12 つながりとは財産となる場合とそうじゃない場合がある
書きあがったので投稿します。
人が行きかいビルからの光が道を照らし、皆が皆、思い思いに楽しんでいる。
そこを繁華街と言えば華々しく聞こえるかもしれないが、単に都内にある居酒屋の密集地帯に歩いているだけだ。
通り過ぎるのは酒を飲みに来る人か、もしくは既に飲んでハシゴをするために移動しているのが大半だ。
よろけて顔を赤くして、肩を組んで楽しそうにもう一軒行くぞという掛け声を通り過ぎながら聞き流す。
昨日、勧誘を実行すると息巻いておきながら手元にチラシ束も名刺もなく、ラフな私服、とても人を勧誘するような姿ではない。
それでも一応これは勧誘なのだから、首元にはペンダントをつけ眼鏡をかけている。
「こうやってみると、意外といるものだな」
宿舎から電車で二十分ほどの位置にあるこの場所は、週末、特に金、土曜日の夕方は人が多い。
なので、このペンダントの効果を試してみたのだが思った以上の成果はあった。
「割合としては、三十人に一人ってところかね」
周囲に人がいなければこの魔香石の魔力は俺の方にしか流れない。
だが、魔力適性がある人が近くを通ればすっと伸びるように魔力が反応するのだ。
範囲は半径二、三メートルといったところだが根気よくいけばどうにかなる距離だ。
魔力適性の強さはわからないが、それでもこれは朗報だろう。
幸先の良い話に足取りを軽くし歩く。
「……っと着いたか」
人間観察とは言えないが、それに近い行為を行い駅から歩いてくれば目的地にはあっという間に着いてしまった。
「いらっしゃいませー」
「予約していた田中ですが」
「田中様ですね、はい、こちらになります」
入った店はどこにでもありそうなチェーンの居酒屋だ。
ダークエルフも悪魔もジャイアントも鬼族も蟲族も龍族もいない、日本にあるごくごく一般的な居酒屋だ。
「……っぷ」
「? どうかしましたか?」
「いえ、ただの思い出し笑いなので気にしないでください」
「はぁ」
危ない。
日本にあるごくごく一般の居酒屋なんてフレーズ、昔の俺なら絶対に出てこない。
実際に思いついたのも、ここ数カ月の体験が影響していなければ出てこなかっただろう。
仮に体験せず出てくるとしたらそういった方面の人物か、中二病が残っている奴らだけだろうが。
そう思うとわずか数ヶ月で俺も染まったものだ。
店員に不審がられ、誤魔化しながら隣人となった非日常を受け入れている俺をおかしく思う。
「こちらになります」
「ありがとうございます、とりあえず生とポテトお願いします」
「生とポテトですね」
通された席に着いたらまずは酒を注文する。
そうしたのは十中八九相手側が遅れると見越してのことだ。
それは相手が決して遅刻魔というわけではない。
むしろ、こういった飲みの席には絶対に遅刻しない奴だ。
「案の定か」
これを噂をすれば影というのか、バイブレーションで着信を知らせるスマフォを取り出せば、そこには土下座を示すスタンプが表示されていた。
『我、上司ニ捕縛サレ遅参スル』
「冗談抜かす余裕があるならはよ来いよ……っと」
何故電報風で来たかはなんとなく察しがつく。
おおよそ仕事を途中で終わらせて帰ろうとしたところを見つかったのだろう。
それで巫山戯ないとやっていけないといった風に連絡をよこしてきたのだろう。
心中は察するが、俺は俺で容赦のない返事を書く。
とりあえず、これで相手側の遅刻が確定したわけだ。
返信だけ手早く打ち込んで酒を飲みながらゆっくり待つとしよう。
「って、返信早いな」
『我、逃亡ニ成功』
「逃げたか、まぁ、土曜の夜まで仕事に駆り出されればそりゃぁ逃げるわなぁ」
良くやると感心しながら顔見知りがスーツ姿で我武者羅に走る姿を想像すると笑いがこみ上げてくる。
今回会う相手とは、前の会社の後輩だ。
正直に言えば前の会社にいい思い出はあまりない。
だが、決してその会社にいた人の全員が嫌いだったわけではない。
仲良くなった同僚もいれば、尊敬していた先輩もいた。
そして、世話をしていた後輩もいる。
「お待ちどう様です。生とポテトです」
「どうも」
男性店員が持ってきたジョッキと皿を受け取り、乾杯する相手もいないので一人で飲み始める。
「せ~ん~ぱ~い~」
のは、どうやらもう少し後のようだな。
「早かったな、海堂」
「全力で逃げて速攻でタクシー捕まえたっすからね。怖くて携帯の電源を入れられないっすよ。それよりも、なんで先に飲もうとしているんっすか。そこは待っていてくだいよ可愛い後輩が全力で向かっていたんスから、お兄さんとりあえず俺も生で」
現れたのはゾンビ、ではなく疲れ果ててボロボロになっていた、海堂 忠。前の会社の後輩だ。
「アホ、何が悲しくて男を可愛いと思わないといけないんだよ。俺の経験上、もう少し遅れてくると思ってな、泡が減るとビールもまずいからもったいないじゃねぇか……どうやら変わらないようだな」
「あそこが変わるには上司の首を社会的に飛ばすしかないっすよ、先輩は随分と顔色良くなったっすね」
「良い会社に巡り会えて、な」
「羨ましいっす、こっちは先輩が抜けた穴埋めるのに残業続きっすよ」
「すまんな、今日は俺のおごりだからそこら辺は勘弁してくれ」
「その言葉がなければ家に直帰して睡眠確保しているところっすよ、先輩財布の残機は十分っすか?」
「お前を酔い潰してタクシーで送るぐらいの金は持ってきているから安心しろ」
「言質はとったっすよ。店員さんとりあえず唐揚げとピザお願いします」
目が死んで、スーツはよれよれ、最初の頃はきちっとセットしていた髪も今では見苦しくない程度にしか整えていない後輩は苦労しながらもどうやら変わらないようだ。
「当たりか」
だが、そんな疲れ果て幸運とは縁のなさそうな後輩には悪いが、どうやら今日の俺の運は悪くなかったみたいだ。
口元をジョッキで隠し、小声で頷き眼鏡越しに見た視界に写っていたのは海堂の体に染み込むように伸びる魔香石の魔力だった。
「あれ? 先輩眼鏡してましたっけ? たしか目は良かったすよね?」
「伊達だよ。ファッション眼鏡ってやつだ」
「おしゃれに気を使う先輩、何か違和感あるっすね」
「うるせぇよ、自覚はある」
我ながら昔の俺はそっちの方面は無頓着であったので、海堂に指摘されても仕方がないだろう。
痛くはないが、気恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにジョッキを掲げる。
「とりあえず、お疲れ」
「お疲れ様っす」
新たに届いたジョッキを打ち鳴らし、再会を喜ぶ。
そして始まるのは。
「ああ、あの上司禿げねぇかなぁ」
「海堂飛ばしすぎだぞ」
「飲まなきゃやってられねぇっすよ、先輩、今からでも遅くないっすから戻ってこねぇっすか?」
「御免被る」
俺の話ではなく、海堂の吐き出すような会社への愚痴だった。
「そうっすよねぇ、俺もヤダっすもん」
空けた杯はいくつになるやら、どうやら相当溜め込んでいたらしく酒のペースが早い。
おかげでもう顔中真っ赤にして、いっそ体にある中身と言う中身すべてが出てくるのではと思えるくらいに海堂は会社の愚痴をこぼし続けた。
「最初は給料いいって思って入ったけど、残業多いし、全然給料上がらないし、可愛い子はすぐに辞めていくし、上司は禿げないし、やってられないっすよ」
「最後は少なくともジャンルが違う気がするぞ」
「でも、辞めたら行き先ないのが問題っすねぇ」
「聞いてねぇなこいつ」
しかし、コイツも相当追い込まれているな。
昔の俺もここまでボロボロだったのだろうか、振り返ってみればここまで酷くはなかったと自己否定したかったができそうにない。
目は濁り、気力は湧かず、何のために生きているのかわからない。
まるで昔の俺の映し鏡だ。
「ったく、こっちの本題言う前に酔いつぶれやがって」
「ほんだい? そういえば、先輩何か話があるんっすよね?」
「今のお前に言っても覚えてないだろ」
「大丈夫っすよ!! 相談っすか? お金はないっすけど、女の子の話なら大歓迎っすよ!! 合コンっすか!?」
「落ち着け、仕事の話だよ」
「なんだ~仕事っすか、なら聴きたくないっす」
「一気に冷めやがったな、とりあえず読むだけ読んでみろ」
「先輩、営業職に移ったんすか? 絵なら買わないっす……って」
その映し鏡を砕く一手を俺は持っている。
「うちの会社の求人だ、とりあえずは読めるようだな」
四つ折りに折りたたみ、持ってきた求人広告を海堂に渡し読ませる。
「先輩」
「なんだ?」
そして、読み終えたのか酔いがさめたような真剣な表情で海堂がこっちを見る。
「転職じゃなくて、通院してたんすか?」
「こちとら前よりも健康じゃぁ!!」
だが、まさか本気で頭の心配をされるとは思わなかった。
ついつい力を込めてチョップを海堂の頭に叩き込んだ俺は悪くない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ、俺のナイスな頭が割れるっす」
「残念な頭の間違いだろう」
「いや、俺は悪くないっすよ。絶対ほかの人に見せても同じ反応するっすよ」
ひどいっすと、実際に痛かったのだろう。
若干涙目になりながら、暴力反対と海堂は訴えてくる。
「あいにくとそのチラシは特別製でな、普通の人には見えないようになっているんだよ」
「???」
「論より証拠だ。店員さん生追加で」
「はい、生だけでよろしいですか?」
じっくりとはいかないが、少し見ただけで魔香石が男性店員に反応している様子はない。
「ああ、それとちょっとしたうちの商品なんだけど、この紙に何が書いてあるかわかる?」
「……白紙ですよね?」
「普通に見るとね白紙に見える手品グッズなんだよ」
「へぇ、すごいですね」
「だろ?」
「店員さん本当に白紙に見えるっすか?」
「ええ、お客さんはなにか書いてあるかわかるんですか?」
素直に感心し求人用紙を返してくる男性店員に演技とか嘘を言っているような雰囲気は見受けられない。
それを海堂も感じたのか。
「先輩に教えてもらって読めるようになったっすよ」
話に乗るように会話に入ってくる。
「商品化したら教えてくださいね、ちょっと興味が湧きました」
「それならうちの上司のGOサインが出るように祈っていてください」
それで話を終わらすように冗談一つを残し、分かりましたと答えてくれた店員を送り出す。
そして次の酒が来るまでの場繋ぎとしてタバコに火を灯した俺は疑心から半信半疑となり求人広告を真剣に見ている海堂を見る。
「さっきの店員とグルでドッキリっていうことはないっすよね?」
「疑り深いな」
「当然っすよ。さすがにこんな話すぐに信じろっていうのは無理があるっす」
気持ちはわからなくはない。
俺が海堂の立場だったら、もっときっぱり嘘だと断言しこれ以上話題には上げなかっただろう。
半信半疑に持っていけただけまだいいほうだ。
「これ以上信じろって言われても証拠がない。俺としても契約関係で外部に持ち出せる情報はこれが精一杯なんだよ」
あと渡せるものといえば財布の中に忍ばせてきた名刺ぐらいだが、こっちは完全に印刷しただけのファンタジー的技術は一切使われていない。
よって、証拠となるような代物ではない。
周りは居酒屋特有のざわめきが聞こえるが、この場は俺がタバコを吹かす音しか聞こえなくなった。
「……見学とかってできるっすか?」
「信じるのか?」
長い沈黙を破ったのは少し酔いがさめた後輩の声だった。
「半信半疑っすけど先輩が言うならきっとこの会社があるんだと思うっす。だったら、今の会社より条件のいい会社に転職するチャンスは逃すわけにはいかないっす」
「そうか、なら名刺渡しておくから暇なときうちの会社に連絡よこせ。俺の名前を出せばアポ取れるはずだから」
携帯でもいいが、ダンジョンに挑んでいるときは連絡の取りようがない。
なので、会社の方に伝言を残しておいてくればこっちで対応ができる。
「うっす……あ」
「どうした?」
「いや、よくよく考えたら俺明日の休みが終わったらしばらく忙しくなりそうっす。今日の出来事的にも絶対あの上司が許さないと思うっすから」
そういえばコイツは今日の飲み会のために仕事を放り投げて逃げてきたのだ。
俺の知る上司がアレならまず間違いなく大量の仕事を用意して自分は帰る手筈を整えているだろう。
「ああ……だったら明日来るか?」
「いいんっすか? 日曜っすよ?」
「割と融通の利く会社でな、見学くらいならできるだろう」
責任の一旦は俺にある。
さすがに朝一とかは無理だろうが午後からならどうにかなる。
事前に手回しをする必要があるが、それぐらいの手間は後輩のために掛けよう。
人事の権限を多少なりとも譲渡されているならそれくらいは可能なはずだ。
「先輩ってやっぱ頼りになるっすねぇ、やっぱり戻ってこないっすか?」
「断る、あいつの断髪式くらいなら見に行ってもいいがあそこで仕事するのはもうこりごりだ」
「残念っすけど、仕方ないっすね」
「俺が勧誘しているのにお前が逆勧誘してどうすんだよ、ほら、明日の予定は決まったんだ。酒は残すなよ」
「残さずにいただきますってことっすね」
「そっちの意味じゃねぇよ」
まだまだ飲む気を見せ、店員に追加で注文する後輩を見て明日は大丈夫かと不安に思う。
二日酔いで死んで起きられなかったら目の前の後輩の自己責任で片付けるとして、テーブルに広げられた求人広告を見る。
「魔力適性四ね」
俺の半分である魔力適性であるが、合格ラインには達している。
初めての勧誘は、とりあえずは成功の兆しを見せている。
あとは賽子の目次第といったところだ。
「幸先がいいのか、あとは結果を御覧じろってか?」
手応えは上々、なんとなくだがこの愛嬌のある後輩と一緒にダンジョンに挑んでいる姿が見えた気がする。
「先輩もう飲めないっすか?」
「ぬかせ、生一つ!!」
「今日は飲むっすよ!!」
取り敢えず、教官たちと共に鍛えた肝臓はまだまだ余裕だと言っているので、目の前の後輩が潰れないように見張るという名目で俺も追加で注文するとしよう。
「……で、こうなるわけか」
「ぐへへへへへ」
「おら、しっかり歩け、タクシーはこの状態じゃ乗せても帰りつけないよな」
テンションの高かった後輩の末路とは、予想通りと言うか案の定と言うかやはりというべきか、急性アルコール中毒にならなかったのが不思議なくらいに酔いつぶれていた。
「……だめだこりゃ」
どう足掻いても俺がこいつを家まで送る未来しか見えない。
コイツの家は引っ越していなければ問題なくたどり着く自信はある。
だが、悲しいことにコイツの住んでいるのはエレベーターのついていない三階建てのマンションだ。
そこの三階の端っこまで大の大人一人を運ぶのは鍛えているといっても些か厳しい。
いや、言い変えよう。
「面倒くせぇ」
コイツに彼女でもいれば電話して迎えにこさせるのだが、顔の作りのいいはずの後輩は年齢イコール彼女いない歴を更新しているらしい。
なので、その手は使えない。
結論、コイツが回復するまで公園のベンチで水片手にタバコをふかす。
「意外と人がいるもんだな」
深夜とまではいかないが、夜の十時は回っている時間帯の割に人は結構多い。
元々遊歩道も兼ねている公園のせいか、公園デートのカップルに、犬の散歩、ウォーキング、etc.
「結構やるものだな」
その中で目に付いたのは、街灯の下でフード付きのパーカーを着た少年のダンスだった。
「ブレイクダンスって言うんだったか?」
素人目からの特定であったが動画サイトとかで見たことはあったので間違いではないと思う。
全身を使ったアクション、腕を振り、片手で逆立ちをしたり、下がアスファルトなのに手袋を器用に使って床の上で体を回転してみせている。
実際に見るのはこれが初めてだが素直に感動できるレベルのものだ。
上着のポケットからイヤホンが出ているところを見ると音楽を聴きながらの練習だろう。
キレのあるステップに、アクロバティックな演出、ただタバコをふかすだけの今の行動よりも何十倍も価値がある。
「大したもんだなぁ」
見ているだけで時間つぶしになりそうだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
幸いと言えばいいのかわからないが、となりの後輩は今まさに酒に酔って潰れていてしばらく起きそうになさそうだ。
時間はある、退屈しのぎと言えば失礼になるだろう。
なら。
酔った勢いだと心の隅で言い訳して、そっと、酔いつぶれた後輩を置き去りにして近くのコンビニに入る。
「ありがとうございました~」
目的のものを手早く買い戻る。
「しかし、深夜のアルバイトの声って、なんでああも気だるげに聞こえるんだろうな」
一応声をかけているという、ただやっているだけのコンビニ店員の声を背に聞きながら公園に戻る。
「まぁ、俺には関係ないか」
時間もそんなに経っていないから、海堂が財布をすられていることも、件のダンサーが練習を終えているということもなく。
変わったといえば、ベンチの背もたれに寄りかかっていたのが今じゃぐったりと寝そべっているということぐらいだろう。
「おら、海堂起きろ」
「んぁぁぁあぁぁぁぁ」
「ダメだこりゃ」
一応世話役として二日酔い対策の栄養ドリンクと水分を買ってきたはいいが、この状態で飲めるわけもない。
改めて放置することを決定する。
枕元にならぬ頭元にスポーツドリンクとウコン飲料をおいて、占領されたベンチをあとにする。
義理は果たした。
これで放置中に起きても文句は言わせない。
次は本命、向かう先は、何人か立ち止まってみている小さなダンス会場だ。
酔も回り少し上気した気持ちで歩み寄る。
「こりゃぁ」
その上気をさらに昇らせる光景を目の前の人物は魅せていた。
遠目で見るのと近くで見るとでは迫力の違いがあるというが、確かにそうであった。
動きの切れが違う。
一歩一歩ステップを踏みしめる音が演出に加わる。
腕を振り抜く風きり音がBGMになる。
街灯しかないのにそれがスポットライトに見えてしまう。
聞こえないはずのアップテンポの音楽が聞こえる。
「やるな」
魅せられるとは、このことを言うのだろう。
時間帯ゆえに人通りは少ないが、通る人通る人、皆が皆、立ち止まり思い思いに見ていく。
それほどまでに彼のダンスには価値があった。
一曲、五、六分程度のダンスであったが、見終えれば俺は拍手をしていた。
釣られてか、あるいはほかにも拍手をしている人がいたのか、まばらであるが聞こえる。
汗を拭うようにイヤホンをとった彼は、拍手に今気づいたと言わんばかりに驚き、四方八方に頭を下げ始める。
「良いものを見せてもらった、良ければ飲んでくれ」
そんな彼に俺は腕を差し出す。
久しぶりになにか熱いものを見せてくれたお礼のつもりだった。
コンビニの袋に入っているのは酔い覚まし用に買ってきた予備のスポーツドリンク。
ダンスは終わり、集まった人が散り始めたタイミングを見計らってからの差し入れだ。
「Thank you!」
随分と発音のいい返事が返ってきた。
「danceの後の一杯はタマリマセンネ」
てっきりどうも程度の軽い返しを予想していた分虚を突かれた。
景気よく飲み干してくれる姿とフード越しだが明るい雰囲気を感じ取り、少し話してみる気が湧く。
「それは良かった。ところで随分と発音がいいが外国の人か?」
「yes!!と言いたいデスガ、チョト違うネ、私ハーフネ。前までアメリカに住んでいたけど、マミーと日本に引っ越してきたネ」
所々発音がおかしいのはそのせいと納得し、気にするほどではないのでそのまま話を続ける。
「そうなのか、日本はいつから?」
「三ヶ月前ネ、日本はイイネ治安が良くて、夜でもこうやってダンスの練習ができるネ」
まだ踊り足りないのか、興奮気味にステップを踏み始める。
「まだ踊るのか?」
「ん~、マミーが今日は帰らないって言っていたからもう少し踊るネ」
「そうか、なら見ていいか? ツレが潰れていてな、暇なんだよ」
見るからに若い雰囲気を醸し出している目の前の人物、夜遊びを指摘するのが大人の俺の務めだろうが、他人に口うるさく言えるほど真面目でもない。
せいぜい、あんな大人になるなよという意味も含めて、だらしなくベンチに寝転げる海堂を親指で指してやる程度だ。
「OK!」
フードを取り払ってイヤホンを装着、踊る気にあふれる笑みを見て、勘違いを正す。
さらりと溢れてきた金色のポニーテイルに太陽のような笑顔は、少しボーイッシュではあったが、彼ではなく彼女だったようだ。
数秒前の俺のセリフを撤回して帰れと言いたくなったが、楽しそうに踊る姿を見てはそれも言えなくなってしまう。
「取り敢えず、酔い醒ましにはちょうどいいか」
スポーツドリンク片手にしばらくダンスの鑑賞と洒落込むとしよう。
Another side
「ロイス、そっちの報告書はどうだ?」
「……っち」
「おい、その顔はやめておけ。放送できないぞ」
MAO corporationの研究室、そこで私は人事部より挙げられてきた報告書を読んでいた。
相方であるゴブリンシャーマンのニースには悪いが今の私は機嫌が悪い。
読んでいるのは憎らしいあの男の報告書だ。
スエラと仲がいいだけでも憎らしいのに、報告書の方も内容が充実しているのでいびりたくてもいびれない。
いまだ機王様のダンジョンしか挑んでいないために内容に偏りがあるが、こっちの意図を汲み取って改善点が書き込まれた報告書だ。
加えて、内容は世界観が違うが故にこちらにはない発想が盛り込まれていて悔しいが楽しめるものとなっている。
ジレンマとはこのことを言うのだろう。
胸の内に黒いものが煮えたぎる。
「なになに、壁型のゴーレムの開発か、面白いことを考えるな」
そんな俺の気持ちなど知らないかのように、覗き込み俺の手元にある報告書を読み感心するニース。
昔はゴブリンの顔が隣にあれば顔の一つはしかめただろうが、同僚になってからの付き合いは長い。
これはこれで味のある顔だと割り切れる。
「ああ、壁に擬態してダンジョンへの侵入者を奇襲、もしくは通路を塞ぐことによって道を偽装し、変更、マッピングを遅らせるあるいは迷わせることができるな」
報告書に書いてある使用用途の欄をみるだけで有用性が理解できる。
理解できるがゆえに腹が立つ。
「おい、歪んでるから、皺になるから、細切れになるからな。ゆっくりでいいから力を抜け、じゃないとその報告書読めなくなるぞ。いくら片思いの相手に恋敵ができたからって、いや、なんでもない。だから、そんな怖い顔でこっちを見るな」
ああ、そうさ、俺は嫉妬している。
なにせ生まれてこのかた二百三十二年、恋とは無縁、魔王軍で新たな魔物を開発することに従事してきた俺にとって彼女の存在は正しく女神と言える存在だった。
一目惚れだった。
一瞬で恋に落ちた。
研究の内容なんてあっという間に消し飛んで彼女のことしか考えられなかった。
友人のダークエルフから、俺たちの恋は普通じゃないと聞き及んでいたが、ここまでとは思わなかった。
彼女が欲しい。
自分の何を捧げても彼女が欲しかった。
エヴィア様(悪魔)と契約してでもと思えるほど、恋に落ちた当初の俺は手段を選べなかった。
「いや、お前漏れてる、思考がダダ漏れだぞ。それと、かっこよく言ってるが実際はただのヘタレだからな。俺は忘れないぞ。結局迷走に迷走を重ねて何もできなくて、酒に酔いつぶれて俺に絡みながら酔い潰されたことを。正直、どうやったらうまく会話ができるとか、ファッションの話とか、種族の中では知性的ではあるがゴブリンに相談するとかどうよ」
「……そんなことあったか?」
「いや、忘れたふりをして今更クールぶってもダメだからな。お前見た目は美形で興味ない相手には必要最低限の接触で済ますからクールに見えるけど、付き合いの長いやつからしてみれば完全に残念系のイケメンだからな」
「っく、俺にどうしろと言うんだ!!」
「逆ギレかよ!!」
ニースの言葉を否定できない。
ああ、そうさ。
俺はヘタレさ!!
好きな女性と会話するのに一々前段階を踏んで用事を作らないと会話ができないようなヘタレだ!
だが。
「それの何が悪い!!」
「知るか!! いきなりなんだよ!!」
「だいたいなんだあれは!! 食事に誘おうと思えばスエラに轢かれて壁にめり込んだ!! ちょっと体に触れて嬉しかったぞ!!」
「嬉しいのかよ!?」
「この前だって、気晴らしに酒屋に行けばスエラを見られた。最高だよ!!」
「いや、たしかその後エヴィア様に吹っ飛ばされていたよな」
「いやあの時はこっちの世界で買った『あなたも明日からモテ男typeγ』で勉強中だったから逆に良かった。さすがに不勉強のまま彼女の前に姿を現すわけにはいかなかったからな」
地球という世界はいい。
こういった女性との会話に不慣れな俺にもわかりやすく理解できる指南書を販売しているのだから。
「だからお前は残念だと言われるのだが、まぁ、いいか」
「何か言ったか?」
「いや、勉強した甲斐はあっただろうなぁって言っただけだよ」
「ああ!! 先日のことか!!」
ニースが言っているのは先日スエラが私のところを訪ねてきてくれたことだろう。
ダンジョンテスターの人員不足を解消するために何かいい方法がないかと聞かれて、これは月光神が私に与えてくれたチャンスだと思った。
あの本、『あなたも明日からモテ男typeγ』を読んだおかげで、試作魔力探知用の眼鏡の説明を全て伝えることができた。
さらにスエラは真剣に聞いてくれて最後はありがとうとお礼とともに笑顔を見せてくれた。
あいにくとそのあと食事に誘ったが断られてしまった。
だが、あの時の私は幸せだと心から思えた。
「だから残念だって言われるのだろう、それに、使っている奴のことを知ったらどうなることやら」
「ニース、さっきからどうしたんだい?」
「気にするな、そろそろ仕事に戻るぞ」
「ああ、あの報告書を検討しないと、と思うと憂鬱になる」
「仕方ないだろう、役に立つ報告書の方が少ないんだ。その中で形にできそうなやつがあるだけマシってものだ」
「人事の方も、もう少しまともな人員を確保すればいいのだがな」
「スエラの奴も人事だがな」
「彼女は別さ!! こうやって役に立つ人間を採用しているのだから!!」
「嬉しいのと悔しいのはわかったから取り敢えず笑顔で流す血涙ふこうぜ」
せっかくの幸せな気分がやつのせいで台無しだ。
「漏れてはいないが、お前が何を考えているかはわかるぞ。苦労するなあいつも、ダークエルフの八つ当たりは応えるぞぉ」
「何を言っているんだニース、まぁいいか。仕事に戻るぞ」
小声で最後のほうが聞き取れないが、嫌な気分でも仕事というものはやってくるのだ。
机の上に山積みの報告書、これは全て人事から回ってきた代物だ。
その大半がダンジョンに対しての改修案だ。
と言っても私が担当しているのは主にソウルたちの強化と開発だ。
ダンジョンに徘徊するソウルは簡単に言えば魔力生命体。
生命といっても、身体的能力を持っていて設定された命令と指揮官であるブラッドの命令しか聞かないダンジョン専用の兵隊である。
だが、慢性的人員不足である魔王軍にとってのダンジョンの防衛を目的とした戦力だ。
その重要性は設備を揃えられている私の職場である研究室を見れば一目瞭然だ。
責任も比例して重い。
「ふん、まともな意見があればいいのだがな」
だからこそこういった現場の声(意見)は貴重な存在となるが、一部を除いて期待を裏切られ続けてしまえば不満も貯まるというものだ。
「守備兵力を弱くしてどうしろというのだ」
ダンジョンの魔物が強くて攻略できないという本末転倒の報告書を見て発作的に破り捨てたくなるが片付けるのは自身だと思い止まる。
これだから人間はと愚痴をこぼしたくなるが、そんなことに私の貴重な思考を割くのももったいないと思い不要だと思った奴はシュレッダーに流し込む。
どうせコピーした報告書だ。
こっちで処分する分には問題ない。
「早く仕事を終わらせて有意義な会話をしたいものだ」
この世界にある掲示板なるネットで意見を交換する場所で、早くスエラとデートをする方法を検討しなければと心の内で燃やす。
握りしめてしわくちゃになった報告書以外に積み重なることを期待しないで、手早く仕事を終わらせていった。
Another side END
ロイス・アーグリー 二百三十二歳 独身 彼女無し
職業 MAOcorporation(魔王軍)人事部テスター教育係座学担当兼開発部所属
魔力適性六(副官クラス)
役職 錬金術士・魔弓使い
今日の一言
さて今日も教えてくれ!! 同胞たちよ。
HN、闇夜の森に住む紳士がやってきた!!
とりあえずパーティメンバー一人目です。
これからも徐々にメンバーを増やしながら行きたいと思います。
誤字脱字等あれば指摘の方を、感想の方も気軽に書いていただければ幸いです。
これからも、勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いします。