132 受け答えは注意しろ
諸事情につき日にちがずれましたが、投稿します。
「なぜそのような結論に至ったか……」
俺の質問に対して天使は神妙な顔で手を顎に当てて考える仕草を見せる。
天使というだけで存在感があり、なおかつ顔が整っていることも相まってその仕草は非常に様になっている。
「帰ったら間違いなく仕事が溜まっているからだ」
「は?」
あとは言葉が顔と一致すれば完璧なんだが、天は二物を与えてくれなかったようだ。
顔は真剣なのに出てくる言葉が残念すぎる。
「つい先程まで脱出することを念頭においていたが、冷静に考えて勇者に同行した日数を換算すれば三百年に達する。それだけの間全く私は働いていない。そうなれば必然的に私に割り当てられた仕事は山積みになっているはずだ。業務に必要な部分はおそらく誰かが私の代わりに仕事は片付けているだろうが、時間感覚が人間よりも長い天使であれば急ぐという仕事の方が少ない。よって仕事は溜まる一方だ。太陽神は私の存在が消えていないことをご存じのはず。なら帰ったらまず間違いなく仕事が待っている」
「いや、そんな会社のOLじゃないんだからよ」
「何を言う!! 天使は人間が思うほどアットホームな存在ではないんだぞ!! 世界の平和という名の終わらない業務!! 神から作られて力を与えられているおかげで肉体的にも精神的にも耐久度が桁を外れてしまっている。おかげで無理難題にも応えられてしまう! なのに疲労は感じる。そして今回の失態だ! 出世街道から外れのんびりと部下を叱責するだけの簡単なポジションにはもうなれない! なら堕天するしかないじゃないか!」
失態というか寝坊だがな。人間から見ると考えられない期間だが……突っ込んだら面倒なので黙っていよう。
しかし何故だ。
堕天するしかないという部分が、辞めるしかないという台詞に聞こえてしまう。
今のマントの格好も一瞬だが、スーツ姿のOLに見えた。
「そ、そうか」
鬼気迫るとはこのことか。
天使の迫力に一歩引いて答える。
しかし天使も意外と大変なんだな。
今の会社に所属してから、できる仕事人のゴブリンや鬼ヤクザの教官、ドクロ紳士に、鶏に跨るダークエルフ、道具屋の吸血鬼に管理職の悪魔といった、種族イメージをことごとく変えていく出会いが多い気がする。
今回の天使の話もそうだ。
天国みたいなところで花畑でふわふわと遊んでいるようなイメージがあったが、実際はバリバリOL戦線みたいな企業体系だったのか。
今の天使の心情を察すると、そんな環境に今更もどるくらいなら辞めてやるといった感じなのか?
天使業を辞めるイコール堕天。
うん、筋は通っているような気はしなくもないが。
しかし堕天と言われてもいまいちピンとこないが、俺が知る範囲、ゲームとかの話で言えば聖属性から魔属性に変わったりするぐらいしかわからない。
漫画とかなら一気に性格が変わったりするのだが……
「……」
「?」
目の前のポンコツ天使が反転したりするとどうなるか?
一見生真面目には見える。
見た感じは仕事を与えれば真面目に仕事をこなし、それなり以上の成果を出すタイプと見た。
そんなタイプの天使が反転し性格が変わる?
生真面目の反対は堕落だが。
何故だ、部屋に引きこもる天使の姿しか思い浮かばない。
いやほかにあるはずだ。
こう、なんだ。
堕天使っぽいなにか。
破壊衝動に身を任せたり、復讐に燃えたり、暗躍したり。
……自分で考えておいてなんだが、目の前の天使が堕天しても俺にメリットは皆無で、むしろ現状が悪化することにならないか?
「却下だ」
「しばらく見つめられたと思ったら唐突に却下されたな」
「当たり前だ。お前が堕天して最初に迷惑を被るのは俺だ。なら被害を最小限にするのも当然の行動だ」
「ふむ、そうなると貴様が私と一緒に神の許に行くという選択になる「わけねぇだろ」っち」
この天使、舌打ちしやがった。
流れで俺をその神? この場合はイスアルの神だから太陽神か。
名前も知らない神様の許に行って何が起きるかといえば、勇者という名の世界の奴隷になるわけだ。
世界平和のために残業という言葉を撤廃し、神の仕事をこなすアットホームな職場。
なんだよそれ、冷静に考えればブラック通り越してカオスな職場じゃねぇかよ。
しかも奴隷って社畜よりランクダウンしてるじゃねぇかよ。
「舌打ちしたいのはこっちだよ。ったく。そもそも堕天したらどうなるんだよ。あれか? 額に邪気眼でも目覚めるのか?」
「主に羽の色が変わるだけだ」
「……」
「あとは神との繋がりが絶たれるくらいか?」
「そっちのほうがメインだろ……」
思っていたよりも堕天ってルーズな感じでできるのか?
「と言うか、堕天するなら俺関係なくないか? それこそ自由になるなら好きに動けばいいじゃないか」
俺の勝手なイメージで悪いが、聞いた話をまとめると堕天というのはいわゆる辞表に近い代物だろう。
いや、もしかしたら話していないだけで俺の知らないリスクもあるかもしれないが……
話しぶりからしてそれもなさそうだ。
そうなってしまえば、俺の中での堕天のイメージが完全に堕天イコール辞表という等式になってしまった。
そこで疑問にというよりは気づいたというべきか。
天使を辞めて堕天使になって仕事から解放された! とこの天使は状況を変化させようとしているのだろう。
仕事がブラックで未来は明るくないなどの理由で辞める人種は結構多い。
そんな人間がいるくらいだ、一人くらい天使でも同じ存在はいてもおかしくはない。
ならば、辞めたあとの話などそれこそ俺と関わる必要はないのではと俺は思った。
「何を言っている、堕天するなら貴様に仕えるに決まっているだろう」
「は?」
「ちょっとまて、問答無用で私の頭を掴むな。上位天使の私に悟らせないほどの素早い動きは見事としか言えないがまず落ち着け! まずはその込めようとしている力をゆっくりと深呼吸しながら抜くんだ。いいか落ち着いてゆっくりだぞ?」
だが、次に出てきた言葉を聞いて俺は無意識下で最短距離で距離を詰め、これまた最速で衝撃を与えないようにされど力強く天使の頭を鷲掴みにしていた。
このあと何をされるか予想がしやすい状況になった天使は素早く状況の改善に乗り出したが。
「なんで、堕天したら、俺に、仕える、ことに、なるん、だ?」
「いあたたた! 一言ごとに力を強めるな!! 言うからまずは力を抜いてくれ!」
厄介事を持ち込もうとしている奴は天使だろうと有罪だ。
手は緩めず、むしろ黙秘したら威力を強めるという意思を舌に乗せて。
「吐け」
ただ一言口にする。
「堕天したら私は行くところがないからな!! 衣食住の確保のために行動するのは必須! 目の前に魔王軍に所属する優良物件な人間がいるとなればそれは飛びつくしかないだろう!!」
この時の俺の状況を後でこの天使に聞いたら、当時の俺の気迫は魔王軍の幹部と相対した時の感覚と同じだったらしい。
人とは思えないほど謎のオーラを纏っていたとかなんとか。
特にあの時、ハイライトが消えた瞳が言葉を偽ればツブスと目で語っていたところが本気具合を語っていたとかなんとか。
「帰れ」
「慈悲を! このまま仕事に忙殺されて何百年も過ごすくらいならいっそ堕天したほうがマシなんだ! だが、堕天したら行くところはないしきっと神界から追っ手がかかる! そうならないために私を保護してくれる人が必要なんだ!! 私は役に立つぞ!! 戦えるし、戦えるしほんの少しだけ癒しの術も使えるし、あと戦える!」
「ひっつくな! あとどんだけステータスが戦闘に偏っているんだよ!! 脳筋か!? 今時の就職の面接でもそこまで特化した人材を見るのは珍しいわ! 戦い以外に役に立たないじゃないか! せめてもう少しアピールポイントを変えてから出直せ!!」
「美人だ!!」
「誰が外面アピールしろといった!! ド直球な部分を変えてくるな!! せめて仕事ができるなら書類仕事が得意くらい言ってみせろ!!」
「書類仕事は嫌いだ!!」
「気持ちはわかるがそこは偽れよ!!」
天使に慈悲をとか与える方向性が逆ではないだろうか?
帰っても叱られて仕事に忙殺される未来、堕天しても行く宛がない。
進退極まれりと嘆く天使を見てさすがに哀れになってきた。
これで胡散臭かったり不真面目であったら見捨てるの一択に絞れるのだが、どうもこの天使は憎めない。
どうにかしてやりたいとはちらりと思ったが、俺の独断で仮にも魔王軍に天使を引き取るのはいかがなものなのか?
仮にこのまま連れ帰り許可を取るとなればさすがにスエラじゃ無理だろうから、監督官に話を通す必要があるだろう。
『跡形もなく消し飛ばせ』
うん、俺の想像だが監督官なら即答で言いかねない。
天使という存在を毛嫌いしているという話は聞かないが、それでも悪魔と天使は水と油の関係だろう。
決して混ざり合うことはない。
なので。
「頑張れ」
「慈悲を!!」
俺は天使を励ますしかない。
せめてもの慈悲で魔王軍に捕まって消し炭にならなかっただけ感謝してほしい。
相談も何もない勝手な想像の結末であるが。
それに
「どっちにしろ、俺このあとダンジョンで素材を集めないといけないからな。追われているお前に同行することはできない。諦めろ」
この後も俺はダンジョンでやることがある。
ダンジョン内で素材を集めるという本来の目的が。
それを果たすためには追われているこいつを引き連れて歩くわけにはいかない。
「? 素材はもう出てこないぞ。仮にも天使の私がダンジョンの機能を放置すると思ったのか?」
「ん?」
「脱出するときにダンジョンコアを安置する部屋を消し飛ばしておいた。そうすればダンジョンにモンスターが出てこなくなるのは知っていたからな。脱出するときも楽になる」
「すなわち」
「今いるモンスターを殲滅したらもう出てこないぞ」
「お前、三日間このダンジョンに篭っているって言ったよな?」
「ああ言ったぞ」
「どれくらいモンスターと戦った?」
「正確な数を数えるのが面倒になる程度には戦ったな」
「……この先にモンスターは?」
「ほぼいないと思う。私が殲滅したからな。どうだ私はすごいだろう?」
なのだが……
「この脳筋がァ!!」
「何故だぁ!?」
このアホ天使がその素材を殲滅してくれやがった!!
おまけにこの天使さり気なく魔王軍の経済拠点をひとつ潰しやがった!?
いや、天使だから行動として正しいのかもしれないが、俺の立場からすればとんでもないことをしでかしやがった。
もし仮に、このまま別れたとしたら俺はその重要人物を見逃したことになる。
そして、そのあとに天使が捕まってこのことを話したとしたら……
「もともと私の魔力を使って勝手に生み出したモンスターたちだ!! 天使としてそれを看過するわけにはいかない!! よって私の行動は間違っていない!」
再びアイアンクローを受けている天使の言い分は正しい。
そして、一応弁護の余地もある。
そしてなにより、この天使が悪い奴にも見えない。
真っ直ぐなだけで嫌いではない。
逆に秩序やら規律を重んじるお局的な天使だったら真っ先に逃げ出しているがな。
なんか、宗教勧誘的なノリと勢いで洗脳されそうだし。
「……仕方ない、お前を連れていく」
「本当か!」
ポクポクチーンと黙考すること三秒。
メリットデメリット、あとは俺の精神的後味の悪さを勘案してこの天使を連れていくことを決める。
また問題が出てくるかと思ったが、この太陽のような笑顔を見せられればまぁいいかと思えてしまうあたり男は美人に弱い。
「そうと決まれば少し待て」
「ん? 何をん!?」
「ぷは、これで契約完了だ」
「な、な、な」
「あとはこうやってふん! 元のつながりを断てば堕天完了だ!」
だが、軽い人助けならぬ天使助け程度の考えで行なった俺の行動は俺の想像の斜め上を行き。
気づけば唇には柔らかい感触、そしてそれに動揺しているうちにみるみる純白の天使の羽は漆黒の艶のある羽に変わってしまっていた。
「うむ、堕天してみたが悪くはない。むしろ務めから解放された感覚があって良い。そうは思わないか?」
そうして、何かに目覚めた天使、改めまだ名前も知らない堕天使めがけて。
「あいた!?」
拳骨を振るった俺は悪くない。
今日の一言
当方、婚約者たちへの土下座の準備完了。
今回は以上となります。
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