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110 OK まずは深呼吸だ

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士



自分の子供。

それを聞いて俺がまず浮かべた感情は驚きであったが、その次に浮かび上がったのは喜びだった。


「本当なのか?」

「はい」

「そうか、そうか」


これが嘘ではないのを確認するようにスエラに確認すれば彼女は真っ直ぐに俺を見て返事を返してくれる。

それが事実であると実感すると、胸の奥から何とも言えない暖かなものが溢れ出し、俺の声音は自然と穏やかになった。

噛み締めるように二度同じ言葉を言ったあと、自然と視線はその生命が宿るお腹に移る。

あそこに自分の子供が宿っていると思うと再び感じたことのない暖かさを感じる。


「次郎さん、その、これからのことなんですけど」

「あ、ああ、そうだな。まずはきちんと病院で検査してって……こっちの病院は使えないか。それにここにいるってことは検査も終わってるだろうし、それより先に市役所に結婚の届けか? って戸籍が違うか。ああ、ご両親の挨拶が先で、いやそれよりもお袋たちに連絡しないと。式場の準備は後回しでいいよな? あ、それよりもおなか触ってって防具つけっぱなしじゃダメか」


いそいそと手につけた防具を取り外しながら何をすればいいか考えるが、衝撃が強すぎたせいか思考が整理できずまず何をすればいいかわからない。

のんびりとしている暇はないと言うのは漠然とわかるが、さて何をすればいいのか。

そんな俺に、スエラが心配そうに今後のことを聞いてくる。

そうだな、子供ができるとなればやるべきことはたくさん出てくるだろう。

幸い稼ぎに関しては人並みどころか軽くその五、六倍は稼いでいる。

金銭面の心配はない。

まずは健やかに子供が生まれてこれる環境を整えねば。


「え、その、産んでもいいんですか?」

「え? 当たり前だろ。むしろ産んでほしいのだが」

「!?」

「ちょ、え、スエラ!!」


俺自身は反射的に正直に答えてしまっただけだ。

だがその影響で混乱していた俺の目の前でいきなりスエラの瞳に一筋の涙が流れる。

頭の中が整理できなかった矢先に急に泣かれ、俺が何かをしたかと慌ててしまう。


「ど、どうした、俺何か悪いことでも言ったか?」


自分が悪くなくとも、俺がなにか傷つけてしまうことを言ったのではと、スエラの肩を優しく掴み視線を合わせようとするが、そのまま俺に寄りかかるように抱きつきすすり泣き、俺の質問の返答も彼女は無言で首を振るだけで要領を得ない。

困った俺はとりあえず彼女が落ち着くまでポンポンと背中を叩く。

さてどうしたものかと、視線を彷徨わせていると自然とメモリアと重なる。

視線があった彼女は俺の何故という視線に応えるべく、表情を柔らかくしながら静かに口を開く。


「不安だったのでしょう、こっちの世界では子供ができた途端に切り捨てる男性がいると聞いていましたから」

「え? 俺って信用されていなかったのか?」


それなら、ショック以外の何物でもない。

しかしメモリアはそれを否定するように軽く首を振り否定する。


「次郎さんがそうだとは思いませんが、こちらの世界にもそういった男性はいるとこの本に書いてありましたよ?」


なぜスエラが泣いたかの理由を説明するようにメモリアはそっと空間転移で取り寄せただろう雑誌を見せてくれる。


「……情報が偏りすぎじゃないかね?」

「こちらの男性を知るにはこれがオススメだと同僚から勧められたのですが……」


間違ってはいないが間違っている内容に俺は苦笑するしかない。

いったい誰がそんなものを勧めたのか。

娯楽関係の雑誌というよりはスキャンダルをメインに扱う雑誌を目の前に出され、こっちの世界の男性が皆が皆そんな男だと思われるのはいささか不本意である。

しかもそれがスエラに影響を及ぼしたのならなおさらのことだ。

一般的に見ても子供を産むという行為は女性からしたら一大決心なのだろう。

そこには男が理解できる範疇を超える。

そんな領域の話でいささか偏った情報ではあるが、こちらの世界を知るにあたって手にとった一つの情報としてそれを知ったスエラが不安になる気持ちも分からなくはない。

だったら、その不安を取り除きそれを支えるのが男で、スエラからすればそれは俺の役目だ。

大丈夫大丈夫と、伝えるように手を背中に回す。


「それに、私たち吸血鬼もそうですがダークエルフも長命です。その性質だからでしょうか、本来であればこんなに早く妊娠することは珍しいケースです。だからなのでしょうか、妊娠自体がしにくい種族であるがために、種族的に出産という行為に対しては敏感になります。ですから」


それを手助けするようにメモリアはスエラの頭を優しく撫でる。

いつもは起伏の乏しいその表情も、今は慈愛に満ちた優しい笑みに溢れている。


「うれしいのでしょう。好きな人から、子供を産んでくれと言われたのが。ダークエルフは一途な種族だというのは私たちからすれば有名な話です。けれどもその純粋な思いの反面、その一途さが故に破局する話もよく聞きます。それは人とダークエルフといった別の種族同士での話が多いのですよ」


イフの話は想像するだけで怖い。

そんな経験は俺にもある。

もしかしたらという言葉はいい方向に捉える時もあるが、それと同じくらい悪い方向で捉えることがある。

それが今回の一件にはスエラは悪い方向での使い方だったのだろう。

ダークエルフの事情は俺も詳しく知らないがこのスエラの姿を見れば俺が想像しているよりもメモリアの話は身近で現実的な話なのだろう。

だから


「スエラ、子供の名前どうする?」


まだ泣く彼女の背を優しく撫でながら将来の話を振る。


「俺みたいな日本の名前もいいかもしれないが、スエラの世界の響きがする名前もいいよな。男の子なのか女の子なのかで名前も変わってくるし一緒に考えよう」


俺の胸の中で頷く彼女に優しく語りかけるように話せば、段々と落ち着いていてきているのがわかる。


「その前にスエラの両親に挨拶に行かないとな、もしかしたら親父さんにぶっ飛ばされるかもな。娘に何手を出してんだぁ!って」

「そんなことをしてきたら私が、父を、魔法で吹っ飛ばしますよ」

「お、頼もしいな」


なので少し戯れるように話を変えてみると、ようやくスエラはその顔を見せてくれた。

泣きはらし、目元は赤かったが彼女の顔は間違いなく笑顔だった。


「なら、これからのことを話そうか」


落ち着いたことを見計らって彼女の隣に座るようにベッドに腰掛ける。


「正直、俺も状況把握するので精一杯なのだが、スエラの体は問題ないんだな?」

「はい、私の体は問題ありませんよ」

「そうか、それならまずはひとまず安心なんだが……そうなると」

「次郎さん?」

「どうかしましたか?」


俺が考え込み始めたのを見て彼女たちは問いかけてくる。

しかし、今だけは少しだけ待ってほしい。

これからどうするかと言葉を聞かされ俺が真っ先に考えたのは結婚という言葉だった。

俺の目の前には二人の彼女がいる。

ダークエルフのスエラと吸血鬼のメモリア。

なりゆきであるが二人と交際し、一緒にいた。

既に隣に彼女たちがいるのが日常になっていると言っても過言ではない。

そんな彼女たちの片方だけを娶るという発想が生まれないのは俺もイスアル側の世界の常識に毒されたということだろう。

何も答えず、数秒の沈黙の後に結論を出す。

それを待ってくれた彼女たちのそれぞれの手を取る。


「スエラ、メモリア」

「はい」

「なんでしょうか」


正直、こういったことはもっと段取りを踏んで場と雰囲気を大事にしてやるべき行為なのかもしれないが、この場で言わずしていつ言うのかという話でもある。

俺ももうすぐ三十だ。

子供の話はいいきっかけなのかもしれない。

だから、男は度胸だ。

手を取り、その場に膝をつきじっと彼女たちを見上げる姿勢を取り。


「すまん、俺は不器用だからこんな言葉しか言えない。だから、はっきりと言う。……お前たちを手放すことはできない。俺は二人が好きだ。だから、俺と、結婚してくれ」


言い訳がましい言葉も挟んでしまったが勢いに任せて言ってしまった。

しかし、これは間違いなく俺の本心だ。

場所も医務室というプロポーズをするにしてはわけのわからない場所だし、結婚指輪どころか花束の一つも用意していない。

おまけに二人の女性に同時にだ。

普通ならビンタどころか、飛び蹴りをくらってもおかしくない現状だ。

それでも、俺の心は今言えと言っている。

医務室に行くまでは不安でいっぱいで、医務室に入ってからは驚愕の心で揺さぶられ、そのあとは嬉しさで満たされた俺の心は、今までにないほど緊張していた。

断られるかもしれない。

それでも俺は悔いを残したくない。

万全の状態でのプロポーズ?

そんなもの知るか!!

彼女たちを待たせるほうが俺にはできない。


「……」


左右の手の先から伝わる彼女たちのそれぞれの体温を感じながら俺はじっと彼女たちの返答を待つ。

目を伏せることなく、じっと二人の顔を見る。

スエラとメモリアは互いに顔を見合わせ、頷き。

俺に握られていない手をそっと俺の手のひらに添えるように重ねてくる。


「「はい」」


そして、彼女たちの短くも万感の思いのこもった優しく嬉しそうな返事が俺の耳に入る。

これが夢なら趣味が悪い。

これがもし、まだ前の会社で働いている俺が見ている都合のいい夢だというなら覚めないでほしい。

だって、こんなにも幸せだと、嬉しいと思った気持ちは生まれて初めてなのだから。

この思いが夢だとは言いたくはないから。


「「私たちを離さないでくださいね」」

「ああ!」


愛おしいという気持ちはきっと、今の気持ちを言うのだろう。

何よりも代え難い。

この気持ちを失えばきっと俺は埋め難い喪失感を味わうのだろうと確信できるほど、心の中を埋める温かな気持ち。

二人を抱きしめ。

抱きしめ返される。

その温かさと心の暖かさが繋がる。

そんな大切なモノを俺は今手に入れた。


「ああ……その、すまない。まずはおめでとうと言わせてもらうよ、そして感動の展開中なのはわかるし無粋なのも理解しているが、ここは医務室でね。できれば時と場所を考えてくれると私も助かるのだが」

「無粋だぞ~もう少しで面白いのが見れたのに」

「ダークエルフ万歳!! よくやったぞ!! 朗報だ族長!! 族長!!」

「「「あ」」」


ここで終われば締めは良かったのだが、本当に申し訳なさそうに医務室の奥から顔を出すリザードマンの医師と指笛でヒューヒューと冷やかす悪魔の医師、そしてその背後では朗報だ朗報だとどこかに念話を飛ばし騒ぎ立てるダークエルフの医師がいた。


「あ~、すまん。締まらなかったな」

「いえ、次郎さんかっこよかったですよ」

「一生に残る思い出になりそうです」

「それなら良かった」


そう言って笑い見つめ合う俺たちを見てまた咳払いをするリザードマンの医師に俺たちは苦笑するしかなかった。


「さて、とりあえずこれからのことを話し合おうか、別の部屋で」

「そうですね」

「ええ」


ここはいささか場所が悪い。

場所を移して今後の俺たちの未来を話そう。

目線で退院していいかとリザードマンの医師に問いかければ彼はどうぞと答えてくる。

それぞれの手を引き医務室をあとにする。


「次は私の番でしょうか」

「ええ、次はメモリアですね。頑張ってください次郎さん」

「そうなるようには努力をするよ」


俺にとって今日の出来事は、計画し会社を巻き込んだイベントよりもさらに大きいイベントだった。



田中次郎 二十八歳 配偶者有り

妻 スエラ・ヘンデルバーグ 

    メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士


今日の一言

緊張したが、やってよかった。


今回は以上となります。

これからも本作をよろしくお願いします。

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