108 誰かがやるんじゃない、俺がやるんだ
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
啖呵を切ってから冷静さを取り戻させるひまを与えず間髪いれずに指示を出す。
「魔法使いは隊列を組め!! かく乱は弓兵と盗賊が二人一組でだ!! 前衛で戦えるやつは俺についてこい!! 切り込むぞ!!」
今まで互いにいい感情は持っていなかったが、今はそれは脇に置いておく。
そんなことよりも現状を打破するのが先決だ。
何をすればいいかわからない奴らには、何をやればいいか役割を与えてやるのが一番効率的だ。
混乱していても、優先順位の高い指示を出してやれば人間はある程度はその通りに動ける。
しかし、そこに無理だと言う思考は挟ませてはいけない。
無理というのはそれを拒否するという意思にほかならない。
そして一度思考を止めてしまえばそこから人間は動けなくなってしまう。
そうならないように、何か言おうとした輩を真っ先に封じ込めるために指示を止めない。
「死にたくなければ手足を動かせ!! 火澄!! てめぇはこっちだ!! 回復役は後衛の背後でバックアップに回れ!!」
前衛が海堂だけの俺のパーティーで稼げる時間は少ない。
急げ急げと頭の中で叫ぶが、同時に慌ててはダメだとも自分に言い聞かせる。
あっちこっちへ職種ごとに動きまわるテスターが行動を終えるまでしっかりと待つ。
総勢三十名と少し。
職種ごとに分かれついに戦う準備ができた。
「準備ができたな!!」
あちらこちらから頷くなり返事するなり返事が返ってくるのを見届け、俺の後ろにいる火澄の顔を見ればその整った顔に緊張の色が見える。
いや、大半のテスターたちに緊張の色が見える。
なにせこれから戦ったこともない強敵と戦うのだ。
それも連携もとったことのない仲間と一緒にぶっつけ本番だ。
不安要素が心の中で飛び交っているのだろう。
それでも戦う姿勢を見せたテスターたちはやればできると思わせてくれる
「おし!!」
そんな奴らの前で俺はまず笑顔を作る。
獰猛で今から戦うことを楽しむような笑みではあるが、笑顔というのは緊張をほぐす効果がある。
なにより安心感を与えてくれる。
そんな元気よく発した俺の声で、テスターたちの視線は俺に集まる。
訳もわからぬまま戦うことになった状況に、未だ本当に戦うのかと及び腰になっているテスターもいる中では、少しでも弱気の態度を見せられない。
不安は極力排除する。
「さてお前ら、地竜狩りの時間だ!!」
最初にやることを提示する。
今からやることは大それたことではないと匂わせるように簡単に言う。
「そこまで緊張するような相手じゃない。なにせさっきまで俺ともう一人で抑え込めてた。なぁに、ここまで人数がいるんだ油断しなければ余裕だろうよ」
昔の俺ならここまで目立つような行為はしなかった。
それに、こんなハッタリも言わなかった。
俺の目算では相手の戦力は俺たちテスターの総戦力よりも僅かに下回る程度。
監督官の計算高さが垣間見える。
しかし、油断しなければ倒せるのも事実だ。
「あ、あのう、本当に勝てるんですか?」
「ああ、余裕だ余裕」
心配そうに質問してくるテスターに淀みなく答え、背を向ける。
直に海堂たちにも限界にくる。
今は海堂とアメリアの機動能力と北宮の魔法によって押さえ込んでいるがそれも長くは続かないだろう。
それまでに準備を整えねば。
ドンと派手な音が聞こえ、一瞬視線を向けると地龍が激しく足を振るい海堂に襲いかかっていた。
助けに行きたいと思う衝動を振り切るようにテスターたちを見る。
「いいか!!やることをは単純だ!! 今から説明するそれを頭に叩き込め!! そうすれば勝てる!!」
わずか数分で考えた地竜狩りの方法を手短に説明していく。
そのせいで作戦はシンプルになってしまったが、逆に今の状況からすれば単純な方が都合がいい。
そして勝てる算段となれば弱気な態度というのは段々となりを潜めていくものだ。
順々にやる気が目にこもる。
これからやる大仕事に期待を抱く者も現れ始める。
さっきまで混乱していた集団は、まとまりを見せた。
「内容は理解したな!! 始めるぞ!!!!」
「「「「おう!!」」」」
流れに任せた荒業でテスターたちを丸め込むのを成功させる。
「盗賊部隊は奴らの脇に周り海堂たちに撤退の指示をだせ!! 出したあとは所定の位置に!!」
「「「はい!!」」」
男女混合の盗賊部隊に伝令を任せる。
壁を這うように少々遠回りになっても地竜に見つからないように走っていく彼らを見送る。
盗賊部隊には基本的に周囲の監視と伝令、そしていざとなった時に目くらましで煙幕を張るように指示を出している。
「海堂たちが撤退を始めたら第一魔法部隊は魔法の掃射だ!! 倒せなくていい、あいつらを海堂たちから引き離せ!!」
「「「「「「はい!!」」」」」
「その間に第二部隊は最大火力の準備だ!!」
「「「「「「おう!!」」」」」
そしてテスターの大半を占める魔法使い部隊は半分にわけ牽制と打撃部隊に分ける。
効率が良く細かい魔法が得意な人員を牽制に、逆に効率は悪いが威力の高い魔法が得意な人員を打撃部隊に回した。
「弓部隊は狙撃の準備だ! 徹底的に頭のみを狙え!! 奴らの注意をこちらに向けるんだ!!」
「「「「はい!!」」」」
弓部隊は相手の攻撃を阻害させる。
人数が少ない分さほど攻撃力には期待できないが、その分頭に攻撃を集中させることで相手が嫌がるような攻撃をメインにする。
いかに強靭な肉体を持つ地竜といえど眼球までは鍛えられないはず。
「回復部隊は海堂たちの保護だ!! 回復させ次第順次部隊に合流させろ!! 各部隊に配属された回復役は適宜対処、魔力の把握を怠るな!!」
「「「はい!!」」」
回復役は一部隊を作り、残りは各部隊に随伴させた。
回復するのはもちろん、魔法使い部隊に随伴させた人員には攻撃ペースの調整役を任せた。
魔法を撃ちすぎて魔力切れを起こし攻撃の手を止めるのを避けるためだ。
「ドラゴンがこっちに向かってきます!! その前に戦っていた彼らが走っています!!」
始まった。
盗賊部隊の伝令がうまくいったのだろう。
俺の目になりふり構わずこちらに向けて全力疾走してくる海堂たちが見える。
なにせ倒せない相手と戦っている途中で逃げていいと言われたのだ。
海堂はもちろん魔法使いの北宮ですら惚れ惚れするほどの見事なスプリンタースタイルを見せている。
全員の離脱が始まったのを皮切りに戦いを始めよう。
「よし!! 第一魔法部隊攻撃準備!! 構え!!」
やることはいたってシンプルだ。
徹底的に魔法で打撃を与える。
そのためにほかの人員は地竜の足止めに回る。
弱ったところで俺の一撃で決める。
シンプルイズベスト。
逆に言えばこれくらいの作戦しか取れないとも言える。
「あの監督官のことだ、時間をかけた分追加でドラゴンを用意してくるぞ!! こいつらは速攻で沈める。気合入れろ!!」
「「「「「お、おう!!」」」」
だが迷っている暇はない。
この強制戦闘、暗躍したのは監督官で間違いない。
なら、ここで時間をかけるのは得策ではない。
ヘタをすればこれ以上のものを笑顔で投入してきそうなお方だ。
それを回避するために全力で行かねば。
俺の激に魔法使い部隊は背筋をピンと伸ばす。
それくらいテスターたちの中で監督官の印象は共通している。
曰く、あの監督官ならやりかねないと。
次から次へと飛び交う魔法の雨あられ。
強化された俺の視界では煩わしく思うも、それでも多少動きが鈍った程度で突き進み始める地竜たちの姿が見える。
「弓士攻撃開始!!!! 続けて第二魔法部隊は魔法の準備だ!!」
「「「!」」」
効果が薄いと判断するやいなや、弓の攻撃を指示する。
距離にして二百メートル強、通常の弓なら山なりでも届かない距離であるがそこはファンタジー。
慣性の法則など無視し、矢はありえない速度で直進し地竜の顔に当たる。
的は大きい、その特性を生かした嫌がらせは効果的だ。
魔法の隙間を飛んできた矢で視覚を狙われうまく進めない地竜たちの速度はさっきよりも格段に落ちる。
「はぁ!! 死ぬかと思ったっす!!」
「はぁはぁはぁ、本当よ」
「これが負けフラグ戦闘でござるか」
「おまえは、俺に引っ張られてただけだろうが!!」
「う~手が痺れたヨ。なんで、あんなに硬いノ?」
『ドラゴンだからね。特に地竜は鱗の硬さに定評がある』
その隙に海堂たちが合流してくる。
各々ボロボロになりながら倒れこむように合流してくる。
その姿からどれだけ苦戦したかを物語っている。
「おつかれさん。休憩したらもう一回戦ってもらうからそのつもりでよろしく」
「「鬼っすか(でござる)!?」」
「あいにくとまだ人間だよ。無駄口叩かないでさっさと休め。回復部隊治療を! 第二魔法部隊は準備でき次第放て!! 魔力量は気をつけろよ!!」
それでも休ませる戦力は今の俺たちにはない。
海堂たちを治療させて、俺はとなりを見る。
「さて、火澄。覚悟はできたか?」
「はははは、本当にやるんですか?」
「もちろんだ」
イケメンは顔面蒼白でもイケメンだね。
本格的な魔法戦になっても地竜の鱗は貫けない。
ダメージは入っているが微々たるもの。
動きを完全に止めたが、それも防御姿勢をとっているせいでダメージが通りづらくなっている。
決定打が必要だ。
その役割を務めるのが俺と火澄と海堂というわけだ。
「なに、失敗しても俺がカバーしてやるよ。気楽に行け気楽に、それに言うだろう?」
「? 何をですか?」
「昔から男は女の前では格好をつけるもんだって」
俺が地竜を倒すには大技が必要になる。
それも二体同時に倒すならなおさらだ。
なので、二人には二頭の地竜を釘付けにしてもらう必要がある。
だがこのまま行けば失敗する可能性の方が高い。
「後ろ、見てみろ」
ガチガチに緊張する火澄の肩を叩き後ろを指差してやれば、度々心配そうにこちらを見る火澄の相方の姿が見える。
それを見て、火澄の顔つきが変わる。
「おし、いい顔だ、気合入れてけ」
「はい」
それを見届けた俺も準備に入る。
既に鉱樹は俺の腕に根を張らせ戦闘態勢に入っている。
魔力の高速循環も始まっている。
「海堂もう一仕事だ。行けるな?」
「う~っす。最近先輩の無茶振りに慣れてきた俺がいる気がするっす」
「そんなの昔からだろ?」
「そうだったっす」
回復が終わった海堂に声をかけて、苦笑一つでついてきてくれる海堂を見ると助けられていると思わされる。
さて突撃の準備は終了だ。
「さてと、竜狩りするぞ」
「はい」
「うっす」
頷くように自分に言い聞かせるように、すっと足元に力を込める。
ここで決める。
不退転の覚悟で俺たちは駆け出す。
魔法は止まらない。
止めたら地竜たちが暴れるからだ。
そんな近づけば近づくほど爆心地を創りだす魔法の雨を縫うようにかける。
「気づかれたぞ!! 加速しろ!!」
「「っ!!」」
そして魔法の絨毯爆撃には俺たちを隠すという役割もあった。
限界まで近づき不意を打つための一手は驚異的な地竜の感覚の前に敗れた。
だが、それでも。
「間合いに入ればァ!!」
俺からすれば間合いに入り込むには十分な距離を稼げたと言える。
天井に届けと願わんばかりに地面を踏みつけ跳び上がり、脈動し魔力を高速循環させる鉱樹を上段に構える。
切れる。
その感覚を研ぎ澄ます俺の目には、口を大きく開け魔法にさらされながら俺の一撃に抗うためにブレスを吐こうとする二体のドラゴンの姿が映る。
威力を散らさないように魔力制御をしている今の俺は鉱樹を振り下ろす以外の動作は取れない。
自由落下に身を任せる現状で、ブレスを回避するすべはない。
このまま行けばまず間違いなく、俺は消し飛ばされる。
そう、このままなら。
「はぁ!!」
「隙ありっす!!」
俺の魔力と魔法の影に隠れた二人は地竜の巨体を駆け上り、その巨体の瞳にそれぞれの剣を突き立てた。
ガァァァァ!?
ギョォアアアアアア!?
突然の痛みに暴れる地竜、離脱する二人を確認した俺は。
最高の一撃を
「終われえええええええええええええええええええええ!!!」
振るい、その二体の首を確かな手応えとともに。
ズドンズドン
切り落とした。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
着地と同時に、鉱樹を掲げ、正面に崩れ落ちる地竜たちを見てテスターたちは雄叫びを上げた。
「なんとかなったな」
ぶっつけ本番、付け焼刃。
言い方はいろいろあるも、どうにかなった俺は一連の流れにほっと一息をこぼす。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
やるしかないならやるだけだ。
今回は以上となります。
これからも本作をよろしくお願いします。