109 苦楽を共にする、それは重要だが・・・・・
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
「また、やっちまった」
テンションに身を任せ、ノリと勢いで集団をまとめ、しでかした出来事にやっちまったと心の中で思う。
「まぁ、いいか」
やってしまったことは失敗でも、問題ない行動ではあったからまぁいいかと心の中で慰めつつ背後を振り返る。
未だ鳴り止まぬ大歓声。
というよりは、地竜を倒したという現実を受け入れた途端に感じた興奮が収まらないといった感じだ。
おかげで地竜を倒した後に閉ざされていた門は開かれたのにもかかわらず、だれもそこにめがけて走り出そうとはしない。
互いに互いの健闘をたたえ合い、地竜の屍を指差して笑い合っていた。
そこに打算などなく、この困難に立ち向かい達成した奴らの笑顔があふれる。
そこまではいい、むしろ俺的には満点な展開であった。
ああ、そこまでは良かった。
「お!! 兄貴が来たぞ!!」
だれが兄貴か。
師匠はヤクザも逃げ出すような鬼ヤクザではあるが、俺もそっちの方面に向けて貫禄を醸し出しているつもりはないし、醸し出している自覚もない。
だがしかし、それを否定する気力がわかない。
ヤンキー風のテスターの一声でざっと視線が歩み寄ってきた俺に集まる。
「……」
その視線にあるのは嫌悪感などではなく、純粋な尊敬の眼差し。
つい先日まで敵対心剥き出しだったはずのテスターたちの視線が、今では俺へ向ける視線がキラキラと尊敬の色で染まっている。
そしてそれが一人だけではなくパーティーメンバーや火澄たちを除いてテスター全員に見受けられた。
地竜を倒したという偉業を成し遂げた英雄に向ける視線。
なんとも言えないむず痒い感覚を味わわせてくれる。
それを否定する行為こそが空気を読めない行動だと言えるからだ。
「……お前ら走らなくていいのか? 一応形式はレースになってるんだぞ?」
そんな感覚を我慢し、話を逸らす意味でも疑問を口にする。
既にあの地竜のせいでテスター全員集合という形が完成し、体力や魔力の消耗に差が出てしまっている。
おかげでレースは形骸化してしまっているが、それでもなくなったわけではない。
あの監督官の目的はさっきの一戦で果たされた。
ならばおそらくではあるが、ここから先は計画通りの道が約束されているはずだ。
そして最初に説明した通り上位に入賞すれば褒賞も出る。
「「「「「「「あ」」」」」」
だからこそ、目の前のやつらがはしゃぎ舞い上がっているのが疑問だったのだが。
どうやら、地竜のインパクトはこのレースの存在すら忘れさせていたらしい。
その事実は一気に浸透していき。
「「「「「「…………」」」」」」
さっきまで互いに笑い合って肩を抱きあっていた者はさっと静かに距離を取る。
そしてそっと隠れるように足首を回す者や、残った魔力を回復させるように魔力を練り始める者。
多種多様に体調を整え始め。
十秒後には
「「「「「「「「お世話になりましたァ!! そして」」」」」」」
一斉にお辞儀をしてみせ。
「「「「「邪魔だぁ!!!」」」」」
「「「「「邪魔よ!!」」」」」」
それが呼び水となる。
昨日の友は今日の敵。
ついさっきまで手を取り笑い合っていた隣人は一瞬で敵になった。
魔力をたぎらせ、門になだれ込むように砂埃を撒き散らし一斉に駆け出すあいつらの背中を見送る。
「律儀なやつらだなぁ」
いがみ合っていたが、第一印象が悪かっただけで根はそんなに悪い奴らではなかったのかもしれない。
俺も俺で意地を張りすぎたかと、次に会ったときはもう少し柔らかく接するかと思いつつ胸ポケットに手を伸ばす。
取り出すのはいつも愛煙している幸運をもたらしてくれる銘柄だ。
海堂たちもその流れに乗って走り出してこの場に残っているのは、さっきの視線から解放されてのんびりとその場でタバコを吸い始めている俺だけだ。
なにせ俺がレースで勝つ必要性がまったくもってないからだ。
一位をとっても賞品がもらえるわけでもなく、褒賞が出るわけではない。
俺はいわばこのレースではお助け要員だ。
テスターたちが困ったときに補助役として送り込まれたに過ぎない。
ならばほかの問題を解決するために動けばいいのではという話になるのだが、全て監督官の手のひらの上ということだろう。
皮肉なことに、俺のやるべきことはさっきの戦闘でもう終わってしまっている。
ちらりとだが、神崎がほかのパーティーメンバーと仲良さげに会話をしていたのが見えた。
きっかけさえあれば問題は解決するということであろう。
なので俺は暇になったと言える。
このままここで待機していれば追加のモンスターと遭遇することとなり、連続で戦うことになる。
それは避けたいところだが、タバコ一本吸うくらいは余裕があるだろう。
「念話、だれだ? はい、次郎です」
『ちょっと次郎君いいかな?』
「? ケイリィさん? どうかしました? イベント進行でなにかトラブルですかね?」
そう思い、タバコを口に咥えたタイミングで念話がくる感覚が頭に響く。
普段の習慣で迷わず出てみると相手はなんとケイリィさんであった。
彼女は今実況をやっている立場だ。
なので手の離せない彼女から念話が来るのは不思議だ。
なにか緊急事態でも起きたか?
そっと、緊張感を強めつつタバコに火を点ける。
『ううん、イベントは順調に進んでいるよ。最初の戦闘のおかげで会場は大盛り上がりで、優勝候補のテスターたちが軒並み魔力を消費しているおかげでレースもいい感じに進んでる。問題はそっちじゃなくて別件よ』
イベント以外でトラブル?
あいにくとそのトラブルの原因になりそうな南と海堂はついさっき見送ったばかりだ。
やろうと思えば追いつけるが、やつらめまたなにかしでかしたか?
『スエラが倒れたわ』
「あ?」
ポロリと口元からタバコがこぼれ落ちるが、そんなことを気にしている暇ではない。
スエラが倒れた?
今朝会ったときはあんなに元気だったのに?
いや、きっと体調を崩しただけだ、冷静になれ。
そう言い聞かせるように思っても俺の体は正直だ。
大丈夫と思い込んでも背中に氷の柱をいれられたように寒気が走る。
「何があった! スエラは!?」
焦りは自然と行動にも伝播し、口調も自然と荒らげてしまう。
ケイリィさんに当たっても仕方ないとは理解していても冷静でいられない。
『落ち着きなさい! 私もさっき知って詳しくは知らないけど、命に別状はないらしいわ。医務室に付き添ってくれたメモリアがさっき教えてくれたの。私が知れたのも彼女が連絡してくれたからなの』
「メモリアが?」
メモリアという名前が出され、彼女がスエラのそばにいるならと安心感が俺の中から湧き出て少し冷静さを取り戻す。
冷静さがわずかでも戻った俺は自然と次に何をすればいいか思いつく。
「……ケイリィさん、ここから脱出したいのですが」
まずやるべきことは、レースからの脱出だ。
こんなことをやっている場合ではないと思い、最善の行動を進言する。
『そう言うと思ったからエヴィア様に聞いたけど、あいにくとそこのダンジョンに脱出用のゲートはないのよ。レース用に縮小したダンジョンなのが裏目に出ちゃったわね。なまじルールが固定化されちゃっているせいで融通が利かないの。そこから出るには普通に出口をくぐるしかないわ。監督官なら転移で一発なんだろうけど、残念ながら今は手が離せないのよ』
「っ!」
しかし、都合よく事が運ぶことはない。
どうにかできないのかと叫びたいが、このダンジョンを調整した監督官がそう言うなら設定されたルート以外で脱出することはできないのだろう。
「だったら」
『ええ、走って脱出するのが最短ルートよ。分かれ道はないわ、一直線で走り抜けなさい』
やれることは一つだ。
鉱樹を背中の固定具に納め、クラウチングスタートの姿勢をとる。
命に別状がなくともスエラが倒れたと聞いてのんびりとダンジョンを脱出している暇はない。
魔力の循環を高め今できる限界スペックを出せるようにする。
「了解……待ってろよ、スエラ!」
呼吸を落ち着け、体内の魔力に目を向けゆっくりと流れをはやめる。
流れは順を追って濁流となり、魔紋を駆け巡り始める。
それを整頓するように意識し、そして循環し高め荒ぶる魔力が安定した瞬間、グンと右足に力を込めて俺は全力で駆け出す。
足元の地面が砕け散り背後に飛び散ろうが関係ない。
今の俺はただ前に進むことだけを考える。
早く、速く、捷く、疾く。
風の壁をブチ抜き、色の壁をブチ抜き。
脳内処理が追いつかない視覚情報から色が失われ白黒になっても減速することなく物体の識別を優先し、障害物を避けながら駆け抜ける。
走っているテスターたちをごぼう抜きにし、ありとあらゆる罠や障害を脚力というステータスにものを言わせ無視する。
崖があるなら重力を無視し。
谷があるなら空を駆けるように。
罠があるなら発動する頃には既にその場所にはいない。
ただひたすら彼女のもとにたどり着くことだけに集中する。
「……」
その度に魔力の循環を早め、体が軋もうともお構いなしに強化を強める。
また一段、もう一段行けると体の限界を確かめつつ、それでも壊れるか壊れないかの境をぶっつけ本番で探りながら伝達神経の感覚を感じ取る。
そんな無謀な行動をとる自分がこんなにもスエラを大事にしていると自覚している瞬間であったが、こんな知り方をしたくはなかったと思い至り一瞬苦笑を浮かべるもすぐに口元を引き結ぶ。
降ってくる岩を落ちきる前に走り抜け。
迫ってくる槍を蹴り砕き。
一面に張り巡らせた魔力の網を勢いに任せ引きちぎる。
「スエラ、待ってろよ!! 今行くからなぁ!!」
もっと速く足を動かせ、手を力強く振れ。
あとのことなど考えるな。
彼女のもとにたどり着くことだけを考えろ。
門番のように立ちふさがるゴーレムを素早く背中の鉱樹を抜き一瞬の交差で切り刻む。
踏み込んだせいで僅かに減速した勢いを取り戻そうと再度姿勢を整え走り出す。
既に先頭を走っていた海堂は遥か後方だ。
走った距離からコースの内容も既に後半に入っているはずだ。
そう思わせるようにどんどん障害が複雑化している。
それでも精々が走る速度を減速させる程度だ。
むしろ速度に回していた魔力リソースが戻ってきたぶん柔軟に対応できるようになっている。
焦る気持ちを目の前の障害を処理する思考で埋め尽くし、ついに目の前にダンジョンの出口を視覚に捉えた瞬間、俺はギアを一気に最後の加速に入れる。
爆音と突風を巻き起こしながら減速など一切考えず、その光に飛び込んだ。
『トップで出てきたのはやはり田中次郎だァ!! 最後尾からの怒涛の追い抜きを見事に見せつけてくれました!! って!! ゴールしてるわよ!! どこ行くの!?』
ケイリィさんとは別のダークエルフの女性の実況が聞こえるが無視だ。
ゴールなど関係なくそのままダンジョンのイベント会場すらあとにする。
足の裏でドリフトし会社に戻るゲートに滑り込むように入り、そしてついに会社に戻ってきたら真っ先に医務室を目指す。
目的の場所の距離が目前に迫っているのにもかかわらず、一歩一歩の距離が煩わしい。
もっと速くもっとと切望するが、距離は変わらない。
速さをだそうにも、ここまでの道のりでの無理な身体強化が後半あたりから祟り始め体に限界が来ている。
魔力はあるのに綺麗に循環できない。
最速とは程遠い速度領域が俺を苛立たせる。
「っく!」
それでも歯を食いしばり、ラストスパートと駆け抜け医務室の前で急ブレーキをかける。
タイルとブーツが擦れ、甲高い音を響かせ急制動をかけた俺の体は横に滑る。
慣性が止まる前に扉のとっかかりに手を伸ばし無理やり止めた。
ここまで時間がどれくらいかかったかなんてわからない。
体感で時間が掛かり、遅くなったとしか理解していない。
それでも。
「スエラ!」
この一歩をもっと早く。
「次郎さん? どうしたんですか? そんなに慌てて、それに仕事は」
そう思って最後の力を振り絞って医務室に入ってみればベッドの上でのんびりとりんごを食べる元気そうなスエラの姿が見えた。
その隣には皮をむいたりんごの皿を保持するメモリアの姿もある。
二人共急に現れた俺に驚いたかのように目をパチクリとさせこちらを見る。
「スエラ? 倒れたんじゃ」
いたって平和なその光景に俺の頭は理解が追いつかない。
「ええ、ちょっと体調が悪くなった拍子に倒れてしまっただけですよ。そんな大げさにするほどのことでは」
「そ、そうなのかぁ。はぁ、よかった」
スエラが倒れて医務室に運び込まれた。
その情報だけで慌ててここまで走った俺はいったいなんだったのだろうか。
箱の蓋を開ければ大したことではないと言うスエラに俺の体は今までの無理のつけを払うかのように脱力する。
「はぁ、スエラ言いづらいのはわかりますがいずれ分かることです。彼も来たことですしちょうどいいでしょう」
「そうですけど……」
「言いづらいのでしたら、私の方から言いましょうか?」
「……」
「やっぱり何かあるのか!!」
しかし、その箱は二重底だったみたいで、スエラは意図的に何もないと口にしたらしい。
そして事情を知るメモリアから話が来る。
ぐわっと無理やり体を起こし顔を向けた方向には深刻そうな表情のスエラがいた。
「実は」
普段の彼女にはあまりない戸惑うような口調にやはり何かあったのかと思い側に寄ろうと立つ。
「何があったんだ?」
「……」
そのまま歩み寄りそっと手を取り彼女の瞳を覗き込む。
どんなことがあっても彼女を支えると決意した気持ちを伝えるように優しくも強くスエラの手を握り、じっと彼女の瞳を見る。
そのまま数秒彼女は沈黙したあと
「できちゃいました」
とんでもないことを口にしてくれた。
「できたって?」
「はい、あなたと私の子が」
「……ええええええええええ!!!」
理解するのに数秒。
驚く俺の気持ちの中で、裏でいたずらが成功した悪魔の笑みを浮かべるケイリィさんの姿が幻視できた。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
それすら吹っ飛ぶ何かがこの世にはある。
今回は以上となります。
これからも本作をよろしくお願いします。




