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117 雰囲気だけで感じる何かがある

 田中次郎 二十八歳 配偶者有り

 妻  スエラ・ヘンデルバーグ 

 メモリア・トリス

 職業 ダンジョンテスター(正社員)

 魔力適性九(準魔王級)

 役職 戦士




 昨夜の親子の飲み会はあの後も続いたが、お袋と話をしているうちにいい時間になったところでお開きにした。

 おかげで寝足りない感覚はあるが、起きておかないと。


「もう行くのかお袋」


 このお袋は勝手にいなくなる。

 すっと気配を感じ、目を覚まし寝室からリビングに出る。

 そこには睡眠時間は同じなはずなのに、眠気など感じさせずきっちりと身支度を終えているお袋が半分寝ている親父の身支度を世話していた。


「まぁね、あんたの様子が気になったから帰ってきただけだからね。聞くことは聞けたし嫁の顔は見れたし、あたしゃ満足したよ。結婚式には帰るから安心しな」

「忙しないな」

「いつものことだろ?」

「違いねぇ」


 いつものことだ、俺に何かが起きたらフラッとやってきて見届けたと思ったらさっと出かけていく。

 変わらないお袋はまたジャングルにでも挑むのかと苦笑する。

 時間的に日が昇る前でまだスエラたちは寝ている。

 起こすかと聞いてもこのお袋のことだ起きてくる前に立ち去るだろう。


「それじゃぁ、元気でやるんだよ」

「お袋はもう少し落ち着いてくれ」

「あたしにとってはこれくらいがちょうどいいんだよ」


 親父を米俵のように担ぎ、いつもの快活な笑いを浮かべながらお袋は玄関に歩いていく。

 その背中を見送る。


「嵐は過ぎ去ったか」


 来る時も突然であったが去る時も迷いがなかった。

 即断即決即行動。

 そんな母親の行動には苦笑を漏らすしかない。


「さてどうするか」


 時間的に二度寝をする時間でもない。

 加えて、既に目は冴えてしまっている。

 ならば朝食でも作るかと台所で作業すること十数分、日が昇る頃にはリビングにコーヒーの香りが満ち始めると、スエラを含めダークエルフ一家が起きてくる。


「いい匂いですね」

「おはようスエラ」

「おはようございます、朝食を作ってくれたんですね。ありがとうございます」

「早く起きたからな、メモリアは……起きられないか」

「ええ、吸血鬼ですからね」


 起こしますか? と聞いてくるスエラに寝かせておこうと首を振り、人数分コーヒーを用意しながら、二日酔いに苦しむお義父さんとお爺さんの前に味噌汁の入った器を差し出す。

 メモリアたち吸血鬼一家はその特性上やはり朝は起きてこられないのは予想通り、あとで起きてきた時に温め直してだそう。


「そういえばお義母さんの姿が見えませんが、まだ寝ていますか?」

「帰ったよ」

「ええ!?」


 食卓にいないお袋の姿を探すスエラにお袋が帰ったことを伝えれば予想通り驚く。

 普通はそう思うよなと言えばなんとも言えない表情でスエラも頷く。


「自由が人になったような母親だからな、俺はもう慣れた。スエラもいずれは慣れる」

「そういうものでしょうか?」

「ああ、しかもあの性格で神社の娘だって言うんだから驚きだ」

「神社、私たちの世界で言う神殿のようなものですよね?」

「それそれ。お袋曰く、それなりに由緒ある神社らしくてな。嘘か真か神様の血を引いているって話もあるくらいだ」


 そんな家だからそれ相応に礼儀作法にもうるさい。

 それが嫌で飛び出したとお袋は言っていた。

 あの直感ももしかしたら神通力か何かかもしれない。


「スエラ、なんで俺を見ながら納得したように頷くんだ?」

「いえ、神縁の血があるなら次郎さんの魔力適性が高いのも納得できると思ったので」

「ああ~そっちかぁ」


 てっきりあの型破りなお袋の息子だと納得されたかと思った。

 いや、俺もたまにブッ飛んだことをしている自覚はあるが、あそこまではない。

 ……ないよな?

 異世界に行ったり、巨大な化物相手に喧嘩売っているのを思い出してつい弱気になってしまったが、気にしないように朝食の準備を進める。


「う~ありがとう次郎君、いやぁ、昨日は飲みすぎました」

「だいぶグレイさんとも飲んでいたようで」

「それくらい嬉しかったんだよ。うちの娘もダークエルフらしいダークエルフだから結婚できるか不安だったけど、結婚通り越して子供もできたんだ。我が村に来た時はきっと親族総出で宴会さ」

「マジですか?」


 マジだよとウィンクしてくるマイットさん。

 ダークエルフにとって子供とはそれくらい大事なんだと改めて理解する。


「そうだ、お義父さん少し相談したいことが」

「なんでしょう? 義息子の頼みです、なんでも言ってくれていいですよ」

「精霊と契約がしたいんです」


 白飯に味噌汁、目玉焼きと男の朝食としては上等な部類に入る献立を前にしてマイットさんはう~んと悩むような仕草を見せる。


「……スエラとメモリアさんのためかな?」

「はい、俺は人間ですから、いずれ彼女たちをおいていってしまう。可能ならその時間を引き延ばしたい」


 すぐに俺の目的を察したマイットさんは箸を置き俺を正面から見据える。


「やはりね、次郎君の頼みならすぐにうんと返したいところだけど、そういった理由ならば君の望む精霊は下級や中級じゃなくて上級の精霊だろうね。ヘタをすれば特級の精霊にも手を出す必要がある。そうなるとこれは僕ではなくて父さんの方が話は早いかな」

「ムイルさん?」

「うん、父さんは長老会とも顔がきくからね、ほら父さん」

「ん~頭が痛い……婿殿? どうしたかな?」

「実は――」


 俺は結婚するにあたって、人間であることの限界を解消しようと思った経緯を話す。

 それを聞いたムイルさんは数秒沈黙した後に


「相分かった。それなら力になれるだろう。さっそく手配せねば」


 パンと膝を叩き即決してくれた。


「助かります」

「構わんよ婿殿。こちらとしても孫娘を思ってのことなら手を貸さないわけにはいかん、それに何百年かぶりの特級精霊との契約の儀になる。祭りになるぞ!」


 素直にお礼を言えばムイルさんは構わないと手を振り、むしろ嬉しそうに計画を立て始める。


「こうしてはいられない。マイット、ワシは一旦むこうに帰る。婿殿にふさわしい精霊を選ばねばならないからな!」

「あらあら、お義父さんせっかく次郎君が作ってくれたのですよ。せめてご飯くらいは食べていってください」

「おっと、すまなかった!」

「いえ」


 席を立ち走り出しそうになったムイルさんをスミラスタさんが止めて、朝食は進む。

 ガツガツと食べるムイルさんにゆっくりと食べるマイットさんとスミラスタさん。

 俺とスエラは隣り合って食べる。


「馳走になった。それでは婿殿また来る!」


 最初に食べ終わったムイルさんは宣言通り食事を終えたら走って出ていってしまった。


「慌ただしい父で済まないね次郎君」

「いえ、それはいいんですが」

「あんなにはしゃぐのは不思議かい?」

「ええ、まぁ」


 さっきまで二日酔いで唸っていた姿とは打って変わってのアグレッシブな行動力を見せたムイルさんの行動に唖然としていると、内容を理解しているマイットさんは知らないのなら仕方ないと言いながら説明してくれる。


「精霊の儀、それは我々ダークエルフと精霊が縁を結ぶ大事な儀式だ。これは決してふざけてやってはいけない神聖なものというのは一般的な常識だけど、ほかにも意味があってね。僕たちダークエルフは一途な種族なのは次郎君も知っての通りだ。そんな種族ゆえ恋した相手が長命種じゃないというのは割とよく聞く話なんだ。そんな相手と長く結ばれるために精霊の力を借りるって話もね。昔からある伝統とも言える」


 そうなると略式になるが手順というのも誕生する。

 それがさっきムイルさんが言っていた祭りという言葉に繋がる。


「そして見事に儀式を成し遂げた他種族の婿や嫁は晴れてダークエルフ一族の仲間になる。長命ゆえ娯楽に飢えている僕たちからすればまさにいいイベントというわけさ」

「暇つぶしの娯楽扱いされている俺に笑顔で言われても」


 要は試練に挑むものの健闘を祈ってお祭りしましょうというわけか。

 それを笑顔で言うこの義父も結構いい性格をしている。


「そんな顔をしないでください。近所の親族にからかわれている程度だと思ってくれればいいですよ?」

「はぁ、ちなみに契約に失敗することもあるんですよね?」

「あるね、下級でも失敗するときは失敗する。特に特級となれば成功する方が難しい」

「……そうですか」


 マイットさんの言い方では精霊との契約は簡単にできるように言っているが、現実的に考えてそんなおいしい話はないだろう。

 これは気を引き締めていかねばと、口元を引き結ぶとクスッと笑うような声が聞こえる。


「一回ではね」

「一回?」

「ははは、僕たちダークエルフの一途さを舐めたらいけないよ? 恋も契約も一緒さ、たかが一回失敗しただけで契約をやめるほどダークエルフの往生際は良くないよ。儀式自体は何度も挑めるし、中には挑みすぎて根負けする精霊もいるくらいさ。それに、悠久の時を生きる精霊にとって私たちダークエルフとの契約でも刹那のような時間を割いているに過ぎない。諦めなければ活路は開くよ」


 そこまで気負わなくて大丈夫と言うマイットさんの言葉に苦笑しつつ、俺も冷めたコーヒーをすする。


「でもあなた。お義父さんが用意する精霊となるとどんな方になるのかしら?」

「う~ん、次郎君の体を変質させるほどになると上級以上になるのは間違いないけど、今未契約の精霊の中で考えられるのは……あ」


 心配そうにスミラスタさんがムイルさんの用意する精霊を聞くとマイットさんは頭の中で幾つか候補を挙げたのだろう。

 その中で一番確率が高いのはどれかと悩ませた時にふと、なにかまずいことに気づいたかのように声を漏らした。


「お父さん? 今、『あ』って言いませんでした?」

「スエラ、確かに言ったけど、まさか父さんでもさすがにそこまでのことは」

「すみませんお義父さん。さすがに俺の身に降り注ぎそうな話だと無視するわけにはいかないので、可能性の話でも教えてくれませんか?」

「そう、だよね」


 それになにかまずいものを感じ取ったスエラはすぐに問い詰めるようにマイットさんに問いかけるも、マイットさんの中でもまだ確信に至っていないのだろう。

 ないだろうとしきりに首を振るが、その段階になってさすがの俺も不安になり話に入る。


「精霊も性格があってね、強力なんだけど相性がよほど良くなければ契約できない精霊がいてね。能力は問題ないはずなんだ、能力は。ただ、過去に契約したことがない」


 大事なことなので二回言いましたと言わんばかりにマイットさんは考えれば考えるほど可能性が高くなっているのかもしれない。


「その精霊っていうのは?」

「時空の特級精霊、名をヴァルス、もしかしたら父はこの精霊との契約を持ちかけるかもしれない」



 田中次郎 二十八歳 配偶者有り

 妻  スエラ・ヘンデルバーグ 

 メモリア・トリス

 職業 ダンジョンテスター(正社員)

 魔力適性九(準魔王級)

 役職 戦士


 今日の一言

 最強と評判を聞くが、契約できるかどうかは別、だよな?


今回は以上となります。

これからも本作をよろしくお願いします。

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