11 仕事をしていると手が足りなくなるのは割とあることだ
お久しぶりです。
プロットに手間取り、投稿がお遅れました。
今後も投稿していく予定です。
この話から第二章になります。
みなさま読んでいただければ幸いです。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
あの歓迎会から数日。
「クソ!」
俺はダンジョンを疾走していた。
思わず舌打ちをしたくなるが、そんなことをしている暇など今の俺にはない。
石畳を踏み抜いた先にあった、わずかに何かを押す感触、機王ダンジョン第三層に進出してから度々ある感触だ。
目の前にいる敵、ストーンパペットを蹴り飛ばしながらその場を飛び退けば、俺の胸元めがけて飛んできた矢尻が飛び去っていくのが見えた。
一層を突破してから多少手こずりながら第二層を突破したが、今回で四度目の第三層への挑戦、一定の範囲を超えてからのマッピングが一向に進まない。
うかつに地面を踏めばさっきみたいに罠が発動するからだ。
発動する罠自体は、スイッチ式の矢や槍、落とし穴、網などまだ初歩的なものであったが、それでも生まれてこのかた、こういった物理的な罠にはまった経験などない俺にとって歩みを止めるには十分な戦力だった。
誰が好き好んで、矢に刺され、槍に突かれ、穴に落ちなければいけないのか。
ここにくるまでに成長したステータスのおかげでどうにか反応でき、とっさの判断で避けてきたが、神経は削れ集中力が乱れる。
結果、倒せる相手でも周囲に注意がいくため倒すのに手間が掛かり、余分な体力を使ってしまう。
加えれば、うまくいかないという事態は、如何せん、ストレスも溜め込む羽目になってしまう。
それは一向に進まない仕事でイライラする感覚に似ているが、イライラしたら目の前の敵に隙を見せてあっという間にお陀仏だ。
個人対群に罠、悪条件がそろいやすいソロというのは、こういった時に弱いというのを実感させられる。
加えて、念のために記した地図に罠の場所は書いておいてあるが、発動したりしなかったりと罠をずらされ、虚を突かれる始末だ。
それに対して悪態をつきたいが、代わりに飛びかかってきたストーンキッドの首を鉱樹で切り飛ばす。
「キエェェェェェェイヤァァァァァァァァァァァ!!」
返す刃で、ストーンゴーレムの胴体を叩き切る。
手に残る衝撃で僅かにしびれる。
それに反して、鉱樹は刃こぼれ一つしないのはまるで俺自身が柔だと言っているように見える。
「終わった……が、続きがあるな」
周囲にいた敵は今ので最後だが、警戒で鋭くなった耳が複数の足音を捉えている。
それは当然人間のような足音ではなく、無機質で規則正しく加えて確実にこちらへと向かっている。
額に垂れる汗と今までの戦闘回数、そして罠による集中力の低下が撤退を進言している。
「撤退か」
ここでムキになって無理をするのは得策ではない。
手早く回収できるものは回収し、急いで転送エリアへと戻る。
こうして四度目のダンジョンアタックも失敗に終わった。
ダンジョンから無事撤退した俺が向かった先といえば
「今日も赤字だ」
「ですから言いました。単独で攻略など頭と身体がおかしい存在のやることだと」
「頭はともかく人間よりは頑丈な吸血鬼が言うセリフかそれ」
「訂正します。我々よりもおかしい存在がやる所業です」
「いや、悪化しているぞ」
既にお約束となり始めているメモリアとの会話、階層が進むにつれ回収品の値段は上がるが三階層などまだ序盤も序盤、買取額が十数円程度向上した程度では質より量を稼がなければいけない。
薬品などの消耗品を購入することを考えれば、いささか割に合わない現状だ。
おかげで、罠のない二層と三層を交互に挑んでいる現状だ。
「そもそも、勇者とかはどうやってダンジョンの罠を突破しているんだよ、一応人間だろう?」
「人間とカテゴリーしていいのか、いささか疑問に思う箇所は多々ありますが、それは置いておきましょう」
吸血鬼にそこまで言わせる勇者という存在に対してツッコミたいところだが、それでは話が進まないので黙って先を促す。
「殆どは魔力障壁によるゴリ押しです。バカみたいにある魔力で分厚く構築した障壁で当たっても無駄と言わんばかりに、矢だろうが槍だろうが毒ガスあるいは広域魔法ですら弾き飛ばします。まれに罠の知識を持った勇者がいますが、そっちの方は少数ですね。そもそも、単純にステータスが高すぎて罠程度の攻撃がほとんど効かない存在が勇者ですが」
「それ、人間か?」
だが、黙って聞いているのにも限界はある。
メモリアの言っている存在が、俺と同じ人間なのか疑問になり、つい声に出てしまった。
「同じ人間のあなたからすれば当然の疑問でしょうが一応人間だと聞いています。信じる信じないはともかくとして、事実過去の魔王様はそうやって討伐され、あるいは相打っています。頭痛がするというなら、勇者とはそういう存在だと考えればよろしいかと。多少マシになります」
変わらずこちらを見ようともせず買取りを進めながらの応答、内容が現実離れしすぎて彼女の言う通り頭痛を感じ始めた。
「そうさせてもらう。俺も多少は物理法則を無視できるようになったが、まだまだだと痛感させられたよ」
質量無視で吹っ飛ばされず防御できたり、最近では垂直の壁を数メートルだが駆け上がれるようになった。
だが、それではまだまだということだろう。
「あなたの場合、努力次第で同じ境地に到れるかもしれませんが、素直に今は手数、いえ、今の場合人手を増やしたほうが賢明で早いかと、三千四百円になります」
「暗に将来的に人をやめると言われているような気がしないでもないが、聞かなかったことにする。とりあえず前者はどこぞの金属スライムみたいにステータスを急激に上げてくれる存在がいない限り今は無理だな、そうなると後者が現実的になるわけだ。まぁ、この問題は追々検討するとして、もう少し高くならないのか?」
「ボブゴブリンの牙が八円に対してストーンパペットの魔石は三十六円です、文句は?」
「……ないです、だからその表情はやめろ。普段笑わないお前が牙見せて笑うと怖いぞって念話?」
「わざとですよ。通話なら店の外で、読書の邪魔になります」
「いや、客引しろよ……って、そんなこと言っている場合じゃないか、また来るわ」
頭に呼んでいると言われている感覚は未だ鳴り続けている。
とりあえず、外に出るとしよう。
「……怖い、ですか」
こちらを見向きもせず、本に視線を落としながら手を振る彼女が何か言ったような気がしたが今はそれどころじゃない。
穏やかだった念話が、ガンガンと鳴り響くくらいに俺の頭をコールする。
「はい、田中です」
『遅いよ~』
「ケイリィさんですか」
『スエラじゃなくて悪かったわね』
若干気持ち悪くなりながらも、出た矢先に文句を言われると理不尽に感じてしまう。
ゆえに、出た言葉だが、深い意味はない。
まぁ、残念と感じる気持ちがないわけではないが。
「すみません、買取中だったもので」
『緊急性があるときは早めに出てよねぇ、私も仕事があるんだから』
「緊急?」
『そう、パーティーリーダーは全員、午後六時に第三会議室に集合、あなたはソロだけど、今回の会議に参加しろってエヴィア様の指示だから、間違ってもこのあとダンジョンに潜ったりとかしないでよ。怒られるのは私なんだから』
「午後六時って、もうすぐじゃないですか」
『文句言わないでよ、こっちは、残業確定を回避するための追い上げしている最中の事務連絡なのよ』
「急に決まったんですかね?」
『そうみたい、あ、そこのゴブリンこの書類あっちに持っていって……っと、エヴィア様がかなり険しい顔をしていたから気を付けなよ』
「ありがたいですが不吉な情報ですね」
『事実なんだから諦めて、あ、そうだ、今度暇なら仕事手伝いに』
「あまり時間がないので、失礼します」
何やら不穏な単語を聞いて、迷いなく念話を打ち切る。
「はぁ」
誰が好き好んで金にならない残業をするのだろうか、俺たちテスターは勤務外の時間給はないのだ。
過去に一度、時間に余裕があって安請け合いでケイリィさんの手伝いをしたが、あれは悲惨だった。
終わりどころか区切りが見えなくなるほどの書類の山、それを身体強化の魔法でもろもろ強化して目を据わらせ通常の三倍以上の速度で書類を処理していく魔王軍の方々、忘れられる光景じゃなかった。
少なくとも、進んで手伝おうと思わない程度には。
それでもきっかり定時に終わらせるあたり、何気に優秀なメンバーが揃っている魔王軍だ。
「さて、着替えてくる時間はないよなぁ」
時計はきっちり定時である五時三十分を指している。
着替えてから移動するには少し時間が足りない。
だいたいこの時間を狙って帰ってきているのだから仕方ないといえば仕方ないのだが、武器ぐらいは置いてくるとしよう。
だが、その判断はあまりよくなかったようだ。
「遅い」
早足で会議室に入った俺への言葉は鋭利な刃か何かと錯覚するほど殺気が篭っていた。
時間にして会議の始まる五分前であったが、どうやら俺が最後みたいで空いている座席は一つだけだ。
上座に座るエヴィア監督官は、普段の態度をクールと表現すれば、今の状態はブリザードと言える状態だ。
それに逆らうほど、俺は命知らずではない。
素直にすみませんと一言言ってから席に着く。
「時間になっていないが、緊急だ。手早くすすめるぞ」
逆にエヴィア監督官は音も立てずにすっと立ち上がり一枚の書類を何もない空間から取り出した。
おそらく同じ内容が書かれているのだろう、軽く目配せをするだけで書類が俺たちの前に一枚現れる。
「目を通しながら聞け、貴様らに集まってもらったのは書類に書いてある通りだ。現在お前らのパーティ以外のテスターは存在しない」
ソロの俺にはあまり無縁の話であったが、他の五組のパーティは違うようだ。少し空気がざわつく。
俺を除く、ほかのメンバーはチームを組んでいる。
男が四人の女が一人、それぞれが違う表情で話を聞く。
「十八人、それが現状のテスターの人数だ。このままではダンジョンのテストをするにあたっても支障が出る。何より、効率が悪い」
だろうな、要はたった十八人で東京都全体の住み心地をレポートしろと言われているようなものだ。
終わるわけもなく、何より維持費に金がかかりすぎてしまう。
「これでそれなりの成果が出ているのなら、ここで打ち切ってもかまわないのだが、貴様らが『一番』知っているとおり、まだ始まって間もない。ロクに結果も出ずに打ち切るわけにもいかんのだ。無論、我々としても、何も対策をしていないというわけではない。現在、第二期テスターの勧誘活動をしている。が、新たに人員が集まるにも時間がかかる。そこで貴様らだ」
まるで、監督官の言葉を待っていたかのように、今度はドスンと重みのある音と共に俺たちの目の前に紙の束が現れた。
その枚数、五百枚はくだらない。
「チラシ?」
俺の隣に座っていたテスターが見覚えのある紙束の正体を口にする。
そう、これは俺がこの会社に来ることのきっかけとなったチラシだ。
まぁ、枚数は桁違いに多いが、見間違えるほどデザインが変わっているわけでもない。ひと目でそれだとわかる。
「喜べ、ここにいるお前らに一つの権限を与える。見ての通り貴様たちも見たことのあるチラシを用意した。あとは言わずとしてもわかるだろう?」
そこから連想する答えを俺が予想するよりも早く監督官は暗に教えてくれた。
「私たちにチラシ配りをしてこいと?」
丁度猫の手も借りたいと思っていた俺にとっては渡りに舟であったが、他はそうでもないみたいだ。
「勘違いするな、別に貴様らに紙切れを配ってこいと言っているわけではない。現状人手が不足しているパーティもあるはずだ。その補填をかねての提案だったが、不服か?」
「私たちの仕事はダンジョンのテストです。少なくとも私のパーティに問題はないです。わざわざ、チラシを配って時間を浪費するような行為に必要性は感じられない」
はっきりと監督官に物申したのは大学を卒業したくらいだろうか、新人研修、中間合同研修の時の魔法剣士だ。
確か、名前は火澄透だったか、どこかでモデルをしていそうな顔立ちの彼は不満をこぼしていた。
あくまで、自分の仕事はテスターだと言いたいのだろう。
一瞬ちらっと俺を見たのはこの会議は俺のために開かれたものだと思ってのことだろう。
ほかの面々も、彼の発言でそう思ったのか苦々しげに俺の方を見てくる。
確かにそういった側面があるかもしれないが、エヴィア監督官に限ってそれはないと断言できる。
俺とのつながりは確かにあるが、監督官はきっちりと公私を分ける。
現実問題でテスターの数が減少し人手が足りなくなって今後のスケジュールに影響が出始める前に梃入れをしようとこの会議を開いたはずだ。
そう思うと彼の行動は、若い、いや、この場合青いと言い換えたほうがいいだろう。
こういった場合、無闇に反抗的に返事するのは良くはない。
会社側の不備の尻拭いをさせられそうだと思っているのかもしれないが、自分に思い通りにならないからと、不満をぶちまけていてはいずれは自分の首を絞めることになる。
監督官の説明不足かもしれないが、監督官は人材不足の解消、この場合現場の人手不足を解消する機会を与えてくれているのだ。
本来であれば、人事部や経営陣が持つべき権限をこちらに渡してくれる。
通常では考えられない措置だ。
「そうか、他の奴らは不満か……と聞く必要はないな、顔に書いてある。ならば、これは不要か」
その厚意を捨てるのは少なくとも俺には考えられなかった。
咄嗟にチラシの束に手を伸ばし、自分の方に引き寄せる。
間髪いれず、俺以外のチラシの束が消え去った。
「ふん、なら話は終わりだ。時間を取らせた、田中次郎を除き業務に戻れ」
時間を取らせたと口にしているが、監督官にしてみれば時間を無駄にしたと言いそうな雰囲気であった。
その雰囲気を匂わせることに俺は違和感を感じる。
俺以外のメンバーはその空気の中、失礼しますと軽く挨拶してから会議室から出ていくが、その際に俺の方を鬱陶しそうに見ていく。
その中俺は残る。
「……」
時間にして数分だろうか、出ていったメンバーが戻ってくる気配がなくなるのを見計らってから監督官は口を開いた。
「さて、話の続きだ。あいにくと次の人員の補充はどう頑張ってもすぐにはできん、研修期間を含めれば新入社員の入社は未定だと言い換えてもいい」
そう簡単に人員が見つかれば苦労はせんと、ため息を吐きながら監督官は眉間にしわを寄せた。
やはり、裏があった。
もし、あの場で俺も仕事が増えるという理由でこの話を断っていれば、来年までソロでテスターを続けるところだった。
監督官は俺からすれば、格上の格上、それこそ裏に何かを感じさせる暇もなく嵌めることぐらい容易に行うだろう。
それを感じさせたのはワザとか、その真意を図ることはできないが今は正解を引いたと考える。
「わかっていると思うが、その間こちらからの人員補充は行えない。よって、期限付きであるが貴様の判断で才能のありそうなやつを最大で百人まで雇って構わない」
「百人!?」
「ああ、できるならな」
百人といえば俺が採用される時の枠と一緒だ。
俺の中では、せいぜい一人か二人どんなに多く見積もって十人は超えないだろうとタカをくくっていたが、まさかの桁違いな採用人数を聞いてド肝を抜かれる。
俺が驚いたあとに、挑発するように笑みを見せたのはおそらく、さすがに個人で百人はスカウトできないだろうと見込んでのことだろう。
俺もそう思う。
だが
「もちろん、契約などの手続きはこちらでやる。お前は面接し規定の魔力適性を持ったやつを連れてくればいい」
さすが悪魔、やることがえげつない。
嘘は言わず、首を絞めつけてきた。
淡々と事務連絡を俺に伝えるエヴィア監督官の言葉を聴きながら、さっきの書類をもう一度、今度はしっかりと目を通す。
よくよく見れば、書類の末尾に今後の人員に関して方針が簡潔に記載されていた。
他のメンバーが最後までしっかりと読んでいるとは思えない。
結果的にだが、最後まで話を聞かなかった奴が悪いという状況ができてしまった。
時には仕事を引き受けることによって、自分の立場、仕事内容を改善できることがある。今がその典型例であると、俺は確信した。
「このチラシは、適性値一しか測れないのでは?」
それはそれ、これはこれとして今は監督官の話を聞こう。
「それは特別製だ、適性外なら白紙にしか見えんが、相手の適性によって右端に数字が浮き上がるようになっている。あくまで簡易的な診断だが、目安にはなる」
「スカウトに成功した後の流れは?」
「契約などの書類手続きは私の方でやる、だが、研修などの指導はできん、こちらも人手不足だ。貴様の方で指導しろ」
場所と資料は提供すると付け加えてくれる監督官の言葉を俺は考える。
ようは、俺の増える仕事はおおよそ三つ。
スカウト、座学、戦闘技術指導だ。
スカウトは、休み返上でやるか、時間調整してやる必要が出てくるがスケジュール調整はそう難しくはない。
ダンジョンに関しての知識も教えることができる。資料をもらえるのだ、プレゼン感覚で教えてあとは実地という方式を取ればいい。
だが、最後に関しては問題があった。
生憎と俺は戦士職しか習ってないのでそれ以外の技を教えられない。
「監督官、教官たちに指導要請をしても?」
「手が空いている奴なら一向に構わん、奴らに関しては完全に自己責任だ。貴様ならスエラを通せば奴らを呼び出すことくらいわけもないだろう」
対策案としての質問であるが、監督官が言うのなら、最後の戦闘技術指導も問題ないだろう。
俺が欲しいのは、戦士以外を担当してくれるやつだ。
理想は探索者などの罠解除や偵察をしてくれる人材か回復担当であるが、この際ポジションがかぶらなければいいと思うことにする。
最悪かぶったとしても、背中を守ってもらえればこっちとしては万々歳なのだ。
脱ソロを掲げている現状を打破するにはもってこいの機会、うまく使うとしよう。
「貴様のスカウトの正確な期限は追って通達するが、少なく見積もっても半年は先だと思え、そのチラシが足りなくなったらうちに来い。手の空いているものに作らせる」
それだけ言うと、監督官は会議室から出ていく前に入口で立ち止まり振り返った。
「私としたことが忘れていた。これを渡しておく」
「鍵?」
「共同室の鍵だ。集団行動をするにあたって集合スペースは必要だろうと思い『一応』パーティ分用意した物だが無駄になってしまったな」
誠に残念だと、とてもいい笑みを浮かべる監督官、その表情と言葉が合っていない行動、間違いなく残念とは思っておらず、その反対でざまぁみろと言いたげだ。
「家賃などは心配するな、それは経費で落ちる。今後その部屋の用途は貴様に任せるが、せいぜい有効に使うことだ。言っておくが、ここまで用意してスカウトを失敗したら分かっているだろうな?」
「は、はい」
不機嫌とは違った絶対零度の笑みを残し今度こそ彼女は会議室をあとにする。
期限に余裕があるといえ、なにか駆り立てるものがあるあの笑みは心臓に悪い。
鍵と鳥肌とともに残された俺はとりあえずチラシを持って共同室やらを見に行くとしよう。
「かなり広いマンションの部屋といったところか」
共同室は寮内の一、二階に配置されていた。
そのうちの一室に今いるのだが、ざっと見るだけで今の俺の部屋の三倍から四倍近くの部屋の数がある。
仮眠室、キッチン、シャワールーム、リビング、物置、ざっと置かれている家具で判断したが、ある程度小物を買い足せばすぐに使うことができそうだ。
そして、今後の方針を一人悩むが、問題というのは容赦なく出てくるものだ。
リビングにあった四人がけのソファーに座り、テーブルの上にチラシそして自室から持ってきたタブレットを置く。
「さてと……どうやって、スカウトすればいいんだ?」
タブレットには付近の地図、もう少し詳しく言えば人が多くいるところをピックアップしている。
スカウトというのはさすがにやったことはないが、要はアイドルの勧誘みたいに、どこどこの事務所の所属と名乗り、アイドルをやってみないかと勧誘するという手順で問題ないはずだ。
下手な格好をすれば不審者だと間違われそうなのでまともな格好をする必要があるが、そこはひとまず置いておく。
俺が悩んでいるのはそういった手順のやり方ではない。
「魔力適性がないやつってどれくらいの割合でいるんだ?」
問題なのはこのチラシの特性だ。
俺には一見、普通の職安のチラシに見えるが、魔力適性がなければこれは白紙に見えてしまうのだ。
いきなりアルバイトやってみませんかとチラシを渡して白紙という現状、明らかに異常だ。
いや、俺が異常者に見えてしまうだろう。
それを考慮して、勧誘しなければいけないのだが
「どうすればいいんだ?」
考えれば考えるほどわけがわからなくなってくるがとりあえずいくつかの方法を想像してみる。
一つ目ポケットティッシュのように配る。
数打てば当たる的な方法ではあるが、初心者である俺にも簡単にできるはずだ。
場所は、そうだな人の賑わう駅前周辺でいいか、そこでビラ配りをする俺
「求人広告ですよろしくお願いします」
よし、ここまではいい。
スーツ姿で、行きかう人にチラシを配っている俺、割といける感じで順調だ。
「たまに白紙ですが気にしないでください」
よし、とりあえず待とうか俺、事実であるが、こうも正直に言っていいのか?
絶対にこのあと問題になるのが目に見えているので、この方法は保留し別の方法で行くとしよう。
二つ目。掲示板に貼り付ける。
オーソドックスといえばオーソドックスなやり方だ。
俗に言う、張り紙を見てやってきましたってやつだ。
コンビニやファミレスでよく使う手でもある。
アルバイト正社員募集中と書かれた広告、あとは果報は寝て待てと言わんばかりに連絡を待てば行ける。
「いや、まて、これって一種の怪奇現象に当たるのか?」
だが、俺はここで盲点に気づいた。
ポケットに入れておいたスマホを取り出しチラシの写真を撮る。
「やはり」
案の定、携帯に映ったのは真っ白の紙、文字は一切書かれていなかった。
これを見た、いや見つけた奴はなんていうのだろうかと考える。
そこで怪奇『見えるのに映らないチラシ』なんてテロップが見えてしまった時点でこの方法も没にせざるを得なかった。
「ネット広告だと完全に釣り扱い受けるだろう、それに魔力適性もわからない。ここがネックか」
三つ目の案として、前の職場で培った経験、HPをデザインしたという苦い経験を役立てようとしたが、結局のところ魔力適性を持たなければこの仕事はできないのだ。
そこを解決しないといけないのだ。
「メンドくせぇ」
苦労はするだろうと思っていたが、まさか非常識要素で頭を悩ませることになるとは思わなかった。
「こう、見ただけで魔力適性がある奴がわかればいいんだけどなぁ」
ないものねだりなのは分かっている。
イスアルという魔力の充満している世界ならともかく、魔力のないこの世界でその方法があるかどうかが不明だ。
「はぁ、やりたくはないが、こうするしかないか」
だが、こうもことごとく方法が潰された俺に残された道は少ない。
「変な宗教勧誘と間違えられなければいいな」
原点回帰、要は配る、貼り付けるのではなく、直接の勧誘だ。
普通なら、仕事と割り切って営業スマイルの一つでも浮かべて淡々とこなすのだが、やらかす内容がファンタジー過ぎて割り切ってできるか不安だ。
正直、さっき言った言葉が現実味を帯びすぎて警察に通報されないか不安である。
だが、解決しないと今後の進展に不安を抱える俺にとってやらないという選択はない。
先行きが不安な空気が漂う。
「ん? チャイム?」
その空気を少し軽くしてくれたのは、呼び鈴の音だった。
「ハァイ、次郎」
「ケイリィさん」
出てみれば、残業を免れただろうスーツ姿のケイリィさんが、薄い橙色のショートヘアを揺らして笑っていた。
「厄介な仕事を押し付けられたって聞いて、お姉さんたちがやってきたわよ」
情報源はエヴィア監督官あたりだろうと察し、こうやって心配して見に来てくれる分にはありがたい。
口では言えないが年齢から見れば確かに彼女は年上だ。
見た目からすればどう見てもケイリィさんのほうが年下に見えてしまうのは、おかしなものだが、それはダークエルフという種族故だろう。
どっちにしても、スカウトの件で行き詰まっていたところだ、相談すれば解決の糸口が見えるかもしれない。
それにしても。
「たち?」
ケイリィさんはお姉さん達と言ったが、玄関口から見る限りどう見てもケイリィさん一人しかいない。
「そうそう……ってスエラ何やっているのよ!!」
「ま、待ちなさいケイリィ、まだ心の準備が!?」
「酒場であれだけ醜態晒しといて、これ以上何を恥ずかしがるのよ! いいからその隠蔽魔法ときなさい!!」
「わかったから!! 無理やり解呪しないで、あなたタダでさえそういった魔法が苦手なんだから、正直雑です!」
「スエラが、いつまでたってもうだうだやっているのが悪いのよ!! あたしは、背中押してあげているのよ!」
「余計なお世話よ!!」
俺の疑問を察したのか、振り返った先で何やら空間に向けて声をかけている。
傍から見れば、完全に危ない人認定受けてもおかしくない光景であるが、声が返ってくるのでそこにスエラさんがいるのは間違いない。
どうするか、はっきり言えばどういう顔をして会えばいいかわからない。
酒に酔った勢いとは云え、あんなに密着して会話をしていたのだ。三十手前ではあるがまだ枯れていない。
男の性というものはこういう時に対応に困る。
「ほら、早く用件済ませなさい」
「押さないで!」
そして、時間とは無情に過ぎるものだ。
「……」
「……」
何を話せばいいのかわからなく、無言で見つめ合ってしまう。
『あ、あの昨日はご迷惑をおかけしました。酔っていたといえあのようなことを、その、お酒の席ですので、できれば気にしないでもらえれば、いえなんでもないです。失礼します!』
酒の席の翌日、どうやら酔っても記憶に残るタイプのスエラさんが謝りに来てから会話らしい会話はしていない。
とりあえず、気にするなといった彼女の言葉を信じ、普通に話しかけてみるが、意識すると普段の行動とは出にくいものだ。
声が浮つかないか心配だ。
「スエラさん、どうしたんですか?」
「そ、そのエヴィア様からスカウトの仕事を受けたと聞きまして、これを」
「名刺?」
「はい、チラシだけでは勧誘は難しいと思いまして、私の方で作らせていただきました」
「わざわざ、すみません」
「いえ、あまり外に出ることができない私にできることといえばこれくらいですので」
差し出されたプラスチックのクリアケースを受け取れば、三日月に旗が描かれたこの会社のロゴマークが刻印された名刺が入っている。
身分を証明してくれる名刺が手に入り、とりあえず、これで変な宗教勧誘だと思われる心配はないわけだが。
一番の問題である魔力の有無を確認する方法が残っている。
「あと、これは開発部からです。おそらく必要になるかと」
「眼鏡とペンダントですか」
次に出されたのは、至って普通の四角い黒色フレームの眼鏡とランタンのような形の銀細工が施されたペンダントだ。
「先にペンダントの方を説明しますね。魔香石と言われるイスアル原産の鉱石を使ったペンダントです。特性として魔力を溜め込み香水のように周囲に魔力を染み込ませる効果があります。イスアルでは主に粉状にして特殊な液体と混ぜることによって追跡用の薬剤として使いますね」
段々と調子が戻ってきたのか、声に緊張の色が抜けてきた。
俺の方も会話をしてくるうちに落ち着いてきてる。
説明を聞く限り、コンビニにあるペイントボールの魔力版といったところか、色や匂いで追跡するのではなく魔力で追跡するみたいな。
「今回はその特性を利用して魔力適性の有無を確認するための道具として開発しました」
そして差し出されたのは、ペンダントではなく眼鏡の方だった。
「この眼鏡は魔力を可視化する眼鏡です。イスアルでは魔力が充満しているので用途はないのですが、魔香石と組み合わせれば使いようはあるかと」
物は試しに眼鏡を掛けてみれば魔香石からなにやら靄みたいなモノが流れ出て、ゆっくりとであるがスエラさんやケイリィさんそして俺の方に流れ込んできている。
「……使い方次第か」
その流れはお世辞にも速いとは言えない。
救いとして、魔力適性の強弱と外的要因である風には左右されないだろう。
だが、歩行速度より遅ければ見つけるよりも先に相手の方が移動してしまうかもしれない。
「試作品ですので改善の余地はあります、そこは今後に期待していただければ」
「いえ、これでどうにかなりそうです。ありがとうございます」
それでもなんとかやり方の目処が立ったのは非常に助かる。
それに、おそらくはスエラさんが何かしらの手を回してくれたのだろう。
でなければ、名刺はともかく試作品のこの二点が俺の手元に来るわけがない。
「はい、役に立てば嬉しいです」
「ええ」
どうしよう、会話が切れてしまった。
しかも言葉を切るタイミングが悪い方に良かった、いや良いタイミングなのだろうか悩むところだが。
ドラマで言えば、キスをする五秒前と言えばいいのだろうか。
そんな体勢になってしまった。
「……」
「……」
偶然といえば偶然だが、見つめ合うような形になってしまったせいか動くに動けない。
「あのぅ、お二人さんいい雰囲気なのはわかるけど私がいることを忘れていない? 忘れていないならせめて立ち去ってくれって示す合図くらい送ってくれないかしら。見せつけたいのはわかるけど、こう至近距離で見せつけられても何やっているのって感想しか抱けないわよ?」
人間の反射神経って意外とすごいのだろうか。
瞬く間に互いに距離を離してしまった。
「ああ、邪魔してごめんね」
「邪魔だなんて」
「そうですよ、ケイリィ何を言って」
「あら? そうかしらねぇ、なんなら今からでも席外そうかしら?」
「もう、このあと用事があるんですよねケイリィ? ですから早く」
「え? 用事なんて、痛い、痛いってばスエラ、魔力で強化しないで、このスーツ特注だけど衝撃は通すんだから」
優しくスエラさんは彼女の肩を掴んでいるように見えるが、ケイリィさん自身の表情を見れば演技かどうかは察せる。
そこを指摘できるかと聞かれれば、できないと答える。
「それでは、次郎さん私たちはこれで、勧誘の方頑張ってくださいね」
「お疲れ様です」
SOS信号を送ってきているケイリィさんには悪いが、心の中で合掌して見送ることにする。
最後の方は、後で覚えていろと言わんばかりの表情であったが強制的にその表情もスエラさんにかき消されていた。
結果、俺は黙って見送る形を取らせてもらった。
嵐は過ぎ去った。
廊下の向こう側から、痛い痛いと叫ぶケイリィさんの声が聞こえるが気にしないほうがよさそうだった。
「さてと、とりあえず準備は整ったか」
チラシと名刺に加えて識別用のペンダント&眼鏡、道具は揃ったのだ。
残るは俺の行動だけという段階だ。
「と言っても、いきなりぶっつけ本番ってのはなんか嫌だから」
練習ということで、場を用意しよう。
スマホを取り出し、通信アプリを起動する。
既読がつくのはいつになるかわからないが、内容を簡潔に打ち込む。
「あいつのことだから、すぐに食いつくだろう」
あとは日程を合わせるだけだ。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター(スカウト)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
ステータス
力 105 → 力 153
耐久 157 → 耐久 220
俊敏 66 → 俊敏 90
持久力 90(-5) → 持久力 111(-5)
器用 82 → 器用 102
知識 36 → 知識 40
直感 22 → 直感 29
運 5 → 運 5
魔力 70 → 魔力 98
状態
ニコチン中毒
肺汚染
今日の一言
未だゴブリンが自販機で缶コーヒーを買っている光景に見慣れない俺がいる。
あいつらはブラック派だった。
本日はここまでです。
誤字脱字等があれば指摘の方を、感想の方も気軽に書き込んでいただければ幸いです。
これからも、勇者の攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いいたします。




