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142 年末に近づけば近づくほど何かが起きる、それは異世界でも変わらないらしい

新章突入です。

 何気ない日常、昼休憩を終えた俺は海堂とともにパーティールームで仕事に勤しんでいた。


「先輩、また増えたんすか? 奥さん」

「正確には少し違うが、そうだな」


 報告書を作っている最中、海堂の突然の切り出した話に俺は苦笑を以って答える。

 我ながら幸せな悩みであるが、日本の常識からするとおかしな話であるのも事実なのでこういった対応になってしまう。


「羨ましいっす、どうやったらそんなに増えるんっすか?」

「死にかけたり、殴り飛ばしたり、死にかけたり、厄介ごとに首を突っ込めばお前でもできるんじゃねぇか?」

「今死にかけたりって二回言わなかったすか?」

「大事なことなんでな、それで俺の経験談は役にたったか?」

「なんか、ごめんなさいっす」

「気にしてねぇよ」


 最近ゴタゴタしてたからこうやってダンジョンの報告書を作っている時間が心安らげる時間になるとは思ってなかった。

 カタカタと海堂と会話をしている間も目はパソコンの画面からずれず、指は忙しなくタイピングを続ける。

 罠の再配置、モンスターの戦力の偏りの見直し、新規モンスターの提案、迷宮区における通路の新設案。

 ダンジョンの修正とは入るたびに手直しする箇所が見えてくる。

 おかげで忙しなく指は動くが、昔と違って精神的には割と雑談しながら仕事ができる程度には余裕があったりする。


「噂を聞いたときはマジっすかって思ったスけど、どうやって知り合ったんすか? 噂の堕天使さんとは」

「出会い頭に鉄球が飛んできたな」


 端的に俺とヒミクとの出会いの最初を話してやればカタカタとタイピングしてた海堂の指が止まり俺の方を見てきた。

 俺は次の予定が詰まっているので止まることなく報告書を進める。


「なんすかそれ、ピンク色通り越してバイオレンス色に染まってるスけど」

「事実だ」

「異世界の恋愛って怖ええっすねぇ」

「まったくだ」

「それでも受け入れたと?」

「……スエラたちにな」

「ああ」


 数日前、俺が連れて帰ってきた堕天使、ヒミク。

 この扱いに関して、俺は正直どうしたものかと悩んでいた。

 正直いきなり戦闘になって、放っておく訳にはいかないという理由があって、流れに飲み込まれて連れ帰ってきたが、俺自身彼女に対して特別な感情はなかった。

 なかったのだが、それは俺の一方的な考えであった。

 遡ること数日前。


『次郎さん』

『どうしたスエラ?』

『ヒミクさんのことですが』

『ヒミクのこと?』


 メモリアがヒミクを餌付けしている光景を眺めながらソファーに座りスエラと会話をしているときのことだった。


『どうやらヒミクさんは次郎さんのことが好きなようですね』

『は?』


 少し冗談交じりだが、スエラは真剣になんの前振りもなくそんな話を俺に振ってきた。

 ただ、内容を理解するのに頭の容量を使い切ってしまい返事は粗末なものになってしまった。

 目が点になるとはこのことか、目を見開きじっとスエラの顔を覗き込んでしまった。


『冗談じゃありませんよ? メモリアも気づいてます』

『……ありえん』


 ヒミクが俺に向けて好意を向ける。

 そんな過程があったか?

 スエラから間接的とは言え、俺への好意を伝えられている当人ヒミクといえば。


『旨い!』

『餡子が頬についていますよ』

『おっと』


 どら焼きに夢中だった。

 少なくともこの光景を見て俺の思うことといえば。


『冗談だろ?』

『そう見えちゃいますか?』

『ああ、それと心当たりがなさすぎる』


 他人の好意に対して敏感とまでは言わないが、鈍感でもないと思う。

 そんな俺の感性から見てもヒミクが俺に向けて好意を持っているとはとても思えない。

 当人からもそんな雰囲気を感じているわけでもない。

 さすがに、こればかりはスエラたちの勘違いだと思ったのだが。


『ふふ、次郎さんはあなたの後ろをついてきたヒミクさんの顔を見ていませんからね』

『ヒミクの顔?』

『捨てられることを不安に思っている子猫といったところでしょうか?』

『そんな顔をしていたのか?』

『ええ、てっきりヒミクさんを連れてきてそんな顔をしているから次郎さんの方から説明があるかと思ったのですけど、いえ、説明はありましたね。私たちが考えていた説明とは別の方向で』


 俺の中のイメージから離れているヒミクの話をされてもいまいちピンと来ない。

 さすがに背後には目がないし、気配で探るにしてもそれは基本的に悪感情、殺気とか敵意といったジャンル以外を感じ取るのは意外と難しい。

 それに、ヒミクと出会ってから今まで自分でも彼女に対して雑な対応であったと自覚がある。

 そんな俺に対して惚れる要素があるのかと疑問に思いつつも、俺の中で否定しているそんな感情をスエラたちは目撃していると言う。

 これを気のせいだと切り捨てるのは簡単だが、それはそれで問題がある。

 なら、どうするかと考えるが妙案は思いつかない。

 直接聞くのは自意識過剰ともとれる行動だ。

 これでないだろうが、スエラたちの勘違いだったら目も当てられない。


『そこまで深く考える必要はありませんよ』

『スエラ?』


 そんな俺にスエラは助け舟を出してくれる。


『ヒミクさん』

『なんだ? 奥方』

『スエラでいいですよ』


 一旦俺との会話を止めて、スエラはヒミクを手招きで呼ぶ。

 食べかけのどら焼きを手にしていたヒミクは一旦それを取り皿に置きこちらに歩いてくる。

 スエラはその際、何やらメモリアにも視線を向けていたようだが、メモリアはコクリと一回頷いたあとは湯呑のお茶をすするだけで何もアクションを起こさない。

 そしてスエラはその仕草で満足したのかニッコリと笑うだけだった。

 嫁同士で仲がいいのは結構だが、何やら包囲網が築かれているような気がしてならないのだが……

 そんな俺の内心など関係なく、スエラはヒミクにあることを告げる。


『ヒミクさん、次郎さんのお嫁さんになりませんか?』

『!?』

『スエラ!?』


 どうやらスエラの助け舟にはウォータージェットがついていたようで、最初からスロットル全開でド直球に話を切り込んでいった。

 さすがにそれはと思ってスエラの方を見るが、彼女はニコニコと笑うだけでじっとヒミクを見ていた。

 そして、その言われた当人はといえば。


『あう、えと、その』


 言われたことが直球過ぎて、オーバーヒートを引き起こしかけている。

 だが、その表情に嫌悪感といったマイナスの感情は見受けられない。

 むしろ、顔を真っ赤にして両手の人差し指をあわせてチラチラと俺の方を窺っている顔はさっきまで見えてなかった好意の色が見える。

 そして視線が合うと慌てて目をそらすが、再び俺の方を見てくる。

 ああ、こんな仕草をされてしまっては確かにスエラの話を信じるしかない。

 さっきのスエラとメモリアのアイコンタクトも、多分この話に対する最終確認だったのだろう。


『あ、主、その』

『とりあえず、落ち着いて話そうか?』


 そんな、気づけば段取りを終えていた状況で俺ができるのは、スエラやメモリアと同じでゆっくりと話を聞くことだった。

 目をしっかりと合わせ、ゆっくりでいいから話してみろ、と言うと。

 ヒミクはポツリポツリと話してくれる。

 天使は魂を感じることができ、その感じた俺の魂が好みで一目惚れしたというのと、出会ってから見せる俺の不器用な優しさに惹かれたと聞いているこっちが恥ずかしくなるほど当人を前にして俺の魂をベタ褒めするヒミクは最後に。


『お、奥方であるスエラとメモリアがいるのはわかっているが、どうか私をそばに置いてくれないか。置いてくれるだけで、私は満足だから』


 最初の威勢の良さはどこに消えたのか、少し怯えながら俺にそう言ってきた。

 女にそれも美人と言えるヒミクにそこまで言われて嫌だと言える奴は、ホモかロリコンかあるいは鬼畜の部類の人間だろう。

 そのどれでもない俺がとる行動は。


『ったく、そんなに怯えんな。なんか、俺が悪いことしてるみたいじゃねぇか』

『あ』


 素直にその好意を受け取るしかなかった。

 自分でも現金だと思いつつも、その気持ちが嬉しいと思ってしまっているのも事実。

 その気持ちを表すように、ポンと自分でも意識して優しくヒミクの頭を撫でてやる。

 内心ではいきなりのことで心の整理がつかず、まだ完璧に受け入れることはできなかったが、幸い時間には多少余裕はあると思う。


『すぐにどうこうっていうのはできないが、少なくとも俺はお前が嫌いじゃない。だからな、まずは互いに知っていこうな』

『う、うむ! そうだな、まずは私のことを知ってもらうところからだな!!』


 いきなり段階飛ばして結婚はさすがに早いからその場は婚約という形で収まった。

 ただその時に一番印象に残ったのは、頭を撫でられた時に幸せそうに笑うヒミクの顔は凛々しいとかかっこいいという言葉ではなく、素直に可愛いと思えたとだけ言っておく。


「先輩、仕方ないなぁって言ってるっすけど、顔が笑ってるっすよ」

「自覚はある」

「ったく先輩じゃなければ、爆発しろって叫んでいるとこっすよ」


 当時のことを思い出しているうちについ頬が緩んでしまったのか、少しニヤニヤした海堂の言葉に俺は表情を引き締めながら仕事に戻る。


「そういえばその堕天使さんは今何やってるっすか? 先輩と一緒じゃないってことは別のところにいるってことっすよね?」

「畳を堪能している」

「は?」

「お前の反応、俺もわからなくはないな」


 仕事に戻り、集中し始めても海堂は話し続けようとするくらい、この話題に興味津々のようだ。

 ステータスが上がったおかげで、仕事をしながら並行して雑談くらいは余裕でできるから問題はないからいいが、肝心の海堂の指が止まっているのは指摘しないでおこう。

 あとで苦労しても当人の自己責任だと思いつつ、その海堂の興味を引き出したヒミクは畳、というか和室を堪能している。

 こっちに帰ってきた次の日、問題となったのはヒミクとの関係の話だけではない。

 彼女の住居の話にもなった。

 さすがに男の俺の部屋はまずいと思い、最初はスエラの部屋かメモリアの店に世話してもらおうと考えていたが。

 スエラは自室に機密書類が何点かあるため無理で、メモリアの店は人目につきすぎて堕天したとは言え天使を店に置くのは何かとトラブルを引き起こす可能性があるとのことで保留となった。

 そうなると発想の転換で、いっそ四人で住める部屋に引っ越そうという話がトントン拍子で決まり、スエラたちの世界の常識での世帯用の部屋を見せてもらった。

 6LDK

 昔の俺なら部屋探しの候補にすら入らない広さ。

 その階の三分の一の面積を誇る部屋を見て、向こうではこれくらいが当たり前なのかと思ってしまったがこれでも狭いほうだとスエラに言われると苦笑を返すしかなかった。

 そんな部屋の家賃は会社からの補助金も出てこの広さなら破格の値段といってよかった。

 収入的にも問題はなく、雰囲気も悪くない。

 高い階層にあることから眺めも悪くないとのことで、スエラとメモリアの反応も上々。

 ここに決まるかというタイミングで、ヒミクがいないことに気づく。

 慌てて探そうと思ったが、メモリアが少し苦笑気味で数ある部屋の一室に俺を案内した。

 指先を唇に当て静かにと言う仕草を見せたあとふすまを開くと、そこには翼を広げ腕を枕にしうつ伏せで丸くなりながら畳に横になるヒミクがいた。

 メモリアいわく、見学中にこの部屋を見つけ最初は恐る恐る畳を触っていたようだが次第に畳の感触、匂い、雰囲気といった魅力に惚れ込んだらしい。

 そしてゆっくりと横になったが最後、段々と眠気に誘われこうなってしまったらしい。

 なんというか、どら焼きといい畳といい和風なものが好きな堕天使だな。

 今度着物でも着せれば喜ぶかと思いつつも、まだ契約手続きもしていない部屋にこのままにしておくわけにもいかず、幸せそうに寝ているヒミクの頭に軽くチョップを入れて起こすのであった。

 その時のヒミクのセリフが、『寝てない寝てないぞ!?』と授業中に居眠りをしていた学生が言いそうなことを言っていたのでつい笑ってしまった。


「へぇ、そんなことがあったんすか」

「ああ、おかげでその日のうちに部屋の契約をする羽目になったがな。スエラがいて本当に助かったよ」


 畳好きになったヒミクの話をしているうちに報告書が仕上がる。

 最後に誤字脱字がないか確認し、メールを起動する。


「あ?」

「どうしたっすか?」

「いや、人事部から連絡があってな」

「連絡っすか?」


 手早く報告書を添付し送ろうかと思ったが、受信ボックスに一通の未読メッセージがあることに気づきそれを開いてみる。


「来期新人ダンジョンテスター職業選択参考用PV作成のお知らせ?」

「PVってプロモーションビデオのPVっすか?」

「ああ、そのPVだ」


 どうやら、現状のダンジョンテスターの職業の偏り具合のせいでダンジョンテストが当初予定していたよりも進行度が遅いらしい。

 なので、その偏りを来季の新人で補う一環としてPVを作るらしい。

 ちなみに。


「拒否権は、無しか」

「仕方ないっすよ。前衛って俺たち含めて三人しかいないっすから」

「将来への投資だと思っておくのが吉か」

「そうっすねぇ」


 メールの末尾には、日程と共に拒否権はないことが監督官の名前で記されていたのであった。

 これはなにかの前兆かと海堂に冗談で言ってみたら、笑えねぇっすと返ってきたあたり二人揃ってこの会社に染まっているということだろう。


 今日の一言

 年末に近づくと色々と忙しくなることが多い。


今回は以上となります。

面白いと感じていただけたのなら、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いします。

これからも本作をよろしくお願いします。

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