137 妥協点、それは決して均等な二分割ではない
「あんのアホ領主!! この町を瓦礫の山にするつもりかにゃ!?」
戦略兵器と言っても過言ではない、目視計算で全高三十メートルにはなるだろう巨大な黒鉄の巨人。
ダンジョン入口から離れたこの冒険者ギルドの窓の向こうに映るそれを見て、ギルドマスターの堪忍袋という名の許容数値は限界を突破した。
要はキレたわけだ。
毛と言う毛を逆立たせて、フシャーと猫が威嚇するときのようにそれを起動させたであろう存在に向けて声高々に罵倒する。
聞く人がいれば侮辱罪で捕まってもおかしくないくらいに今のギルドマスターは荒ぶっている。
といってもここに居るメンバーは全員誤差はあれど、似たような感想を抱いているのでギルドマスターの言い分を咎めることはないのだが。
とりあえず雰囲気から察して落ち着けと言って、落ち着くような様子でもないのでとりあえずギルドマスターは放置する方向でいいとして。
「マイットさん偵察飛ばせますか? 情報が欲しいです」
「そうですね、そのほうがよさそうですね」
「私の方も眷属を飛ばしておこう」
「主よ、私は?」
「じっとしていろ」
「むぅ」
こっちはこっちでできることをやっておく。
入社してまだ一年になっていないにもかかわらず、よほどのことがない限り動じなくなり冷静に動けるようになった俺の頭は情報を求めた。
何が起きるかという結果までは予測がつくが、どのように動くかという過程の情報が足りないからだ。
ダンジョン内で活躍していたマイットさんの薄い黒い光の小精霊とグレイさんの眷属の蝙蝠が窓から飛び立つ。
そのまま待つこと数分。
アミリシアがギルドマスターをなだめているのを眺めながらヒミクがなにかしでかさないか見張りつつ、このあとの行動をいくつか考えているうちに
「ダンジョン前の広場を中心に軍が編成されているようですね、ダンジョン内の数を入れますと正確な数はわかりませんが」
「どうやら偵察部隊を編成し四方に散らすらしいな」
「ありがとうございます。となると完全にダンジョン内にヒミクがいないことを前提にしている判断か? ……となると、数はこれ以上増えることはないと思うが、面倒なのは敵って断定できないところだな」
全体を俯瞰するかたちで情報を集め、報告してくれるマイットさんと隠密で飛び回り細かい情報を収集してくれるグレイさん。
全体と局所、二種類の情報が順調に集まってくる。
正直、うちのパーティにもこれくらいの索敵能力が欲しいと思う。
いや、不満があるわけではないのだが、俺の索敵は五感に頼った感覚的なものだし、南やアメリアの偵察能力もここまでの精度はない。
ないものねだりや隣の芝は青いといった言葉が出てくるのはわかるが、不足は補填したくなるのが社会人の性なのだ。
今後の課題だなと思いつつ、次々に集まる情報を基に行動の指針を決める。
状況はわかりやすいが、単純故に厄介なことに相手は仮にも味方だ。
今までなら問答無用で敵に切りかかってきたが、今回はそういうわけにはいかない。
味方と言っても部署違いの遠縁の同僚って感じだが、それでも同じ組織に属する味方だ。
ここで俺からたとえ勝つためだと言って問答無用で襲いかかってしまっては完全に俺の立場がまずいことになってしまう。
こっちのほうが圧倒的に少数なら、逃げるか奇襲の二択なのだが、そのどちらの手段も潰されては打つ手がなくなってしまう。
向こうが襲いかかってきたところを迎撃するというのが体裁的にはベストだが、それでは後手に回ってしまう。
閉鎖された空間で最低一週間逃げ回るという選択は現実的ではなく、今はこうやって話し合ってはいるが冒険者ギルドも完全な味方と言うわけではない。
会って間もない相手、いつ背中を刺されるかわからない相手を信用するわけにもいかないからな。
しかしなんでこう、毎回窮地に立たされなくてはいけないのかと内心で愚痴る。
そして何度目かの帰ったらお祓いに行こうかと言う思考が頭をよぎるが、お祓いに行ったら行ったでなにか厄介ごとに巻き込まれるのではと考えてしまう時点で終わっているという結末に至る。
「どうすっかなぁ」
「難しく考える必要はないのではないか? この堕天使を引き渡すということができないのであれば、やることはシンプルだ」
「いいんですかね? 暴れて」
「非は向こうにあるとまではいかないが、大義名分があればこちらも動ける」
「そこが難しいところなんですけどねぇ」
どうなればいいかという考えは、すぐに思いついている。
最良はこのまま何事もなく町を出て日本に帰って報告することだ。
次点で、どうにか向こう側に気づかれずこの町から脱出するということだ。
最悪が全面抗争で負けるということだろう。
「まぁ、それはないだろうけどな」
「? どうした主」
「いや、このままお前がじっとしている状況が続けばいいなと思ったんだよ」
最悪はまずありえないだろう。
なにせ幸か不幸か最悪一歩手前の状況で食い止められるだけの戦力がこちらにいるからだ。
まぁ、そもそもな話こうなった原因がこいつにあるというのもあるがそこは掘り返す必要はない。
では何が問題かといえばどうすればいいかという問題に戻る。
逃げることも話し合うことも戦うこともできない。
いや、正確には逃げることはできるが結界をぶち抜くとこの戦いに関係ない民間人に被害が出る。
話し合うこともできる。
ただし、どっかの時代みたいな魔女裁判的な展開になることは目に見えているが。
僅かな可能性で実は部下が好き勝手に動いている可能性があるかもしれない。
戦うこともできる。
これもこっちから襲いかかれば勝ち目があるが、相手は仮にも味方で襲われそうだから襲いかかったなんて言ったらどこの辻斬りだと言われてしまう。
静観にいたってはただ無駄に時間を浪費するだけだ。
打開はできるが、犠牲が伴う。
この中の選択肢から選ぶ必要があるということならば。
「はぁ、逃げるか」
「む? 主よ戦わないのか?」
「その選択肢が一番リスクが高いって思ったんだよ。結界をぶち抜くだけなら事情を監督官に説明すればどうにかなるっていう打算もあるが」
俺は逃げの一択だ。
総合的に見て一番面倒が少ないという判断からだ。
話は通じない、戦ったらこっちの立場が悪くなるなら、多少被害は出ようと補填の利く逃げの一択しかないだろう。
下手に戦ってヒミクを暴れさせたらそれこそ目を覆うような被害になるかもしれないし。
「ダメニャ! ダメニャ! さっきも言ったにゃ! 結界を壊すということは地脈にも少なくない被害が出るにゃ! この近くの村には拙僧の家族もいるにゃ!! そんなことは拙僧は許せないにゃ」
「あの~、できれば私の家族もいるのでその選択は避けていただけると助かるかなぁ~って思ったりもしなくはないかな?」
だが、すんなりとその選択肢が選べる状況というわけでもなく。
当然反対意見も出てくる。
多数決的に言えば、俺はともかくとしてマイットさんもグレイさんも逃げの選択には同意しているためか頷いているが、それは被害がないから出る意見であって、被害を受ける当事者からすれば認められるモノではない。
それに。
「そう言われるとなぁ」
これから子供が生まれ、父親になる身としてはこうやって権力とか関係ない情で訴えかけてくるタイプの説得には耳を傾けたくなる。
人間故の策というやつだ。
ここで俺には関係ないと言えるような相手なら問題なかったのだが。
ギルドマスターもアミリシアもそこまで険悪な仲というわけではない。
はぁと思わずため息がこぼれてしまう。
いざという時に非道になりきれない。
相手が俺的主観で悪でないのが恨めしい。
これがNoと言えない日本人なのか。
「はぁ、仕方ないあんまりやりたくなかったが……」
「ど、どうするにゃ? そこの堕天使を動かすのもできれば無しの方向でお願いしたいのだがにゃ」
「む? 主、出番か?」
「お前は最後の手段だからな、もう少し待っとけ。グレイさん、マイットさん。すみませんが、少し手順を踏みます」
そうなると方針を変更となる。
逃げる選択肢がないのなら、次の策になる。
「構いませんが、何か策でもあるのですか?」
「うむ」
その方法を聞いてくる二人に面倒だが、多少なりとも世話になったアミリシアの顔を立て。
現状取れる最善手を提示する。
「ええ、ありますよ。少し手間がかかりますが、ストレス発散も兼ねて正面からぶつかって相手の自信の根本をへし折りに行きますか」
さてと、教官直伝の力技ってやつを見せてやりますかね。
目を瞬かせ驚いている義父二人と戦いだと分かり目を輝かせるヒミク、そして疑問符を浮かべるギルドマスターとアミリシアの二人の視線を受けながら首を一回クキリと鳴らし覚悟を決めるのであった。
言い忘れたけど、俺、戦うのは面倒だとは言ったが、負けるから戦わないとは言ってないぜ?
Another Side
ここのダンジョンに動員できる兵士はおおよそ四千。
通常時であればその十分の一程度の人員が配置されているのだが、地方軍とはいえ緊急時となればここまでの戦力を整えることができる。
ダンジョンがあるとは言え、小規模な町に使う人員としては破格の人数だ。
加えて場所が場所ゆえ装備や練度も高い。
そして兵士の中には将軍候補と呼ばれ出世すると思われる人材が多数存在する。
兵士だけでそれだけの才能を揃えているということは、このダンジョンの警護というのは重要な仕事であるということだ。
そんな兵士たちが、悪夢を見ている。
仲間が無残に吹き飛び、怒号が悲鳴に変わり、何もすることなく兵士は減っていく。
それもたった一人の人間にだ。
その光景を見た兵士はここが地獄かと連想する。
とある中隊の隊長は将来将軍になってみせると普段から豪語するほどの者だった。
事実彼はわずか十五歳という若い年齢で中隊長になるという才能の片鱗を見せている。
そして今回の緊急招集も彼からすれば出世の手柄が舞い込んできたと表面上は真剣な表情をしつつ内心は喜んでいた。
平の兵士には詳細は伏せられているが、中隊長である彼はある程度の情報を渡されていた。
ダンジョンコアの代用としていた天使が脱走したという話を聞いたときは思わず彼は内心で笑う。
天使となれば伝説上の存在、そんなものを捕らえたとなれば出世は間違いない。
こんな地方の中隊長ではなく、中央軍での大隊長、いやそれ以上の地位も夢ではないと思っていた。
魔王軍は実力主義、そこに年功序列といった判断材料は入らない。
若くても結果さえ示せば登用される。
そんな世界だ。
この機会をチャンスと思えないのなら所詮そいつはその程度の存在だと、彼は表には出さないが怯えているほかの兵士を見下す。
作戦の概要を聞き町が結界で覆われたのを確認した彼の中隊は天使が出るまで待機していた。
すでに偵察の兵が出て十数分、この程度の時間で見つかるかわからないが早く出ないかと内心で今か今かと待ち望んでいた彼の願いは思いのほか早く叶った。
警笛が響き来たかと思った中隊長の動きは早かった。
大隊長の指示を即座に部隊に伝達し動き始める。
既にほかの先駆けの部隊が戦闘を開始したと情報も入っている。
トロトロと動いていては手柄を取られてしまう。
迅速に的確に動いて、現場にたどり着いて見た光景は。
「なんだ、これは?」
兵士たちが宙に舞い散る姿だった。
思わずこぼれ落ちた言葉は中隊長としても信じられない光景であった。
一人や二人が宙に舞っているのならそこまで驚くことではない。
だが、それが砂嵐かのように十人、二十人では済まない数の人数が吹き飛ばされているとなれば話は別だ。
しかもそれは天使がやっているのではない。
報告とは違い、黒く染まった翼ではあるが間違いなく特徴と一致する天使は、間違いなく戦いの中心にいた。
だが、そこはまるで戦いなど関係ないかのように悠然と歩いているだけだ。
では誰が戦っているのか。
人間だ。
魔王軍の種族から比べれば力も魔力も劣る劣等種族。
それが彼の常識であったが、それを覆すほど人間は暴れまわっていた。
天使を捕まえろと大隊長の声が響き、絶え間なく兵士は襲いかかるがそのことごとくが吹き飛ばされる。
楽しそうに、そう、この戦いを楽しむかのように人間は口元を歪め兵士を紙の束を辺りに撒き散らすかのように片手に持った巨大な刃で吹き飛ばしていた。
人間にしては太いがオークやジャイアントと比べれば細いあの腕にいかほどの力が込められているのか……
その光景を見た中隊長の額につぅっと冷や汗が流れる。
厳しい訓練を越え、野良の魔獣を何度も討伐してきた男がその汗を認めるわけにはいかなかった。
ハッとなり、その汗を振り払うかのように額をぬぐい。
腰の剣を鞘から抜剣し、気合の声と共にその人間に斬りかかる。
その一撃はキメラも屠る。
たとえその黒い巨刀を振り回す人間でも、この一撃で屠ることができると確信した男の一撃。
気合十分。
「ハァァァァ!!」
全身から力を振り絞り叫びながら振り下ろした一撃。
ガキンと金属と金属がぶつかる音がする。
「カハ」
だが、それは手の先にある剣から響く音ではなく中隊長の着込んだ腹部の鎧から響いた音であった。
刃の部分ではなく、峰の部分が当たった体はその勢い鋭さ威力もあって踏ん張るという行為を考えることもできず耐えるという言葉を消し去るように他の兵士と一緒に宙を舞った。
数秒後には地面にぶつかり肺から空気が一掃され視界が朧気になる。
その視界で捉えた兵士が最後に見たのは、ズンズンと重い足音が響く巨大なゴーレムの足元に向けて巨大な黒い刃を構える一人の人間が歩く姿とその人間に付き添う堕天使の背中であった。
その姿はまるで御伽噺に出てくる英雄のようで、彼はその背中に憧れを感じ、意識を落としたのであった。
Side out
今日の一言
妥協点の探り合いはいつも難航し、やる人間に苦労が偏る。
今回は以上となります。
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