116 背中を押してくれる、そんな存在は確かにいる
今回は少し短めです。
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
「興味ないねぇ。幸いうちの旦那は世間一般よりも稼いでいるしねぇ。あたしは今の生活に満足してるよ。ほらあんたもそんな残念そうな顔するんじゃないよ」
「そう言うと思ったよ」
魔力適性十。そんな逸材、たとえ五十代に入った女性であっても魔王軍としては喉から手が出るほど欲しい。
なので、スエラの口から入社しないかと言う誘いの答えは俺には予想がついた。
お袋らしい一刀両断。
悩む素振りすら見せず断ってみせた。
隣で不満な表情を見せる親父を含めて予想を裏切らない。
残念そうなスエラの肩を叩きながら仕方ないと苦笑する。
「そもそも、あたしは歳だよ? もう体の無理だって利きやしない。こんな仕事は若者の次郎に任せるよ」
そのままお袋は酒を飲みに戻った。
向かった先にはミルルさんとスミラスタさんもいるし、これ以上の追及は無理だろう。
席に戻ったとたん快活に笑い始めるその背中に向けて嘘つけと咄嗟に言いたくなった。
だが言わない。
言った瞬間その右手に掴んでいるコップからジョッキにクラスチェンジした物体が高速で飛んでくるのは目に見えているから。
しかし、お袋の体がまだまだ現役なのを知っている。
何せ昨年の大晦日も酒片手にどこぞのジャングルの原住民と乱闘して、その村の男たちを全員叩きのめしたなんて笑いながら話していた。
その証拠だと酔った勢いで親父も写真を見せてくれて、そこにはお袋が仲良く特殊なタトゥーをした原住民たちと肩を組んで笑っていたが、男たちの顔が例外なくボコボコにされていたのが写っていたのを覚えている。
当然お袋は無傷だ。
だからこそ言える。
お袋がこの会社に入社してもトップクラスの実力を発揮できると。
だが、お袋と同じ職場を回避したい俺は無言を貫く。
もしかしたらあとで監督官とかに何か言われるかもしれないが、お袋なら社長に頼まれても笑って断りそうだけどな。
そのままトラブルというよりはサプライズ的なものはあったが宴は進み、大半のメンバーは酔いつぶれてしまった。
時計の針は深夜を回り、明日は休みだなと融通の利く職場に感謝する。
「なんというか、勢いで顔合わせを済ませてしまったが、スエラとメモリアは良かったのか?」
完全に片付けをするのは明日だが、ある程度の片付けは済ませておこうといそいそと食器を片付ける。
そんな俺と一緒に片付けをしているのは胎児を身篭っているために酒を控えたスエラと酒をセーブしたメモリアだ。
他は、男性陣はリビングで雑魚寝、女性陣は寝室の方に移動している。
なので今いるのは俺たちだけというわけだ。
「ええ、まぁ、少し驚きましたけど」
少しどころじゃないくらいスエラは慌てていたが、それは言わない。
「キリカさん、いえ、お義母様はいい方でした。なんとなく雰囲気が次郎さんに似てたので楽しめましたよ。それと笑いながら結婚式には是非呼んでくれって」
「私も言われました」
「呼ばなくても間違いなく直感頼りで押し寄せてきそうだからなぁ」
問答無用で結婚式場に殴り込みをかけてきそうだ。
そんな光景が目に浮かぶ。
「あ、そういえば慌ただしくてムイルさんに聞くの忘れてたな」
「おじいさまにですか?」
「ああ、ほら前に言ってた精霊との契約ってやつだ」
「それですか、確かにおじいさまなら長老会とも顔見知りですから」
「人間の俺だとスエラたちと一緒にいる時間も少ないからな、まだ無理が利く間にどうにかしないと」
「ですがいいのですか次郎さん」
「何がだ? メモリア」
「精霊との契約、それ自体は問題ありませんがあなたが結ぼうとしているのは上位精霊との契約です。それはすなわち」
「人間をやめるってことか?」
「はい」
なんとなくタバコを探るような仕草をとってしまったが、スエラの姿が目に入りすぐにやめる。
代わりに頭を掻き、思考をまとめる。
「それ自体は大したことじゃねぇよ。いやさすがに性格変わるとか、魂が塗りつぶされるとかだったら考えるけど、そこは変わらないんだろ?」
「ええ、そういった話は聞きませんが」
「ならいいさ、お前たちと寄り添えるなら俺の体が人間であることにこだわりはない。お袋も親父も話せばわかってくれるだろうし」
「ほう、わかったような口を叩くようになったじゃないか、うちの息子は」
ビクリと体が条件反射で反応してしまった。
ゆっくりと後ろを見れば、ニヤニヤとビール缶を二本持ったお袋が立っている。
てっきり寝たもんだと思ってたが、いつもの直感で起きていたのだろうか?
「寝る前に息子とサシで飲もうと思っただけだよ、そんな警戒するんじゃないよ。次郎の言う通りなんだからさ」
ぷしゅっとプルタブをあけながらほいと俺に一本差し出してくる。
それを受け取り、俺も開けて一緒に飲む。
スエラたちは空気を察しそっと席を外し、親父達に毛布をかぶせたり食器の片付けをしている。
「いい子たちじゃないかい」
「だろ?」
「ああ、あんたにはもったいないくらいだよ」
「なんだよそれ、息子を過小評価しすぎじゃないか?」
「あたしにかかればあんたはいつまでも手のかかる息子さ」
「そうかい」
いつまでもガキじゃないと反発する気も起きない。
いくら放任主義だったとは言え育ててもらっていたのだ。
それくらいの恩義は感じている。
だから黙ってビールを呷る。
「人をやめるってどういうことだい?」
「そのままの意味だ、姿は変わるわけじゃないが寿命が変わったり普通ならできないことができるようになる」
聞かれたというのはある意味では都合がいいのかもしれない。
俺は精霊との契約、それを詳しく話した。
「はぁ、まだまだ世界にはあたしの知らないことが多いみたいだねぇ」
「意外ではないが、すんなりと信じたな」
「そりゃぁね。実物を見せられたあとだよ? それで信じないほどあたしゃ頭は固くないつもりだよ」
もっとつつかれると思ったがお袋はすんなりと俺の話に納得した。
俺の予想ならもっと何かを言ってくるかと思ったゆえに肩透かしを食らった。
だが、寂しくは感じているようだ。
いつもは快活に笑う声も、人が寝ているからという理由もあるだろうが欠片も見せないのはそういう理由もあるのだろう。
「なぁ、次郎。親の仕事ってどこまでだと思う?」
「なんだよ急に」
「あんたもこれから親になるんだ。これくらいの質問くらいすぐに答えられるようにならなきゃダメだよ」
それでも、お袋はお袋だった。
仕方ないね、と多分スエラやメモリアがそばで見ていたのなら俺とソックリだと言うだろう苦笑の仕草を見せる。
「あたしにとって親の仕事ってのは子供が子を作って、その子が大人になるのを見届けてようやく終わりだと思ってるよ」
「孫まで面倒を見るのか?」
「当たり前だよ。なにせ、その段階になってようやく自分の子供が大人になったって証明になるんだからねぇ。そこまで見届けてようやく肩の荷が降りるって言うんだ。あたしの子は子供を育てられるほど立派になったって言えるんだからね。いいかい次郎。子供を育てるってのは責任を背負うってことだよ。ただ金を出せばいいってことじゃない。ただ働けばいいってことじゃない。子供ってのは親を写す鏡さ。愛情のない親の行動一つで子供の成長が変わる」
「……」
お袋の言いたいことはなんとなくわかる。
これから親になるからしっかりしろというのはもちろんだが、お袋は自分が親として経験したことを俺を息子としてではなくこれから親になる男として教えようとしている。
それに反論するのは簡単だ。
俺は俺だと言えばいい。
だが、俺はそれをするつもりはない。
「だからさ、あんたはあたしみたいに立派な親になりな。あたしは自由にしてきたけど子育ては間違っていないと思ってる。なにせ、あんないい子たちを捕まえられるくらいの立派でいい男に育ったんだ」
言えば今のおふくろの行為を無下にするのと同じだ。
ああ、いったいいつぶりだろうかお袋に頭を撫でられるのなんて。
よく頑張ったと褒めるように。
「自分で言うかよ」
「言うさ、なにせこんなにあんたの母親でよかったって思わせてくれる孝行息子がいるんだ。あたしの愛情をしっかりと感じ取ってくれてんだって」
「ふん」
このお袋は何恥ずかしいことを言っているんだ。
思わず俺の方が照れてしまう。
逃げるようにビールを飲めば、お袋はようやく笑い始める。
「だからね、次郎。あんたは気にせず前に進みな。あんたが選んだ道ならあたしはそれに対してとやかくは言わないよ。それで、何か困ったらあたしに言いな。たとえ人の枠から外れてもあんたがあたしの息子であるのには変わりない。あたしがくたばるまであんたの背中を叩いてやれる程度にはまだ力も残しておくからね」
「押してくれるんじゃないのかよ」
「は! あたしゃそんなに甘かないよ。精々尻を叩かれないように気をつけな」
「へいへい、精進しますよ」
まったく、さすが俺の親だ。
本当によぼよぼの婆さんになっても俺のことを叩いてきそうだ。
そして励ますにしても不器用すぎる。
なにせ
「次郎」
「あん?」
「幸せになんな」
「当たり前だ」
酒の力を借りたつもりで本当なら酔うような酒の量でもないのに、酔ったふりをしなければこんな言葉を言えないのだから。
ああ、今日のビールは今までの中で一番うまいのかもしれない。
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
いささか力が強すぎるが、背中を押してくれる。
それはありがたい。
今回は以上となります
これからも本作をよろしくお願いします。
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