129 条件次第で動くときは動く、たとえそれが不満な出来事であっても
なんでもないとグレイさんには言ったが、選択を誤ったかもしれない。
仮眠が終わり再度ダンジョン攻略を開始しても、歌詞どころか実際に聞いたのかすらもわからないさっきの歌が頭にこびりついて離れない。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
気になってイマイチ集中しきれない状況がもう半日も続いている。
そんな状態でも思考とは切り離して殺気に反応した体は考えるよりも先に腕を振るい相手を倒すための動作を繰り出す。
軽く振るったのにもかかわらず鉱樹が空気を切り裂き、アルマジロのようなワニの首と胴体を泣き別れにする。
鉱樹と接続できるようになってからなお切れ味を増した鉱樹を前にしたら岩のような肌を切るのも羊羹を切るのも変わらない。
なのであとは俺の見極め次第で相手の攻撃をいかに捌くかの問題になっている。
踏み込み間合いに入って切り裂く、その繰り返し作業で今のところどうにかなっている。
そんな状況で深層に入ってから群れに囲まれたり油断しなければ問題はなく対処できているのはよかったが、さっきから夢の内容が気になって仕方がない。
ダンジョンの道中であの歌声が頭から離れない。
いつもなら夢の内容など悪夢くらいしか記憶に残らないのだが、今回は例外と言えるくらい記憶に残っている。
悪夢の内容を具体的に言えば教官たちと訓練した夜はだいたい同じ内容をいつも夢に見ているが……
え?
それは現実ではないかって?
同じ内容を二度見るんだよ!!
おかげで復習はバッチリで次に生かせる。しかし、それを喜々としてあの二人は上回るけどな!!
って俺は誰に突っ込んでいるんだ?
まぁ、そんなことはいいか……話を戻そう。
そんな俺がここまで鮮明に夢の内容を時間が経っても覚えているということは、すなわちあの夢は俺への危険を通知しているのではないかと推測する。
所謂、予知夢というものではないかと考える。
しかしそれはそれでついに俺の勘は予知の領域に踏み込んだと喜べる要素はあいにくとなく、むしろ楽観視できるようなモノではないとすら思っている。
なんとなくではあるが、これは厄介ごとの匂いがする。
俺の勘がそう言っている。
「そろそろ一つ目の目的地ですね」
「ああ、モンスターの襲撃が途切れた、これは他のモンスターの縄張りに入ったな。それと位置的に考えるとそろそろのはずだ」
「どっちですか?」
「お待ちを……見つけました。ナイトメアシープですね」
だが、それを気にしている暇はしばらくなさそうだ。
岩陰に隠れ、精霊を飛ばし周囲を探索していたマイットさんは閉じていた瞼を開け、進行方向を指差す。
「この先に平原を再現したエリアがあります。そこにナイトメアシープの群れが……おおよそですが百頭いますね」
「百頭か……狙うのはメスなんですよね? 割合は?」
「全体の約二割といったところですね」
「聞いてはいましたが、少ないですね」
「そういう生態なので仕方ないですよ。おまけにオスの数が減ればメスは逃げ出す。種の生存本能としては間違っていませんが、こちらとしては楽ではないですね」
「オスに手間取っていては狩れないということですか。となればやっぱり作戦通り行くしかないですかね?」
「ええ、奇襲して一気にメスを狩る選択肢が基本ですね。風魔法や水魔法でも魔法を使うと羊毛が傷んでしまうので私は基本的に補助に回ります」
「私はモンスターに戦利品が荒らされないよう回収しよう」
「了解です、それでお願いします」
打ち合わせが済めばあとはモンスターを警戒しながら進んでいくだけだ。
ここのダンジョンは俺たちが挑んでいるタイプのダンジョンとは毛色が違う。
会社のダンジョンは鬼であったり、虫であったり、アンデッドであったりと種族の統一がされている。
それによって統制を取り、まとめやすくしているというメリットのもと形成しているが、だが、ここのダンジョンは違う。
各階層複数の種族のモンスターに縄張りを作らせ、バリエーションを確保するタイプのダンジョンだ。
その分統制がしづらくなっているが、攻略する側にも対応力が求められる。
一種類のモンスターに対応できるだけでは進めないというのはなかなかにして面倒だ。
幸い今のところ切れないという相手がいないから問題なく進めている。
これで切れない相手と出くわした日には身体強化もどきの魔法しか使えない俺としてはマイットさんの精霊魔法が命綱になってしまう。
その反面、会社のダンジョンと違い戦力の層が広くはあるが薄く感じる。
対応力を求められるが、突破すること自体は数を揃えられる会社のダンジョンと比べて難しくはない。
その証拠にこういった縄張りの境界といえばいいのだろうか、ここの空間は緩衝地帯となっておりモンスターのエンカウントがまばらだ。
おかげでこうやって小休止が挟める。
間断なく攻めることのメリットと応用力を広げられるメリット、それをうまく合わせられないかと考えさせられるダンジョンだ。
と言っても、このダンジョンも相当古い代物、現在のダンジョン設計術思想がどんな形で固定されているかわからない俺の話などいまさらなのかもしれないがな。
「見えた、って、本当に多いなぁ」
そうこう話している間も足は進む、声を潜め聞こえないように配慮しながら目的地を壁に潜みながら覗き込む。
数は聞いていたがその群れを実際に見るとでは抱く感想は違う。
数字と実物の数の差に辟易しそうになるが、そのあとにももう一種控えていると思うとここで気落ちしている場合ではないと心を奮い立たせる。
「中央にいるのが?」
「ええ、メスです。毛並みが違うでしょう?」
「ええ、真ん中だけ輝いていますね」
オスの羊毛も元は良かったのだろうが獰猛が故その毛色はくすんでしまっている。
だが、その反面戦いを知らないと言わんばかりにメスの羊毛は見事な白色を見せていた。
宝石のような輝きではないが、光の反射でその艶を見せつけるメスたち。
確かに素人の俺でも高級品だとわかる。
そして、こちらにはまだ気づいていないので奇襲にはもってこいの状態だ。
手間はかかったがようやく一つ目の品物に手が届く。
「……」
「どうした?」
なのに一歩が踏み込めない。
その行動を不審に思ったグレイさんが聞いてくるも、根拠のない不安のせいで答えられない。
左を見て何もない、上を見て何もない、背後を振り返りマイットさんがいることを確認する。
正面に目線を向ければ変わらず一見すれば牧場に迷い込んだかのような風景が見える。
「……」
「……」
無言でしか返事を返せない俺の様子に異変を感じたグレイさんとマイットさんも周囲に気を配る。
妙な胸騒ぎがする。
まるでこの空間そのものが罠だと言わんばかりの雰囲気を感じる。
「何もありませんが?」
「ああ、私も感じない」
「俺も感じません。だけど妙な予感がするんです」
「予感ですか?」
「最近感じられるようになったんですけどね、この勘。いいかどうかは別として悪いことに関しては今のところ百発百中なんですよ」
明確な時期は分からないが、自覚したのはここ最近だ。
だが、前々から嫌な予感がしたときの的中率は高かった気がする。
それと同じ感覚を今感じている。
「その感覚を感じていると?」
「ええ、もしかしたら撤退したほうがいいかもしれませんね」
そんな明確な根拠のない感覚に従って口を開いているが、自分でも何を言っているかわからない。
周囲を見回しても、罠らしきものも存在不明の敵やあからさまに危険な強敵がいるわけでもない。
ただ目の前に目的のモンスターがいるだけだ。
傍から見れば怖気づいているようにしか見えない。
そう言われても仕方がないような態度をとっている自覚はある。
だが、ここにいては何か取り返しのつかないようなことが起きるのではと俺の中で何かが囁いている。
「? 他のパーティーを見つけました。こちらに来ますね。ですがこの動きは……何かから逃げている?それもかなり混乱しているようですね」
「何か? かなりまずいものが近づいていると?」
「ええ、そうかもしれません。そのパーティーから少し離れてますが歪な力も感じます。そのせいで精霊たちも騒いでいます。次郎さんの言うとおりここは一旦引いたほうがいいかもしれませんね」
そんな折にマイットさんが周囲警戒用に飛ばしていた精霊がダンジョンの中に入っていたパーティーの反応を見つけたようだ。
ここまで降りられるということは相応の力を持っていることだろう。
だが、そんなパーティーが逃げているとなるとドラゴンでも住んでいるのか?
ナイトメアシープもその戦闘音に気づいたのか、草を食んでいたオスものんびりと寝転んでいたメスも一斉にその方向へ顔を向ける。
それだけはっきりと戦闘音が聞こえてきたからだ。
嫌な予感さえなければ千載一遇のチャンスだと思い奇襲を仕掛けるのだが、ナイトメアシープの動きそのものが俺の嫌な予感を裏付けているとしか思えない。
「引きます。いいですね?」
「……」
「ああ」
「マイットさん?」
即断即決即行動。
それが俺の命をつなげてきた。
手早く身を翻し、その場から離れようとしたがマイットさんが何かを感じ取ったように返事をせず戦闘音の方に視線がクギ付けになっている。
「大丈夫か!? おいしっかりしろ!!」
「どうするのよ!! この先はナイトメアシープの群れよ!」
「わかってる!! あいつはモンスターは襲わないが壁くらいにはなるだろう!! とにかく今は逃げることだけを考えろ!! 階層をまたげばあいつもきっと追ってこれない!」
「わかってるけど!! 私の精霊ももうもたないわよ! そうなったら盾もない今の状況じゃ!」
完全に逃げるタイミングを逃してしまったが、逆にどうしてマイットさんがその場を離れられなかったかはわかった。
俺たちとは正反対の別の通路から飛び出してきたダークエルフのパーティー。
男女のコンビだと一瞬思ったが、男の背には別のダークエルフの女性が背負われている。
そして彼の精霊だろう側に付き従う形でとなりを走るライオンほどの大きさの緑色の毛並みを持つ犬の背には罅だらけの鎧をまとった人物も見える。
それに遅れて今度は吹き飛ばされるように吹っ飛んできた人間と同じ大きさほどの、身を隠せるほどしっぽがえらく広く平べったい狸のような精霊が出てくる。
「マルス!」
青色の毛並みを持つ狸は必死に相手を威嚇し主を守ろうとする。
だが現実は残酷でその威嚇は相手には通じていないようだ。
威嚇を無視して再び魔力弾がその身を襲いその巨躯は再び吹き飛び地面に転げ落ちる。
だがこちらも懸命に起き上がり、再度牙を剥く。
その姿は傷だらけで、魔力を血のように流し今にも消えそうになっている。
その主であろうダークエルフの女性は心配そうに叫ぶも、それに返事する余裕は彼にはなかった。
攻守に使える自慢の尾は傷だらけ、爪は砕け、牙は届かず、精霊自慢の魔法は魔力切れ一歩手前で使えない。
そんな姿を見てその主も必死に魔法を詠唱し精霊を治療しようとしているが、回復が間に合っていない。
万事休す。
明らかに彼らが劣勢で、このまま行けば全滅するのは目に見えている。
そんな光景を見るマイットさんの顔を俺は見てしまった。
「……グレイさん、義息子のわがまま聞いてくれます?」
「……吸血鬼に会ったら同じことをするなら聞こう」
「ええ、約束します」
決意というには軽いかもしれないが、それを見た俺はあっさりと行動指針を決められた。
厄介事とわかっていても条件が揃ってしまえば、動く人間はいる。
そんな俺が何をするかわかったのかグレイさんは仕方ないとため息一つで了解してくれた。
もし仮に相手がダークエルフではなく獣人であれば俺は迷わず撤退していた。
もし仮にスエラと結婚しようと思っていなかったら俺は迷わず撤退していただろう。
もし仮にと条件をあげ連ねるが、既に俺は彼らを助けるということを決めてしまっていた。
「マイットさん」
「次郎君」
「助けます。今からナイトメアシープを追い払い彼らをこっちに誘導します。マイットさんは彼らの治療を」
「すみません」
「スエラから聞いていますよ。ダークエルフは仲間思いだって、それこそ命の危機が目の前にあれば見捨てられないほど。ならその一族に連ねる予定の俺がそれを無視したらだめでしょう?」
苦笑一つで覚悟を決められるようになったのは良いことなのか悪いことなのか。
優柔不断だった俺はいったいどこに消えたのか、こうやって決断力が身に付いたのは嬉しいが厄介ごとに首を突っ込みやすくなってしまったと思うと少し切なくなる。
「グレイさん彼らの護衛を」
「うむ、終わり次第そちらに向かう。無理はするな」
「善処します」
ここは会社と違い、魔力体に変身できない。
イスアルと同じで命を落とせばそれまでだ。
強敵に挑むというのは命を懸けるということ。
それをしっかりと自覚し生き残るという覚悟を持って、かちりと俺の中にある戦闘のスイッチを押し込む。
マイットさんに彼らの治療を頼み、グレイさんに護衛を任せた俺は一固まりの暴風へと化す。
一足でトップギアになった俺はまずは通路を確保するために、奇しくも奇襲する形でナイトメアシープに襲いかかった。
本来であれば羊毛を確保するために血を流さず仕留めるという手加減を課そうとしていたが、それが必要ではなくなった。
そうなれば群れることで強さをしめす個体に『面倒』だと思っても『負ける』とは思わない。
鉱樹の届く範囲その全てを使い、ナイトメアシープの屍を量産する。
「な、なに? こっちに来る?」
「別のパーティーか!? 逃げろ!!」
「向こうに逃げろ、時間は稼ぐ」
警戒していた逆方向から襲われては、ナイトメアシープも無防備を晒すほかない。
反応した個体もいたが、完全に対応するまでに俺はダークエルフのパーティーまでたどり着いていたが止まることはせずそのまま一言だけ伝え通り過ぎる。
「人間!? どうしてここに」
「わ、わからない。もしかしたら戦闘奴隷かも。ほら、向こうにダークエルフがいるわ!」
「同族が助けてくれたのか!! 助かる」
必要最小限の会話ですれ違って、通路に飛び込んだ先で立ち止まった。
そんな俺は背後での会話が聞こえ彼らが無事マイットさんのもとに向かったことにとりあえず目的は達成したと安堵する暇はなかった。
「さて、どうするかね?」
暗闇の先になにかいるのは分かっていた。
鬼が出るか、悪魔が出るかと楽しみの欠片もない相手はジャラジャラとなにやら鎖をこすらせて姿を現した。
「ッハ。ファンタジーのお約束ではあるが、正直戦いたくはなかったね」
鼻で笑い自分に活を入れるが、正直自分の運のなさを嘆きたくなった。
全身を拘束具で包み、三対あるはずの翼の内二対は封じられ、左右の腕には鉄球のついた鎖がたれている。
胸のふくらみから察して女性であることはわかるが、その顔も何やら禍々しい覆面で覆われその顔を伺うことができない。
悪魔がいるのだからいるとは思っていたが、こんな形で出会うとは思っていなかった。
「できれば会話で解決できないかな? 『天使』さんよ」
魔王軍に敵対するはずの存在、白亜の翼を持つ神の御使い。
もちろん覆面越しに会話ができるとは思っていなかった。
俺の気分を軽くするためだけの言葉は案の定無視され。
天使は何も言わず理性なく、俺に向けて襲いかかったのだった。
俺はそれを迎え撃つ、刃を向けつつもこの天使が歌の歌い手だとなんとなく察しながら。
今回は以上となります。
面白ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いします。
これからも投稿を続けていくのでどうか本作をよろしくお願いします。