120 仕事の能力がプライベートで役に立つところがある
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
「さて、どこに向かいましょうか?」
「・・・・・・」
「そうですね」
ダンジョンと一口に言っても様々な環境が存在する。
とりわけうちの会社は対勇者用に設定されている分、防衛能力を問われる。
なのでその内容も多種多様となる。
だが、今回はその防衛能力よりも着眼すべき点がある。
「グレイさん、吸血鬼の結婚で必要な素材、いや、必要になる物ってなんですか?」
「衣装、装飾、料理、そして護り石だ」
それはどんな代物を落とすかという、仕事とは関係ない俗物的な話だ。
どのモンスターがどのような物を落とし、どのダンジョンにどんなものが生息しているかが今回のダンジョン選びのキーになる。
グレイさんに言われた必要なもの、その全てをダンジョンで現地調達する。
どれだけ吸血鬼の結婚式は大変なんだと思うが、それは身の丈にあったものを用意するのだとグレイさんは言っていた。
豪商なら人を使い財力を示し、戦士ならその力を以ってしてその身で力を示す。
財力と武力という物差しの差はあれど、後者である俺はならばと装備を整えダンジョンの前に来ているが、あいにくとイスアルの風習にあった衣装と装飾品の知識がない俺は早速頼ることになっている。
「ここのダンジョンで採れますかね?」
彼女たちのためにそれこそ自分の限界に挑むつもりであったが、グレイさんの提示する代物がこのダンジョンで手に入るかが未知すぎて判断に困る。
布などの原料になる糸を排出するモンスターを探せばいいのか、宝石を発掘するために鉱山のあるダンジョンに挑めばいいのか、唯一わかるのは料理という範囲であるのだが、こればっかりは食材の保存関係で結婚式前の段階になるため今は手を出すことはできない。
それ故の質問であった。
「ここのダンジョンは私にはわかりませんので、やはり地理を知っている向こうに行くべきかと思うんですが、グレイさんはどう思います?」
「そうだな、そのほうがいい」
あったのだが、義父二人は俺の考えとは別のことを考えているようだ。
知らない場所よりは知っている場所に向かったほうがいいのは確かであるが、その場所はどこなのかという話になる。
「お義父さん方、できれば俺にもわかりやすいように説明してほしいのですが」
「む」
「ああ、すみません。私たちもここのダンジョンには入ったことはないので、それなら多少なりとも情報のあるダンジョンに行ったほうがいいと思いまして」
「ここ以外のダンジョンですか?」
「ええ、仮にもここは魔王軍の最新の機密を保持したダンジョンです。なので私たちが入れる許可も下りませんし、でしたら私たちの大陸の方のダンジョンに行きましょうということですよ」
俺からすれば普段から出入りしている場所なのだが、立場が変わればそういったことになるわけか。
「そうなると逆に俺は大丈夫なんですか? 大陸に行くとなると国をまたぐということですよね?」
「おそらく大丈夫でしょう。たしか、シャインショウ?というものがあると聞いています。それが身分証の代わりになるので」
「あれが?」
車の免許証のような顔写真付きの身分証明書が入社して数日後に渡されたが、あれにそこまでの能力があるとは思わなかった。
常に携帯しろと最初言われて専用の無駄に頑丈で軽いパスケースに入れられて渡されているので今も持っている。
「持っているのでしたら時間がもったいないのですぐに行きましょう」
「わかりました」
「……」
グレイさんできればもう少し会話をしてほしい。
無言で歩き出したグレイさんの後ろに続き歩き出したが、どこに向かうかまでは言ってくれない。
と言っても目的地はすぐにわかったのだが。
「非常口?」
「いや、転移室です」
ダンジョンルームの脇に設置されていた防火扉のような重厚な扉の上にある電光で照らされているプレート。
色合いは違うし書いてある文字も日本語ではなくイスアル語だが、棒人間がドアに向けて走るポーズは間違いなく非常口のマークだ。
日本の緑色と違ってこっちは赤色だが、差異はほとんどないだろう。
「空間転移陣の設置には手間がかかっていますので、こうやってゲートの近くに同じ施設が併設されるのは珍しくありませんよ」
「水道管の元栓のようなものか」
読めない文字で描かれさらに教えられていなかったことだから、立ち入ることはなかった。
グレイさんが先頭で扉を開き中に入るとそこには簡易なテーブルが用意され、椅子に座る事務員のようなダークエルフの男性と警備員役だろうと思われる全身フル装備の鬼が二人立っていた。
その先にはもう一枚防火壁のような扉がある。
「転移の手続きを」
いや、グレイさんもう少しマイペースなのをどうにかなりませんかね。
俺がついていけないですから。
「三名ですね?」
「ああ」
「身分証を提示してください」
いや、手続きの仕方がわからないから黙っているけどな。
淡々と手続きをするダークエルフに社員証を提出すると一瞬だが目が釣り上がる。
なにか問題あったかと思ったが、特段何かを言われることなく別の書類を取り出しグレイさんの前に差し出す。
それを一読したグレイさんはさらにサラサラと署名していく。
一応イスアルの言語は習っているが、俺の知らない単語ばかりで内容はよくわからなかった。
俺も差し出された転移手続き書に記入要項を書く。
こっちは日本語であったから数分もしないうちに書き終える。
「結構です、では奥に進んでください」
「うむ」
いや、ですからもう少し会話をしましょうよグレイさん。さっきから単語しか言っていないですよ。
マイットさんも笑っていないで何か言ってください。
スタスタと歩いていくグレイさんの後ろを歩く。
鬼の脇を通り過ぎようと思った時にちらりと顔を見ると宴会の時に相撲をとった鬼ではないかと思ったが、向こうもわかったのかニヤリと笑いかけてくれた。
それに軽く手を振り応え真っ直ぐにもう一人の鬼が開いた扉をくぐる。
「そういえば、さっきグレイさんが書いていた書類ってなんですか? 俺たちよりも一枚多めに書いていたようですけど」
「保証書ですよ。グレイさんが次郎君の身元保証人になるという書類です」
「っ、よかったんですか?」
「あははは、君が犯罪にでも手を出さなければ大丈夫ですよ。よほどのことがない限りは保証書も形式的なものです。私が書いても良かったんですがグレイさんがさっさとやってしまいましたね」
長い廊下、それこそ物資搬入口も兼ねているのかその道幅は広い。
俺たちが話しながら歩いている間にも、
向こう側の物資を積んだ荷台や実家に帰省していた魔王軍の社員と思われる存在たちとすれ違う。
歩く時間も長く無言で歩くよりはと思い振った話題であったが、さらりと重要な手続きをグレイさんは済ませていたことに内心の驚きを隠せない。
「グレイさんもメモリアさんの夫になる君を信用しているんでしょうね。書類を書くのに迷いがなかったですよ。ですから、気にしなくていいとは言いませんが、そこまで大きく考える必要はありませんよ。私がグレイさんの立場でもきっと同じことをしたでしょうから」
俺を安心させるようににこやかに説明するマイットさん。
それだけ信用し、手続きをとってくれたということだろう。
何かが起きたら責任を取ると言ってくれたグレイさんの背中を見る。
何を考えているかいまいちわからない人ではあるがメモリアを想う気持ちは確かだろう。
背中で語る父親とはこういうものだろうかと思った。
「グレイ義父さん」
「?」
「ありがとうございます」
「……気にするな」
ちらりと振り返って交わした会話は短い。
俺のお礼の言葉も一瞬なにかと把握していなかったようだが、思いついたら納得したように返事をしてくれた。
だから、そこで区切らず俺の方から話題を振ってみてわかった。
この人は不器用ではあるが、思っていたよりも寡黙というわけではない。
何が好きかと聞かれれば好みの食べ物を教えてくれる。
慣れてくれば、俺への質問も返ってきた。
マイットさんも交えて会話をし、互いを知るには今回の道のりは短かったがそれでも俺には充実した時間だと思う。
昨日よりも幾分か打ち解けたと思えた頃に道のりは終わり、開けた場所に出る。
「これが、転移陣」
目に映ったのは水晶を駆使したストーンサークル。
常に魔力が循環し、膨大な魔力が常に停滞するように設計された大型の魔法陣の中央は霧状になった魔力が光り停滞している。
そこにむけて様々な種族の魔王軍の人たちが行き来している。
中に入っていく人もいればそこから出てくる人もいる。
中央が転移位置になっているのか、衝突を避けるように誘導員が列を整理し中央に向かうようにしている。
俺たちもその列に並び順番を待つ。
「次、三名だな?」
「ああ」
静かに順番を待っていると、列のはけ具合は早かったのですぐに俺たちの順番がくる。
すでにこの集団をまとめているグレイさんは鎧を着たリザードマンの兵士の言葉に頷く。
一瞬俺のところで視線が止まったがグレイさんが保証書を突き出すことで事なきを得た。
「向こうでは一人で行動しないようにしろ、ここと違い人間はほとんどいない。気をつけて行動しろ」
「はい」
リザードマンの兵士の忠告に返事をする。
「いくぞ」
「私とグレイさんの間に入れば問題ないでしょう。行きましょうか次郎君」
「はい」
俺を前後で挟むように歩き出し、魔力の靄に入る。
圧力ではないがなにか僅かに抵抗するような感覚を味わい、一瞬足元から床が消えたと思ったら今度はさっきと別の感触の床が現れる。
そして、ダンジョンに入ったときのような魔力の濃度を感じ取る。
そのまま僅かにぼやけているグレイさんの背中を追い続ければすぐに靄から抜け出す。
「眩しい」
抜けた先からいきなり光が漏れ思わず目を細める。
光源は何やらランプのような形状をした照明器具。
それがそこら中に設置され、この施設の部屋を照らしていた。
思わず足を止めそうになったが、グレイさんが止まらなかったのでそのままあとをついていく。
いくつかでは片付けられない視線を浴びつつ、何度かグレイさんが保証書を見せることで集積所と駅を兼ね備えた場所を出ることができた。
「でかい」
それまで無言を貫いていた俺は空に青白く輝く月の姿に思わず目を見開く。
太陽と違い自身の力では光ることのかなわないはずの月が自力で輝き大地を照らす光景に力強さを感じ取ったからだ。
「ようこそ、我らが魔族の大陸、アナタリスへ」
夜が支配する大陸に俺は今足を踏み入れたのだった。
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
役に立てばどんな能力でも力になる。
今回はこれで以上となります。
面白ければ評価、ブックマーク、感想等よろしくお願いします。
これからも本作をよろしくお願いします。




