138 リスクを背負ってメリットを取りに行く時もある
人によっては悪夢な光景。
たった一人の人間に人とは異なる系統の存在が蹂躙されるというのは第三者から見れば痛快であり、不憫であり、また無関心であると言う。
では当事者からすれば?
蹂躙される側からすればさっきも言ったとおり悪夢であろう。
そして蹂躙する側からすれば。
「てめぇらだらしねぇぞ。それでも男か?」
楽しいという感情は一時で、終わってみれば物足りないという感情に満たされていた。
入社したての頃は、本当に教官たちのような領域に足を踏み込めるのかと思ったが、片鱗くらいはできるようになったことにどこか不思議な感覚を味わっている。
思い返せばスエラをさん付けで呼んでいた頃など、こんな無双じみたことができるなんてかけらも想像できず、毎日毎日、何度も何度も自分よりも細身で、自分よりも力がなさそうで、当時でも俺とスエラを並べてどっちが強そうかと道行く人に聞けば俺の方に軍配は上がるだろうという状況で、俺は何度も打倒された。
それはもう生きてきた人生の中で一番ズタボロにされた時期であったのは間違いない。
それでも、俺は立ち上がった。
そういった経験があるからこそ、こうやってうめき声をあげ地面に這い蹲り、俺を人間ではなく化物を見るような目で見る兵士たちについ悪態をついてしまった。
教官の影響か、戦いを楽しむという癖がついてしまった俺にとって、すぐに勝てないと即座に判断し諦めてしまった兵士との戦いは、一方的すぎてつまらないという物足りなさがあったのも事実であるが。
「主」
「なんだ?」
そんな俺の様子を心配するかのような声色でヒミクが俺に話しかけてきた。
「ずっと歩いているのは退屈なのだが」
「仕事ってのはそういうものだ。我慢しろ」
訂正、心配という感情はこの堕天使には欠片もなかった。
あるのはその行動に対する不満を表す感情だけ。
わからなくはない、散歩ではなく行進と言って過言のない行動。
戦うのは俺だけでヒミクには一切手出しをさせない。
戦うことを生業にしない人がこのポジションであれば怯え、生業にするのなら不満を漏らすだろう。
「主はさっきから私に我慢しろとばかり言う、正直に言えば不満だぞ」
さっきから目で不満を漏らしていただろうに。
天使ならもう少し自制しろと口にしそうになったが、既に堕天しているのだからそれは意味のない言葉だった。
「帰ったら甘いもんでも食わせるからその不満はそのでかい胸にしまっておけ」
半ば適当に、そしてセクハラ混じりの言葉になってしまったが、俺の目と耳に本命が近づいてくるのを知らせる情報が舞い込んでいるので、無駄な会話を早々に切り上げたいと思ったがゆえの効率的対応だ。
「うむ、承知した主。甘味のためならこの感情いくらでも収めようではないか、ところで主、その甘いものというのはどのようなものだ?」
ビシッとその豊満な胸を指差してやったのにもかかわらず、心は既に未知の甘味を夢見ているヒミクには気にする要素になり得てなかった。
一般的な女性なら多少の嫌悪感を示すはずの言葉であるのだが、それでいいのか? と思うが当人がそれでいいならと俺は俺で納得する。
それにしても天使の時のコイツは詳しく知らないが、堕天してから欲望に忠実すぎではないか?
優等生が不良化するのは抑圧しすぎてストレスが限界に来て魔が差すからと聞いたことはあるが……
コイツがここまではっちゃけたのもストレスのせいなのか?
現代サラリーマンを蝕むストレスが天使にも有効だという現実を見せられた気がする。
「さてな、お前が知るやつがあればいいのだが、まずはこのデカ物を片付けないとデザートも食えないな」
「やはり私が倒すか?」
「アホ、話聞いてなかったのか。俺が倒さないと意味がないんだよ」
このあとの展開のためにこのデカ物は俺が倒す方が効果的だ。
ヒミクはあくまで切り札として取っておく。
そして、暴れれば本命は釣ることができると踏んでいたが、その予測は間違っていなかった。
ズンズンとゆっくりと周囲の建物をわずかに揺らしながらその巨体は俺の目前に現れた。
「ゴーレムは何度も戦ってきたが、ここまででかいのは初めてだな」
遠目で見たときのもでかいと思ったが、近くで見るとさらにでかく見える。
敵との距離、感覚で百メートル弱、やつの歩幅からすれば十歩くらいで間合いに入るか?
俺なら手を抜いて二秒はかからない距離、向こうはどれくらいか。
装甲の強度、武装の種類、運動性、反応速度etc.。
様々な情報を動きを見ながら推測し、その数値に上下幅を持たせる。
過信はせず、参考程度で随時対応できるようにゆったりと脱力した姿勢で肩に乗せるような形で鉱樹を構える。
最近ではこれが基本の構えになってしまっている。
構えになっていない構え。
達人の領域に入れば構えない方が効率的だという話も聞くが、あいにくと俺はそこまでの領域には入っていない。
技は知っていても完全に使いこなせない我流の剣士。
それをこれまた力技で鍛えてくれる方々の下で強さを積み上げてしまったせいで、感覚的な戦いが身についてしまっているのだ。
鍛え上げ途中の未熟な戦士、幸いまだ伸びしろは感じているのだからこのまま行けるところまで行こうと精進を重ねる身だ。
基礎となった部分こそあれど、決して正道の剣とは口が裂けても言えないだろうが、俺はこれでいいと思っている。
「ああ、うん。負けねぇなこりゃ」
そんな鍛え方でも敵の強さをおおよそであるが測ることはできる。
油断でも、慢心でもない。
感覚的な話ではあるが、普通に戦えば勝てると分かってしまった。
初めて戦う相手でこの感覚を味わうのは久しぶりだが、その感覚の中に微妙だが違和感もある。
何故だろう。
負けはしないし苦戦もしないだろうという感覚はあるのに、苦戦するかもしれないという可能性を感じてしまっている。
本来のゴーレムの能力を十全に使われれば苦戦する、といえばいいのだろうか?
何かを見落としているような気がする。
その感覚から油断するなという警告をしっかりと頭に刻み込み、判断を迅速に下し、それならさっさと終わらせようと、踏み込みのために体をわずかに前屈みにするが
「ん?」
相手の様子がおかしい。
俺の動きに対して相手の動きがない。
てっきり出会い頭に問答無用で戦いが始まると思っていたのだが目の前に現れてからゴーレムは動きを止めてしまっていた。
今までの兵士の動きや与えられているだろう命令を推測する限り、その動きは不自然としか言いようがない。
なにせ、このメインストリートを堂々と翼を出したヒミクを引き連れて歩いてきたのだ。
当然、兵士とエンカウントし、した後も俺の予想通り問答無用でこっちの話を聞かず警笛を鳴らし増援を確保し一斉に襲いかかってきたのだ。
その時だろうか、俺の予想、こちらの事情などお構えなしに容赦などかけらもなく襲いかかってくるように命令されているのだろうという予想は確信に変わった。
その証拠にゴーレムがこの先にいるだろうなと思って歩いていた方向に兵士が配置されていた。
一応建前としてこっちから話がしたいと声をかけてみるも聞く耳持たず。
俺の言葉に返ってきたのは殺意満載の鉄の剣に始まる数々の武器や魔法であった。
最初の方は割と真面目に攻撃せず躱しながら対話を求めてみたが、聞く耳持たずというか、人間を舐めきった態度にいい加減うざくなり途中から蹂躙劇に切り替えた。
さすがに下等種族下等種族と連呼されれば、その下等種族に蹂躙される気分を味わわせてやろうと思う。
そこから始まるどちらかが倒れるまで終わらない戦い。
その終着点となるであろう敵の切り札であるこのゴーレムとの戦いもてっきり問答無用ですぐに戦うことになるのかと踏んでいたが。
そうはならず。
「主、ゴーレムの魔力が急激に上がっているが」
「ああ、見ればわかる」
代わりに何やら赤い煙のような魔力が立ち込め始めた。
おまけに言えば、何やら静電気みたいなものも出始めている。
その動きは戦うような仕草ではなく
「主」
「なんだ?」
「あれは自爆をしようとしているように私は見えるのだが」
どこか見覚えのある行動であった。
「奇遇だな。俺にもそう見えるぞ」
「ここの領主は馬鹿なのか? あのサイズのゴーレムの核を爆発させるとなればこの町は跡形も残らないぞ?」
「お前に言われるのは向こうとしても不本意だろうが、俺もそう思うな」
その動きを見てものんきにヒミクとやり取りをしているが、その間にもゴーレムの魔力は高まっている。
「加えて言えば、だ。敵さん、味方にもこのことを伝えていなかったようだな」
さっきまで地面に転がっていた兵士たちの様子がおかしい。
ゴーレムの妙な動きに周囲の兵士は戸惑いを隠せないでいる。
そして、ゴーレムの動きが戦うための動きでないとわかると周囲の空気は激変した。
退避と叫ぶ隊長や、混乱して逃げ出す兵士もいる。
どうやらここを管理する領主さんとやらは相当なクズらしいな。
自分の失点をこの町ごと消し去って隠蔽しようとしているらしい。
いやまぁ、俺の勝手な推測だが、外れている気がしない。
なんというか自棄になった時の特有の感覚が伝わってくるしな。
「時間制限付きの戦いか、さすがに出し惜しみしている場合じゃねぇか」
そんな相手に出し惜しみしていて負けましたじゃ、さすがに話にならねぇ。
自分の子供の顔を見る前にくたばってたまるかという意志の下、ヒミクをみる。
「主、命令を」
あのポンコツ具合はどこに行ったのか。
すっと膝を地面に着き、俺の指示を静かに待っている姿は正しく天使であった。
「ゴーレムを最短で倒す。妨害があるかもしれんがそっちは気にするな。グレイさんたちが対応してくれる。俺たちは目の前の暴走ゴーレムを止めることに集中する」
いつ爆発するかわからない状態。
「周囲に被害を出さず、完封するぞ」
「承知」
即座に俺たちは行動を開始した。
手早く鉱樹に魔力を流し、根を腕に張り巡らす。
ヒミクは空に飛び上がり様子見の魔力の矢を撃ち出し始めた。
「対策は当然してるか」
俺たちの攻撃を合図に、ゴーレムが怪しく目を光らせたと思ったら突如として動き出し魔力の矢をその腕で受けた。
矢はその装甲に触れる前に拡散し魔力へと帰る。
「主!」
「わかってる!!」
「そうか全力でいっていいのだな!!」
「却下だ!! なぜそうだと思った!?」
「攻撃魔法があれ以外となると、もはや全力のやつしか」
スタートはシリアスなのになぜこうも続かないのか、照準がヒミクに集まっているから走りながらこうやって会話をする余裕はあるが、この脱力感はやめてほしい。
「一か百しかないのかお前は!」
「私は近接主体なのだ! 武具がなければ全力で魔力を撃ち放つしかなくなる!」
「だったら牽制して注意を引け!」
「承知!」
囮役でしか役に立たなくなった空中にいるヒミクを、その役割を果たすかのようにゴーレムは装備する大剣で斬りかかるが、力は強く動きも速いが躱すことに集中すれば当たることはないだろう。
そして一回攻撃が振るわれるごとに周囲の建物が崩れ瓦礫が降ってくるが、それに紛れるようにゴーレムの足元に走り込む。
「まずはその足をいただく!!」
対巨体用戦術としてあげられるのは、まずはその高さを殺すこと。
二足歩行なら、片足を潰すだけでその高さを殺すことができる。
魔力は既に練ってあり、脈動するがごとく魔力が高速で循環する鉱樹をゴーレムの右足首めがけて全力で振るった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
切れる。
そう確信して、猿叫とともに放った一撃は柔らかい関節部を狙ったこともあってゴーレムの足首を両断してみせた。
急に支えを失ったゴーレムはバランスを崩し、膝をつく。
そこでようやく、ゴーレムは脅威存在の中に俺を入れてきた。
西洋甲冑のような風体のゴーレムが俺を視認したかと思うと、大剣を掴んでいない手が俺へと伸ばされ。
「ふん!」
その指先から槍が射出された。
五本の槍を一刀で切り捨て、足止めとわかっているその攻撃をかいくぐりそのまま駆け出す。
自爆のカウントダウンにもはや余裕はない、どこを切ればいいなんて考えている暇はない。
ただなんとなく、魔力が集中している場所はわかる。
人間で言う心臓のある場所。
左胸の辺りで異常とわかるレベルで魔力が生成されている。
これがダメなら……
「ヒミク!全力攻撃準備だ!! 俺がダメなら構わん!! 地面に向けて全力でゴーレムを消し飛ばせ!」
「! 承知!」
この町に大穴が開くのを覚悟しないとな。
指示を出す間にも鉱樹との魔力のやり取りは続く、心臓の鼓動が走ることによって速くなり大きくなるのと一緒で、俺の魔力も大きくなり強くなる。
保険も兼ねたヒミクの指示も終わる。
ヒミクははるか上空に飛び上がり巨大な魔力の生成を始めた。
たしかにあれならゴーレムを消し飛ばせる、代わりに被害はすごいことになりそうだなと苦笑しながら。俺はゴーレムの体に足をかける。
下からこの巨体を屠るのは今の俺では不可能。
なら、上から切り捨てるのみと判断したまでのこと。
無駄な攻撃は一切せず、心臓を切り捨てられる位置まで跳び乗り、振り払おうと体を揺らすゴーレムなど意に介さず揺れる足場など気にも止めず、相手の頭を足場にしてさらに空へと飛び上がる。
そして空中で一回転した俺と同タイミングでゴーレムの自爆リミットも臨界に達したのか、ゴーレムの心臓が直接目視できないレベルで発光を始めた。
目を閉じ、感覚だけでその位置を把握した俺は、爆発する手前の魔力の波動をしっかりと感じ取り、避難すべきだと頭では理解しつつ。
「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
体はその爆発が始まるよりも先に切り捨てるべく叫び、空気を蹴るという荒業で地面へ向けて一気に加速し。
「しゃぁ!!」
地面にたどり着いた瞬間に俺は鉱樹を振り払いその確かな手応えを感じ取った。
爆発を切り裂く。
そんな手応えとともに、膝をつく形で姿勢を保っていたゴーレムはゆっくりとその巨体を崩れ落ちさせた。
その巨体にさっきまで感じていた魔力はない。
オーバーヒートしていたからか、それとも別の理由か。
静かになった巨人を見ながら、胸ポケットからタバコを取り出し一服する。
「主、私の出番は?」
「安心しろ、これで甘味は食べられるぞ?」
「ならよし!」
今日の一言
さて、どうにかなった。次は利益の確保だ。
今回は以上となります。
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