122 盲点であった!!
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
グレイさんの店のお祭り騒ぎを経て、用意された馬車に乗り込んで目的地に向かうことができたのは、店に入ってから二時間後のことだった。
もろもろの準備や情報収集に時間がかかってしまったのもあるが、その中にまぎれたメモリアとの関係を根掘り葉掘り聞こうとするロウさんのやり取りも少なくない。
用意すると言われた馬車は、いかにもファンタジーらしいガタガタと揺れる馬車を想像していたが、魔王軍の馬車はある意味で現代を超えていた。
「車より揺れないというのは素晴らしいな。このなんとも言えない浮遊感は慣れが必要だが、それを除けばかなり快適だ。こっちの馬車は全部こんな感じなんですか?」
ロウさんに用意してもらった今回の主目的の素材リスト片手に、バッケーナからダンジョンに向かう道中、俺は素直に快適な旅の感想を抱いた。
「すべての馬車がこうというわけではない」
「この術式を固定するだけでもだいぶ費用がかさみますし、素材も特別製です。この浮遊馬車が特別なんですよ」
移動するための動力は二頭の馬が引いているが、馬車自体が一風変わっていた。
最初外から見たときはソリのような足がついた馬車で、本当にこれで進むのかと思っていた。
一見普通の馬であるが、もしかしたら軍用馬で馬力がすごいのかとも思った。
だが、その心配は杞憂だった。
魔導技術で馬車の底に浮遊魔法が施されており、魔石によって魔力が供給され魔法を維持している。
さらには宙を浮いている間は、浮遊魔法がバランスを崩さないように姿勢制御している。
おまけに積載量も通常の馬車の二倍ときた。
欠点といえば魔石の魔力充填くらいのもので、その充填も一度すれば一週間は充填しなくて済むらしい。
その結果として移動も馬の引く力が少なくて良い分速度が出るし、ほぼ揺れないという便利具合と来ている。
おかげでこうやってゆっくりと素材リストを確認できている。
「そうみたいですね、さっきから普通の馬車しか見えなかったですし。それにしても結構多いな、その中から考えるとなると……」
「全てを集める必要はない。実力を示すのが習わしだ」
「そうですけど」
どうせなら全部揃えたいと思うのが男心だ。
ざっと目を通すだけでも布地の素材だけで数十種類だ。
ランク付で区分されているが、低いから悪いというわけではなく使い方ということか。
魔石となると、さらに種類が増える。
「おすすめとかありません?」
さすがにここまで揃えられると知識のない俺では選びようがない。
目的地に着くまで半日、その間に選別するのはいくらなんでも無理がある。
流行だけではなく定番のものまで差し込まれたら確実にお手上げだ。
なので、二人の父親たちにアイディアを求める。
「生地でしたらナイトメアシープの毛がいいかもしれませんね。貴族の中でも人気が高いですよ」
「ナイトメアシープ……これか」
マイットさんの意見のものを探すとすぐに見つかる。
ロウさんのリストの中でも上位に食い込む高級品だ。
脇の注意事項を読むと良い毛が取れるのはメスで、おまけにメスの数は群れの約三割。
そのメスを守るためオスは獰猛で毛が荒れているとのこと。
あとは倒した時に血が飛び散らないように気を付けないといけないようだが、それは峰打ちなり、いざとなれば教官直伝の格闘戦に持ち込めばいい。
生息地はダンジョンの中層部と深層部の中間か。
「宝飾ならジュエルビーだ」
「ジュエルビー?」
「瞳が様々な宝石になっている蜂型の魔物です。その瞳に合わせた魔法を使いますが、魔力が蓄積されているのでその輝きは素晴らしいものと聞きます。特にまだ子を産んだことのない姫蜂の瞳となればその価値は並みの貴族では手が出ないほどです」
名を聞き再びリストとすりあわせればその名前もすぐに見つかる。
危険度はさっきのナイトメアシープと同じくらいか僅かに上といったところか。
生息地域はやや深層よりであるが、どうにかなるか?
どっちにしろ群れ相手に戦うことが前提となりそうだな。
「他の部分はダンジョンで手に入れた素材を売却して手に入れるとして……護り石?というのは」
「家内の安全と子孫繁栄を願うのに必須だ」
「私たちダークエルフの風習でいう生命樹のようなものですね。結ばれる時に特別な木の苗を植え一緒に育てていく。その樹に精霊がやどり家を守ってくれると言われています」
「……どっちもやるか」
「木の苗でしたら安心してください、私の方で用意しますので」
「助かります、となると護り石の方だが……なんですかこれ?」
「護り石はいわば魔石だ。それを加工し一族の加護にする。それ自体は気休めだが、その一族の指針に深く関わる。それには魔石を持っていた魔物に意味がある」
「意味?」
「竜なら力、植物なら成長、鳥なら飛翔、狼なら絆、ゴーレムなら鉄則と様々な意味がある。婿殿がメモリアと結ばれるにあたって将来どのような家庭を築くかの願掛けだ」
「貴族や王族は力を象徴するために竜を紋章によく使用しますが、それと一緒でしょうね。でしたら一般家庭は安全や健康といった意味合いが強くなりそうな内容ですね」
「うむ」
「なるほど」
グレイさんの長文に若干の違和感を感じつつも、それほど重要なことなのだろうと納得する。
俺は一応一般人の部類に入るから家内安全とかなのか?
それだとどんな魔物の魔石になるかだが……
「牛?」
「グルードバッファローだな」
「群れの連帯感が非常に強い魔物です。子供がピンチになれば迷わず群れで襲いかかる厄介な魔物ですね」
「なんで必要なものがことごとく群れなんだ」
「逆に考えれば一つの群れで必要数が揃うということですがね」
「うむ」
またもや個ではなく群タイプの魔物、これが運命というやつかと思ってしまう。
たまにはご都合主義みたいに簡単なやつをと思ったが、良いことが起きた後はほとんどそれを帳消しにするような悪いことが起きているので頭を振りその思考を打ち払う。
二人には不思議そうな表情で見られたが、なんでもないと言って再びリストに目を通す。
見事に強さもわからない魔物の、相手が群れオンリーという不安要素を抱え込んでしまったが仕方ない。
それ以外の魔物となると素材が微妙であったり、魔物が強すぎたりと逆に手が出しにくくなってしまう。
なんだよ、結婚衣装にドラゴンの鱗を使うやつがいるのかよ?
あれか魔王様のお妃様か? それとも大貴族の令嬢か?
どっちにしろ俺に黒龍なる不穏な響きをする相手と戦う予定はしばらくない。
具体的に言えば、教官たち二人と戦って余裕で完封できるくらいになるまでない。
そうなるとこの三種の魔物は、手頃ではないが、目的を達するにはちょうどいいということになる。
「ちなみにお二人ってどれくらい戦えるんですかね?」
「過去に仲間と一緒に黒龍と戦い生き残ってますね」
「む? 貴殿もか、私も黒龍とは戦っている」
俺だけか黒龍と戦ったことがないのは。
逃げ腰な俺がおかしいのか?
この大陸では黒龍と戦うのは割と常識なのか?
仕留めるのにどれくらいかかったかと笑顔で話し合う義父たちの常識を聞くと、この大陸の戦闘数値平均は高いように思えてしまうのは不思議だ。
もしかしたら黒龍というのはそれほど強くないのだろうか?
「あの時は焦りましたよ、とっさに精霊で守っていなければ後ろにあった山ごと溶かされるところでした」
「うむ、あのブレスは危ないな。私も仲間と協力し障壁で防いだことはあるが周囲一帯が溶解した」
少なくとも弱いということはなさそうだ。
そして、この素材も結婚衣装で使うのが一般ではないがそれほど珍しいというほどでもないというのはわかった。
一緒にこの義父たちが助けてくれるのならそれほどダンジョンも心配する必要はないと思える。
「しかし、ダンジョンも久しぶりです。最後に入ったのは私が冒険者を引退し研究者になる前ですから二百年ほど前でしょうか? スエラが生まれたからいい加減落ち着いた職に着けと妻に言われまして」
「私もそれくらいだ。最近はデスクワークばかりだからな。剣を振るうのも久しぶりだ」
なるほど、ミルルさんが言っていた、慣れたらグレイさんも話すというのはこのことか、本当に楽しそうに昔話に花を咲かしている。
しかし盛り上がっているところ悪いが大丈夫、だよな?
装備はグレイさんの店で用意してもらったから真新しいし、マイットさんは確か少し走っただけで息が切れていたような気が……
グレイさんは……わからん、未知数だ。
「主力の精霊はスエラに引き継ぎましたが、それでもサポート系は充実しています。彼らも久しぶりの戦闘に気持ちが高ぶっているみたいです」
「そうか、妙に魔力が浮ついているのはそのせいか。私も少々血がたぎっている」
なんだろう、失礼だとは思うが昔はすごかったから大丈夫だという親父たちの会話を聞いている気分になってきた。
よくよく冷静に考えれば、パーティー編成が戦士、研究者、商人という戦闘職が過半数を割るという現実を今直視したかもしれない。
魔法使いらしいローブを着たマイットさんと革鎧を着たグレイさんであるが、二人共今は戦闘職じゃないんだよなぁ。
「でしたら、最初は浅い階層で慣らしてから深層に潜りますか?」
「そうですね、互いの連携も確認したほうがよろしいでしょう」
「うむ、そうするか」
先行きの不安から提案したのが通り一安心だ。
しかし。
「はぁ」
「どうした婿殿?」
「急にため息なんか吐いて、気分でも優れませんか?」
「い、いえ。初体験のダンジョンに少し緊張しているようで」
「ははは、大丈夫ですよ。冒険者時代に何度も挑んでいるダンジョンですし、昔とそこまで変わっていないでしょう」
「うむ」
不安は拭いきれない。
この長命種二人を基準にすれば、ダンジョンに挑んだのは二百年前だ。
それで変わっていないというのは、ロウさんが用意してくれたモンスターリストを根拠にしたのだろうか。
もしかしたら、素材のランクを二、三下げる必要が出てくるかもしれない。
俺の予想はいい方で裏切られるか、悪い方向で裏切られるか。
それすらわからない。
「さて、現地までは時間があります。今のうちに仮眠をとって休んでおきましょう。体調を整えるのも冒険者の仕事ですよ?」
「そうだな」
「わかりました」
冒険者と表現したのはマイットさんなりのジョークだろう。
俺はテスターですけどねと答えつつ苦笑し、この中に誰一人冒険者がいないのにどう突っ込もうかと一瞬考える。
しかし、ここで何か言う必要はないと判断しマイットさんから手渡された毛布を受け取り、窓の方向に寄りかかる。
二人は互いに反対側の壁に寄りかかるような形をとり寝る姿勢を取る。
静かになった空間でそっとカーテンの隙間から見える大きな月を最後に見て、瞼を閉じる。
一向に眠気が来ないのは先行きの不安からでないことを祈りながら。
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
体が覚えていると、信じたい!!
今回は以上となります。
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