127 関わりのあった出来事が遠からず影響を及ぼす
話の流れ的にあの場所に居続ける必要性はなく、むしろ居続けることで何かトラブルに巻き込まれるもしれないと判断した俺たちは移動することにした。
その移動先は自然とアミリシアが所属する冒険者ギルドとなる。
目的地の所在を知っているアミリシアが先導しそのあとを俺たちはついていく。
「……」
歩いている最中は一応周囲を警戒していたが、尾行が二人遠くから観察しているのを感じる。
すっと、感じた視線の先へ、相手に気づかれないように曲がり角を曲がる際に視線だけ向けてみれば、大きめのコウモリのようなシルエットと猫のようなシルエットを捉えることができた。
その二体も観察するだけですぐに動く様子は感じられない。
視線には二人も気づいている。
当然先導するアミリシアもだ。
時々ピコリと耳が動いている。
さすが獣人、気配には敏感といったところか。
マイットさんとグレイさん曰く使い魔による監視だろうということらしい。
俺たちを監視しているということは、さっきの俺の行動に対して何も思っていないわけがないということの証明になり、それすなわち俺を放置するつもりはないらしいというのはよくわかった。
もう準備段階に入っていると考えればなにか仕掛けてくるまであまり時間はないだろう。
俺と同じ考えなのか狐娘改め、アミリシアの歩くスピードが少し速くなる。
自称十八歳、外見年齢十五歳、実年齢不明は大通りを選択し道案内をしてくれて冒険者ギルドにつく。
「思ったよりも静かなんだな」
外観は立派であったからその中身も期待していたので、中に入った時の俺の声音は平坦になってしまった。
本音は想像以上に寂れているなと言いたかったがさすがに直球過ぎるためオブラートに包んでこういう言い方になった。
「仕方ないのよ、動ける冒険者が少なくなっても依頼の数は減らない。だったら空いている冒険者で回すしかないんだから。仕事を待たせるってことは信頼を落とすってことなんだから」
「そりゃそうか」
「そうなの、だからあなたたちには期待しているのよ!」
「戦力という面ではあまり継続的には力になれないのだがな」
閑散という言葉が似合うほど冒険者ギルドの建物内には人が少ない。
見える範囲で冒険者らしき狼が人になった狼男と腕が羽になっている鳥人が二人いるだけ、それ以外のテーブルには人影すらない。
その二人も疲れ果てているのか狼男は机に突っ伏し、鳥人は椅子の背もたれに寄りかかって眠っている。
まるで前の会社での昼休憩イコール昼寝の時間という環境を思い出させる光景だ。
「ちょっと着替えてくるから待っててね。あ、覗きたかったらバレないようにね?」
「もう少し成長してから出直せ」
そんな空間にもかかわらず場を明るくしようと態度を変えないアミリシアにのり俺も軽口を返す。
軽口といっても本音も多分に含んでいるので、冗談とも言い難いのだがこの場ではいいだろう。
「むぅ、つれないわねぇ」
「結婚間近の男に粉かけている暇があるなら仕事しろ仕事。ほれ、待ってるからさっさといけ」
ロリコンとまではいかないが、見た目が中学生な少女になびくほど女に飢えてはいない。
しっしと追い払うような仕草を見せれば見た目相応に頬を膨らませ不満を見せながら睨むこと数秒、プイッと視線をそらして建物の奥に消えていった。
なんだろう、見た目的にはさっきの行動はおかしくはないのだが、どうも違和感が拭えない。
見た目通りの年齢ではないからなのだろうか?
スエラやメモリアも外見はかなり若く見えるからな。
アミリシアも見た目通りの年齢ではないというのはなんとなくわかってしまう。
狐も妖狐になれば人間の十倍以上長生きすると聞いたことがある。
もしかしたらこっちの狐人はそれくらいの寿命を持っているのかもしれないと思うが。
「今更な話か」
「ん? どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです」
そんなことは今さら疑問に挟むほどのことではない。
なにせこれから嫁にしようとする二人が長寿の種族で、巷でもポピュラーな種族二人だからな。
俺よりもはるか年上で、なのに俺よりも見た目は若い。
それに見た目がスエラよりも若く見えるメモリアだが、アミリシアと違いメモリアは見た目こそ高校生くらいだとしても身にまとう雰囲気が見た目以上に大人と語っているので彼女をアミリシアのように扱うことはないだろう。
さて、話が逸れたな。
「グレイさんとマイットさんは今回の件をどう思います?」
「情報が足りないというのが正直なところですかね。今言えることは、ここのダンジョンを預かる軍があまりいい管理をしていないということと冒険者ギルドは危機に瀕しているということくらいでしょう」
「グレイさんは?」
「状況はあまり良くないだろうな」
「何か心当たりが?」
「噂程度の話だが、ここのダンジョンに向かう前にロウから聞いた話だ。ここの責任者は七将軍の席を狙っていると聞いたことがある」
「と言うと?」
何か心当たりがないかと思って聞いた話であった。
マイットさんは現状から察することのできる話程度であったが、商人のグレイさんは少し考える素振りを見せてから、もしかしたらと前置きして予想を語ってくれる。
「冒険者ギルドへの妨害ともとれる圧力的人員の確保にダンジョン内での縄張りの変更。今回の動きはその席を得るための功績集めと考えれば筋が通る」
「となると、権力争いの渦中に入ってしまったということですかね?」
「その準備の最中ということだろう。トリス商会にもその手の支援を求める打診がいくつか来ていた。うちは魔王様御用達の商会ゆえ断ったが、内容的にはほかの商会は受けてもおかしくない話だった」
現状ダンジョンを預かる七将軍は一人欠けている。
蟲王が倒れ、ダンジョンに一つの空きができているということはそういうことだ。
その席がどれほどの地位に位置するかなど、考えるまでもなく上から数えたほうが早いと言える程度しか俺にはわからない。
「その話を持ってきた中にここの責任者もいたという記憶がある」
となるとグレイさんを追い払った理由も多方予想がつく。
おそらくではあるが、俺たちがその競争相手の手のものだと思われたのだろう。
だからあんなあからさまな対応を取りダンジョンに入れなくしたということか。
ダンジョンの物資は様々な方面で応用が利く。
そして、ダンジョンを管理するということはダンジョンの構築や運用のノウハウを実地で学べるという利点がある。
前者は後で将軍職についた時に役に立つ資金源。
後者は将軍職に就くための経験と実績。
冒険者を引き込んだのは、現状のダンジョンの状況の再調査と情報の精査といったところか。
「となると……俺が奴隷だと思われたのは競争相手の尖兵だと思われたからか」
現状と噂話程度の話からの推測になるが、外れてはいないだろう。
しかし、面倒なことになった。
俺の目的に関してははっきり言えば関係ない内容にもかかわらず、こうも妨害されてしまっている状況は面倒というしかない。
幸いまだアミリシアのおかげでダンジョンに入れないという最悪の状況は避けられている。
だが、妨害が来るのは目に見えているというマイナス要素は拭えない。
「うわ……失敗した。打てる手の中で最悪ではないが悪手を打った」
「仕方ないですよ次郎君。向こうが一方的にこっちをライバルの手先だと勘違いしたんです。対応こそ悪手でしたが、まだ挽回はできます」
「そうですね。そう思うことにします。しかし、挽回するにしても一番早いのは監督官を引っ張ってくることなんだが、こんな小競り合いに出てきてくれるような人でもないし、教官たちもこれくらい自分でどうにかしろって言うだろうしなぁ」
パズルのピースが集まるように現状を把握した途端に感情に任せてとった行動は悪手であったことに辿り着いた。
とった行動そのものに後悔はない。
だが、後悔はしなくても反省はしなければならない。
反省というのは挽回のチャンスのきっかけになる。
そのためにここからどうやって挽回するかを考えねばならないのだ。
「挽回して平和にダンジョンに挑むには、和解が必要か……幸い互いの勘違いで起きた事故と処理することができる程度の被害で収まってくれている。だが、その前提も相手の問題がこっちの推測という形でしかなく、不確定情報に頼る状況で話し合いに持っていくことはできるか? 推測があたっていれば可能だが、見当違いだったら修復もできなくなる」
「まずは整理しましょう。私たちの目的は結婚のための素材を準備することです。そのためにはダンジョンに入る必要がありますが、手段自体はほかにもあります。時間はかかりますがここにこだわる必要はないでしょう」
「相手の行動の理由は推測ではあるが、どのような理由にしろこちらの行動の妨害をするのは明白。その妨害を受けながらやる作業よりは別の拠点に移るのはいい判断かもしれん」
修復してから作業に入る手間と別の手段を準備して作業に入る手間。
どっちの方が早いか、その判断は迷うところだ。
心理的にはこのまま舐められて引き下がるのは許容したくはないが、それで余計な手間をかけるのは本末転倒、そこまでするなら拠点を移すのも一考だ。
だが、仮に問題をスムーズに解決できればそれだけで新たに準備するよりも時間を短縮できるのも事実。
さてどうするか。
「その判断基準を確定させる情報を私が出してあげるわよ?」
悩んでいるところをタイミングを計ったかのように登場してくるアミリシア嬢。
はぁい、と挨拶を交わす。
「……本当に受付嬢だったんだな」
「反応するのはそっち!? それに信じてなかったの!?」
「いや、見習いかと」
「それはそれで失礼しちゃうわね!」
白いワイシャツに紺のベスト、同色のスカートを履き長い髪をヘアバンドでまとめたアミリシアの格好を見てつい本音が漏れてしまった。
その姿は様になっていた。
なので、素直にすまんと謝れば彼女も彼女ではぁとため息一つこぼして溜飲を下げてくれる。
「まぁ、いいわ。話は途中からしか聞いていなかったけど、概ねその推測は間違っていないわよ。ここの責任者は七将軍の席を狙っているわ」
「概ね?」
「ええ、概ねよ。私としては確信がないからと別の場所に拠点を移されたらたまんないわ。戦力はきっちり確保するために、あなたたちの推測のちょっと足りない箇所を私が補足してあげる」
戻ってきていきなり俺たちの予測を裏付けてくれる。
「和解は、無理だと思いなさい。それと他の競争相手もダンジョン管理者だから、ほかに拠点を移しても同じことになるわよ」
そして、俺たちにはきっちりと釘を刺してくるのを忘れないあたり、最初のやりとりを根に持っているのかもしれないと、俺は苦笑とともに思った。
今日の一言
影響はどこに響くかわからない。
今回はこれで以上となります。
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