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105 予定の変更は迅速に

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士



ケイリィさんに指示を出した俺は手早く部屋をあとにする。

彼女にも仕事があるし俺もすることスケジュールがある。


『業務放送、業務放送。まもなく将軍による模擬戦が実施されます。テスターは各人観戦場所に移動してください。繰り返します』

「さっそくか」


本来であれば映像でいいはずの模擬戦を目の前で見る観戦にしたのにはワケがある。

映像よりも極地に至る戦闘を肌で体験してほしいからと願う現場思考に基づく理由だ。

仕事のモチベーションを維持するにあたって目標が見えるのと見えないのとではモチベーションに差が出る。

終わりが見えない仕事というのは精神を本当に削る。

それがダンジョンの改善という答えのない答えを求める業務であるなら尚更だ。

ならばせめて強さというハードルを与えてやりたい。

ここまで強くなり、その強さを防げる最低基準を見せたい。

そうすれば少なくとも身内同士で争うことは無駄だと知らしめることができる。

そう思ったから今回のイベントにこの模擬戦を組み込んだ。

だが、それでもその無駄なことを考えるような輩が出るというのなら。


「いや、今それを考える必要はないか」


降って湧いたかのように出てきた思考を頭から追い出すように頭を振り、頭上から聞こえてくる放送に従い俺は俺の席に移動する。

闘技場は相対するモンスターの大きさや能力から繰り広げられる戦闘の規模からしてだいぶ広い。

余計なことを考えて足を止めていては観戦に間に合わなくなってしまう。

立ち止まった分の遅れを取り戻すために少し早く歩くこと時間にして十数分、闘技場をぐるりと囲む長い廊下を歩いた先にある観戦席の入口に入ればその中の光景も目に入る。

広さ的には東京ドームと同等かそれ以上だ。

その一面を土で踏み固められ、一切障害物のない広大な土地を作り出していた。

映像とは違ったただ戦うだけのための場所の雰囲気がジワリと肌にまとわりつく。

左右を見れば広大な観戦席の中でテスターたちの姿がちらほらとグループを組んで席に座る。

他に観戦者はいない。

なので広大な観戦席は九割以上空席となり寂しい光景となる。

そんな場所に立つ四人となれば、観戦席から見える四人の将軍たちの内二人が巨躯でも小さく見える。

だが、それでも寂しいとは口に出すことはできない。


「……くっ、キオ教官楽しむ気全開だな。闘技場、壊れないよな?」


思わず苦笑がこぼれてしまうのは仕方ないことだろう。

なにせ心配事を口にするほどに感じ取れるこの圧迫する馴染みの気迫を浴びているのだ。

その元を辿り、距離など関係なしに闘気を滾らせる鬼を見つけてしまえば苦笑一つ残し一歩でも観戦席に踏み込むのをためらってしまう。

といってもためらうのは一瞬だ。

慣れた空気など気にせず俺は一番先頭の席に席を取る。

他のテスターたちは少し及び腰で一番前より少し距離をとっている。

そして更に近づいたからこそわかる。

ゆらりゆらりと可視化できそうなほどたぎらせた闘気はこのイベントを、それほどにまで楽しみにしているということなのだろうな。

企画した身としては嬉しい限りではあるが、このあとに来る衝撃波を考えればできれば加減してほしいといった嬉しさ半分心配事半分といったところか。

視線をずらし他の面々に視線を向ける。

フシオ教官は相変わらず闇の底から出てきそうなオーラを吹き出して危険物が歩いているような雰囲気を醸し出している。

しかしこちらはこちらで全力で戦うつもりはないというのがわかる。

キオ教官と正反対で闘気というのがあまり感じられない。

前に聞いたがアンデッド系列の魔法は使ったら最後加減など関係なしに命に関わる魔法が多すぎて模擬戦には向かないとのこと。

そこに安心するが逆に言えばそれ以外は全力で使うかもしれないという心配事は残る。

そして、今回俺は戦う姿を初めて見る樹王と巨人王の二方といえば……


「……闘技場の心配するだけ無駄か、壊れても問題ないようにダンジョンでやるわけだしな。問題の教官たちは相変わらずだが、もう一方も心配とは無縁で、おまけに静かとは口が裂けても言えんわな」


視線を向けただけで鳥肌が立つのを抑えられない。

キオ教官を荒ぶる大火、フシオ教官を底の見えない黒霧だと例えるのなら。

二人の静かにただ時を待つ姿は差し詰め地面に根を張り巡らせた大樹と絶体不動の岩山と言ったところか。

樹王ルナリアは静かに手を前で組んで佇み、巨人王ウオーロックは目を閉じ腕を組むだけなのに気迫が伝わってくる。

受身の姿勢であるにもかかわらず負けず劣らずその格を示している。俺からすればキオ教官の闘気は押し寄せる濁流だ。

それをまるでそよ風を受け止めているがごとくその場に立っている。

これだけで見る価値があると思わせる立ち姿だ。

そんな四人が揃い戦う模擬戦がどんな展開になるか想像もつかない。


「一応、吹っ飛ばされないようにはしとくか」


想像できないということは何が来るかわからないということだ。

だが、少なくともこちらに少なくない被害が出るのは確かだと心の中で覚悟を決める。

他のテスターはあくまで祭り気分でこの場所に来ているのだろう。

それを後悔しないことを祈りながら魔力を回す。


『時間になりましたので、これより将軍による模擬戦を開始します。結界を展開します』


運営による放送が流れ、一瞬だけ観戦席の前が光で覆われる。

そして何事もなかったようにまた同じ光景が広がるが、目の前の光景には確かな魔力壁があるのが感じ取れる。


『カウント入ります。総員対ショック姿勢を取ってください』


これから起こるであろう光景を知るケイリィさんの忠告に、何を言っているのだと疑問を浮かべる幾人かのテスターを脇目に俺は忠告に従い吹っ飛ばされないよう若干姿勢を落とし衝撃に備える。

そして


『3、2、1』


カウントは進み。


『ゼロ』


と声が聞こえた瞬間に


ドン!!

「んぁ!?」

「ひぁ!?」


結界とテスターが悲鳴を上げた。

バァンという音が結界に衝突し、バリバリと歪む音が結界から聞こえた。

そして背後から悲鳴が聞こえる。

アニメとかで爆発の光景が見えたあとに爆発の音が遅れて聞こえるといったシーンがあるが、それを体験したことはなかった。

カウントが終えた途端にキオ教官が巨人王に殴りかかったのはわかった。

それをやにわに取り出した盾で防いだのもわかった。

だが、そこからは理解の範疇を超えた。

これが頂点、テスターの何人かは何が起こっているか理解できていないだろう。

俺も全体を俯瞰しているからなんとなく把握できているだけだ。

それでも


「ははは、スゲェ」


この迫力は何よりも俺の心を打った。

思わず溢れる感嘆は俺の素直な気持ちを表したものだ。

攻防はキオ教官とフシオ教官の組が攻め立て、巨人王と樹王が防ぐという形に収まっている。

だが、それも一方的というわけではない。

全力の証である素手のキオ教官のラッシュを巨人王が防ぎ、その隙を突こうとフシオ教官が魔法を放とうとするが、そのことごとくを樹王の精霊たちが打ち消している。

短期決戦と長期決戦の対決だ。

互いの性格と戦い方が如実に表れている。

先を見越して体力を温存している組と、目の前の敵を全力で倒す、その組み合わせの戦闘がこれだった。

互いの得意な分野での戦いに俺は魅せられた。

鬼の拳が空気を砕き、巨人の盾を揺らす。

僅かな隙間に潜り込ませた鬼王の拳は吸い込まれるように巨人王の腹に食い込んだが、それを身に受けた当人は顔色ひとつ変えずに、俺なら両手で構えるような大斧を振り下ろした。

それを鬼は紙一重で躱すが衝撃波がその身を襲う。

そんな暴風を中心にし、更にその周囲を嵐が覆う。

黒く染まった火が、水が、風が、土が鬼ごとその場を覆うように放たれても、紅き炎が、蒼き水が、翠りの風が、豊かな土がそれを阻む。

その一つ一つは基本でも、その一つ一つが高次元にまで磨かれている。

互いの体を宙に浮かせ不動の姿勢で、将棋を指しているかのように次から次へと魔法を準備し打ち出している。

目が離せない。

見ることは叶わなくても、一つの動作を見届けたい。

また一つ衝撃が伝わるごとに結界が軋みを訴える。

戦闘余波の威力に意思のない結界が物理的に音を鳴らし、そろそろ限界だと伝えてくるが、それでも彼らは止まらない。

そしてその音が俺の耳に入り、危ないともわかっていても俺は見るのをやめられない。

ただただぶつかる。

ただただ見る。

そしてついに

パリンと結界が砕け散る。


「おっと!」


そしてモロに衝撃波を浴びる。

咄嗟に姿勢を下げて、鉱樹を突き立てることで俺は耐えることに成功する。

最後に見えたのはキオ教官が巨人王の盾を打ち付けたところだった。


『そこまで!! そこまでです!! 両者止まってください!! もう結界は!! ああ!! もう!! エヴィア様!!』


結界が砕け散ってからずっと叫んでいたケイリィさんの声が俺の耳にもようやく入ってきた。

それほどまで集中してみていたのだろう。

それでも止まらない光景を見ようと顔を上げる。

ほかのテスターは姿勢を低くし嵐が過ぎ去るのを待っている。

俺はそれをもったいないと思った。

こんな光景を見逃してなるものかと、少しでも目に焼き付けてやると。

だが、そんな俺の意思など関係なく戦いは終わりを見せる。


『そこまでだ』


突如として中央に現れた監督官が一瞬で将軍たちを四分割にするように結界を張り巡らせ、戦いを止めてみせた。

その光景にひどく寂しいものを感じる。

戦いの気に当てられた。

それがわかるほど今の俺は高揚している。


「ふぅ」


それを落ち着かせるように一回腹に溜まったモノを全て出すように深く息を吐く。

どうせならもう一回結界を張って続きを見せてほしいと心の隅で思うも、あれ以上やれば互いに本気になってしまうと理解している自分もいた。


「さて、いよいよか」


そして落ち着いたなら次のことを考える。

恐る恐る嵐が過ぎ去ったのかと顔を上げるテスターを脇目に、これから起こることを考える。


『テスター諸君、貴様らが見たのが頂点の一片だ。満足したか?』


将軍たちの動きが完全に止まったことを見届けた監督官はすっと結界を消し、観戦席を見渡すように声を響かせる。


『それを味わったところで次のプログラムに移る』


淡々とスケジュールを進めることにざわざわとテスターたちが騒ぎ始める。

なにせ、次の予定など知らされていないのだから。

隣にいるテスターに何があるかなど確認しているが、誰もがわからないと口にする。

そんな光景などお構いなしに、パチンと指を鳴らした途端にグニャリと光景が変わる。

それが転移魔法だと気づいたのはさて何人いるか。

ぽつんと洞窟に立たされた俺の周りには誰もいない。

それはそうだろう。

なにせここは。


『さて、貴様らのいる場所がどこかわかるか? 普段から見慣れているものも多いと思うから気づいているだろう。そう、そこはダンジョンの中だ。それも最深部に当たる』


ダンジョンの最深部に転移された他のやつらはどうなっていることだろうか。

慌てる者もいれば、冷静に対処する者もいるだろう。


『安心しろ、そこに本来配置していたモンスターはいない。いるのはお前らテスターだけだ。貴様らの疑問に答えよう。なぜこんなことをするのかと。なに、これはただの遊びだ』


それぞれのテスターの疑問に答えるように、そして楽しそうに監督官の声がダンジョンの中に響く。


『今から行われるのはダンジョンから脱出するなんでも有りのレースだ。最も早くダンジョンから脱出できた者には魔王様からの褒賞もある』


そしてさすが悪魔。

誘惑はお手の物ということか。

危険がないと知り、さらには賞品も出ると知ればいきなりの出来事に対して意識するやつは少ない。


『ルールは唯一つだ。最速で脱出しろ。それだけ守れば何をしてもいい。魔法を使おうともアイテムを使おうとも好きにするがいい。ああもちろん他者を妨害するのもありだ。安心しろ、安全装置は利いている。何が起きても次に目を覚ますのが医務室になるだけだ。だが、もちろんその機能が発動すれば失格だ』


そして安全も保証するとなれば、これは完全にダンジョンを使ったお遊びになる。

まぁ、それだけでは終わらないのが監督官だ。


『さて安心素材メリットを与えたところで、危険リスクの説明をしよう』


絶対にこの説明を楽しんでいると理解できる声色で監督は説明を終わりとは告げず、さらに付け加える。


『一定の時間が経過するたびにペナルティが発生する。ああ、貴様らを追い立てるモンスターが解き放たれる。だが、これは決してデメリットだけではない。今回限りで用意した特別なモンスターだ。その体には豊富に魔力を含み倒せば魔紋の成長に大いに役立つだろう。加えてそのモンスターを倒すことで五階層分上に転移することができる』


これで選択肢が増えた、全力で駆け抜けるか敵を倒してショートカットするかの二択だ。

これをどうするかで今後のレース展開は変わる。


『以上だ。ケイリィ、合図をしろ』

『了解しました!! では皆さんゴール目指して頑張りましょう!! レディ!』


どうするかと考える必要は俺にない。


『ゴー!!』


なにせ、俺は俺でこのレース中にやることがあるのだから。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性九(準魔王級)

役職 戦士


今日の一言

休憩中に予定変更を伝えられるのは割ときつい。


今回はこれで以上となります。

これからも本作をよろしくお願いします。

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