112 緊急査察、というわけではないのだが似たようなものだ
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
「まったく、いきなりすぎる」
自分の両親ながら本当に自由奔放すぎる。
両親の襲来? に遭った俺は書類作成など後回しにして早歩きで会社の廊下を歩いていた。
手は自然と後頭部に周り、ガリガリと頭を掻く。
「ヨウ、次郎! 嫁のところに行くのか!」
「愛を囁くのはいいがしっかりと仕事してくれよ、俺たちの残業時間が増えちまう」
「ほざけ、独身ども。勝ち組になってから出直せ」
「「おっしゃ、ちょっと訓練所までツラ貸せや」」
「おう! 時間があったらな」
そんなことをしている間にも、すれ違う今では見慣れたファンタジー社員の一角、鬼の二人組と冗談を交える。
こんなものが最近の定型句になってしまった。
こんな奴らを相手するのももはや手慣れたもの、ニヤっと笑い合ってあとはおさらばだ。
俺としてはちょうどいい気分転換になり、幾分か軽い気分になって目的地につく。
「ケイリィさん、スエラはいますかね」
「はいはい、ちょっと待ってね。スエラー、旦那があんたに会いに来たよ」
テスター課と書かれたプレートが付けられたドアをくぐって中に入りスエラを呼べば、すぐに奥の課長席に座るスエラにケイリィさんが取り次いでくれる。
そんな流れで呼ばれたスエラは、ついさっきまで机にある書類を見慣れた身体強化の魔法で印刷機並みの速度で捌いていたのだが、今はその手は止まっている。
おそらくではあるが俺が入室した時には気配で気づいていたのだろう。
ケイリィさんの声よりも早く反応し、手を止めてこっちに笑顔を見せてくれていた。
ちなみに、あの高速書類作成法は実は俺にはまだできない。
高速に動かすための身体強化に加えて、紙やペンを壊さない程度の緻密な力加減が必要だからだ。
前にやろうとしたらポールペンがへし折れた。
ボールペンを鉱樹の要領で強化して書こうとしたら紙が切れた、下の机ごと。
そして、なんなら机と書類を強化して書こうかと思ったら。
強化された紙はインクを弾いた。
まだまだ魔力操作と体の動かし方に無駄があるなと、彼女たちの動きを見てつくづく思う。
「どうしました次郎さん。なにか問題でも」
「おいおい、その言い方だと毎回俺が問題を起こしているように聞こえるぞ」
「違いましたか?」
「半分は巻き込まれているんだよ」
「では、残りの半分は?」
「俺が関与しているが、メインじゃない」
クスクスと笑いながらからかってくるスエラに向けて勘弁してくれと肩をすくめてみせれば、彼女の笑みはさらに深まる。
思考が脱線しそうになったが、本題を忘れてはいけない。
決してイチャイチャするなら仕事しろとヤジを飛ばすケイリィさんに煽られたからではない。
「フフ、それで用件はなんでしょうか」
「ああ、それなんだが……外部の人間の施設入場手続きってできるか?」
「できますが、新しくスカウトした人ですか?」
「いや、俺の親だ。スエラたちに会ってほしくてな」
「……」
「……」
用件を切り出すのに僅かにタイムラグが生じたのは仕方ないと割り切ってくれ。
わざわざ会社に親を招き入れていいかと切り出すのが恥ずかしかったんだよ。
スエラはスエラですぐに考え込むような仕草を見せて数秒の沈黙を見せる。
許可を待つ俺も自然と彼女に倣う形で黙る。
「ふぅ、さて、ドレスを仕立てないといけませんね」
「俺の親は一般人だよ」
スエラは虚を突かれるとたまに斜め上の思考を見せるが今回もその例にもれなかったようだ。
慌てることなく念話でどこかに繋げようとしていたが俺はやんわりとその動作を止める。
異世界の貴族どころか、一般人よりも逸般人と言ったほうが正しい両親だ。
正装するよりは普通の格好の方を好む。
高級レストランよりも鉄橋下の屋台ラーメンを好むくらいだ。
そこまで気合を入れる必要は……いや、別の意味で気合を入れる必要はあるかもしれない。
主に精神的な方面で。
ドレス姿のスエラも見てみたいが、それはあとの楽しみに取っておくとしよう。
今はスエラとメモリアを両親に会わせることだ。
「で、でも、次郎さんのご両親ですよ? 失礼があって結婚を反対されでもしたら」
「ああ、そこら辺は心配ないと思う。何せ自由奔放な両親だからな、俺が決めた相手だから自由にしろって言われそうだわ」
「そうなのですか?」
「むしろ自由奔放すぎて結婚はあっさり認めて、それよりも異世界に旅立ちたいと言い出しかねないのが不安だ」
「楽しそうなご両親ですね」
「昔聞いた座右の銘は人生楽しんだものが勝ちだそうだ。子供に言う座右の銘じゃないよな」
子供の頃から耳にタコができるほど聞かされたよと笑えば、スエラもおかしそうに笑ってくれる。
「それで許可の方は取れるかな?」
「はい、そういった事情でしたら一定の暗示は必要でしょうが大丈夫ですよ」
「暗示か……親父はともかくお袋に効くかなぁ」
「いくら次郎さんのご両親だからと言っても心配しすぎです。魔王様やエヴィア様くらいの実力でもない限りは大丈夫ですよ」
「そうだといいな、とりあえずはよろしく頼むわ。日取りはどうする? やっぱり休みのほうがいいよな?」
あのお袋なら、暗示をかけたとしても翌日には平気でぶち破ってきそうな気がする。
心配のしすぎかとそれ以上考えないようにする。
「そうですね、メモリアと予定を合わせる必要がありますね」
「ああ、それならこのあとメモリアにも話しに行くから伝えておく。その流れで今日の夜に細かい時間を決めようか」
「ええ、では私は手続きと書類の用意しておきますね」
「悪いな、頼む」
「はい」
そう言って軽く笑みを交わしこれで話は終わりだ。
「あれぇ、イチャつきタイムは終わりかな?」
「今晩ゆっくりとイチャつかせてもらうからいいんですよ、ケイリィさんもそういった相手を見つけたらどうです?」
「ダークエルフの女性にその話を振るとは次郎君、君はスエラを未亡人にしたいようね」
「おお怖、ダークエルフに蹴られる前に俺は退散するとしますかね」
「待ちなさい、その喧嘩「ケイリィ、仕事お願いしますね」スエラー!! 待ちなさい!! 今私は全ダークエルフの女性の怒りの鉄拳をこの男に叩き込まねば!! え、ちょっと、冗談よね? その量はシャレにならないわよ!! って、そうだスエラさっき向こうの方から連絡があったわよ」
からかってきたケイリィさんを躱し、そそくさとその場をあとにする。
部屋を出る際にさっとスエラに向けて手を振り、スエラはケイリィさんの机に書類を山積みにさせながらこちらに手を振り返してくれる。
断末魔ともとれるケイリィさんの叫びはこの際無視して、次なる目的地に向けて歩き出す。
なにか聞き逃してはいけないものが聞こえたような気がしたが、まぁ、いいか。
「というわけだが、メモリア、予定は大丈夫か?」
「結婚を控えている私に、それは大丈夫ではないとは言えない話だと次郎さんは理解していますか?」
「だよな」
騒がしかったオフィスから一転今度は物静かな閑古鳥の鳴く店内。
これでも先日のイベントのおかげで俺が利用する店としてテスターが来るようになったらしい。
しかし、テスターの全体数が少ないせいでそれでもこうやって暇な時間が多いとのこと。
スエラと同じ事情を説明したメモリアの対応はいつもと同じ、読書の片手間に話を聞くというスタイルだ。
しかし、俺は気づいている。
視線は本に向かっているがさっきからページが一ページも進んでいないということに。
彼女も彼女なりに慌てているということだろう。
本当にうちの両親がすまん。
だが、珍しいメモリアの表情を見れた俺は役得だと思う。
「まったく、どうせなら私もスエラと同様妊娠してから挨拶をしたかったのですが」
「こういうのはめぐり合わせだからな」
いきなりの話で申し訳ないと思いつつも、苦笑一つをこぼすしかない。
「それで、いつになりそうですか?」
「詳しい話は今晩スエラと一緒に相談になるが、たぶん次の土曜日あたりだろうな」
「そうですか、わかりました。その日は休みにしておきます」
「助かる」
「いえ、あなたの言うご両親がどんな人なのか今から楽しみです」
「言っておくが、ドレスコードのあるような店で会うわけではないからドレスとか用意しなくていいからな?」
「残念ですね。顔に出てましたか?」
「スエラも同じことを言ったからだよ」
「なるほど、そうでしたか」
静かな店内に俺とメモリアの声だけが響く。
そのまま時間が過ぎていくと俺は思っていたのだが。
いきなりドンと店の扉が開く。
俺はほかのテスターが来たのかと思いカウンターから体を起こし視線を向ける。
「メモリアちゃん!! 結婚するって聞いて待ちきれずにお母さんお婿さんに会いに来ちゃったぁ!」
「?」
しかし、俺の視界に入ってきたのは冒険に行くような格好をしたテスターとは正反対の格好の少女。
そう、まるで夢の国の住人が迷い込んできたような少女だった。
玄関口に佇む少女は明るい笑顔を見せ元気いっぱいだとアピールするかのように両手を上下に振り回している。
そんな少女を俺は上から下に流すように見る。
薄い金色の長髪の少女は目元を除けばメモリアに似ている。
桃色をベースとした明るい配色のゴスロリ衣装に身を包むのはメモリアよりもさらに小柄な少女だ。
いきなりの少女の登場に、思わずこんな社員がいたかと頭を巡らすが、該当する人物は思い当たらない。
しかもこの少女はさっきなんと言ったか?
「お母さん」
「お母さん!?」
「母です!」
メモリアが驚きの表情を見せながら椅子から立ち上がり、目を見開いている。
その際にこぼれたこの少女の存在を示す言葉に俺は確認するかのように叫んでしまった。
いや、俺の場合はお義母さんになるのか?
いや、許可が出てないからまだ気が早いか。
そんな俺の混乱しながらの葛藤を気にする様子もなく、ブンブンと振っていた両手を今度はゆっくりと両頬に持っていく。
そのまま人差し指で指し笑顔で母だと宣言する少女に俺は驚きを隠せないでいる。
どう見ても少女、それも小学生にしか見えない背丈と格好、メモリアと並べば高校生と小学生という歳の離れた姉妹に見えることだろう。
だが、さっきの発言から考えると年齢的立場は逆のはず。
さらに言えばメモリアの母だというのなら彼女もきっと吸血鬼、しかしさっきからキラキラ輝くような吸血鬼らしからぬ仕草が似合うほどこの少女は表情を明るく保っている。
その仕草から吸血鬼だと思えないのだが、笑顔の時に見える犬歯が吸血鬼だと物語ってくれている。
そんな少女を前に合法ロリ?という言葉が頭をよぎるが、気の迷いだとすぐに頭の外へ追いだす。
そんな混乱のまっ最中の俺の前にメモリアが慌てるようにカウンターから出てくる。
「どうしてここに」
「もう、メモリアちゃんお母さんさっき言ったよ。メモリアちゃんが結婚するって言ったからお婿さん見に来たの」
「手紙にはそっちに行くからって書いたはず」
「もう、メモリアちゃん。久しぶりの娘からの手紙が、結婚しますから待っててくださいなんて、お母さんが待てると思ってる? そ・れ・も、いくら結婚しろって勧めても関心がなかった娘に春が来たのだから、お母さんもうびっくりしてよろこんじゃって、当然、お父さんもよ? だからどんな人か気になっちゃって」
「まさか」
並んでみると本当に姉妹にしか見えないようで、それでいて会話の様子は、子を心配する親といきなり現れた親に慌てる子供の姿であった。
ギャップのある光景に違和感を思いつつも段々と俺の気持ちも落ち着いてくる。
そして、メモリアの視線が今度は母親らしき? 少女から開け放たれた玄関口に向けられ、俺もその視線をたどると、ぬっと、今度は吸血鬼らしい黒いマントを羽織ったメモリアと同じ紫銀色の髪をオールバックにした紳士が入ってきた。
そして、母親と聞いて次に出てくるものといえば
「お父さんと一緒に来ちゃいました」
「お父さん」
父親の登場になるわけだ。
暗雲立ち込めるとはよく言うが、このことを言うのだろうかね?
ああ、それとメモリアの目元は父親似だな。
田中次郎 二十八歳 配偶者有り
妻 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
抜き打ちだからこそ、緊急査察になる。
今回は以上となります。
これからも本作をよろしくお願いします。
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