139 思いもよらぬ手助けが入るときもある。
ズシンと既に何度も聞きなれた何かが崩れ落ちるような音。
その次に聞こえてくるのは遠巻きに様子を見ていた兵士たちのざわめき声だ。
口元の咥えたタバコの煙がゆらゆらと揺れながら昇るのを見ながら脇目で周囲を見れば、まるで爆弾を遠目から眺める警察官のようであった。
対処できる人員がおらず、ただ市民に被害が及ばないように気を配る姿は職務に忠実だと言えるだろう。
さっきまで本当に爆弾のような存在を相手取っていた身としては些か心境は複雑であるが、彼らの対応は割と納得はできる。
できるのだが。
「おい」
「ひぃ!? 殺さないで!?」
何故か話しかけただけなのに過剰反応される。
今も視線を向けてただ話しかけただけなのだが、いや、若干、本当に少しだけ戦闘後の気だるさも相まって目が垂れ気味になっているが、決して殺気とか飛ばしてないぞ。
「主、目つきが悪いぞ?」
「残念だが、それは生まれつきだ。諦めろ」
「別に悪く言っているつもりはないのだがな。なかなか、迫力があって私は好きだな。戦う者の目だ」
「そう言うのはお前が初めてだよ」
おそらくだが、今椅子替わりにしているゴーレムを倒したからその戦闘能力を恐れているのだろう。
事実、探索者ギルドで絡まれた時もこんな感じに気怠げな顔をしていたが、普通に絡まれた。
だから、目は関係ない多分。
ヒミクに指摘されつつも、意外と彼女的には好印象な解答に思わずそっけなく返してしまったのは仕方がない。
「そういえば、護り石も必要だったが、これはもらっていいのか?」
照れ隠しではないが、本来の俺の目的は結婚用の素材を手に入れに来たのだ。
こうやってトラブルに巻き込まれ戦い、堕天使を引き連れてかなり寄り道というか脇道に逸れてはいるが、本来の目的は別にある。
布地や宝石は今の状況ではさすがに無理だと諦めかけていたが、護り石という家内安全を祈願する石は手に入るのではと気づく。
「ゴーレムの魔石の意味は鉄則だったか?」
「なんの話だ?」
「少なくとも食い物の話でないのは確かだ」
「私はそこまで食べることに固執しているわけではない」
「甘いものは?」
「別腹だ」
「そのセリフで十分だ」
「むぅ」
鉄則とは不変の法を意味する言葉で、厳しくて堅苦しい印象を受けるが、逆を返せばそれだけ家族を守るという意思を見せる形にもなる。
悪くはない、というか俺的には有りなのではと思う。
それを使うかどうかは、スエラたちとの相談になるかもしれないが候補として持ち帰るのは悪くはないのではないか。
どうせしばらく誰かが来るまでこの場で待機する必要があるのだ。
時間つぶしに魔石を拝むのは悪くはないだろう。
ついてくるヒミクと雑談を交わしながらさっきまで感じていた魔力の根源がありそうな場所、左胸付近の装甲に手をかける。
「たしかにぶった切った手応えがあったから無事かどうかわからないが、見るだけならタダだしな」
自分で切った跡が残る切れ込みに指を滑り込ませ、グッと力を込める。
筋肉が盛り上がり、魔力で強化された肉体はゆっくりではあるが着実に装甲を曲げてその中身を外気に晒した。
「意外とハイテクなんだな、ゴーレムって」
そんな徐々に公開されるゴーレムの中身への俺の心情は好奇心が半分で、もう半分は実は不安だったりする。
一度あることは二度あるというわけではないが、この世界では何が起きてもおかしくはない。
ヒミクと出会ったパターンからしてもしかしたら有人ゴーレムかもしれないと少し警戒しながら装甲を取り払ったが、中身は俺が想像していたものとはかけ離れていてその光景を見て安堵し、警戒しすぎた自分に向けて苦笑を漏らす。
電子回路のような構造が俺の剣戟で断ち切られ無残な姿を晒していたが、それ以外は機械的でファンタジー要素を感じさせない代物であった。
そのただ一つ、その中央に収まる赤い魔石だけがファンタジーの彩りを放っていた。
「結構でかいな」
この巨体を動かす動力を考えれば当然のサイズであるが、さすがに直径一メートル近くになるとデカイという言葉しか出てこなくなる。
真っ二つに切られてもなお感じる強大な魔力。
たしかにこの魔石が暴走すれば大惨事を引き起こせるだろうと思える納得の一品だ。
「ま、こんなもんでいいか」
その中でボーリングの球程度の大きさに砕かれた魔石を手に取る。
さすがにこんな巨大な物を家に置きたくないので、手頃な大きさだと思い手に取るがそれでも結構な大きさだ。
感じる魔力もそれなりに大きく、ご利益的に十分だろうと判断する。
「戦利品か主?」
「そんなもんだ、っとタイミングは良かったようだな。思ったよりも早かったが」
装甲の中から戻るとヒミクは俺の手元にある魔石に視線を向ける。
俺は視線とともに出てきた質問に答えそのまま魔石を脇に抱えゴーレムから飛び降り、ヒミクはゆっくりと浮遊しながら降りてくる。
着地して前を見ると、俺が考えていたよりも早く出迎えは来たようだ。
ガチャガチャと金属同士のぶつかり合う音の元をたどれば全身鎧の集団がこちらに向かってくる。
「敵か?」
「さてな、とりあえず言えるのはまだ敵じゃないってところか」
その集団から感じ取れる気配は緊張。
敵意は今のところ感じないが、話の内容から考えればこのまま戦闘に入るという可能性もゼロではない。
だが、それは杞憂だったようだ。
「監督官?」
「ああ、私だ。まったく、貴様は行く先々で問題を起こさないと気がすまないのか? 愚弟から堕天使発見の報を聞いて飛んできてみれば貴様がいる」
「ハハハハ、すみません」
鎧の集団が俺の目の前五メートルくらいで立ち止まったと思えば左右に広がりその中から俺の想像していない存在を俺の視界に収めさせた。
ポロリと口元からタバコが落ちる。
それを気にすることのできない人が現れてしまった。
完全装備の監督官、その姿は初めて見たが雰囲気が違う。
いつものスーツ姿ではなく過剰な装飾のない黒い全身鎧。
だがその姿は決して貧相といったイメージを持たせず、逆に機能美を追求した鎧に監督官らしさを感じる。
俺の中では魔法を主体に使っていたイメージ的に監督官は魔法使いといった感じの後衛職を想像していたが、その想像をひっくり返すほどの前衛職の装備を身にまとっている。
誰か責任能力のある人物の使いが来るとは想像していたが、まさか監督官がくるとは想像していなかった俺は、苦笑を浮かべ愛想笑いをするしかなかった。
兵たちの緊張は俺のもとに向かうことよりも監督官の護衛をすることのほうが割合が多そうだ。
「それで、それが報告にあった堕天使か?」
「はい」
ちらりと視線が俺からヒミクの方に移るが、監督官自身から戦意は感じない。
それゆえヒミクも静かに佇んでいるだけであった
静かな立ち上がり。
教官たちと違っていきなり戦闘というのはないとは思っていたが、これはこれで不気味な立ち上がりだといえる。
一触即発、なにか余計な刺激があれば場の空気が崩れかねないほど緊張の糸はピンと張られ、ピシリと緊張した空気が周囲に流れる。
兵士たちはいつ戦闘に巻き込まれるかわからない恐怖に身を縮こませている。
「……」
「……」
さっきまで脳天気に甘味の話をしていたヒミクが終始無言を貫いている。
監督官の強さを感じ取っているからだろうか。
「ふん、まぁいい。ここの責任者には話をつけておいてやる。あとで報告書を上げろ」
「いいのですか?」
会話も何もない。
時間にして数秒、あっさりと監督官は堕天使の存在に許可を出した。
「堕天使の存在は我が軍の利益にもつながる。それが安定した精神を持つ存在なら尚のことだ。それに何もせず許可を出したわけでもない。その堕天使と契約を交わした貴様の功績に免じているだけだ。だがそれがなにか問題を起こすのなら貴様の責任になる。それだけはその頭に叩き込んでおけ」
「はい」
そのあっさりとした態度に俺は思わず聞き返してししまったが、表情を一切変化させず監督官はその理由を答えてくれた。
それで話は終わりだと、すっと身を翻す監督官を俺は呼び止めることはしない。
何もないならそれに越したことはない。
慌てて追いかける兵士を脇目に監督官はこのあとどこに行くのかと思うが。
「ああ、そうだ次郎」
「なんですか?」
「スエラたちへの言い訳は考えておいたほうがいいぞ?」
「!?」
「こちらの女は寛容ではあるが嫉妬深くもある。せいぜい早めに帰り搾り取られすぎないように注意しておくのだな」
最後に監督官は今思い出したかのように話を切り出し、ニヤリと口元に笑みを浮かべまるで見てきたかのように俺とヒミクの間で何があったかを揶揄してきた。
からかう気マンマンな雰囲気な監督官に何も身構えていなかった俺はその言葉でドキリと素直に反応してしまった。
監督官ならなんでもお見通しというのは理屈ではなく感覚で分かってしまう。
その態度で満足したのか、それ以上の追及はなかったがしっかりと釘は刺された。
「了解です」
なので俺は素直に返事をする他なかった。
その返事に満足したのかスタスタと、監督官はその場を去っていった。
「主、さっきのやつとの関係は?」
「あ? 上司だよ上司、何かあるのか?」
「昔戦った仲だ」
「何?」
「勇者と共に旅をしたといっただろう? その時に彼女と戦ったが……私は負けた。その傷で私はダンジョンで眠りについたのだ。やつが見逃したのも鈍りきった私ならいつでも対処できるという自信の表れだろう」
監督官が去り、俺は俺で緊張した空気から解放されたこともあり肩の力を抜いた頃に静かだったヒミクがそっと口を開く。
最初は適当に対応していたが、初めて聞く真剣な声についじっとヒミクの顔を見てしまう。
手のひらを握っては開き握っては開きと自分の力を確認するような仕草を見せる。
それは悔しさ故か、過去に負けた因縁の相手を前にしたが故か。
現状の実力の差を感じ取ったヒミクの気持ちを会って間もない俺は察することはできない。
「安心しろ主、確かに負けたことは悔しいが、それも過去のこと。今は未知の甘味にしか興味がないからな」
「お前、シリアスっていう言葉を知ってるか?」
「知っているが、それがどうした?」
「いや、それならいい」
「そうか、それよりも主空を見ろ」
「ああ、結界が」
こっちの世界の住人は過去の恨みというのは確かにあるが、その折り合いのつけ方が非常にさっぱりとしている。
怨恨はあれど納得している色を見せる返事の返し方がヒミクらしいと思いつつ、夜空に浮かぶ結界が解除されるのを眺める。
ゴタゴタとしていたが、これで帰れるとなればほっと安心感のようなものも得られる。
周囲の兵士の数も段々とではあるが数は減っている。
その兵士の間を縫ってグレイさんとマイットさん、そしてギルドマスターが姿を現す。
色々と裏で手を回してくれた彼らに俺の無事を知らせるように手を振れば、向こうも手を振る。
「そういえば主」
「なんだ?」
「話し合いで解決するつもりだったのではなかったのか?」
「そのつもりだったんだが」
当初の予定ではこのゴーレムを倒し、相手の戦力の柱をへし折ることで無理やり話し合いの席に責任者を引きずり出す。
そして、その勢いでヒミクという戦力を温存し魔女裁判的な会話を避け、俺は俺で譲歩しつつ穏便に話を片付ける予定であったが……
「俺的には幸運で、向こうにすれば不運なことがあったからな。仕事は減った。予定変更で早めに帰ることができるのさ」
予想を大いに上回る存在である監督官が現れて、盤面がひっくり返ってしまったおかげでその予定はいい意味でご破算になってしまった。
事後処理を押し付ける形になってしまったが、監督官からすれば利権や財源といったもろもろを搾り取る機会を得たと思っていることだろう。
この町に来て最初から苦労をかけられていたのだ。
最後の最後まで搾り取られようが同情する余地は俺には欠片もない。
「さて、帰るか」
今日の一言
言い訳は、道中で考える。
今回は以上となります。
この章はあと二、三話程度で終わる予定となっております。
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これからも本作をどうかよろしくお願いします。