121 想像と現実がつながる時もある
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
魔王軍の本拠地アナタリス。
その中で軍事都市と呼ばれるバッケーナ。
俺が訪れた町の名だ。
軍事都市と名をうっているだけあって、その構造は軍事拠点として砦のようになっている。
この転移陣も軍事施設の一つだ。
ほかにも警邏用の馬があったり、飛竜の離発着場があったり、警備兵もいる。
今も周囲では魔王軍に関係する様々な種族が行き来している。
しかし、その反面しっかりとした都市機能もあるらしい。
中央の軍事施設から離れれば商店があり、宿があり、人間という種族こそいないが、冒険者ギルドがあり、商人がいて冒険者もいる。
そして、平民もいる。
その地に訪れた俺の印象は、前に出張で行ったイスアルよりも、俺の想像する『比較的平和』なファンタジー世界に近いというものだった。
鬼や悪魔といった敵役として描かれるような存在もいるが、そういった種族がメインの作品も知っている俺からすれば自身に感じる違和感はさほどない。
むしろイスアルみたいに権力まみれな光景ばかり見せられている方が、現代日本の社会構造を生々しく見せつけられているようで、こんなのはファンタジーではないと思えたくらいだ。
スパイ映画みたいなことをしでかしていた身で何を言っているのかと思われるが、それくらい現実というのは想像よりも厳しいというものだ。
こうやって平和に異世界にこられたという状況に感謝するしかない。
生憎、のんびりと観光気分を味わう時間は少なそうだがな。
「次郎君、砦から出る手続きは終わりました。これから主街区に向かいます」
「……」
柱に背を預け、気を落とし静かに周囲の音に耳を傾け観察を続けて得た情報を俺の中でまとめている間に砦の門を越える手続きが終わったらしい。
マイットさんとグレイさんが迎えに来てくれた。
「武器の所持は認められていますが、街中での抜剣は気をつけてくださいね。たとえ相手に非があっても場合によってはこちらの非になりますので」
「それだけ人間の立場は低いってことですかね?」
「残念ながらそうなります」
「……」
マイットさんもグレイさんも俺には好意的だったが、それはイコール人間に対して好意的というわけではない。
スエラやメモリアの間接的な信頼から派生した信頼が実ったのだ。
あくまで俺個人に対して好意的なのだろう。
事実、十分も待っていないが、浴びせられた周囲の視線の感情は二割が好奇心、三割が無関心、そして五割が悪意といったところだ。
巨大な月をぼーっとただ眺めていただけじゃないぞ?
おかげで静かに待っているだけでも、なんで人間がこんなところにと嫌悪感丸出しの視線が浴びせられるということがわかった。
どこにトラブルが潜んでいるかわかったもんじゃないとしっかり認識しておかないと。
それでも、イスアルと違って身分を隠す必要がないのは助かる。
問題ないと苦笑で答えると、グレイさんは納得していないような表情を見せるがそれ以上は何も言わない。
マイットさんも周囲の反応は理解しているが、納得はしかねているといったところか。
俺と一緒に少し苦笑を浮かべたあと行きましょうと先導を始める。
右斜め前にマイットさんが歩き左後ろにグレイさんが着く。
俺を護衛しているように歩いているというのは勘違いではないだろう。
事実、砦に用があっただろう冒険者らしき存在たちが舌打ち一つして離れていくのが気配でわかる。
あのまま何気なしに歩き回っていたら間違いなく、冒険者の洗礼であるなんでこんなところに?のくだりから始まるイベントが発生しただろう。
負けるつもりはないが余計なトラブルは避ける。
静かに待って正解だったということだ。
「ところで、どこに向かっているんですか?」
「私の店だ」
「グレイさんの?」
「ああ、そこで騎竜を調達し、南に向かう」
「南?そこになにがあるんですか?」
「この大陸には歴代の魔王が作ったダンジョンがいくつも残っているんですよ。イスアルに存在するものとは違い、ダンジョンとしての機能を残したものです。管理さえすれば魔力が循環され無限に資源を放出してくれるのがダンジョンですからね」
「再利用できるものなんですか? それなら、ダンジョンを新しく作るよりもそれを利用したほうがコストもかからないのでは?」
歩きながら目的地を聞けばこの都市より南にあるダンジョンに向かうようだ。
魔王軍の大陸にダンジョンというのはあってもおかしくないが、ダンジョンとは世界間をつなぐ役割を持った楔だと聞く。
当然それを製作するコストも半端ではないはず。
一から作るよりも再利用したほうがコストも浮くはず、それもまだ機能が残っているのならなおさらのこと。
「もちろん希に機能が完全に残っているダンジョンは一旦解体して資源に回されていると聞いています。ですが作ったダンジョンの大半は勇者に壊し尽くされますからね、機能が無事な方が珍しいのです。たとえ機能が残っていても完全というわけではないので、そういったダンジョンの中でまだ使えるモノはこういった資源回収用に再利用されています。それが今から向かうダンジョンというわけです」
「なるほど」
さすがにその辺はうまく回しているか。
素人考えで言うものじゃないな。
「止まれ!! 身分証と許可証を提示しろ!」
そうこうしているうちに主街区に入る門まで到着する。
もちろん警備兵に止められるも、あらかじめ手続きを済ませているおかげであっさりと通ることができる。
兵には俺の存在が周知されているのか、お前がと言葉がこぼれたのが耳に入る。
テスターという存在は秘匿されていないということか?
「おー」
兵の発言は気になったが、門を越えた先の光景に目を奪われる。
爛々と輝く魔力街灯が照らし出す光景はイルミネーションみたいにきれいだ。
さすがにメインストリートだけであろうが、ここまで明るいと昼間となんら変わりない。
「こっちだ」
きらびやかな光景もグレイさんにとっては見慣れた光景なのだろう。
むしろ吸血鬼のグレイさんにとってはこの明るさはまぶしすぎるのか、少し目を細めながら早足で歩き始めた。
再びグレイさんが先導する形となった道行であった。
「はは、さすがに人間は目立つか」
「しばらくすれば慣れますよ」
「そうだといいんですがね」
道中で子供に指さされ、母親らしき存在に手を引かれ離れられては、悪いことをしているつもりがなくとも悪いことをしている気分になってしまう。
外套でも着たほうがいいかと思い始めた頃に目的地につく。
「ここだ」
「ここが?」
グレイさんが案内してくれた店を前にして俺はつい見上げてしまった。
言ってはなんだが商店と言っても個人経営なので、そこまで大きな店を想像していなかった。
だが、それに反してグレイさんが連れてきた店はメインストリートに面した大型のスーパーほどの店舗だった。
「トリスと聞いてまさかと思っていましたが、トリス商会でしたか。なるほど魔王様の膝下で店を開けるのも納得です」
「そこまで大きいんですか?」
スタスタとなんの迷いもなく奥に入っていくグレイさんに遅れながらついていく途中でマイットさんが驚いていたので聞いてみるとお義父さんはすぐに頷いて返事をくれる。
「お帰りなさいませ!!」
「うむ」
「グレイ様、お嬢様の様子は」
「元気だった」
「グレイ様、品物の納品の件なのですが」
「後で見る」
そして、グレイさんは本当に大商会のトップだったようで。
カウンターの奥、事務所に入ってからはひっきりなしに店員に声をかけられている。
付き合いが長いからだろうか、短い返答でも店員たちは気にせず話を振っている。
まぁ、おかげで俺への視線がさっきからひっきりなしに向けられるのだが、なぜか皆好意的な視線ばかりだ。
「グレイ様、後ろの方々…まさか」
「婿殿だ、ダークエルフの方は婿殿の義理の父親だ」
「やはり!」
いや、その説明で理解している部分は前半だけだよな?
後半に関してはスルーか?
いや、一夫多妻が当たり前の世界だから気にしていないのか?
しかし、さっきから不思議だ。
人間に対してここの店員は好意的すぎではないか?
この見るからにグレイさんの右腕っぽい吸血鬼からもどことなく期待の視線を受けていたが。
「うう、あのお嬢様がついにご結婚を…我々店員一同この日を心待ちにしておりました!」
そういうことか。
商会メンバーが待ち焦がれるほどメモリアは愛されているのか。
老齢の吸血鬼が涙を拭いながら語ると周りの店員もうんうんと同意するように頷いている光景など結婚相手としてプレッシャーになるがその反面嬉しくなる。
「なにせお嬢様ときたら、男性に興味を持つということがありませんでした! 最初はいずれ興味を持っていただけるだろうと思っておりましたが! その傾向は一向に現れず! どうにか改善しようとお見合いを勧めようとしてものらりくらりと理由をつけて回避され、終いには異世界に店を出すと聞いたときはこのまま行き遅れになると覚悟しておりましたが、まさかこんなに早く!!」
おい、メモリア、実家でとんでもないことを店員に言われているぞ。
というか何しでかしている。
その感動も一気に萎えてしまった。
その反動で俺の感動を返せと叫びたい衝動に早変わりした。
ミルルさんの性格からして締めるところは締めているだろうが、仲はいいのだろう。
遠慮というのがない。
グレイさんも黙って聞いているところからこんな会話もいつものことなのだろう。
この吸血鬼の他にも目元に涙を浮かべている店員がちらほらと見える。
「ロウ」
「は! つい感動で気が動転してしまいました。グレイ様、それで本日の早めのお帰りはどのようなご用件で? ご予定でしたら、お帰りは三日後とのことでしたが」
「うむ、結婚の準備で婿殿がダンジョンに挑む」
「おお! 素材の調達ということですな! それでしたら商会の方でも取り寄せできますが?」
「婿殿は武闘派だ」
「なんと! でしたらご自分の手で素材を入手されると! なんとご立派な!」
なんとなくこの商会が回っている理由がわかった気がする。
なんだろう、この察しの良さは。以心伝心ってこんなレベルを言うのだろうか?
僅かな単語からグレイさんの言いたいことをロウと呼ばれた吸血鬼は諾々と頷き会話を成り立たせている。
「足がいる」
「なるほど、ご用件はそういったことですか。でしたら騎竜を用意致します。それと最近流行の素材情報も装飾部門から取り寄せておきましょう」
「頼む」
「なんの、お嬢様の一世一代の晴れ舞台。このロウ、粉骨砕身精一杯サポートさせていただきます。もちろん、そちらのダークエルフの御仁のご息女にふさわしい素材の情報も集めさせていただきます!」
「うむ」
なんだろう、このできる吸血鬼。
昔の職場でこんな上司の下で俺も働きたかったと思わせられる働き振りだ。
「ささ、では準備ができるまでこちらの方でお待ちください。ただいまお茶をお持ちいたします」
「うむ」
あっという間も言う暇もなく段取りが終わってしまった。
一応会釈はしたが、無愛想な奴と思われなかっただろうか?
最後にニコリと笑みをこぼして会釈を返してから出ていったから問題ないと思うが。
「座らないのか?」
心配していた俺が馬鹿なくらいマイペースなグレイさんの行動に俺は肩の力が抜けるのを感じ、マイットさんと顔を見合わせ苦笑をこぼしてから向かいに座ったのだった。
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
なるほどと納得する日であった。
今回は以上となります。
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