136 現場対処、別名自己責任とも言うな
「ノルド・ノーディスだ!!! エヴィア・ノーディスの弟だ!! 貴様に殴られ、姉貴に折檻され、父上からはため息を吐かれ、母親に就職先を斡旋された悪魔だよ!!」
魔石から映し出されるホロディスプレイの先に映った男は確かに見覚えはあった。
だが、いまいち名前を思い出せなかった。
記憶を掘り返し、監督官の弟だという情報までは引き出せたが、最近濃いキャラばかり相手していたせいで名前が出てこない。
このまま名前がわからない状況で久しぶりと挨拶して話を進めてどういった反応をするか気になるところだが、後々面倒になりそうだ。
なので素直に聞いたのだが、あっさりと堪忍袋の緒が切れてしまった。
ブツリと何やら切れた音が聞こえたかと思ったらひと呼吸で怒鳴られてしまった。
「貴様がのうのうと生きている間に俺がどれだけ苦労したと思う!! 性根を叩き直すと姉貴に言われ、騎士を輩出する家の出でも入るのを戸惑うような歩兵部隊の訓練によりにもよって推薦枠で放り込まれたあの地獄の日々を!! 上司には過労で死ぬか死なないかの瀬戸際を絶妙な感覚で攻められる、いつ後ろの穴が掘られるかわからないほど連帯感を養なわなければならない訓練の日々を!! 男に惚れそうになってしまうあの日々を!! 貴様があの時素直に俺にやられていれば俺はあんな目に!! うぅうぅわかるか!? 男にときめいた俺の気持ちを!!」
「わかるか」
「分かれよ俺の気持ち!!」
「無茶言うなよ」
素直にわからないといったにもかかわらず、同意を求められても困る。
それに俺が原因のように言っているが、ひどいのは俺ではなくてその訓練に参加させた親族ではないだろうか?
具体的には、母親。
あとは体を鍛えていなかった怠惰なお前が悪い。
それにしても最初の画面で出たマニュアル通りの対応はいったいどこに消えたのか、見事な情緒不安定振りだ。
怒鳴ったかと思ったら泣いて、泣いたと思ったら涙目で叫んで忙しない奴だ。
「くそ!! ああわかるわけないよな!! 男同士の恋愛に片足を突っ込む感覚なんてお前は理解できないだろうな!!」
「分かりたくもないわ」
「俺だって分かりたくなかったよ!! 訓練の時のバディには婚約者がいて実は俺に本気で惚れていたって知った時の絶望感がお前にはわかるまい!! 訓練を乗り切り、切れぬ友情を得たと思い友人として父親に紹介すると家に招かれたのが罠だったという経験が貴様にあるか!! 訓練が終わって開放感に浸り、良き友人だと俺だけが思い込んでいた相手の家に招待され楽しみにしていたと思ったら男に婚約を申し込まれた俺の気持ちがわかるか!! おまけに止めるべきその男の婚約者が涙ぐみながらも納得して真実の愛と言って感動しながら周囲を説得して親族と一緒に祝福された俺の気持ちがわかるか!! 一瞬流されそうになったわ!!」
「流されそうになったのかよ」
なんだか変なストーリーが始まってしまったが、ここは止めるべきだろうか?
経験上、こういった感情に任せているときは全て吐き出させてからの方が話はスムーズに進む。
時間的には多少の余裕があるからこのまま吐き出させてみるか、決してこのあとの展開に興味があるからじゃないからな?
ヒミクが興味津々で聞き入っているのに同調したわけじゃないからな。
グレイさんとマイットさんがたまに聞くなとぼそりと言ったことに興味をそそられたからではないからな。
「踏みとどまった俺のそのあとの苦労がわかるか!! 断った瞬間周囲から罵詈雑言!! 何が愛を誓いあったあの時を忘れたか、だ!! 俺にそんな記憶はねぇよ!! 初めてだよ!! そんなこと言われたの!! 悲しかったよ!! 親友だと思ってたやつに言われたの!! 全力で逃げたよ!! 向こうは訓練生の中でトップの実力だったけどなんとか逃げ切ってみせた!!」
「おお、すげぇじゃねぇか」
話の内容は男として終わるか新たな男として生まれ変わるかの瀬戸際な話であるが、その裏でしっかりと鍛え上げていたようだ。
あの時の道具に頼っていた男が、訓練生だとしてもトップの成績のやつから逃げ切ってみせたのか。
そこは素直に感心できる。
しかし、この話を聞く限りその元親友に対して親族は理解があるといえばいいのか? それとも業が深いと言えばいいのか判断がつかないな。
聞けば聞くほどそういった嗜好が昔からあった家ではないかと邪推してしまう。
たとえ俺のせいじゃなくてもさすがに哀れになってきた。
「家に帰って部屋に引きこもろうと思ったら父上に引っ張り出されるし!! 引きこもろうと父上と喧嘩して一時間もしたらそいつも追いついてくるし! 俺はなけなしのおこづかい叩いて転移魔法を使ったのにあいつは走って追いついてきたんだぞ!! これが愛の力だなんてセリフ鳥肌が立ったわ!! なんだよあいつ!! なんて強さだよ!! いきなり乱入してきたあいつを止める父上と互角に戦ったんだぞ!! 俺の父上は昔将軍だったんだぞ!! 引退して後方に下がったと言えその父上と互角ってなんの悪夢だ!! 姉貴が帰ってこなかったら俺はあいつと結婚してたんだぞ!! あんな愛の叫びは嫌だ!! おまけに姉貴にぶっ飛ばされても生きてるってどんだけ頑丈なんだよ!! あのオークは!!」
うん、今後俺もオークには気をつけるとしよう。
魔王軍の期待のルーキーは化物か。
あとで確認とっておこう。
もし万が一あった時の対応を間違えないために。
しかし、女性に対して天敵であるという描写が多いオークがまさか男に対しても天敵になりうるとは……異世界は奥が深いな。
そしてコイツはコイツで短期間で波乱万丈な生活を送っているのだな。
「はぁはぁはぁはぁ、わかったか。俺の苦労が」
「そうか、大変だったんだな」
話を叫び切り、肩で息をしているノルドに心底同情する。
そんな彼の身の上話よりも監督官と戦って生きているという事実の方がインパクトが強いなという感想は隠しておこう。
正直、そのあとどういう経緯でこの画面に写っているのか気になるがこっちもこっちで話を進めないといけない。
「それで? そんな、地獄に叩き込まれる原因を作ったお前がなんのようだ?」
「正確にはお前には用はないんだが、監督官に連絡をつけられるか?」
「姉貴に? 用件を言え。でないと俺の権限じゃそっちに連絡を回せないからな」
予想通り吐き出したいことを吐き出させたら頭は一周回って冷静になって話を聞いてくれるようになった。
皮肉が前面に押し出されているが、向こうの方から用件を切り出してくれた。
口にしている言葉は正直落第点通り越して笑えてくるような内容であるが、対応はお役所仕事の手本通りだ。
順当な対応であるので素直に言っていいだろう。
「天使を拾ったんだが、どうすればいい?」
「は? 何を言っている、貴様ふざけるのも大概にしろ。この通信宝珠の反応を見る限りお前のいるのはアナタリス大陸にある西のダンジョンタウンだ。そんなところに天使なんているはずが「ほれ」ほんとにいたァ!?」
信じられないのなら見せてやれと、通信宝珠の方向を変えてやりヒミクを映し出せばノルドは仰天するように叫び声を上げた。
「正確には堕天使だが、これで監督官に連絡を付ける理由にならないか?」
「し、しかも六枚羽だと。伝説の存在ではないか。お前よもや幻覚を見せているのではないだろうな?」
「そんな暇なことするために軍用の連絡網を使うかってんだ」
実物を見せてもなお疑ってくるノルドにため息を吐きながらその言葉を否定する。
ノルドの話を肯定するのなら、言わばいたずらで110番通報をするようなものだ。
そんなこと暇でもやるわけがない。
「た、確かに、それが事実ならお前、とんでもないものを拾ったことになるぞ?」
「だからこうやって連絡をとってんだろ。ほかに細かい報告があるんだから、早く必要な手続きをとってくれ」
「わ、わかった。とりあえず概要でいい。経緯を話せ」
「あいよ」
最初は敬語を使っていたが、そのあとのインパクトのせいですっかり俺の口調も砕けてしまった。
だが、その口調とは裏腹にしっかりと伝えるべき要所を淡々と伝えていく。
「仮にそれが事実なら、大事だぞ」
「物的証拠なら提出できるぞ?」
ダンジョンに入るまでの経緯は飛ばし、入ってヒミクと出会ってからここまで来た話をしただけでノルドは最初の態度から考えられないほど真剣な表情になっている。
疑っているような口調だったので、再び証拠を見せようとしたが不要だと首を振り話を進めようとする。
さすがは監督官の弟、スペックはきちんと高かったようだ。
怠けるために全力投球をするせいで宝の持ち腐れになっている節はあるが、やると決まれば行動は早いようだ。
「ここまで来て疑うほど俺は無能ではない。さっそく、姉貴に連、ら、を」
「あ? おい、聞こえないぞ」
「ど、た、つ、きょう、く、って」
ようやく問題解決の話が進むと思った途端に画像に乱れが生じ始める。
「ギルドマスターさんよ、故障か?」
「そ、そんなことはないはずにゃ」
「マスター、この前この宝珠に水こぼしてませんでしたっけ?」
「そんな程度で壊れるはずがないにゃ!!」
まるで電波障害にあったテレビのように向こうの画像と音声がとぎれとぎれになってしまう。
そして最終的には
「切れちまった」
映像の向こうは一切何も映らなくなり、ただ薄緑色の魔力の板が写っているだけだ。
魔力はさっきから流しているが、一向に復帰する様子がない。
「主、この町を包むように結界が張られたのだが、どうする? 突き壊すか?」
「だから、その物騒な発想から入るのはやめ「にゃんと!!? 結界が!?」なさい?」
さすがに壊れたかと思っただけで昭和のテレビの要領で直すため、斜め四十五度チョップを敢行するわけにもいかず、どうするかと悩んでいると、ヒミクがいきなり物騒な話を進めてくる。
事情を聞こうと振り向くがそれよりも先にギルドマスターが慌てて窓を開けて空を見上げる。
「本当にゃ!! 遮断結界が発動してるにゃ!!」
窓から見える空は何やら網目状になっている光で覆われている。
夜空しかなかった光景に新たな状態が付与されて、幻想的にも見える光景であるが、どうやらそれを楽しんでいる場合ではないようだ。
通信宝珠が使えない理由もこの遮断結界が原因らしい。
「マイットさんグレイさんこれはいったい?」
「遮断結界ですか、元はダンジョンが暴走した時にダンジョンから溢れたモンスターを町の外に出させないようにするための最終防衛ラインです。外敵から守るのではなく、中から出るのを防ぐ牢屋の役割を持った結界です」
「むぅ、こやつを探すためにここまでするか」
張られた結界の性質を見抜くマイットさんとどうして張られたかの意図を見抜くグレイさん。
どうやら敵さんはここまで大事にしてまでもヒミクを外に出さないようにしたいらしい。
となるとだ。
マイットさんの説明で結界の効果はわかった。
そしてこのあとの展開も大体わかってきた。
「町中をしらみつぶしで探すつもりか」
閉鎖空間にしてからの人海戦術によるローラー作戦。
ダンジョン内にいた人員も動かすか、あるいは予備戦力を投入するか。
ダンジョンの中にヒミクがいないと判断しての行動か、それとも早めに封鎖してからの行動か。
どちらにしても、この状況を作り出せる立場の奴がしびれを切らせて意図的に閉鎖空間を作り出し捜索範囲を狭めてきたのは確かだ。
「ギルドマスター」
「何にゃ?」
「この結界はどれくらいもつ?」
「細かいことは知らにゃいけど、この大陸の地脈を利用して生成している大結界にゃ。一週間やそこらで切れるような代物ではないのは確かにゃ」
エネルギーは電池式ではなく、動力式と。
平和的に解決するために隠れられそうなところに潜伏して時間切れを狙おうかと思ったが、どうやら無理そうだな。
そうなるとこのまま何もしないのは少々分が悪いか。
「正攻法で出るには?」
「この結界を発動できるのは領主だけにゃ。もちろん解除も領主かその代行しかできないにゃ」
「となると、この町から出るとなると結界をブチ破る方法が一番単純か」
まともな手段で出れる可能性は低い。
となると手段は確率の低い方法から高い方法を精査しても限られてくる。
その中で確率が高く、実践が可能な方法を上げてみれば。
「なら私の出番か」
当然、いま現状で一番の火力の出せると思われるヒミクが出てくる。
「ちなみに、あの結界はやぶれるんだよな?」
「もちろんだ」
「ちなみにその対価は?」
既にパターン化しているこのポンコツ天使とのやり取り、何かをするにあたって何かを仕出かすという情報はしっかりと俺の頭に打ち込まれている。
「あの強度を貫くとなれば私もそれなりの力で挑まねばならない。なので結界で使用している地脈を少々消し飛ばすくらいだ」
ああ、わかってたよ。
ヒミクの力にはこうやってオチがつくのは分かってきたよ。
「やめるにゃ!! ここの地脈は周りの農村の収穫にも影響しているにゃ!! そんなことになれば地脈が乱れて不作が続いてしまうにゃ!!」
「だそうだ。となると、お前は最後の手段ということになるな」
「むぅ」
そしてその被害がどこまで影響を及ぼすかわからないが、少なくともこのギルドマスターの様子を見る限り笑い話で済む程度の被害ではないのは事実だろうよ。
ヒミクは今のところ待機一択だな。
「さて、そうなるといよいよどうするかということになるが、ん?」
段々と少なくなってくる選択肢、その数少ない選択肢を更に選ぼうとしている俺の目に窓の外の光景が映る。
そしてその光景の端に気になるものが目に留まる。
「なぁ、ギルドマスターさんよ。あれも対ダンジョン用の装置なのかね?」
「にゃ? ダンジョン暴走用の対策は軍の兵士と結界だけにゃ、何を言って、にゃんじゃあれは!?」
猫の毛が逆立つ瞬間を目の当たりにできるほど衝撃的な代物らしいなあれは。
今はゆっくりとせり上がっているようにしか見えないが、俺の目の間違いではなければあれは正しくロボット。
もっと言えば、悪役が乗っていそうなごつくて威圧的な風貌のロボットだ。
天使と戦うのなら、絵的には真っ当である。
「天使の相手にするのにはあんなにでかいロボットがいるのかね?」
閉鎖空間で使うには不釣合なほどに巨大なゴーレムが今、目の前に姿を現そうとしていた。
今日の一言
上司の指示より先に動く必要があるときがある。
今回は以上となります。
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