」
「なんの肉っすか?」
「ガクリウスという頭が三つあるトカゲっぽい奴の肉だ」
「それドラゴンじゃないっすか」
「分類上はドラゴンじゃないらしいぞ、それぞれの口から別の種類のブレスが吐けるらしいが」
「へぇ、そうなんっすか。そんなトカゲがうまいんっすか。今度食べてみたいっすね」
「頼めば仕留めてきてくれそうだがな」
「現地調達っすか」
「肉は新鮮な方がうまいらしいぞ」
「熟成とかしないんっすか?」
「さぁな、言えるのは普通にうまかったってだけだ」
「あの世界、強い生き物ほどうまいってことはないっすよね?」
「どうだろうな」
「否定できないっす」
「たしかに」
酒は進み、料理も進み話題は自然と近場の話題で落ち着く。
ここが居酒屋で、誰が聞いているかわからないような環境だがガヤガヤと騒がしく野郎二人に耳を傾けるような暇人はいない。
そもそも聞いたら聞いたで与太話やなにかの物語の話だろうと思うだろう。
最悪、頭がおかしい二人だと思われるだけだ。
そんな話をしているうちに酒は進む。
「そういえば、聞くのを忘れてたが会社を出る前のやつらお前になんの用だったんだ?」
「ああ~そういえば言い忘れてたっすねぇ」
程よく酔いが回り、アルコール特有のふわふわとした感覚を身に纏いながら聞いた話題に顔を真っ赤にした海堂は、えーとと少し思い出しながら話し始める。
「なんて言えばいいんっすかねぇ、いろいろ言ってたような気がするっすけど。まとめるとなんでうちらのパーティーがそんなに強いのかって話だったんすよ」
「うちらのパーティーの強さ?」
「そうっす、あそこのパーティー、魔法使いしかいないから全然攻略ができないらしくてずっと同じ階層ばかり挑んでるらしいっす。そのことを人事の人に言われたらしいっすよ」
「ああ、仕事をせっつかれたと」
「そうっすね、それで焦ってうまくいっている俺にアドバイスをもらいに来たっす」
「はぁ、それでなんて答えたんだ?」
「先輩が来るまで、そんなに時間がなかったっすから簡単なことしか言ってないっすよ。前衛を入れたりとか、職種転換したりとか……あとは俺たちは最初に教官たちと戦ってボコボコにされて鍛えられたってくらいっすかね」
「それで?」
「前衛入れるのは人がいないって感じで言われたっすね。職種転換は気が乗らないって。あとは訓練の話っすけど、最初は信じられないって、風な顔だったっすけど。俺が体験したこと少しずつ話して言ったら嘘だろとかマジかって仲間内で話し始めて、そのあたりで俺より先輩に聞いた方が参考になるって言ったっす。けど、先輩に聞くのはちょっとって言って反応が悪くなったところで」
「俺が来たと」
「そうっすね」
仕事が停滞したことを焦ってアドバイスをもらう。
それ自体おかしなことではないが、人間関係がややこしいとそれができなくなるケースは度々ある。
今回は最初に俺を馬鹿にしてたやつがどのツラ下げて俺にアドバイスを求めるのかという話なのだろう。
散々虚仮にしていた相手に弱みを見せるのは色々と感情的に許せない部分があるのだろうさ。
少し酔いがさめた感覚をごまかすために、興味なさげに酒を飲みながら相槌を打つ。
「ま、それに関しては俺から言うことはないな」
「先輩」
少し冷たい反応かもしれないが、それはそれで当然の対応だ。
助けを求められていないのに、助ける。
そんなお人好しではない。
そんな俺が取れる行動はといえば。
「それでも聞かれたら、アドバイスくらいはしてやるか」
「ツンデレっすか?」
「アホ、仕事に私情は極力挟まないようにしてるだけだ」
「その極力の範囲が先輩はブレブレっすからねぇ」
「お前は私情を挟みすぎるだろう。それよりはマシだ」
過去のことにはとらわれず、助けを求められたら手を貸すくらいはしてやろうという心変わりをしてやる程度だ。
「いいじゃないっすか!! 私情万歳!」
「メリハリつけろって言ってんだよ。じゃないとモテねぇぞ。お前の狙っている地下のサキュバスの娘にな」
「うげ、先輩何を知っているんっすか!?」
「商店街の横つながりの情報網は怖ええぞ?」
「メモリアさんっすね!? そうっすよね!?」
「さてな、武器屋の店主かもしれんし防具屋の店員から聞いた話かもしれん。少なくとも俺の聞いた、そのサキュバスの娘のお前への好意はなかなか面白かったぞ」
「うがぁ!? それ聞くと、どこから話が入ってもおかしくないっすね! それと最後のは聞きたくないような聞きたいような!? いやここは知れるいい機会なのか? だけど普通に聞くのは勇気がいるっすね……好意的なのか否定的なのかどっちなんっすか!?」
「どうなんだろうな?」
「焦らしプレイっすか!?」
そんな心境を誤魔化すように話題を変え、ニヤニヤと笑う海堂に向けてニヤリと笑いながら終電ギリギリまで飲み続けるのであった。
今日の一言
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今回は以上となります。
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