13 才能というのはどこに眠っているかわからない
書きあがったので投稿します。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「ブロハ!?」
同情的な視線を送りながら宙に舞う海堂が地面に叩きつけられる瞬間を見る。
「ぐぼっ!」
肺から強制的に排出させられる声を懐かしく思うのは同じ道をたどってきたが故だろう。
研修の模擬戦闘開始三分、大の字に寝転がりピクリとも動かなくなっているが、両手に持った鉄製の剣を手放さなかったのは感心する。
三分も持ったのは犠牲のおかげで、誰もが逃げ出すような笑みで佇む存在の手加減がうまくなったからであろう。
「だけど、あれを直撃してはいけないだろう、あれは」
かろうじて残像を捉えることで胴に直撃したのがわかる。
そしてそれがかなり手加減されたものだということも。
でなければスポンジだろうが布製だろうが吹っ飛ぶという現象を起こさず、人間程度断ち切ってみせ、グロという方向でR指定が入る惨状が目の前に広がったに違いない。
海堂が対峙した存在はそういう次元の存在だ。
視線の先に立っているのは慣れてはきたが、相変わらず押し潰されると錯覚するほどの闘気を発する鬼ヤクザだ。
仁王立ちし腕を組んで楽しそうに海堂が立ち上がるのを待っている。
その片手にはもはや魔剣と化したチャンバラソード、俺の中では既にあれは玩具の範疇から逸脱している代物だ。
「おおい、海堂生きているか?」
「へ」
「へ?」
「返事がないっすただの屍っす」
「いや死ぬなよ、俺なんて最初の頃は一撃で致命傷だったんだぞ、本気で三途の川が見えた分お前の方がまだマシだ」
「マジっすか?」
「ああ」
倒れている海堂の方に歩み寄りしゃがんで状態を確認すれば痣くらいはあるだろうが致命傷には程遠い。
戦闘をするにも問題ない。
生活も少し体が痛む程度で問題ないだろう。
結論。
「よし、逝け」
「絶対字が違うっすよね!? 聞いてないっすよ!! あんなのが相手なんて!!」
「馬鹿野郎、誰がお前の希望を聞くと言った」
「詐欺っす、弁護士を呼ぶっす!!」
「目の前の存在を倒せたら呼んでいいぞ?」
「ここもブラックだったっす!!」
「ジャンルは違うがそうかもな、だがこっちには美人がいるぞ? ちなみにここの美人たちは強い男が好きらしい」
「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「欲に素直なやつだなぁ」
こいつを動かすのは割と簡単だ。
飢えている方面に餌をチラつかせればいい。
即決で入社した理由が男らしいというか、正直者かと言いたくなる内容だったのは印象的だ。
『カカカカカ、また活きのいいのを連れてきたのう』
「フシオ教官、今日はありがとうございます」
『なに、こちらとしてもああいった手合いはいるに越したことはない。それがいずれ廻り巡り我が陣営の利へとつながるからのぉ』
「そうなればいいのですがね」
もはや慣れたもので髑髏が隣に立とうとも気にせず、気合の入った攻撃でキオ教官に切りかかる海堂を眺めながら
海堂が入社して今日で一週間、俺の最近の一日は午前に海堂に座学を教え、午後は教官と一緒に海堂に実技研修、そして夜には単独でダンジョンに潜るというハードなスケジュールを送っていた。
ステータスが上がったおかげで体力的な面、主に疲れという方面では今のところ問題ないので魔紋というものは本当にご都合主義な代物だと感心させられる。
「お、また吹っ飛ばされた」
『カカカカ、なんならジロウ、ヌシも参加してきたらどうかのう? そうすればわしも参加できるのだが』
「このあとダンジョンに入らないといけないので死にかけるのは少しマズイです」
『残念じゃのう』
「あいつは魔法も覚えるらしいので、もう少し待ってくださいよ」
『承知承知、なら楽しみは取っておくかのう』
楽しそうに海堂を吹っ飛ばすキオ教官も隣で老骨な笑みをこぼすフシオ教官も基本的に戦うことが好きだ。
それはこれでもかっと言うくらい笑顔で打ちのめされた俺が言うのだから間違いないだろう。
加えて魔王軍だからだろうか悪役面だからだろうか……どちらでもいいが、この方々は生かさず殺さずという、人道に反したさじ加減が非常にうまい。
怪我はするが致命傷にならず、痛みはあるが気絶するほどではなく、攻撃は見えるが絶対に躱せないような攻撃を繰り出してくる。
おかげで、こうやって今海堂が受けている体力を絞り尽くすような限界ギリギリの実戦に限りなく近い研修ができるのだ。
見ている側には必要なことだろうと思えるのだが、受ける側にとっては正しく勘弁してくれと言いたくなるような内容なのは間違いない。
俺も海堂が入社するときにはかなり体を使うから気をつけろと言ったがまさかここまでとは想像がつくまい。
そこで海堂が入社のきっかけの出来事をふと、思い出す。
半月ほど前の話だ。
飲みに行った次の日、海堂がこの会社に見学に来る日だ。
思ったよりもあっさり見学の許可は下り、二日酔いで多少体が気怠そうではあったが無事海堂がやってきた。
『先輩って映画のスタジオに勤めているんっすか?』
『これだけの技術を持っていたらハリウッドでオスカーを狙えるかもしれないが、あいにくとこれが現実だ』
魔力適性があるが故に結界には弾かれず無事社内に入ることができた海堂を出迎えたのはファンタジー色全開のこの会社の社員たちだ。
俺の時は受付嬢のダークエルフを見てからであったが、今回は何やら荷物の搬入があったらしくゴブリンにオークといった亜人種が引越し業者よろしく荷物を運んでいる光景と出くわしたのだ。
『先輩の話まだ夢かなにかだと思ってたっすけど、マジっすか』
『現実逃避しないだけまだマシだ。とりあえず見せられる分だけ見せるぞ、ついてこい』
『うっす』
『あら、次郎さんその方が見学の方ですか?』
そこでおそらく搬入のチェックをしていたスエラさんに出会えたのはタイミングが良かった。
事前に連絡をしていたと言え、面通しをしておくに越したことはない。
『スエラさん、お疲れ様です。ええ、前の会社の後輩の――』
『海堂忠といいます!! 是非とも御社にはお世話になりたいと思い参上いたしました!!』
『おい、変わり身早すぎるだろう』
そして、さっきまでだるそうな態度はどこへ行ったのやら。
スエラさんがいつものスーツ姿で姿を現しただけで海堂は猫背を正し直立不動、爽やかな笑顔で見学もしていないのに入ります宣言をカマしてくれた。
『先輩先輩!! なんっすかあの美人さんは!?』
『顔が近い、とりあえず離れろ。彼女は俺を採用してくれたスエラ・ヘンデルバーグさんだ。初期の方は俺の研修担当者でもあった。今でも世話になっているが』
『マジっすか!? あの人に指導してもらえるんっすか?』
『あ~、そうなるかもな』
実際に頼めばきっとスエラさんは引き受けてくれるだろう。
コイツの希望する職業によってはそれも実現するだろう。
まぁ、その可能性は限りなく低いのだが、教導するのは間違いなくあの御二方であろう。
浮かれて踊りだしそうなテンションの海堂に水をさして入社を断られたら俺の都合的に悪いから絶対に口にはしないが。
止めに、気づけば海堂に営業トークを繰り出して締めにスエラさんに
『一緒に働ける日を楽しみにしていますね』
『はいっす!!』
人生観が変わるであろう片道切符にサインさせられている後輩の姿が見れた。
そんなことを言われれば、大半の男はイエスと答えるだろう。
デレデレとした後輩を咎めることはできないが、せめて口元ぐらいは緩めるなと言いたい。
本当に美人というのは得である。
『では私は仕事がありますので、次郎さん海堂さん失礼します』
『お疲れ様です』
『お疲れっす!』
来た時とは打って変わって元気いっぱいの反応でスエラさんを見送った海堂の反応は。
『先輩!! 俺、先輩についていくっす!!』
声の張り通り目を輝かせて全快していた。
『とりあえず、このまま会社の見学に移るぞ?』
『おっす!!』
テンションの上がり具合が見ていて楽しいことになっている。
このまま続けてどこまで上がるか気にしながら俺が面接時に見たコースをそのまま辿っていく。
途中社員に会えば、挨拶をしていくがその都度、海堂の笑顔は輝きを増す。
ダークエルフに始まり、悪魔や龍族、巨人族、吸血鬼とうちの会社は美人が多い。
あえて狙ってこういったメンバーを集めているかは知らないが、そういった人材?が揃っているのに間違いはない。
環境的に美人が揃っていて文句を言えるのは衆道の気のあるやつか女性恐怖症の男くらいだろう。
そのどちらにも属さない我が後輩は、たとえ社交辞令の会話であっても関係なかったらしい。
『先輩! 俺決めたっす!! ここで働くっす!』
最後に社内食堂でコーヒーを飲む頃には、決意を決めた男の表情になっていた。
どういった理由で入社を決意したかは察する。
男としては間違いじゃないが、社会人としては間違った判断をしたと俺は思う。
念のため途中に黙って魔法による思想チェックを受けさせたが問題なし、エヴィア監督官から採用のメールも来ていた。
あとは本人の意思だけであったが、その確認も必要ないようだ。
そこからは、トントン拍子で契約の話まで持っていき。
『先輩!! さっさと会社辞めてくるっす!!』
夕日に向かって全力で走り去っていき、三日後には。
『今日からよろしくお願いしまっす!!』
『お前会社は?』
『辞めてきたっす!!』
『引継ぎは?』
『先輩、上司の弱みは握っておくものっすよ?』
『何をしたお前』
『フフフフフ、人間恨みがあればなんでもできるっす』
新しくも顔見知りな後輩が誕生していた。
「お~、人間ってあんなに飛ぶのかぁ」
その後輩も今では空の人(物理的)と化している。
『主も似たようなものであったぞ?』
「俺の時はもう少し高かった気がしますよ?」
『カカカカカそうだったかのう?』
あの時は少し手加減がサビついておったからのうと言う、フシオ教官の言葉は聞かなかったことにする。
代わりに体を叩きつけるような音がしたあとに今度は金属をぶつけるような音が響く。
BGMとしては無骨であるが、俺と教官の間でならこの音が丁度いいだろう。
「我武者羅だなぁ、もう少し考えて剣を振れば隙も体力消費も少なくなるのになぁ」
『それを知るに至る経験が少ないのであろう、ほれ、よく人は言うであろう次があると』
「あなたたちと真剣で戦って次があると思えないのですが」
『次をやるほどワシは優しくないからのう』
暗に敵対したら確殺って意味ですねわかります。
ええ、体に染み込ませられるほど。
「なら俺や海堂は幸せ者だ。次があるのだから」
事実、こういった何事においても上位者との交流とは辛くても何事において財産となっている。
次があるというのはそういうことだ。
『然り然り、ああやって我武者羅に挑んで経験を積めるのじゃそれは幸せなことじゃ』
それにしてもおかしな話だ。
目の前で海堂が真剣を振り回し斬りかかっているのにフシオ教官と話している内容も殺伐としているはずなのだが、この場は間違いなく前の職場よりも居心地がいい。
海堂の奴が入ってきてからは少し空気のテンポが明るくなった気もする。
「……」
「あ? やりすぎたか」
どうやら少々フシオ教官との会話に夢中になっていたようだ、気づけば訓練場が静かになっていた。
居合抜きをするように綺麗に胴切りを決められ崩れ落ちた海堂をツンツンとまるで生きているかどうか確認するかのようにチャンバラソードでつつくキオ教官の姿はシュールだ。
つつかれている本人は冗談抜きで動かないので一応駆け足で近寄る。
人間限界を超えると何もできなくなるという生きた見本であろう。
「おら起きろ海堂」
だが、それを許すと時間が足りなくなるので、キオ教官が離れるのを見計らって片手に持った物の中身を海堂にブチまける。
「っは!? 何か見てはいけないものを見たきがするっす!? あと……体中が痛いっす!!」
変顔コンテストに出れそうな表情で気絶した海堂をバケツの水をぶっかけることで目を覚ませてみれば、思いのほか元気そうだった。
俺の時もそうであったが、人間とは意外と頑丈にできているらしい。
「黙って飲め」
「グボ!?」
それでも限界まで出し切ったのだ。
腰に装備していたホルダーから一本取り出し、表情筋以外動かない海堂の口にポーションを差し込んで飲ませる。
ゴボゴボと苦しそうに飲み干させるが、そこはファンタジー製品だ。
次第に体に染み渡るように海堂の体を癒してくれる。
「ぷは!! ポーションは効くっすねぇ、前の会社で欲しかったっす」
「ポーション飲んで残業のデスマーチなんて御免被る」
ポーションを飲ませてから数秒、痛みが体から引いたのか腹筋を使って大の字から上半身を起き上がらせた海堂の言葉にツッコミを入れる。
山積みの企画書類にパソコンの画面の光、目の下に隈はなくても精神的にげっそりした顔の口元にポーションの組み合わせ想像するだけでも嫌すぎる光景だ。
「時間的にちょうど折り返しだ、次はフシオ教官の研修だ」
「……物理の次は魔法っすか」
時計を見れば午後の研修を折り返す時間帯が迫っていた。
物理的な悪夢から今度は魔法的な悪夢が待っていると海堂は知るや否やポーションによってスッキリしたはずの表情がどんよりとしたものに変わる。
「自業自得だ。お前が魔法剣士なんて面倒なポジションを希望したからだろう。ただでさえ複合職業は難しいんだ。それを最初からモノにするならこれぐらいはしないとな。それに、初期装備で鉄剣二本に革装備それと交渉して最下級であるが魔法媒体を支給されただけありがたく思え」
魔法媒体とは簡単に言えばマイクのようなものだ。
通常でも声を出せるものだがマイク越しにスピーカーに通せばと声が大きくなり遠くまで聞こえる。
それと一緒で、魔法媒体なしでも魔法は使えるが媒体を通すことで威力の向上、効率化を図ることができる。
海堂に与えたのは最下級も最下級であるから、どちらかといえば魔法を使う感覚を掴むための教材用といった感じの代物であるが役に立つものであるには変わらない。
魔法媒体は作るのに手間がかかるらしいので最下級でもそれなりの値段がするらしい。
それが複合職用となると値段はさらに上がる。
なのでペンダント型のやつを与えられた海堂には期待に応えてもらうためにもしっかりと研修を受けてもらわなければ困る。
「だって、なんかかっこよさそうだったから、つい」
「今からでも希望変えられるが、どっちかに専念するか?」
「いやここで諦めたら絶対にモテないっす!!」
「そうか」
しかしコイツがこの職業を選んだ理由がかっこいいからと理由を聞いたときは思わずタバコを取り落としそうになった。
今時の小学生でももう少しまともな志望動機を考えるだろうが、これもコイツの持ち味だと思うことにする。
頭の片隅では処置なしとキリをつけているが、時間も押しているので気にせず立ち上がる。
「あ、そうだ先輩」
「なんだ?」
「まだメンバー増やすんっすよね?」
「ああ、さすがに俺とお前だけじゃなぁ、戦力的にも問題がある。可能であれば今後も増やしていく予定だ」
それを引き止めるように声をかけられたので海堂の休憩に付き合うような形で話に乗る。
「じゃ、じゃ、じゃぁ!! 女の子増やしましょうよ!!」
「ああ?」
「やっぱり男だけだと花がないっす!!それに可愛い子がいればやる気もきっと違うっす!!」
「お前……」
元気が有り余っていることはよくわかったが、代わりに俺は頭痛に襲われた。
ごまかすように、とりあえず一服する。
少しこいつをスカウトしたことを後悔した。
まぁ、それでも悪い奴ではないのですぐに忘れてやることにしよう。
「ふぅ、お前の言いたいことはわかった。一考してやる代わりに休憩は終わりだな。フシオ教官どうやらこちらの準備はできているようです。お願いします」
とりあえず、今はコイツの頭の中に女のおの字も浮かばせないようにするのが一番だろう。
『カカカカ、承知した』
「うぉわ!!??」
ホラー映画でいきなり出てくる怪物のように気配を感じさせず、ヌルリと海堂の背後に立ってみせたフシオ教官はその乾いた骨の手を肩にそっとのせた。
『して次郎よ。どこまでワシはやればいいかのう?』
「全力で」
『カカカカカ、任されたわい』
「そんな殺生な!?」
「海堂、生きろよ」
「けしかけた本人が何を言っているっすか!?」
『さて、時間もあまりないしのう。早速はじめるぞ。とりあえず今日中にすべての属性を体験してもらうか』
「スパルタすぎるっす!? 先輩助け――」
「さて、俺もダンジョンに入る準備をするか。最近、帰るの遅いし今日は早めに上がれそうだ」
「無視っすか!?」
『余所見をしている余裕があるとは、大したやつじゃ。ワシも少し本気になるかのう』
「うぎゃぁ!?」
早速爆発音が聞こえるが、おそらく大丈夫だろう。
派手な音が響いた割に、立ち込める煙の中で全力で走り出していた海堂の影が見えたのだから一撃で再起不能になる心配はないだろう。
それでも少し心配なので、玩具の杖で極悪な魔法を放つフシオ教官を少し眺める。
『ホレホレ! これがフレイムスピリッツじゃ!!』
「火が! 火が追ってくる!!?」
『カカカカカカカ、次は水か? 雷か? 風か? 呪いか? 重力か? まだまだあるぞ!』
フシオ教官テンション高いな。
それでも目的である研修は忘れている様子はないので大丈夫だろう。
とりあえず、保険として。
「キオ教官、これ回復用のポーションです。あとお願いします」
「おう! 任せとけ、立派な剣士に仕上げといてやるよ!!」
「トラウマだけは残さないでくださいね」
「安心しろ、トラウマを乗り越えられる男を作り出す!」
俺の心配を他所に凄みのある笑みでサムズアップしてくるキオ教官。
トラウマを抱えるのは確定なんですね。
と、思ったが口が裂けてもそんなことは言えない。
「なるほど、明日を楽しみにしておきますね。では、ダンジョンに行きます」
「今度俺のところにも挑めよ!!」
「いずれは挑みますよ」
治療用のポーションは渡したからあのマジ狩るステッキ装備のフシオ教官の研修もなんだかんだ言って海堂なら乗り越えるだろう。
キオ教官に監督を任せ、一礼して訓練室をあとにする。
「ヒィィィィィィィ!?」
ドアが締まる間際に聞こえた海堂の悲鳴はまだ生きている証明だと思うことにして、目下の問題を考える。
「新しいメンバーねぇ、さてどうするか」
海堂が入ってきてくれたのでメンバーが増えたのはいいが、前衛の俺と前衛兼中衛といったあいつではいささかバランスが悪い。
結局もう一人か二人追加しないといけないのは間違いないだろう。
「女ねぇ、気が重いわ」
なんだかんだ、必死に研修をしている海堂のことを思えば希望は叶えてやりたいところ。
だがスカウトの実情を考えると容姿で選ぶどころか性別を選べるかも怪しい。
「ま、ぼちぼちやるとして、頭切り替えてアイテム補充してダンジョンに挑むとするか」
完全にゲーム用語が連なっているが、これからやるのは仕事だ。
余計なことは考えずそっちに集中するとしよう。
ふと、この前の公園で出会ったダンス少女の姿が思い浮かぶが、あの時は探査眼鏡を外していたので魔力適性があるかどうかなんてわからないし、もう会うこともないだろう。
浮かんだものを切り捨て、仕事に戻るとしよう。
Another side
人生ってなんだろうと最近考える。
小学校に通って、中学校に通って、高校に通って、気づけば大学生だ。
環境が変わるたびに人付き合いが変わって、楽しいと思えていたのはいつまでだっただろうか。
小学生? 中学生? 少なくとも高校では冷めていたような気がする。
人付き合いが面倒くさいと思い始めたのはいつからだろうか、それも高校生? 薄々感じていたのはもっと前のような気がする。
そんな私が人との付き合いは最低限にして、ほとんどの時間を部屋で過ごすようになるまであまり時間はかからなかった。
カタカタカタと明かりをつけず、パソコンの画面を見ていてやっているのはMMORPG、俗に言うネットゲームだ。
花の女子大生が何をやっているのだときっと同じ講義を受けている同期に知られたら言われるだろう。
そしてまた、愛想笑いで誤魔化して人との距離を取る。
それがまたなんとも言い難い嫌悪感を感じる。
面倒くさいの一言で終わってしまうような人間関係など本当に必要なのだろうか。
こうやって、顔も突き合わせずネットの関係の方が気楽で楽しいと思ってしまう。
クリック一つ、キーボード一つで世界が構成されるなんと素晴らしいことだろう。
「お、レア物で「おらぁ!! 飯だって何回言わせる気だ!! いい加減部屋から出てこい!!」くぁwせdrftgyふじこlp!?」
もっとこの世界に浸ろうとした瞬間にドアが開け放たれた?
いや、私の経験からすれば蹴破られたと言ったほうが彼の行動を言い表すには正しい。
その行動に驚いた私はとっさに姿勢を正したがそれが悪かったらしい
絶妙な奇襲を受けた私は反動で真後ろへ倒れてしまった。
こ、腰を打った痛い。
「ったく、ゲームをするのはいいが飯時になったら降りてこいっていつも言っているだろう」
「う~、驚かせないでほしいでござる。おかげで、椅子から転げ落ちたでござる」
「うっせぇ、時間を守らないお前が悪い」
「う~、昔はあんなに可愛かったのに、どこで育て方を間違ったでござるか」
「少なくとも、お前の世話を焼いた記憶はあるが、育てられた記憶はねぇよ」
電気がつけられ明るくした張本人を見る。
倒れた椅子を起こし、入口の方を見ればお盆を片手に立つ小さい少年が、大事なのでもう一度言うが、小さい男の子が立っていた。
「おい、今失礼なこと考えなかったか?」
「嫌でござるなぁ、拙者がそんなことを考えるわけないでござるよ」
「お前がそうやってごまかすときは大抵オレの身長のことを考えていた時だよなぁ? 夕飯は無しってことでいいか?」
「それだけは!! 兵糧攻めだけはご勘弁を!?」
「ええい!! まとわりつくな!? 味噌汁がこぼれて火傷したらどうするんだよ!? 分かったからとっとと離れろ!! 今飯並べるから」
「お母さん!!」
「誰がお母さんか!? オレの方が年下だぞ!!」
私こと知床南のタックルの速さはラグビー選手並みに匹敵するが、これでも自称か弱き乙女なのだ。
私より頭半分小さき少年こと、この幼馴染、所沢勝でも片手に夕食を持っている状態でも受け止めることはできる程度の威力しか発生しない。
そのあとは夕飯を逃さないように抱きついてはいたが、勝はたとえ喧嘩していてもしっかり食事を取れと言ってくるような存在だ。
さっきの言葉もブラフだとわかる。
要は、この一連の行動もいつものやり取りということになる。
その証拠に、私が離れるとパソコンを設置している机ではなく、入口の近くにある小さなテーブルにお盆の上にあった夕食をお茶付きで並べてくれる。
「ったくおい、いつまでそこに立っているんだよ。夕飯冷めるぞ」
「お~今日は和食でござる~一日ぶりの食事でござるよ~」
「一日って、朝飯も昼飯も食わなかったのかよ?」
「今日は休日だった故、レポートを仕上げた反動でツイツイゲームに走ってしまったでござるよ。ゴクン、反省はしているでござるが後悔はしていないでござる!」
「威張るな! ああ、また部屋を散らかせて、教科書はしっかり片付けろよなぁ、洗濯物もこんなに溜め込んで」
「勝にもわかるでござろう、あむ、こうなるのも、ゴクン、自然の摂理でござるよ」
「南が全然家事をしないからこうなるんだよ!!」
とりあえずいただきますと合掌し、私が夕飯を食べる傍らで、セカセカ、いや、チョコチョコ? とりあえず忙しく動き回る勝を見ながら箸をすすめる。
「本当に、勝はいい嫁になるでござるな」
「誰のせいで家事全般がうまくなったと思う!!それと何度も言うが俺は男だ!!」
「安心するでござる、世間では男の娘という存在があるでござる。勝も見た目はちょっと男っぽいでござるが比較的中性的な顔立ち、化粧と格好でいくらでも誤魔化せられる範囲でござる」
「嬉しくねぇよ!!」
「そして言いたいでござる、勝たんは俺の嫁と!!」
「誰が嫁だ!?」
「勝でござるが? きっと今の状況を見れば誰でもそう思うでござるよ」
グサリと私の言葉が突き刺さったのか、ビクリと肩を揺らし少し考えたと思うと壁に手を当てて顔を手で覆い勝は暗い表情を浮かべた。
頭の上に影が見えるでござる。
「……今の状況で否定する要素が見当たらねぇ」
「状況証拠はそろっているでござるなぁ」
夕飯の支度、掃除、洗濯、買い物、おそらく下に降りればリビングの机の上には特売やら安売りのチラシがきっと置いているに違いない。
それも、きちんと赤ペンで印が付けられたもの。
「昔は拙者の下着を見て顔を赤らめていたのでござるが、成長したものでござる。最近それもなくなったでござるなぁ」
「何年一緒に過ごしてきたと思っているんだよ。今更だそんなもの」
仮にも年頃の女性の下着をそんなものする扱いするこの幼馴染に物申したいがそれよりもお味噌汁を啜るのに忙しいのであとで報復するとしよう。
まぁ、私は心が広いから耳元が赤くなっていることは見なかったことにしよう。
食事を食べている傍らに進む部屋の片付け、本棚は綺麗になり、ベッドメイクはされ、屑かごに入りきれなかったゴミをゴミ袋に入れられる。
きちんと埃が食事に入らないように配慮されているところが手慣れている。
所要時間はおよそ三十分、私が食べ終わる頃には目の前で勝もお茶をすすっていた。
「常識的に考えたら食事中に掃除するとかありえないぞ」
「やった後に言うのが勝らしいでござるよ」
「遠まわしに自分で片付けろって言っているんだぞ」
「それでも片付けてくれる勝は拙者大好きでござるよ?」
自分で揚げ足をとっているのはわかる、のらりくらりと躱そうと意識して言葉を選んでいるというのもある。
少し心の内で黒いものが鎌首をもたげる。
だがこの幼馴染は
「……それで、大学はどうだ?」
私が嫌がる領分というのをしっかり理解している。
やや話の変え方が雑ではあるが、これ以上は入ってはこないでと私が思うよりも早く引いてくれるから、私が面倒だと思わない数少ない人物だ。
「いつも通りでござるよ、講義に出て卒業に必要な単位をとって程々の人付き合いをしてあとは家で過ごす。それだけでござる」
そして、もたげた鎌首はすっと奥の方に眠ってくれる。
「そのいつも通り中で、朝起こすことと朝食や弁当の作成をなぜ俺がやっているか聞きたいのだが」
「夕食を忘れているでござるよ」
「ああ、掃除と洗濯も忘れていたな、俺がいなくなったらどうするんだよ」
「餓死でござるかなぁ」
「潔すぎるだろう!! 働け!」
「だが断る!! 働きたくないでござる!! 拙者が魅力的だと思うような仕事でないと働きたくないでござる!!」
「社会を舐めるな!!」
「高校生が言うセリフでないでござるよ」
「もうすぐ社会に出る大学生の言葉でもないがな」
勝の口から出た『働け』という言葉で昔から親からも言われ続けた言葉を思い出した。
このまま生きてあんたは何が楽しいのだと、世間様にきちんと顔向けができるように生きなさいと。
口うるさく言われた言葉はまるで呪歌のように思い出した途端に頭の中でくり返し流れ始める。
さっきまで暖かった気分が急に寒くなり、気持ちが悪くなる。
頭をブンブンと振り回して追い出そうとしても、一向に消え去る素振りを見せない。
がんじがらめに冷め切った鎖が身を縛るように喉元が苦しくなる。
重圧。
最近特に感じるようになった生きるにあたって避けることのできないものだ。
こんなものを感じながら生きるのが必要なのか?
もし、必要だというならいっそのこと「南がやりたいって思える仕事ってなんだよ?」
「?」
だけど、じっとこちらを見守るような声が鬱屈した気持ちを押し出してくれる。
「……そうでござるなぁ」
私は何を考えようとしたか忘れ去るように、わざと口調をゆっくりとしたものに変える。
さっきの奇行など見なかったように他所を見ているように見えて、それに反するように脇見でこちらをしっかりと見ている勝は湯呑をおいて話をする態勢を作っていた。
「ファンタジーの世界とか楽しそうでござるなぁ」
「ファンタジーってゲームみたいのか?」
「でござるなぁ、魔法があって人じゃないエルフとか獣耳の獣人がいて、危険生物と戦う、そんな仕事をしたいでござる」
「二次元の仕事を持ってくるなよ、そんなの現実にあるわけないだろ」
そんなことは分かっている。
ただやりたい仕事と言われて、思いついたのがそんなことだったのだ。
OLをやる姿も、保育士になる姿も、看護師になる姿も、おおよそ人がなろうと思う現実的な職業になる自分の姿が思いつかなかった。
「言ってみただけでござるよぉ」
それだけ。
「なんだよ、ゲームが好きだからゲームクリエイターとか出てくると思ったのにな」
「ゲームは消費者側でいたいのが拙者でござるからなぁ、作るのは面倒くさそうでござる」
「なんでだよ、絵とかうまいだろう?」
「趣味の範囲でござる~働きたくないでござる~」
「なんだよそれ、結局はそこに落ち着くのかよ」
それだけなのだ。
だから、こうやって数少ない苦痛とならない人と関わって、ただ惰性で生きていく。
そんなものに意味を見いだせない私はどうやって生きていけばいいのだろうか。
ゲームの中のように正義感にあふれるわけでもなく、何かの衝動に突き動かされるのでもなく、このまま行けば引きこもりのNEETが一人誕生するだけの未来がありありと思い浮かべられる。
だからだろうか、この何気ない会話の日常が永遠に続いてほしいと思ってしまう。
変わらないでほしい。
そう望むのはわがままであろうか?
「拙者、デザートを所望するでござる」
「とりあえず、風呂に入ってこい。食器洗ったら出してやるから」
「拙者の幼馴染がおかんな件に関して」
「誰がおかんだ」
だから見なかったことにする。
食器を下げるついでに私に見せるつもりであっただろう職安のチラシを持ち帰る幼馴染の姿を。
「勝~バスタオルはどこでござる~?」
「もう出してある、さっさと入ってこい」
「なんなら一緒に――」
「入るか!?」
Another side END
知床 南 十九歳 独身 彼氏無し 保護者付き(幼馴染)
魔力適性 不明
役職 未定
今日の一言
明日から本気を出すでござる!!
今回も新キャラを増やしていきます。
舎弟口調の後輩に加えて、オタクキャラとおかんキャラ、比較的書きやすかったキャラの三人です。
もう少しキャラを増やして行きたいと思います!!。
ふと、自分の好みのキャラクターを書けたらいいなぁと思いながら皆さんに楽しんでいただけたら幸いです。
これからも勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いします。