130 担当じゃないと言っても通用しない時がある
天使の初撃が鉄球というのはいかがなものかと疑問に思うが、武装らしい武装が両手を制限する鎖の先にある鉄球なら武器として振るうのは妥当かと思い対処するために体を反応させる。
さっきの精霊の傷を見る限りてっきりもっと激しい戦闘になるかと予想していたが、天使の攻撃は思いのほか手ぬるい。
空気を圧し潰しながら飛来する鉄球を目で捉え、仮にも天使を拘束するための鉄球が素直に鉄でできているとは思えず、そんな代物を素直に鉱樹で弾くのは刃を傷めると判断し、とりあえず回避を優先する。
進化した鉱樹なら真っ二つに切れるかもしれないが、憶測で動くには情報が足りない。
両手を振り回し絡まらないように間断なく責め立てる鉄球の雨。
その隙間を縫うように走りぬけるも、宙に浮いている天使の両足の短い鎖が鞭のようにしなり鉱樹の間合いに近づけさせてくれない。
さっきから物理攻撃しかないのは魔法が使えないのか、あるいは使わないのかその判断がいまいちつかない。
少なくとも爆発ないしそれに準じる攻撃手段があるはず。
まさか鉄球でさっきの爆発を起こしたとは思えないからな。
「魔力が少ない? いや、制限されているのか」
低い位置から高い位置の相手と戦うのは重力加速の換算による威力の増加で不利になるが、有利になる点もある。
低い敵を狙うときに振り下ろしは確かに強力だが逆に振り上げるという動作が必要になる。
その際のコンマ一秒にも満たない時間。
振り上げるときの隙を観察に当てて気づいたのは、あの拘束具は魔力を抑え込むことを主目的としている。
ご丁寧に拘束具を取り外せないように手のひらにすら拘束具をつけて自由を制限している。
それでも僅かに魔力を感じるのは、相手がかなりの魔力を保有しているからだろう。
「五感はいくつ残ってる? 視覚と聴覚は塞がれている」
ブオンと耳元で鉄球が通り過ぎる音を聞きながら触覚で距離感を測りつつ、もう少し寄せられると思い回避動作を修正する。
「生きているのは触覚だけか? 味覚は意味はないはずだ。だが、どうやってここまで正確に俺の位置が探れる?」
ブツブツと現状を口ずさみながら情報を整理し相手との距離を測りつつ一撃を入れる機会を探る。
鉱樹は右肩に載せるように構え、時々躱せない鉄球のみを弾くようにしている。
「威力は……当たれば骨は砕けるな」
弾いて伝わってくる衝撃で大体の威力を測り、防具で受けてもただでは済まない威力だとわかる。
鉱樹もうまく弾かなければ折れるかもと一瞬ヒヤリとするが、冷静になれと言い聞かせ視線を天使に固定する。
速さは対処できる。
威力は喰らえば対処できない。
魔力は封印されている状況なら警戒するだけでいい。
「なら」
情報がある程度まとまり、現状で一番いい手を模索。
即断即決即行動。
現状で切れる最大の手を最速最大で相手に叩き込む。
「これが一番だ! 行くぞ相棒!! 全力ぶつけるぞ!!」
ぐっと鉱樹の柄を握り締め、魔力を流す。
スルスルと鉱樹の根が俺の腕に絡みつき、魔力を循環させる回路を形成する。
薄緑色の魔力の循環が始まり、鉱樹の切れ味、強度共に格段に上がる。
それに反応するかのように、先程まで静かにしていた相手方の魔力が嘘のように溢れ出してきた。
「カカカ、やっぱり向こうも警戒していたか!!」
無理やり蛇口を開けたように魔力が暴走し、一気に天使の周囲が黄色い光であふれる。
手の内を隠していたのはお互い様。
俺が全力でやると思った瞬間、相手もそれを倒す手段を出してきた。
それに対してつい笑ってしまう。
魔力によって僅かに刀身を伸ばした鉱樹を片手に、今出せる最大戦速を以ってして天使に挑みかかる。
「かぁ!! かってぇなぁ!!」
踏み込んだ先、鉄球も鎖も最速で躱し、この戦いで初めて間合いに踏み込んだ最初の一撃の感触は硬かった。
ジンとくる衝撃の感触、切れるとは思わなかったが、まさか魔力障壁で防がれるとは思わなかった。
「らぁ!!」
それでも切れないとは思わなかった。
相手も万全ではない。
障壁そのものは硬いが、対処できないほどではない。
さらに魔力循環をあげて、剣戟の速度と威力を引き上げる。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
猿叫も併用した全力の斬撃の嵐。
攻撃を最大の防御となす、封殺の攻撃。
その刃の嵐に生身で入り込めば瞬く間にミンチにできる自信がある。
魔法を撃たせず、防御に固定させ、その防御すらガリガリと削り取るように鉱樹の刃を振り下ろす。
「……」
そんな中で何故か天使と視線があった気がした。
覆面越しで顔は見えないはずなのに、確かに合ったのだ。
「っ」
そしてぴたりと相手の動きが止まった。
そのおかげで俺もつい攻撃の手を止めてしまった。
明確な隙、ここを突かれたらまず間違いなく一撃をもらっていたと思われる空白。
「……」
「……」
だが、天使は最初の攻撃が嘘のように何もしてこなかった。
覆面越しに感じる視線というのもおかしなものだが、間違いなく目の前の天使は俺を視ている。
「……ったく、俺にどうしろと?」
さっきまであった敵意が消えてしまっている。
興ざめとでも言うのか、相手に戦う意思がなくなってはこちらも戦う気になれない。
襲ってきておいて、いきなり静かになるなんておかしな話だ。
念のため鉱樹を構えてはいるが、多分大丈夫だろう。
「ぁ、ぁ、ぅ」
「あ?」
一分か、十分か。
少しの間睨み合っていたが、変化が起きた。
ずっと黙秘していた天使から声が聞こえてきた。
覆面越しでくぐもって何を言っているかさっぱりわからないが、何かを伝えようとしている。
拘束具で手を覆われ、何も掴むことのできない手を覆面に当てる。
「外したいのか?」
その仕草で目の前の天使が何をしたいか把握するが、それを手伝ってやるかまでは迷う。
仮にも敵、それも拘束した状況で若干有利な相手を解放するなんて冗談でもやらない。
「……」
しかし、さっきまで戦っていた俺を目の前にして必死に覆面を剥がそうとしている姿を見ると明らかに事情があると言っているようにしか見えない。
「ああ! わかった!! わかった!! だから女の顔をそんな乱暴に扱うな!!」
段々と覆面の剥がしかたが乱暴になってくるのを見ては折れるしかなかった。
体つきから見て女性。
容姿は分からないが、それでも殴りかからん勢いで覆面を剥がそうとしているのは見るに耐えない。
鉱樹を背にしまい。
歩み寄り、天使の右手を掴む。
それだけで天使はおとなしくなりこちらに視線を向ける。
ジッと何かを期待するような視線にはぁとため息を我慢できなかった。
「ったく、なんでこうも厄介事ばかり増えるんだよ……俺、結婚用の素材を集めているんだよな?」
なんで素直に集めさせてくれないんだと嘆きながら、手近な手の拘束具を見る。
手首につながっている金属製の輪の先に鎖と鉄球、体全体は隙間なく黒い固めの布のようなもので覆われている。
腰付近にあるベルトが引きちぎれているのは元はそこで両手を固定していたのだろう。
「魔紋か? これ」
そんな拘束衣を見ていて気づいたのは、その表面をうっすらと脈のような魔力が流れていた。
見覚えのあるそれは俺にも施された魔紋によく似ている。
魔紋とは魔力を取り入れ放出するための道だ。
それを拘束衣に流用しているということは。
「……なるほどな」
全身黒ずくめの鎖で雁字搦めにされた天使の拘束方法がなんとなくわかったが、どうにかできるか?
「とりあえず、鎖を切るか」
まずはまだ外しやすそうな鎖をどうにかしよう。
再び鉱樹と接続し一歩離れる。
さっき鉱樹と打ち合ったときの感覚から切れないというイメージがわかなかったからおそらくは切れる。
心配なのは鎖を切ろうとした動作を天使が攻撃だと思って反応しないかどうかだが……
わずかに迷いつつ、開き直ってそのままゆっくりと鉱樹を振り上げて構えても天使はこちらを見るだけで何もしない。
振り下ろす方向を変えれば間違いなくこの天使の命を刈り取れるにもかかわらずにだ。
「ジッとしてろよ」
その仕草に安心するが、いささか不気味だ。
攻撃するつもりはないがこうも信用されるいわれはない。
さっきの攻防でこの天使はなにを思って身を俺に任せられるほど信用する?
なぜだと思いつつ天使の顔を睨んでみるが、覆面越しに俺に視線を合わせるだけで特にそれ以外の反応を示さない。
その仕草に深く考えるのをやめ、深く深呼吸し魔力を循環し始める。
鉱樹との接続が始まり魔力の刃が形成された頃に鉱樹を振り下ろすこと四回。
キンと金属を切る音が数回響く。
その直後、地面に鎖が落ち周囲にその音が響く。
手応えから分かっていたが、地面に転がるそれを見てホッと安堵の息が出る。
手足の鎖は無事切り裂けて、天使も身軽になる。
見えているかわからないが、覆面越しに両手を見る仕草は軽くなったことを確認しているようだった。
「重いな……」
切り離され地面に転がっている鉄球を試しに持ってみたが、ボーリングの玉ほどの大きさしかないのにもかかわらずその重量はかなりあった。
鉄ではこの重さを出せない密度だとすぐ理解できる。
正直身体強化がないと持ち上げることは不可能だと言えるくらいの重量がある。
これを引きずって移動してきたというのならかなりの怪力だと言わざるを得ない。
「さて、次は覆面の方だが……どうやって外せばいい?」
ジッパーがあれば話は簡単なのだが、ジッパーどころか縫い目すら見えない。
正直、着てから縫い付けたのか?と言いたくなるような拘束衣にさっさとお手上げを表明したい。
だが、じっとこちらを見てくる天使にそんなことを言えるわけがなく。
「はぁ、教官なら服だけ切るようなことができるんだろうが……」
ただ黙々とその拘束衣を調べるしかなかった。
女性の肢体、しかもかなりスタイルがいいのをこうも間近で調べているのにもかかわらず、色気というものをまるで感じないのはさっきまで戦っていたからだろうか?
都合がいいからあまり気にしないように調べているが、魔法に関してはさっぱりわからない。
服を引っ張り隙間を作ってそれを切ろうとも思ったが、残念ながらこの拘束衣は伸縮性皆無であってそれも無理であった。
触った感触は革なんだが、それにしてはあまりにも体にフィットしすぎている。
そして調べ終わった。
そのなかで気になるのは……
「やっぱりこれだよなぁ」
気になるのは天使の胸元中央にある南京錠のような形をした物体。
鍵穴もなく一見オブジェクトのようにも思えるが、それ以外に怪しいものはないので消去法でこれが拘束衣の鍵と見て間違いないだろう。
「切るか?」
これくらいの大きさなら鉱樹で切り取ることもできるだろうが、果たして切ることでこの拘束が解除されるのかと言われればわからないと答えるしかない。
だが、それ以外の方法となると、天使の体を傷つける方法以外思いつかない。
「解除されなくても文句を言わないでくれよ?」
黙ったまま成り行きに身を任せている天使相手に結局やるしかないと思い。
再び一歩距離を置く。
すぅっと集中するように深呼吸を一回し、呼吸を止め。
「ふん!!」
天使を傷つけないように水平に鉱樹を振るう。
切っ先に感じる確かな手応え。
物質的抵抗の他に感じる魔力的な抵抗。
その二つを両断した感覚とカランと地面に落ちた金属の音を拾う。
「当たりか」
切った時になんとなく正解だと思ったが、その感覚に誤りはなく。
バチリと静電気みたいな魔力が走ったと思ったらどろりと拘束衣に変化が見られた。
革のような見た目から一転泥のような見た目に変貌した拘束衣は天使の体から垂れ落ちる。
その黒い拘束衣の下から白い肌が見え、それに連鎖するかたちで三対の内封印されていた二対の翼の拘束も解かれる。
その中から現れる金髪の女性は開放感を味わうかのようにバサっと三対の翼を広げ俺を見る。
サファイアのような澄んだ青色の瞳がまっすぐと俺を見つめる。
凛々しく、騎士という言葉が似合いそうな天使はその綺麗な顔立ちを少し崩し、微笑みながら口を開いた。
「勇者よ、よくぞ私を解放してくれた。礼を言う」
「いや、人違いだ」
そして言われた言葉に即答する。
ほかに思いついた言葉で担当が違うと口走り雰囲気を壊しそうになったのは言うまでもなかった。
「あと、とりあえずこれを羽織れ」
そして、拘束衣が溶け落ちてしまったせいで解放されたのは翼だけでなくその肢体もだった。
恥ずかしげもなく堂々と晒すその姿に目をそらしながらマントを差し出すのであった。
今日の一言
勘違いは早めに訂正をしたほうがいい。
今回は以上となります。
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