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114  もう、どうにでもなれ!!

田中次郎 二十八歳 配偶者有り

妻  スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士



リンリンリンと一世代前の電話音を思い出させる音を頭の中で聞きながら、念話のコールを待つ。


『スエラです』

「ああ、スエラか?」


ほんの数秒の待ち時間であったが、母親の直感がもはや未来予測に匹敵する領域に片足を突っ込んでいることに現実逃避し、目の前に恋人の両親が勢揃いしているのを見ないようにしてスエラが出るのを待っている時間は実質的には短かっただろうが、体感的に長かった。


『次郎さん? すみません今忙しくて、急ぎでなければあとで私の方からかけ直しますので』


その先に出た念話の先はどうやらごたついているようだった。

携帯と違い念話には雑音は入らないが、スエラの声色から察すると急な仕事でも舞い込んだのだろうか?

少し口調が早い。

もしかしたら今日の話し合いのために時間を作ろうとしているのかもしれない。

だが現状を伝えないのはさすがにまずい、なので用件だけ手短に伝えておこう。


「ああ、急ぎではないんだが、今メモリアの店にスエラのご両親が来ているんだ。さすがにスエラに伝えないのはまずいと思ってな」


なぜだろう。

念話には雑音は入らないはずなのだが、念話の向こうでスエラが何かに盛大にぶつかった音が聞こえた気がした。


『……父が来ているのですか?』

「ああ、それと祖父と名乗る人とっと? スエラ? スエラ?」


あとスエラのお母さんがと続けようとしたがそれよりも先に念話が切れてしまった。

普段だったらどんなに忙しくても丁寧に念話を切るスエラにしては珍しい終わり方だった。

なのでつい、切れているのがわかっていても電話の要領で聞き返すが、返ってくるのは当然無音だ。

それほど忙しかったのだろうかと疑問符を浮かべるが、いつまでもそのままにするわけにはいかない。

俺は俺でそろそろ現実を見なければ。

視線をずらすと、そこには連絡が終わるまで待っていたニコニコと笑うスミラスタさんがいた。


「お待たせしました。ええと、スミラスタさん?」

「いえいえ、大して待っていませんよ。それと呼び方はお義母さんもしくはママでお願いします」

「あー!!ずるい!! それは私が先に頼んだんだよ!! ほらほらお婿さん! お義母さんって呼んで!!」

「むぅ」

「おっと!! 喧嘩しとる場合じゃなかったぞ息子よ!! あの吸血鬼が婿殿の最初の義父の呼び名を授かろうとしとるぞ!! さっさと行かんか!!」

「話はまだ終わって、わかった。わかりましたから蹴らないでください!!」


さっきの静かな時間はいったいどこに消えたのだろう。

静かなら静かなりで大変だと思ったが、この聖徳太子状態もなかなかに処理が大変だ。

俺の一言でメモリア以外全員が反応してしまう。

さてどう収拾をつけたものか。

素直に俺が呼び名を変えればそれだけで済む話ではあるのだが。

問題はどうやって角を立てずに場を収めるかという話だ。

仮にメモリアの両親を最初に言えばスエラの両親の心証を悪くするかもしれない。

さてどうするかと表向き曖昧に笑顔でごまかしつつ悩んでいると、何やら店の外が騒がしい。

店内はさっきから様々な声が混じり合っているが騒がしいというほどではない。

耳をすませば強化されたこの体がその音も拾ってくれる。

何事かと、意識を少し割くとその音も明瞭になる。


『おい! ロイスが轢かれたぞ!!』

『壁に頭からめり込んでやがる……メディック!! メエェディック!!』

『やべぇぞあいつなんか変な痙攣してるぞ!!』

『おいそこの悪魔!! お前右足を持て俺は左足を持つ!!』


段々と近づく爆走音の向こう側で聞こえる騒ぎから推定すると交通事故らしきものが起きたらしい。

ファンタジーな地下施設の道で交通事故?

竜でも暴走したかと話の内容から今の俺には関係ないと他人事と思うことにした。

おそらくであるが、この爆走音もこのまま店を通り過ぎるものだと思う。

そう思っていたのだが、この爆走音は俺の関係者だったようだ。

その音は通り過ぎることなく店の外で急ブレーキ音がしたと思ったら


「何やっているんですかぁ!!」

「フゴォ!?」

「ゴフォ!?」

「あらあら」


閃光のように入ってきたスーツ姿のスエラが見事な回し蹴りを披露してくれた。

その綺麗な脚から繰り出される、横一線に男性ダークエルフの二人の後頭部を蹴ってみせた彼女の動作に俺はパチクリと一瞬思考が止まってしまった。

威力は押さえていても前のめりになる程度には威力を込めていた。

硬い音も響き、しゃがみこみ打たれた頭を抱える男二人を心配する。


「えっと、大丈夫ですか?」

「ハハハハ、大丈夫ですよ婿殿」

「むぅ、我が孫娘ながら見事な回し蹴り」

「それと、どうもはじめまして田中次郎と申します」

「ああ、スエラから聞いているよ。私は父のマイット・ヘンデルバーグ、それでこっちが」

「祖父のムイル・ヘンデルバーグだ。よろしく頼むぞ婿殿!!」


いや、大丈夫に見えなかったから声をかけたのだが、意外とこの二人は頑丈なのかもしれない。

むくりと起き上がり、すっと何事もなく握手を求めてくる二人に丈夫だなと思いつつ苦笑しながら握り返す。

そして隣を見る。

俺は今珍しいものを見ているのかもしれない。

正座で説教させられるスエラとは。


「スエラ、あなたは今あなただけの体ではないのよ? そんな激しい運動してはいけません」

「けど」

「けどではありません!! 万が一があったらどうするのですか! わかりましたか?」

「はい」

 

そうなった経緯は大したものはない。

おそらくスエラは知らぬ間に行動を起こした家族を説教しようと駆けつけてきたのだろう。

それが普段の体なら問題なかったのだろうが、今彼女のお腹の中には子供がいる。

その状況が問題であった。

ダークエルフは子供を大事にする。

その言葉を体現するかのようにさっきの穏やかな表情はどこに行ったか、それを脱ぎ去るように表情を一転させ、鬼のような形相でスエラを説教するスミラスタさんがいた。

そのあとの行動は迅速だった。

男性陣二人を蹴り抜いたスエラはそのまま説教の姿勢に入ろうとしたが、それを制するかのようにスエラの背後にスミラスタさんは回り込んだ。

ぬるりと動いているのがわかるのに、対応できないような動きはまるで獲物を狙う蛇のようで、すっと物音を立てずスエラの背後に回り込んだ彼女は優しく、されど見た目以上に力強くスエラを逃さないように肩を掴み。

『スエラ、そこに正座しなさい』

冷たい一言を発した。

条件反射ということだろう。

怒らせてはいけない人を怒らせたと察し、その一言でスエラは即座に床に正座して今の光景が出来上がったというわけだ。

しかしなんというか、場違いな感想かもしれないが説教される姿がなんとなくそこで頭を抱える男二人と姿が似ている。

それがなんとなくおかしく思い口元が少し綻ぶ。

なんか変なかたちで親子だと教えてくれる機会が多いなと思う。


「まぁまぁ、スミちゃんお説教はそろそろいいと思うなぁ。まずはお婿さんの話を聞こうよ」

「あらあら、私ったらついダークエルフの血に流されちゃってはしたない。ごめんなさいね」


ダークエルフの血は恐ろしい。

俺は決して義母を怒らせないと誓わせるには十分な光景であったが、幸いスエラもこの場に来てくれてどうにか収拾の目処が立った。

さて、ここまでくればあとは結婚の許可をとるだけなのだ。

その覚悟もここまで来たら潔く行こう。


「っ?」


そう思ったのに出鼻を挫くように、タイミング悪くスマホが鳴る。

背中に一滴だけだろうが冷や汗が流れ俺の体が反応する。

嫌な予感というわけではないが、確信を持った予感に恐る恐るスマホの画面を見る。


「お袋」


案の定その着信はお袋だった。

なんでこのタイミングと思うが、おそらくこのタイミングがお袋にとって一番良かったのだろう。

その判断は間違っていないと思うが、もう少し遅らせて欲しいと思いつつ無視する訳もいかず、スエラとメモリアの両親に顔を向けるとどうぞと視線で促される。


「少し失礼します……もしもし」


その行為に甘え、通話ボタンを押す。


『おお! つながったつながった。あんたのことだから無視するかと思ったんだけど、あたしの勘も衰えたかねぇ』


表示からもわかっていたが、やはり相手はおふくろであった。


「安心しろ、衰えるどころか冴え渡っているよ。このタイミングでかけてきたんだ。お袋のことだからどうせあれだろ、今すぐこっちに来るとか言うんだろう」

『さすが息子分かってるじゃないか!! 次郎との電話が終わってからホテルを探そうと思ったけど、なんかその場に私も行かないといけない気がしてね。いやぁ、伊知郎にバケツパフェ食べさせて時間つぶしていたかいがあったよ!!』

「親父」


俺の記憶が正しければ親父はそこまで甘いものが得意ではなかったはず。

それなのにこのお袋は俺が後日会わせると言ったのにもかかわらず、自分の勘に従って店の中で待機するために時間のかかるものを注文していたようだ。

ただし食べるのは自分ではないようだが。

その行動力にはいつも脱帽させられるが、その行動内容の事実を聞いて親父に同情する。

そして、このいい方、こうなってしまえば梃子でもこの母親は意見を変えない。

もうここまでくれば腹をくくるしかない。


「はぁ、三十分待ってくれ。それくらいに会社の玄関口に迎えに行く」


それならばいっそのこと全員集合させようと思い、ため息一つこぼしてから電話を切る。

さてと。

振り向くと狭くはないがそこまで広くない店内にいる視線が集まる。


「いきなりで申し訳ないですが、すみません俺の両親を迎えに行ってきます」


その前に監督官に土下座かなと思いながら俺はため息が出そうなのをこらえるのであった。

ああ、スエラとメモリア、化粧するくらいの時間は稼ぐ、だから慌てず用意してくれ。

急にコンパクトミラーを取り出す恋人にそんなことを思いながら会釈をしてメモリアの店をあとにする。






「はぁ、あんたも少し見ないうちに立派になったもんだねぇ」

「変な会社に入社したという風に聞こえるのは気のせいか?」

「なんだい、分かってるじゃないか」

「何年あんたの息子やってると思うんだ」


命を削る覚悟で監督官の下に行った俺はどうにか目の前にいる両親を会社内に入れることに成功した。

パシパシと背中を叩き筋肉の付き具合を確認しているのは俺のお袋だ。

田中霧香たなかきりか、肩口で短く切りそろえた黒髪に、俺と同じつり目。

身長は俺の頭一つ低いが、見た目以上に身長を高く見せるくらいに迫力がある。

思わず姐さんと呼びたくなる我がお袋だ。

そして、なんの魔道具も渡さずこの会社の結界を通過できた猛者でもある。

魔力適性値を測ったらとんでもない数字が出てきそうだと思う。


「それと伊知郎あんまり離れるんじゃないよ。ここは思ったよりも特殊な場所みたいだよ」


手を離したらフラフラとどこかに行きそうな親父の襟首を掴みどこかに行かないようにしながらお袋は半眼になり辺りを見渡す。

俺にとっては日常だがお袋から見れば非日常の社内だ。

少し見回しただけでお袋は苦笑に似た笑みを顔に浮かべる。


「次郎、あんた間違いなくあたしの子だよ。なんだいこの楽しそうな雰囲気の会社は」

「お袋からすれば楽しいと感じるだろうな。予想はしていたがぶれなくてホッとしてるよ。っと、おい親父そっちは立ち入り禁止だ」

「わかってるけど次郎。これは大発見だよ!! 本当に異世界があったんだ! 僕、もう興奮が止まらないよ!! ねぇ、次郎少しでいいから写真を撮らせてくれないかな!」


そして、言いたくないが、この子供のようにキラキラと目を輝かせている白髪交じりのメガネ中年親父が俺の父親だ。

田中伊知郎たなかいちろう、普段の口調はかなり弱々しいが、自分の領域になるとかなり口数が多くなる。

体は未開の地を危険も顧みず世界中を歩き渡るくらいだ。

体中しっかりと無駄なぜい肉を削ぎ落とし鍛え抜かれている。

しかしこっちの首には通行証代わりの魔道具がついている。

会社の結界に認識をずらされたところを見る限り親父に魔力適性はないようだ。


「却下だ、少し落ち着け親父」


警戒するお袋に、通りすがりのオークに興奮を隠せない親父。

両親のその適応能力は素直に尊敬できるが、できれば今はもう少し静かにしてほしい。

さっきから同僚の視線が痛い。


「はぁ、こっちだ」


針のむしろというわけではないが、居心地の悪さを感じ二人を引き連れて歩き始める。

さすがに俺の親族とは言え部外者を地下施設に入れる許可は降りなかった。

向かうのは地下施設ではなく、俺が面接を受けた部屋だ。

対外用の部屋という事も有り、防音効果もある。

今回の話にも都合がいいというわけだ。

スエラとメモリアに連絡を入れて、二人の親族もそこにいるはずだ。


「それで次郎、あんたが見初めた娘ってのはどんな子だい? お母さんに話してみなよ」

「会ってからの楽しみにしろよ」

「なんだい、言えないような子なのかい?」

「そういうわけじゃない。ただ、前情報なしにお袋に会ってほしいんだよ」

「ふぅん、あたしの目で見極めろってことかい? それくらい、自信があるってことかぁ。うちの息子はかなりいい娘を捕まえたようだねぇ」

「半分正解で半分外れってところか、ただ言えるのはこの会社の風貌から察せるとおり俺の恋人は人ではないってことだけだ」

「なんだいそれ」

「会えばわかる、それとお袋重ねて言うが親父の手を離すなよ。はぐれて変なところに入ったらシャレにならん」


ここから距離はあるが、この親父ならふと目を離したすきに迷いに迷ってダンジョンにたどり着いてもおかしくはない。

そうなるとかなり面倒なので俺も気配で常に親父を捉えている。


「ん~わかってるよ。ほら伊知郎そっちじゃないこっちだよ」

「ああ! 僕の未知が!!」


そこまでの道のりでお袋がからかうように絡んでくるが、軽く流す。

何せ二股をしているとこれから暴露するのだ。

お袋なら察してそうだが、情報は限界まで隠しておく。

そして、短い道のりが終わりを見せる。


「ここかい? 気配が大勢いるようだけど、向こうは大家族なのかい?」

「入ればわかる」


いよいよ、両親同士の面会に俺の心臓は激しく胸打つ。

ゆっくりと、ドアをノックする。


『どうぞ』


スエラの声が聞こえゆっくりとドアを開けるのであった。



田中次郎 二十八歳 配偶者有り

妻  スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士


今日の一言

ここまで来たなら、突き進め!!


今回は以上となります。

もし、面白いとおもわれたらブックマーク、評価、感想の方よろしくお願いします。

これからも本作のご愛読をよろしくお願いします。

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