124 トラブルも仕事の予定に組み込めるようになったら・・・・・
グレイさんの言う国側が管理するダンジョンの経営施設に来た。
仮にも軍事施設といえど別に物々しい風体ではなく、俺みたいな存在が出入りできる箇所は俺の知る市役所のようなものだった。
カウンターがあり、それを越えた向こう側で事務員が書類を書いている。
日本の市役所と見た目が違うのは、人が亜人であったり悪魔であったりと人員がファンタジーであったり、警備員の代わりに入口に兵士が立ち、遠目に見える場所で素材の買取り受付が行われていることくらいだろうか?
あとはまぁ、言わずともわかるとおり俺を含めほぼ全員武装している。
そしてそんな空間でただひとりの人間である俺はこっちに来てから奇異の視線にさらされ続けいい加減慣れてきたが、ここでも視線に晒されている。
最初はマイットさんと二人で待ち、グレイさんが手続きに行っていたが何やら難航していてそれを手伝いにマイットさんも行ってしまった。
おかげで俺はひとりで待ちぼうけ、話し相手もおらず静かに待つしかできず、その間は再び奇異の視線に晒され続ける。
正直一緒に行けばよかったと内心で後悔しつつ、それでも晒され続ければ慣れてはくるが、だからといってもジロジロと見られる行為に耐えるのはストレスが溜まる。
いっそのこと仮面でも被ってやろうかと思ったが、それはそれで不審者丸出しなのでやめておいた。
決して中二病なる古き傷が疼いたとかではない。
「だれに、言い訳しているんだか」
自嘲気味に心の中で自分にツッコミを入れたことを笑い、時間を潰してきたがそろそろ飽きてきた。
トラブルに巻き込まれないようにするには目立たないことが最善手。
何もせず、何もされない。
それだけで平和が保たれる。
再度一人で柱に背を預け、気配を希薄にし二人を待っているが今回は手続きに時間がかかっているようで、時間にしてもう一時間は過ぎ去っているだろうか。
いくらなんでも時間がかかりすぎだ。
待ち疲れたとは言わないが、ここまで遅いと何かトラブルでも起きているのかと不安になる。
ここ最近というか、魔王軍に属するようになってから平和とは無縁だった気がする。
なので、このパターンは間違いなくまたトラブルが起きているのではないかと疑ってしまう。
「おい、なんで人間がここにいるんだ?」
「どっかの貴族の奴隷じゃねぇ?」
「ああ、人間くせぇ、弱さが伝染っちまう」
そして外れてほしい予感ほど外れてはくれない。
どこかのRPGのテロップでゴブリンが現れた、オークが現れた、インプが現れたと表示されそうな面々が俺の前に立っている。
いや、一人? いや一体は小柄な体で翼をばたつかせながら飛んでいるが、どっちにしろドラゴンを倒しそうな勇者が戦いそうな面々である。
これが冒険者ギルドでのお約束の絡まれるというやつなのだろうか?
こっちは静かに目立たないように気を配っていたのになぜ絡まれるのだろうかと考えたいが、目の前の相手にはこちらの事情や心情など関係ないようで、嫌でも対応をしなければならないのだろう。
「何か用か?」
「お、しゃべりやがった!」
「そちらが声をかけてきたんだ、何か用があるんだろう?」
会話をすればすればでまるで珍獣を見たかのような対応をされる。
人間なのだから言葉くらいは話せるわと内心で突っ込みつつ、相手側を観察する。
ゴブリン、社内でよく一緒にコーヒーを飲むスケゴブさんと比べれば圧倒的に弱いゴブリンに視線を向ける。
下品な笑みを浮かべ、何が楽しいのか笑い出す。
三手、いや様子見を入れて手を抜いても二手か。
魔力や足取り、気迫などの要素から強さを察して素手で相手側全員の鎮圧にかかる手順を考えつつ、目の前の三体がなんの用で俺に話しかけてきたか予想する。
まず間違いなく友達になりたいとかではないだろう。
続けて親切心ではないのも間違いない。
浮かべている表情、笑ってはいるが好意的な感情を感じ取れないところから用件も決していいことではないだろう。
どうせこの場所にいるのが気に食わないとか、そういった理由だろうと踏んでいるがあながちハズレではないだろう。
「人間、ここはあんたがいていいような場所じゃない。おとなしくその武具をおいてここから立ち去りな」
やはりかと思いつつ、この中で唯一目線を上げる必要のある大柄のオークの男の台詞にため息を吐きたくなるのを堪え。
「断る、ここで人を待っている。邪魔だというなら場所を変えるからどいてくれ」
さっさと話を打ち切る。
話の内容も聞くに値せず、手を出されても対処できる。
だが、こちらから手を出したら明らかにアウトな環境でやれることといえばさっさと立ち去ることだ。
物語の主人公だったらここからトラブルに発展し、そこから厄介ごとに巻き込まれるのだが、そうならないようにする。
今までそれが成功した確率は低いが、主に教官関係で。
だがやるかやらないかで精神的疲れが段違いだ。
なので会話をするのも時間の無駄だと判断し一方的に断ち切る。
言ってはなんだが、この施設に来たのは一時的なもの。
この場所に拠点を持っているわけでもなく、定住する予定もない。
今日一日では済まないと思うが数日で立ち去るのなら多少印象を悪くしてもこの方法がベストだ。
「こいつ、人間のくせに」
なんとなくであるが互いにこういう性格の存在がいるから戦争はなくならないのだろう。
イスアルの時もいた魔王軍は悪と主張する人間、そして目の前にいる人間は弱いから支配しようとする魔族。
まさに互いの主張は水と油だ。
混ざり合うことなくぶつかり合うしかない。
妥協点など見つかるような態度ではない現状では会話は時間と体力をただ浪費するだけの行為に成り下がる。
それを避けるためにすっと体をふらつかせるようにオークの腕をかいくぐり、少し離れた柱まで移動し再び背を預け静かに立つ。
また絡んできたら、元の位置に戻る。
ガミガミと何やら言っているが全て無視。
そのうち諦めるだろうと思っていたが。
「しつこいぞ」
「てめぇが舐めた真似するからだろうが!」
「人間のくせに無視しやがって!」
「ぶっ殺してやる」
普通ここまで無視し続けたら離れていくものだろうが、こいつらは諦めることなく絡み続けてきた。
殺気立って付きまとわれる。
その根性は買うが、こっちとしてははた迷惑な話だ。
このまま行くとこのあとの展開は。
「何しているお前たち!」
考える間もなく。
これだけ騒ぎを起こせば兵士が動くよなぁ普通。
「絡まれていたから避けていただけだ。周りに聞けばわかるはずだ」
「俺たちはこの人間を追い出そうとしてただけだ!! ここは人間の来るような場所じゃねぇ!! そうだろ!」
近づいてきた兵士に先に事情を説明すれば、感情に任せたオークの叫びが後を追ってくる。
その声に対する周囲の反応は、六割が賛同したように感じる。
そして悪いことに、目の前の兵士もその六割に含まれる。
遠目で俺が何かの亜人だろうと思われていたのだろう。
近づくことで俺が人間だと気づいたようだ。
騒ぎを起こしていたオークたちではなく俺の方に剣呑な雰囲気を向けてくる。
こうなったかと、内心で愚痴り半ば予測していた展開になってしまったが、同僚なのにこの場は敵地とはどういうことだろうかね。
「戦闘奴隷か、お前たちのような人間はおとなしく外で待て! 次に騒ぎを起こしたらお前の主にも責が飛ぶと思え!」
奴隷ではないと言い訳する暇もなく兵士に腕を捕まれ、鬼の力にものを言わせ入口に引きずられる。
躱すこともできたがそれをしたら、グレイさんたちに迷惑がかかるだろうと思って素直に外に出る。
オークたちはオークたちでニヤニヤとざまぁみろと顔に表し俺を見ている。
今度こそ我慢することなくため息を吐き、誰の邪魔にもならないように脇にある柱に移動し背を預け静かに待つことにする。
「災難だったねお兄さん」
「……」
「ありゃ、無視か」
「……はぁ、災難にあったあとに話かけられて素直に対応するか?」
のだが、災難に神様がいるのなら俺を愛しすぎだろう。
ぼーっと街でも眺めようかと平行に視線を向けていた視界の端に、とんがった黄金色の二つ山が出てきた。
それが耳だと分かったのはピコリと動いたからなのだが、それはあくまで通行人だと認識していた俺はすぐに対応できなかった。
俺に話しかけたのだと認識し、視線を落とせばいかにもいたずらが好きそうな少女が俺を見上げていた。
顔立ちは整っている。
とんがった耳は狐か犬かあるいは狼か、黄金色という配色から狐の獣人だと想像でき、ショートヘアにまとめた同色の髪、そして少し幼さを残すも女性としての色を見せ始める年頃の少女。
将来はきっと美人になるだろうと思いつつ目はやはり顔よりも首元に行く。
「お兄さんのエッチ」
「首元見ているのはわかってるだろうが」
女性としての膨らみよりもその可愛らしい容姿よりも主張する首輪。
胸を隠すように茶化している仕草を見せる少女はどちらかといえばそこに着目してほしくなさそうな表情を作る。
「同じ奴隷のお兄さんならわかるんじゃないかな? ほら、お兄さんのご主人様はつけてないけど、私のご主人様はそういうのつけたがる方なの」
「わからんよ。俺は別に奴隷ってわけじゃないからな」
「うそ!?」
「嘘言ってどうすんだよ」
男に首輪って誰得だよと思いつつ、奴隷という存在を初めて見る。
鎖でつながれているわけでもなく、こうやって会話も許されている。
いや、同じ奴隷だと思って話しかけてきたのか。
近くに彼女の言う主人がいないからかもしれないが、小説や歴史で知る奴隷よりは自由は許されていそうだ。
「てっきり奴隷紋で拘束されている戦闘奴隷だと思ったのだけれど、本当に違うの?」
「ここだと人間っていうのはそこまで地位が低いものなんかね?」
「主の保護なしじゃろくに仕事も付けないよ。そんなの当たり前じゃない」
「……なるほど、監督官も俺らの使い方に悩むわけか」
「やっぱりご主人様がいるんじゃない」
「いや、上司の話だ」
何回か起きた社内でのトラブル。
その原因はやはり常識どうしのぶつかり合いであったか。
社長は穏健派で、他の幹部でタカ派、いわゆる人間を消耗品として使おうと企む強硬派がそのトラブルの原因。
俺が主任になる際に起きたトラブルもおおかたそんな面々が絡んでいるだろう。
人間を消耗品のように扱う風潮、それはここでは当たり前の常識、少なくとも眼前の少女にとっては日常的な話なのだろう。
結婚するための準備をしに来たのになんでこんなブルーな話をしないといけないんだ。
こういう時はもっと幸せいっぱいのイベントであるべきじゃないだろうか?
「ふぅん、ま、そういうことにしておくよ!」
そして、どうも目の前の少女は俺を奴隷にしたいらしいな。
こちらの常識的に考えれば異世界から来た人間だと言う話を信じるよりは幾分か現実的な話ではあるが、こうも私はわかっているよという視線にさらされるのは奇異の視線を向けられるよりも応えるものがある。
グレイさんマイットさん早く来てくれと切に願いつつ、少女の前なのでタバコが吸えない二重苦に苛まれる。
「次郎君! ここにいましたか」
「マイットさん、グレイさん」
その願いが通じたのか出入り口からマイットさんとグレイさんが出てきてくれた。
建物のなかにいなかった俺を探しに来てくれたのだろう。
早足でこちらに歩いてきてくれる。
「お待たせしました。ダンジョンに入る手続きに時間がかかってしまいまして、こちらのお嬢さんは?」
「ついさっき知りあった他人です。名前すら知りませんよ」
「お兄さん、ひどくない?」
「事実だ」
「獣人、狐人か」
そして、隣に知らない女性がいれば父親として気になるだろう。
ナンパをしているような男だと思われたら問題なので関係を明白にする。
それに対して少女は抗議してくるが、無視だ。
結婚を控えている身で、義父二人にあらぬ誤解を抱かれてたまるか。
マイットさんは納得したように頷いてくれたが、グレイさんは別の意味合いで何か思うことがありそうだった。
「それで、すぐにダンジョンに入れそうなんですか?」
「それなんですが、少々問題になりまして」
「問題?」
「ここの責任者が奴隷ではない人間をダンジョンに入れるわけにはいかないと言っている。こちらが用意した書類とともに魔王軍に所属していると説明しても許可がおりない」
「どうやらここの責任者は穏健派ではないようで、曰く、実力のないどこの馬の骨ともしれない人間をダンジョンに入れるのは無駄にダンジョンを刺激する行為になるので許可できないと言っていまして」
「つまり?」
そういった誤解を抱かれまいと、彼女の話から逸らすために話題を振ると、一瞬で二人の雰囲気は変わってしまった。
ああ、わかる。
今この二人は非常に怒っている。
グレイさんの無表情にはさらに磨きがかかり、感情が削ぎ落とされ、マイットさんはマイットさんで丁寧な口調はそのままだが魔力が溢れてきて表情に迫力が出ている。
「今から向こうの用意する探索者パーティーを倒せば許可が下りるそうなので、次郎君、申し訳ありませんが試験をパスしてきてもらえませんか? 手加減も、容赦も、情けもいりませんので、全力でお願いします」
「うむ、娘に聞いたその実力を遺憾なく発揮してくれ」
言葉こそ足りないかもしれないが、相当俺に関して言われたのだろう。
目は言葉以上に物語る。
絶対に許さないと不退転の文字が見えるほど二人は怒りに燃えている。
比較的温厚だと思っていた二人をここまで怒らせるとはここの責任者はいったい何を言ったのだろう?
気になるが、今ここで聞くことではない。
今俺にできることは。
「わかりました、全力を尽くします」
笑顔で頷くことだけだった。
今日の一言
笑顔、引きつってないよな?
今回は以上となります。
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