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106 周知は徹底せよ

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士




「ふぅ」


さて監督官はああ言ったが俺はまず一服だ。

あんな戦いを見せつけられたのだ。

戦いに身を置いた自分の興奮を抑えなければ冷静に物事を対処できない。

口元に浮かぶ笑みが止まらない。

なんだあの戦いは。

まるで自然災害そのものではないか。

エボルイーターや俺たちの訓練の時とは違う対等な力を持った者同士の戦い。

ああ、なんて昂ぶらせてくれる。

肺に染み渡らせるように紫煙を吸い込み吐き出すことでようやくその昂ぶりも落ち着きを見せてくれるが、完全には収まらない。


「はぁ、さてと楽しいことばかり考えているわけにはいかないか、仕事仕事っと、まぁやることはシンプルでいいんだがな」


興奮を名残惜しく感じるも、この身は社畜だ。

仕事をサボればロクなことにならないのは身に染みている。

何をすべきか頭の中のスケジュールと照らし合わせて、いざやろうとすべきなのだが。


「その前に雑事を片さないとな」


今回のレースで俺自身はダンジョンに送られたがまだスタートを切れない。

なにせステータスが頭一つどころか二つ以上飛び抜けている身としてはハンデを設けなければ勝負にすらならないのだから。


「なぁ? そうは思わないか?」

『グゥルゥゥ』


さっきから低く唸り声を上げる狼のような頭を持ち体は熊、そして頭とは別の意思を持つ蛇の尾をもつまだ名も決まらないモンスターに声をかける。

そして会って早々、暗に雑魚呼ばわりしたせいで機嫌は見るからに悪くなっているところを見れば知能も悪くない。

転送先にモンスターがいるのは知ってはいたが、監督官も随分と俺を買ってくれているようだ。

このモンスターはダンジョンの深層部に配置される予定のモンスターだと研究室から聞いている。

俺にぶつけるにはちょうどいいと言っていた気がする。

おまけにコイツを倒してもショートカットはできないと来た。

最奥に押し込まれて、こいつを倒さないとスタートできないとなると俺の遅れはいったいどれくらいになることやら。


「ま、関係ないか。貯めていいのは貯金と知識のみだ。仕事はさっさと片付けるとしよう」


なにせレースに参加する以外に仕事を仰せつかっているのだ。

それが終わらなければ俺はゴールできない。

一つの仕事に手間取っていてはいつになっても終わらない。


「おら、かかってこい」


もしかしたら答えが返ってくるかと思ったが、そんなことは起きず。

姿勢を低くし跳びかかる動きを見せてきた。

それを少し残念に思いつつも鉱樹の柄を取り挑発するように手招きすれば、それが戦いの呼び水となりモンスターが襲いかかる。


「ん~、速さはそこそこ、海堂ならギリギリ躱せるか躱せないかといったところか」

『グルアアアア!!』


素早く飛びかかってきて、喰いちぎらんと大口を開けてきたモンスターに対し、一歩脇に逸れるだけで躱す。

その一瞬の交差だけで俺はおおよその相手の力を察することができた。


「となると、力はかなりあるか?」


さっきの踏み込み、飛びかかってから交差するまでの速度から力を算出する。

流し目で相手を見送り、俺は片足を軸にしてその場で向きを変える。

向かい合うように調整した視線の先に相手を捉えるように位置どる。

そんな相手はと言えば、飛びかかった勢いを衰えさせず着地と同時に無理やり姿勢を変えてそのまま飛びかかってきた。


「獣だからできる技だな、人間なら腰を痛めるぞ」


柔軟性の高さに感心しつつ、攻撃力を確かめるべくモンスターの攻撃をあえて鉱樹で受ける。

ガチガチと牙と鉱樹が擦れる音を耳にしながらズルリと地面と足が擦れる感触から大体の威力を測る。


「もう少し強くてもいいだろうが、どちらかといえば特殊能力を添えたほうが効果的かもな」


体重も加算し腕にそれなりの重量がかさむが片手で鉱樹を切り払うだけで吹き飛ばすことができる。

これに電撃でも付加されていたらもっと対応を変えねばと思い、それを報告書に書くかと頭の隅にメモする。

そして、グッと相手の体を押しのけながら一閃する。

当てる気はないが、当たれば儲け物程度の斬撃だ。


「反応はいいな。攻撃力もありそうだな。おまけに知恵もあるか」


それを獣の直感で察したのか、前足で飛び退き躱してみせた。

その対応の良さはなかなかのもの、そして戦意も上々だ。

怯むことなく再び飛びかかり、今度は鋭い爪も組み合わせ襲い掛かってきた。


「もう少し攻撃パターンが増えれば厄介か?」


タバコを一口吸い上げ、紫煙を揺らしながら振るわれた腕に隠れて襲い掛かってきた蛇の尾を踏みつけることで防ぎ淡々と評価を下す。

ダンジョンを守護するにふさわしいか。

あとで報告書を出す必要があるので手は抜けない。


「次は防御面だが、一撃で終わりそうだな」

『ガァァァ!!』


魔力を巡らし、毛皮自体が鉄よりも硬くなっていそうだが所詮は鉄並みだ。

切れないことはない。

加減してもいいが手負いの獣は厄介だ。

ここは素直に終わらそうとする。


「総評すれば、数が揃えば厄介だが個体としては上の下といったところか。攻撃力はなかなか素早さもあるが防御に難アリっと」


襲い掛かってきたモンスターを今度は躱すことなく迎え撃ち、爆発させるように魔力を回し交差する一瞬。

俺は一歩だけ踏み込み鉱樹を横に振るい、あとは相手が慣性の法則で後ろに流れる。

それで終わりだ。

ズルリと背後で名も決まっていないモンスターの体が横にずれ、最後はズンと重い音があたりに響く。


「さてと、出遅れたがどれくらい離されたかね?」


動く様子のないモンスターに一瞥をくれて鉱樹を背中に戻し、トントンと足の具合を確認した後、ダンジョン内を走り出す。

グングンと洞窟の道のりを走りぬけるが


「っと」


すぐに足を止める。

ダンジョンと言っても、その中の構造は今までと全く異なる。

断崖絶壁に底が見えない谷に、入るのをためらわさせる沼、蔦が暖簾のように垂らされ一種の障害物競走になっている。

今回のレースは新しいダンジョンの構造テストにもなっている。

効果的に妨害できて防御に向いている構造を模索しているのだが……


「飛行魔法で一発のような気がするのだが」


トントンと障害物を攻略しながら時折落ちてくるタライを避ける。

洞窟内ではあるが、広大な空間だ。

その全ての障害が空を飛ぶという行為でクリアできてしまう。

そのことに突っ込まずにいられない。

これなら純粋に迷路にしたほうが効果的な気がする。


「っと、これでこのエリアはクリアか?」


脚力だけでクリアしたエリアを振り返りつつ先に見える上りの洞窟を発見する。

次の階層まで走り抜くのに十分弱かかった。

最初の戦闘時間を含めればおおよそ三十分だ。


『モンスターを一部解放します』


「ここでか、さっきみたいなやつだったら楽だと……」


そろそろ、モンスターの解放時間だと予想していたが、ちょうどそのタイミングに重なったみたいだ。

どこから来るかと振り返って探したことを俺は後悔した。

ダンジョンの奥から何かが現れた。

その現れた何かをそっと目を凝らすように見てそれが何かとわかった瞬間に俺は全力で駆け出す。


「おいおいおいおいおいおいおい、これは卑怯じゃないかね!!」

『ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


獲物を見つけた食物連鎖の頂点は雄叫びを上げてその足を動かす。

そう、ついさっき火をつけたばかりの吸っていたタバコを放り投げてまで全力で駆け出す。

もったいない?

命の方が大事だぁ!!

ゴーレムに始まり、ゴブリンやゾンビはたまた奇怪な虫など様々なモンスターを相手にしてきたが、あの監督官やってくれやがった。

俺だけがこのイベントの裏を知らされていたと思わされていたが、あの悪魔がそんな生ぬるいことをするわけがなかった。

切る切らない以前の問題だ。

あんなものと戦うことを選ぶこと自体が間違っている。


「なんでドラゴンなんて投入しているんだ!!」


俺の悲痛な叫びはおそらく監督官も聞いていることだろう。

翼はないが屈強な黒鉄の鱗に覆われた四足歩行のありとあらゆるファンタジー世界では代名詞になる存在に対して俺の直感は最大の警報を鳴らす。

このあとも仕事がある身としてはここでの選択は撤退あるのみ。

背後から感じる魔力は教官たちには及ばないが、まともに戦って勝てる相手ではないと俺に知らせてくれる。


「舐めんなよ!! 逃げることに関しては一番最初に身につけた技術だおラァ!!」


なるほど、これならだらだらとしたレースにはならないだろう。

駅伝のようにタスキが繋がらなければ走者はスタートしてしまうのと一緒で、遅れてしまうテスターはあのドラゴンに踏み潰される仕組みになっている。

おまけに


「ほかのテスターを蹴落せば時間稼ぎができるってことかよ!」


より最速でダンジョン内を駆け抜けようと心がけ、障害を避けて最短距離を選択し走っているつもりなのだが、背後のドラゴンと一向に距離が広がらない。

そのあまりにものテスター専用のサーチアンドデストロイぶりに、あのドラゴンの意図を察してしまった。


「あの悪魔は俺に仕事をさせる気があるのかよ!!」


あまりにもガチな存在を差し向けてきた悪魔に向けて思わず悪態をつくが、すぐにそんなもの関係ないと言わんばかりにあざ笑う悪魔の笑顔が想像できてテンションが少し下がる。

これでは裏で手を回し、連帯感を出そうとした俺の計画が破綻する。


「ちくしょう!!」


文句を言っても現状は変わらない。

なればこそ、いかにして妙案を頭からひねり出し実行するかが現状を打破する鍵になる。


「っち!」


魔力の膨らみを背後に感じ、視線を背後に向けることなく直感に身を任せる。

飛んできた特大のブレスに咄嗟に岩陰に身をすべり込ませることでそれを避ける。

背中に感じる熱をやり過ごし、再び駆け出す。

距離はあるが、このまま行けば追いつかれるのは時間の問題だ。

それでも今はただ走るしかない。

一層、二層、三層といくつもの階層をただひたすら逃げることに費やす。

車以上の速度で繰り返す鬼ごっこは、このまま出口まで続くのではと思い始めた時、俺はついに他のテスターの最後尾を捉えた。


「いや、あれは」


強化された眼が遥か先に人影を捉えたが、それは最後尾ではなかった。


「テスターが全員いるのか!?」


さっきまでいた闘技場を彷彿させるような広場で俺以外のテスターたちが立ち往生していた。

進行方向から察して出口と思われる頑丈な鉄格子を前に幾人ものテスターたちがいる光景を見て、このあと起こるであろう光景を想像する。

このまま行けば数分後、遅くても十数分後には後ろにいるドラゴンはあの広場に到達する。

そうなれば、通路が封鎖されている広場でモンスターと遭遇すれば、起ることは一つだ。

食物連鎖の頂点ドラゴンによる蹂躙劇が始まる。


「あ? 強制戦闘? ああ!! そういうことか!! ああ、クソやられた!! あの悪魔、土台そのものをひっくり返しやがった!」


俺は監督官の意図を理解する。

このレース自体が仕組まれたものだ。

それを理解させられた瞬間に俺自身も騙されていたことに気づく。

最初っから監督官の手のひらで踊らされていたことを悟り、ため息を吐きたくなる。

今回、テスターが挑むものはレースではない。

挑むのは


「くそ!! 協力してこのドラゴンを倒せってことかよ! 監督官!!」


討伐イベントだ。

おそらく俺の背後から追ってくるドラゴンの強さはテスターたちが力を合わせれば倒せる強さに設定されている。

そして、このことを隠し俺だけに裏方を命じた意図は


「おまけに面倒な仕事を押し付けてきたなおい!! テスターをまとめろってことか!!」


このまま行けば全滅する。

テスターの連携の悪さを少しでも改善するために企画したイベントが、気づけば完全に別のものに入れ替わった瞬間であった。


「ああ!! くそ!! やってやるやってやるよ!!」


反骨精神を全開にし、このイベントを乗っ取ってくれた悪魔に一矢報いるために、このあとの出来事をどう運ぶか全力で考えるのであった。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士


今日の一言

糖分を要求する!!


今回は以上となります。

これからも本作をよろしくお願いします。

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