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111 報告義務というものが存在するが・・・・・

田中次郎 二十八歳 配偶者有り

妻   スエラ・ヘンデルバーグ 

    メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士




「はぁ、先輩もついに結婚っすか、なんとなくするとは思ってたっすけど。思ったよりも早かったっすねぇ南ちゃん」

「拙者から見ても秒読み段階に入っていたからなるべくしてなったとしか言いようがないでござる。結婚は人生の墓場というでござるが、リーダーには当てはまらないでござろう」


黙々と結婚するために必要な書類を書いている俺を覗き込むように海堂と南が背中越しに会話をしている。

俺とスエラの結婚はプロポーズをした場所が場所のせいで瞬く間に会社中に広まった。

それこそイベント中であったにもかかわらずにだ。

人の口には戸が立てられないとはよく言ったものだ。

プロポーズをした翌日にはすれ違った社員全てに祝われ、からかわれ、妬み節をぶつけられた。

噂話が娯楽だという風習がある我社であるが、当事者になるとそれがどれだけうざいかよくわかる。

そしてそれは一週間経った今でも変わらず、そして背後の二人も例外ではない。


「てめぇら、さっきからニヤニヤと楽しそうに話しやがって、祝う気があるならそのからかうような表情を引っ込めろ、ないなら俺と一戦かますか?」

「「サーイエッサー!!」」


昨日の今日なら苦笑一つで俺も流すが、さすがに日にちが経ちいい加減その対応に辟易していたところだ。

だからつい教官仕込みの笑顔と一緒にドスの利いた口調で釘を刺す。

直立不動の敬礼を横目で確認し書類作成に戻る。

異世界人との結婚は国際結婚よりもやることが多い。

こっちに戸籍を持っている俺が、彼女たちと結婚するには神に祈っておしまいという物語的に一行で終わるような手続きの量では済まない。

様々な方面に手を回す必要があり、用意された書類は普段作っている報告書の数倍の量がある。

ぶっちゃければ結婚に関する書類は少ない。

おまけに言えば、スエラたちと結婚しても日本での俺の状態は独身状態のままだ。

なにせ公的書類で彼女たちと結婚したと報告すればお国が黙っていないだろうしな。

種族的に。

いやこの場合は人種的にか?

なので自然と多くなるのは、いざ問題が起きた時に対処するため用の保険手続きが大半だ。

こうやって堂々と会社を構えているがダンジョン経営は極秘中の極秘、バレたらやばいのだ。

あとは結婚式とかで俺の親戚や知り合いを呼ぶときの暗示手続きに呼んでいいかを審査する書類だ。

呼ぶ人数が増えれば増えるほど書類が増えるという、俺に呼ばせる人数を考えさせられる作業を強いている。

スエラたちは向こう側の存在だからそういった書類はほとんどないので、この書類は俺が作るべきものだ。

自室でやってもいいのだが、緊急時や何かと動くときはこっちのパーティールームの方が都合がいい。

だからこうやって暇な奴らに絡まれながらも俺の手は止まらず書類を作り続けている。


「あんたたちも馬鹿ねぇ、次郎さんをからかって何も返ってこないことなんてないのに」

「俺的にはリア充になった先輩を祝いたい気持ちはあるっすけど、それと同じくらいリア充になった先輩が妬ましいっす!」

「そうでござる!! そこに男も女も関係ないでござる!! リア充は妬みそれを素直に受け入れる義務があるでござる!!」

「あなたたちのそれって完全に負け犬の発言よね。自分に彼氏彼女がいないやつの」

「「グハ!?」」


ダンジョンに行かない日であってもこうやって人が集まるパーティールームで、新しく置いたソファーでファッション雑誌を読む北宮が呆れたように海堂と南を注意するが、それは見事なクリティカルヒットをもたらし、息を吹き返した二人を床に沈めた。

だがすぐにゾンビが起き上がるように二人もヌルりと復帰し。


「……そう言う北宮ちゃんもいないじゃないっすか!! そんな北宮ちゃんには言われたくないっす! おおかた理想が高すぎて好きな男ができないだけじゃないっすか!?」

「……そうでござるよ!! 拙者、彼氏をつくれないわけではなくてつくらないだけでござるし? 北宮や海堂先輩と違って振られたことはないでござる!! それに拙者は無敗、海堂先輩は連敗中で同じ扱いにしないでほしいでござる!!」

「南ちゃん!?」

「あんたたち今言っちゃいけないことを私に言ったわね。特に南!! 海堂さんを手早く片付けたらその顔徹底的に氷漬けにしてやるわ!!」

「北宮ちゃんも俺の扱いだけひどくないっすか!?」

「程々にしとけよお前ら」


進んで虎の尾を踏み抜きに行った。

南はさり気なくフレンドリーファイアをカマしているが、いつものことなのでギャアギャア騒ぐ奴らに適当に釘を刺して、その声をBGMに書類を作る。

魔紋の力をフルに使ったじゃれあいは部屋に被害を出すことなく、時たま俺に飛んでくるクッションは見ずにキャッチし、その投げたヤツに投げ返すことで対処する。

これでこいつら暴れまわったあとは仲良くできるあたり踏み込んでいい部分は把握している。

最悪の事態にはならないだろう。

普段であれば勝やアメリアが仲裁に入るのだがあいにくと二人は学校だ。

なので力ずくで鎮圧するのも面倒だし、放置する。

カリカリとペンを走らす。


「この書類は確か」


あっちの資料に内容がと別添資料を確認しようとしたタイミングで俺の携帯が鳴る。


「誰だ? って」


スエラやメモリアといった社内の人間なら念話で来る。

ほかのテスターに個人用の携帯を教えた覚えはない。

勝とアメリアはこの時間は授業中のはず。

てっきり暇な知り合いがかけて来たと思ったが、スマホのディスプレイに表示された番号を見てビクリとつい体が反応してしまった。


「はい、もしもし」


それでも出ないわけにはいかない。


「どうした、お袋。何かあったか?」


なにせ、その電話をかけてきた相手が俺の母親なら尚のことだ。

普段は放任主義なくせにこのタイミングで電話をかけてきたのは偶然なのかと疑問に思いつつ通話ボタンを押し、普通を心がけてスマホを耳に当てる。


『久しぶりだね次郎、なに、あんたが嫁を見つけた気がしてね。こうやって電話したんだが、お前もいい歳だ。どうだい?あたしは孫を見れそうな相手なのかい?』

「……」


電話の向こうで元気そうにアハハと豪快に笑う母親に、既に孫がいると事実を言えないくらい的確に核心を切り出され、俺は絶句するしかない。

もはやストーカーも真っ青になるくらいに正確に情報を掴んでいると思わせる母親の発言であるが、これが全部直感だから手に負えない。

昔からそうだ。

なんとなくだと本人は言うが、快晴で天気予報でも降水確率がゼロだと言っているのにもかかわらず雨が降るといえばその日の午後に雨が降る。

車を運転していれば、平日の時間帯でいつもなら空いているであろう道路を混んでると思うと言い迂回したと思ったら本当に渋滞していた。

基本的に隠しごとはできなかったな。

テストの答案なんて、適当に点数を羅列しただけなのに、全て的確に当ててきた。

もはや自分の母親の直感は未来予知のレベルまで来ているのだと子供の頃はそう思っていた。


「はぁ、またいつもの勘か? て言うかこの番号でかけてきたってことは日本に帰ってたのかお袋」


そんな母親の仕事は世界を飛び回る写真家である父親のボディガード(仮)という主婦業とはかけ離れた何かであった。

おかげでほぼ国内にいることがなく、確実に連絡が取れるのは向こうから連絡してくるか、年末年始の一週間の帰省期間のみだ。

未開の地の写真を撮っている父親にとって母親の直感はまさに生命線だ。

高校時代、海外から帰ってきた両親から、狙撃手の弾丸を避けたと聞いたときは何やっているんだと思ったと同時に、当時の俺はいくら有名になり金が入ろうとも普通の仕事に就こうと子供ながら硬く決心した瞬間であった。


『否定しないってことはあたしの勘は間違ってなかったってことだね。飛行機代が無駄にならなくてよかったよかった』


そんな両親に通常手段のスマホで連絡がつくわけがなく。

おかげで結婚の連絡は後回しにしていたわけだが、この母親には通じなかったようだ。

快活に笑う母親に確信を持たれこう言われてはもう隠すことはできない。

飛行機代に関してはせめて確認してから来いよとは思ったが、そんな苦言で止まる母親ではない。

なにせ、あんたなら大丈夫だろうと高校に上がったばかりの俺に向けて通帳一つ放り投げて父親に同伴し一人暮らしさせるような母親だ。

おかげで家事スキルはいやがおうにも上がったが、普通なら青春時代に道の一つや二つは踏み外していてもおかしくはないぐらいの放任ぶりだ。

我ながらよく自制したと思う。

まぁ、通帳に入っていた金額が末恐ろしい金額だったからおいそれと使えなかったという理由もあるのだが。

グレなかったのは、誕生日はもちろんだが教えてもいないのに授業参観とかの学校行事になるとタイミングよくふらりと帰ってきてくれていたおかげもあるかもしれない。


「ああ、そうだよ。紹介しようと思ったがお袋たち普通に帰ってくるのが年始だけだろう。それ以外連絡つかんと思って連絡しなかったんだよ。と言うか、お袋が日本にいるってことは親父も帰ってきてるのか?」

『帰ってきてるよ。なにせ一人息子の一大事だからね。伊知郎いちろうもあんたに嫁ができた気がするってあたしが言ったらギアナ高地の奥の撮影を途中で切り上げてくれたよ』


今回もその口だろう。

ジャングルの奥地で急に空を見上げて母親が直感を口走った光景が目に浮かぶ。

そんな勘だけで行動を起こせる親も親だが、結果的に言えば俺もこの二人の血を引いているということを最近思い知らされた。

なにせ今の俺は普通とは口が裂けても言えない仕事をしている。

その段階で親子だなとは思う。


「それで? 今どこにいるんだ? 空港か?」

『いいや、あんたの家に行こうと思っていたんだけどねぇ、MAOコーポレーション? この建物が見えたと思ったらあんたがここにいると思ってね。その近くの喫茶店にいるよ。あんた前の会社から転職したのかい?』

「はあ!?」


ガタっとつい俺は椅子から立ち上がる。

そしてこの母親の直感は認識阻害の結界すらぶち抜くということを知った。

我が母親ながら能力がおかしいと思わされるやり取りだ。


『なんだい? なんかまずいことでもしたかい?』

「まずいって言うか、ああもう」


お袋に向かってなんで分かるのかと聞くのはお袋の超常的直感の前では愚問であり、魔法やこの会社の中身について外部の人間に話すのは規則違反だ。

だからこそ、お袋は魔法をぶち破って俺の居場所を突き止めたと言えないもどかしさが、なんとももどかしい。

お袋、実は若い頃に勇者やっていたとかないよな?

実は異世界を救ったとか言われたら今の俺なら信じられる自信があるぞ。


「とりあえずこっちにも都合がある。どうせしばらくは暇なんだろう。段取りはするから少し待て。ホテルはとってるんだろ?」

『そう言うと思って仕事はキャンセルしてあるよ。ホテルは、なんとかなるよ。日本には二週間は滞在するからその間に嫁を見せなよ。まぁ、あんたが見初めた娘だ。悪い子じゃないんだろうさ』


すまんお袋。

子、じゃないんだ。

子たち、なんだよ。

こんな形でお袋の直感をすり抜けられるとは思っていなかったが、今はスケジュール調整の方が重要だった。

楽しみにしてるよって最後まで豪快であった母親の声を最後に電話を切る。


「甘かった」

「せ、先輩、どうしたっすか? いきなり大きな声を出したと思ったら」

「お袋が帰ってきた」

「うえ!?お袋さんがっすか!?まさか先輩が結婚するからっすか?」

「ああ本人から聞いた。なんとなくそんな気がするから帰ってきたってよ。おまけに俺の居場所まで突き止めてきた」

「ええ!? 結界張ってあるんすよね、この会社」

「ああ、張ってあるはずだ」

「……先輩のお袋さん相変わらずっすね」

「自分の母親ながら、出鱈目すぎる」


俺の母親に会ったことがある海堂は、俺の母親の規格外振りを知っている。

なので、お袋が帰ってきたと言えばそれだけで話が通じる。

南と北宮は何を言っているのかと疑問符を頭の上に浮かべているが、説明している暇はない。

今作っている書類の他に、面会用の書類を作らねば。

あと、スエラたちにも知らせねば。

タイミングが良いのか悪いのか、分からないが、自分の両親のことだ。

静かに終わる、なんてことはないだろう。

ヘタをすれば、別世界があると知れば親父のことだ、行きたいと言い出すかもしれない。

スエラとメモリアの両親に挨拶に行くということをお袋なら察知して、それに便乗するかたちで同伴しかねない。


「まぁ、手間が省けたとするか」


とりあえずはじっとしているわけにはいかない。

俺は俺でやるべきことをやろう。



田中次郎 二十八歳 配偶者有り

妻  スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士


今日の一言

報告義務をすっとばして、向こうからやってくると誰が予想できるか。


今回はこれで以上となります。

昔からこういったブッ飛んだ両親というものを書いてみたかったです。

いかがでしたか?

楽しんで頂ければ幸いです。

これからも本作をよろしくお願いいたします。

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