143 立案の段階でうまく事を進めるのが、後で楽をするコツである
社内メールで職種案内のPVを作るという話が来て幾日か、内容の確認をその発信者である監督官と取り、ついでに打ち合わせをした俺たちは新たに仕事を任された。
その仕事は企画書作成。
いわばPVの内容を決めろという仕事だった。
件の職業紹介PVの構想作成を俺たちテスターに任されたのは、まぁ順当な話といえば順当な話だといえる。
なにせ、現場の人間がどんな人材を求めているかを把握する必要があるからだ。
そこに俺たちの意見を入れられるのなら入れたほうがいいに決まっている。
下手に何も知らない上だけの判断で作ると上下で意見が食い違い、見当違いの代物が出来上がる。
それで損をするのは上で、苦労するのは下だ。
そうなれば上下の間に亀裂が生まれ、不仲な雰囲気も流れ仕事場の空気も悪くなる。
Winwinの関係どころか完全なLoseLoseの関係だ。
だが、逆にきっちりと仕事を成せば上も得するし下も利益を得られる。
それこそWin-Winの関係と言える。
そんな分岐路を決める内容に加われるのならやったほうがいいと、俺と海堂は判断した。
これは結婚や出産や嫁さんが増えただのゴタゴタが舞い込み続けている俺でも、ここで手は抜けないと思う。
むしろいつもより気合多めで行く。
なにせ会社を回すあたりで一、二を争うほど重要になるポイントが有用な人材をどれだけ確保しているかだからだ。
たとえいい資材、機材を入れてもそれを使う人材が最悪であったら、宝の持ち腐れどころの話ではない。
それは俺たちの後輩、もしくは部下になる輩も同じ。
夢見がちなのは結構だが、盲目な輩が来たら育てる方も大変だ。
下手に正義感のあふれる現実の見えていない理想者がきたら目も当てられないからな、しっかりとPVの段階でふるいにかけねば。
「それで俺たちが担当するのは戦士と言うか、前衛全般なんだよな……絵が足りねぇ。海堂、お前盾を使えるか?」
「先輩俺二刀流っすよ? 使ったことないっす」
「だよなぁ、俺も大刀だから使えねぇし」
「先輩だったら片手で振り回しそうっすけど、無理なんっすか?」
「無理じゃねぇが、両手で振り回すのに慣れてしまったっていうのが大きいな。盾を使えれば確かに戦いの幅は広がるが、一時とは言えそれで今のスタイルを崩すのはな」
そんなPVの制作であったが、素人である俺たちがやろうとすれば段取りの段階から問題がボロボロと出てくる。
動画作成に対して素人であるということもあるが、戦闘PVを作るための職種ノウハウの幅が足りなかった。
前衛の役割は大まかに言えば敵と正面から戦うこと。
相手を倒すことも然ることながら、後衛を守るために相手の進行を防ぐのも役割として存在する。
俺と海堂、そして北宮の元パーティーメンバーである火澄は悲しいことに防御よりも攻撃に比重を置いた前衛だ。
なので、守る側の立ち回りが不足してしまっている。
できなくはないが、俺は盾ではなく鉱樹、武器で防ぐタイプ。
海堂と火澄は魔法剣士というポジションなので、防ぐというよりは気を惹きつけ回避するという囮のスタイルがメインだ。
どちらもスタイルとしてはメジャーであるが、盾役としては邪道であろう。
「最初PVって聞いたときは戦ってる姿を撮って終わりって思ったっすけど意外とやることが多いんすね」
「俺たちが素人ってのもあるがな、ここまで細かくしないといけないのは予想以上だ。頼みの綱である経験がありそうな南も聞いたらないって言っていたしな」
「当てが外れたっすねぇ。聞いたら真顔でジャンルが違うでござる!! って思いっきりバッテンマークを両手で作ってたっすね」
この話が来て真っ先に思いついた頼りになりそうで、こういう関係には強そうな南も動画編集といったジャンルはやったことがないと言ってきた。
それなら仕方ないと、別の手を考えスエラに業者に頼めないかと聞いたが。
「加えてやる内容が内容で、頼める外注業者が存在しないときたか」
「資材は買えるけど、まさか人手の問題が出てくるとは思わなかったっすねぇ」
今のご時世、PVの一つや二つ金に糸目をつけなければいくらでも作ってくれる会社は存在するだろう。
ただしそれが普通の会社であればだ。
生憎とこの会社、表面上は普通でも中身は完璧に異常なのだ。
さらにこの会社の事業自体が対外的に秘密な部分が多く、動画などを作る業者を社内に入れるにはリスクが高いとの理由で外注ができない。
頼みの綱の魔法による暗示や記憶操作もそこまで万能ではなかったらしい。
正確にはできるらしいが、本当に記憶を操作するクラスになると、暗示レベルではなく洗脳レベルになってしまうらしい。
それで話がお流れになっていれば、俺たちがダンジョン攻略と並行してPV制作の企画書を作る羽目にはなっていない。
根性があるのか、無理そうだから止めるというネガティブな発想はこの会社にはないらしく。
ネット上や本などで必要機材を揃えるやいなや。
現在魔王軍では機械操作に早く順応したメンバーを中心に撮影部隊が編成されているらしい。
悪魔や、ゴブリン、リザードマン、獣人、ダークエルフ、etc.
様々な種族がパソコンに向かい合ったり、カメラの説明書を読んでいる光景はなかなか面白かった。
個人的にはハーピーが足にカメラを装着して練習がてら空中撮影している画像は好きだったな。
さて話が逸れたな。
「グダグダ言っても仕方ねぇ。この企画書に未来の俺たちの仕事量がかかっているのなら俺たちは真剣に取り組むだけだ」
「うっす、期日もそんなに短くないっすから確実に行くっす」
「ああ」
やれと言われたのなら、ベストを尽くすのが俺たちの役割だ。
というのは建前であるのは俺も海堂も承知の上だ。
本音は、他の職種の奴らに勝ちたい。
この完成したPVは社長も見るらしく、一番出来がいいものには臨時報酬を出すと通達が来ている。
その額は明確に記載されていないものの、やる気に火をつける程度の額は約束されているとのこと。
結婚し子供が生まれる未来が見えている俺にとっては少しでも稼げるのなら稼いでおきたい。
そんな気持ちもあってか、いつもよりモチベーションを高めにしてこの仕事に取り掛かっている。
だが何分やったことのない仕事であるためうまくは進まない。
それは仕方ないので割り切っている部分はあるが、それでも多少ストレスは自然と溜まっていってしまう。
なのでうまくいかない時は気分転換を兼ねてもう一つの仕事であるダンジョンテストに挑むのが最近のサイクルになっている。
PV作成に詰まる。
ダンジョンテスト、暴れる、ストレス発散という流れだ。
「話を戻すぞ、出演者は俺と海堂はもちろんだが、可能なら他のメンバーにも出てほしいところだな」
「前衛と後衛の役割の比較っすよね? 前衛の活躍を映すなら俺たちだけでいいっすけど、それだと意味ないっすからね」
「ああ、前衛だけの映像だと戦うことがメインのPVになっちまうからな。他のパーティーメンバーがいれば前で戦う以外の役割も説明がしやすくなる」
「俺の活躍も目立つっすもんね!!」
「そうだな、比較対象がいればその分だけ俺たちも目立つ。だが俺たちの作るPVは前衛を紹介する内容だが、戦うことだけが役割じゃない。その点もしっかり伝える内容にするぞ」
「了解っす! 聞いてた話と仕事の内容が食い違うのは結構ショックっすからね」
実は今朝もこのPVに関する仕事をしていたのだが、進むにつれて話が堂々巡りになり始めた。
そうなると頭を切り替える必要が出てくる。
そこでタイミングを見計らい、一旦切り上げ、ついさっきまでダンジョン内で暴れていたのだ。
こっちの仕事はもはや慣れたもの、手頃な階層で暴れまわって改善点を見つけ手早く報告書を書き上げる。
おまけに動き回ってほどよく頭もすっきりしたところで仕事の再開ができるというわけだ。
「最初でモチベーションが下がったらなかなか上がらないからな。やることは明確に、仕事内容での詐欺は無しの方向だ」
「やっぱり前衛が危ないってことも伝えるしかないっすよねぇ」
「当然だな、むしろ思ったより安全だと思われる方が前衛をやるにあたって危険だからな。そのデメリットを黙って話を進める方が危険だ」
「そうなると人が集まらなくなりそうっすねぇ」
「……そこがネックなんだよな。いくら派手なアクションシーンを実演で体現できるとは言え、それで危険だと思われて尻込みされたら元も子もないし。先入観で前衛は自分には無理だと思われたらそれでもまずい。ほどほどのPVに収めたら収めたで迫力はなくなるうえに魅力が減る。面倒な調整だよなぁ」
「やっぱりそこっすねぇ。何か前衛になれば得するところがあるって部分があれば多少危険でもやろうって気になるんすけどねぇ」
「メリットか」
「そうっす」
「……体が無駄に頑丈になる」
「それ、絶対最初の研修のせいっすよね」
「ああ、おかげで三途の川の婆さんと仲良くなれかけたからな」
「俺もっす」
「「……」」
「これってメリットっすか?」
「メリットに聞こえそうなデメリットだな」
「「……」」
「冗談はさて置き、メリットかぁ」
「そうっすねぇ」
虚しいというか、厳しい現実を思い出しそうになり一瞬沈黙し遠い目をするも挫けず話を進める。
PVの内容自体は割と初期段階で決まっている。
前衛としての本分を見せる。
これは問題ではない。
俺たちが悩んでいるのはその本分をどの程度まで見せるかというさじ加減の話になっている。
モンスターと戦ってみせ、その役割を実戦形式で見せる。
それはいいし、やれというなら実演できる。
付属する事務の内容などは口頭で説明できるし、そこは省くから深く掘り下げる必要はない。
剣やら刀やら槍やら槌やらと武装や職種は変われど、どこも撮る内容自体は大差ないだろう。
だが、そこから一歩踏み込んだ先で俺たちの歩みは止まってしまっている。
問題となっている現実をどこまで見せればいいのだろうかという点が、門番のように立ちふさがり俺たちの仕事の進行を妨げているのだ。
こういった経験は割とあるのだが、何分今回の仕事は組織単位で未経験な領域だから他人に聞いて解決という手段が使えない。
全部独学で対処しないといけないとなると歩みは自然と遅くなってしまうのは仕方ない。
「前衛といえばRPGとかでの花形だが、現実でやるとなると結構厳しいからな」
「でも逆にその印象で飛び込んでくれる人もいるんじゃないっすか?」
「お前みたいにか?」
憧れという形で仕事をしてくれる人種は結構いる。
そんな奴らの見本となるべき映像もやろうと思えば撮れる。
今の俺なら下級の竜とならガチで殺り合うことができるし、それを映像化することもできるだろう。
入社したての頃なら尻尾を巻いて逃げることすらできない相手ではあったが、今なら鼻歌交じりで戦える。
だがその映像を真に受けてもらっても困るのも現実だ。
最初からそれができると勘違いする輩も出てくるかもしれない。
言ってはなんだが、最初から今の俺レベルのことができるとは思えない。
せいぜいが真剣を軽く振り回せる程度の話で、初心者なら忌避感で切ることをためらいゴブリン程度でも苦戦するだろう。
これが魔法使いとかなら忌避感も少なくあっさりと倒せるのだろうが、前衛はその忌避感が一番顕著な職業であるためそこは切っても切り離すことはできないだろう。
そしてなにより、前衛は基本的に危険が伴うし、その危機感というのを忘れてはいけない。
そんな感覚に対しても忌避感というのは自然と生まれてしまう。
その結果が今のダンジョンテスターの職種割合に反映してしまっているから他人事にも笑い話にもできない。
ゲームだったり、最初から反則能力があるならともかく、普通に成長していく過程をたどらないといけないという環境では危機意識という壁は日本人なら割と高い。
楽しそうだ。格好良さそうだという理想だけで勤め続けるのは苦しいと思うのがこの仕事での前衛を担う者の現実だ。
いくらサポートすると言っても限度は絶対に出てくる。
まぁ、目の前にカッコイイからという理由で魔法剣士を選び続けている奴もいるが、それはそれで例外だろう。
想像する理想と現実が食い違うことはよくあることだが、そこでつまずいたやつは大概辞めてしまう。
それはそれで諦めている部分もあるのだが、それでもやはりそれに費やす労力は必要最低限にしたい。
なので俺たちはこうやって頭を悩ませ、PVの内容を考えるのだが、一向に良い案は浮かばない。
「ああ、魔法使いとかなら魔法が使えますとか言えるのに」
「俺も使えるっすけど、本職ほどじゃないっすからねぇ。先輩のスキルって叫ぶか遠くから切れるってだけじゃないっすか。いっちゃなんですけど、地味っすよね」
「うるせぇ、相手を倒すのに派手さはいらねぇんだよ」
前衛の魅力はパッと思いつく限りは目立ったりかっこよかったりといった面が大きい。
誰かを守り、活躍する勇者的なポジションに一番近いとも言えるが、仕事的に一番労力がいるのも前衛と言える。
それを踏まえてPVを作るとなると余計に内容が面倒になってくる。
「はぁ、いっそのこと派手な演出のアクション映画みたいなやつでいいじゃないっすかぁ。現実は入ってから教えればいいとして」
「それアットホームな職場でみんな仲良く仕事をしていますって謳い文句の前の会社と一緒だぞ」
「う、それは嫌っすね。だけど現実を見せても理想を見せてもダメって、だったらどうすればいいんっすか」
「それが思いつけば苦労はしない」
「そうっすよねぇ」
企画書の内容が一向に進まない。
期日に余裕があったとしてもこの流れは非常にまずい。
「仕事の魅力を伝えるのって大変なんっすねぇ」
「ああ、よくあるCMとかでいいところしか見せない映像の理由がよくわかる」
「もしかしたらある程度は辞める人のことも前提にしているんっすかねぇ」
「かもなぁ」
いくら考えても、悪い部分を知らせるという前提条件が俺たちの作業の足を止める。
それさえなければ好き勝手にできるのだが、それだと現実味がなくなってしまう。
ここが素人の限界かと諦めかけた時パーティールームのチャイムが鳴る。
今日は平日、学生組である南、勝、北宮、アメリアは学校に行っていて来る予定はないはず。
第一、鍵を持っているあいつらがチャイムを鳴らす意味がない。
だったら誰が来たのかと玄関に近い海堂が椅子から立ち上がり、応対に出て数秒。
海堂はすぐに戻ってきた。
「スエラ、どうしたんだ?」
「少し様子を見に来ました。進捗の状況はいかがです?」
「問題ないと言いたいところだが、現実はさっぱりだ」
客はどうやらスエラだったらしく、あっさり部屋に招き入れた海堂は元の席に戻り俺たちを眺めるポジションに戻る。
訪ねてきたスエラは慣れない仕事をしている俺の様子を見に来たようだが、どんな理由であれ彼女が来てくれたのなら嬉しい。
ソファーに移動し、スエラを座らせたらコーヒーを入れる。
「どこら辺が問題で?」
「前衛のポジションが抱える危険性の点でな」
「そこですか。ある程度濁す形になるのは仕方ないので、その分派手にするのはいかがですか?」
「やっぱり多少の誤魔化しはいるか……そうするしかないのかねぇ」
「次郎さんの気持ちはわかります。けれど全て理想通りにはいきませんからね。妥協は必要です」
「……こればっかりは腕っ節でどうにかなる問題ではないか」
「ドラゴンを倒せる力を身につけても、こういった面になると役には立ちませんからね」
クスクスと笑うスエラに釣られ、俺の口元もつい笑ってしまう。
そうやって、PVの相談をスエラにし微調整を進める。
「これっすよぉ!!!」
そんな光景を見ていると普段ならイチャイチャするならよそでやれと、嫉妬の色を見せながら正論を言う海堂がいきなり叫んだ。
「何がこれなんだ?」
いつもなら悪い悪いと真面目な空気になるのだが、今回の叫びは何か種類が違うような気がしてつい聞き返してしまった。
「ふふふふふ、俺は秘策を思いついてしまったっす」
「秘策?」
「そうっす!! 前衛にしかない! いや今の俺たちにしかないメリットっす!! このメリットがあれば派手なアクションPVを見せたあとで現実を説明しても間違いなく前衛希望者が続出っす!!」
怪しげな笑みを浮かべる割には自信満々な海堂の態度。
こんな海堂は前の会社でも見たことがない。
そんな態度の海堂を見てスエラも感心したように頷く。
「前衛のメリット、それは」
「「それは?」」
もったいぶる海堂の態度もこの問題が解決するならと大目に見て、スエラとハモりながら聞き返す。
「モテることっす!!」
そして出てきた海堂の言葉に俺は一瞬聴き間違えたかと思ったが、確認するかのようにスエラと顔を見合わせたことからおそらく聞き間違いではない。
いったい何を言い始めるんだと思いながら最後まで聞こうと、俺とスエラは説明を始める海堂の声に耳を傾けるのであった。
今日の一言
迅速な行動は必要であるが、計画は慎重にする必要がある。
今回は以上となります。
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これからも連載を頑張っていきますのでどうか本作をよろしくお願いします。