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10 仕事とは積み重ね達成するものだと思う

とりあえずは入社編はこれで完結です。

田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



「おいおい、ファンタジー」

広場に踏み込み、背後の入口が閉鎖されるのは良い、いや良くはないが予想通りだ。

「もう少し手加減しろよ、これは、予想していなかったわ」

侵入者を拒むかのように壁に組み込まれていった階段も予想の範囲内だ。

だが

「宙に浮く球体の軍勢、有り、なのか? 王道的に」

てっきり今度は、木と来たから定番の石のゴーレムでも出てくるか、違うにしても大なり小なり多少の予想のズレで済むはずの俺の予想は、ボーリングの球程度の大きさの球が宙に排出されることで完全に裏切られた。

「これで自爆特攻されたら、俺詰むんじゃないか?」

あからさまな球形状の物体を見て、用途は一つしか思いつかない。

プカプカと水中に浮かぶ機雷のように、攻撃をしない姿を見れば、ウッドパペットのブラッド種みたいに自爆する、要は自爆特攻、タックル型の爆弾魔物に見える。

それをどうにかしないといけないと思うと、技術的なものよりも先に精神論の方が重要な気がしてくる。

「ロックオンってか?」

そしてこちらへの観察の時間も終わりのようだ。

登場してから明滅する球体は、まるでこちらを識別するかのように均一な間隔で光っていたが、徐々にその間隔は早くなり、球体を覆う青白い光はシグナルランプのように青から赤へと変貌する。

「ピンボールかよ!?」

避けるよりも先に、腕が動いていた。

「重!?」

確かな手応えとともに、何かをはじき飛ばし、そして爆発

「一層の締めにしてはハードすぎるだろう!?」

対勇者ダンジョンだと考えればこれぐらいは必要なのかもしれないが、これはいささか予算を度外視していないかと叫びたい。

姿から予測していたが、案の定、機雷による自爆特攻、そして、敵に当たらなければ爆発はしないのか、壁や床、天井を使ったアトランダムに飛び回る跳弾戦法は冷静に対処しなければあっという間に勢いに飲み込まれてしまいそうだ。

動き回って躱すような余裕はない。

そこら中、場所なんて関係なしに跳ね回られてはうかつに動くわけにもいかない。

しっかり腰を落とし打ち合うほうがまだ安全だ。

幸いなのは、まだ目と腕が追いつく速さで動き回っていることと鉱樹が相手よりも硬いといったことだろう。

一発一発、時には足を使ったり、的あてのように打ち返し、足運びや手首の返しを工夫して増える球体を打ち落としていく。

こっちが移動しなくても、あっちから飛んでくる分、体力は節約できる。

だが、節約した分を根こそぎ奪うかのように間断なく、俺に向けてその球体を向けてくる。

「っぐ」

だが、集中に集中を重ね攻撃し迎撃するが、ふとした拍子にミスは出る。

捌きそこねた一体が近くで爆発して、破片が体に飛びかかってくる。そこに、狙いすましたかのように周囲から一気に球体が飛びかかってくる。

マズイ

姿勢は崩れ、完全に迎撃するのは難しい。

このままいけば、絨毯爆撃のように球体がなだれ込んできてまたたく間に俺のいる場所は爆心地に変わる。

そうなれば、あとは想像する必要もない。

もうだめだと、一瞬でも思ってしまえばゆっくりと力が抜けるのがわかる。

意外と粘ったが、ここまでだ。

幸い、魔力でできた体だ、痛みもあるがそこは運次第だ。

俺に根性があれば、爆発の痛みをトラウマにせずに済む。

癪だが、もう手はない。

そう諦めかけている俺だが

「カハ」

どうやら、理屈の部分の思考と感情的な体は別物らしい。

「舐めるなァァァァァァァァァァァ!!!」

一瞬口元がゆるんだと思ったら、腹のそこから湧き上がるようにその声は出ていた。

この程度の状況がどうした。

爆発を受けて姿勢が崩れたが、逆に考えればその程度だ。

無茶苦茶な考えだ。

体勢が崩れているからこそピンチなのに、その程度と言い切る直情的な思考に笑いが止まらない。

「あの時の方が万倍キツい!!!」

研修の時は毒に麻痺に重力に物理パンチに催眠に悪臭に視界妨害にチャンバラソードに時々範囲魔法やらすべてが必殺となる技が飛んできたのだ。

一発や二発受けても怪我程度で済むこの状況、まだ抗う余地はある。

抜けきる前に再び力を入れて、速くなった思考、遅くなっている光景の中で制限時間内に次の行動を模索する。

確かに、あの程度と言い切る根拠はあるが、さてどうやってこの状況を回避する?

考えて考えて

「カハ! 上等だ!!」

結局、思いつかなかった。

だが、自爆特攻の神風やられたくらいで心が折れるほど

「死にかける場数はいくらでも踏んでいるんだ!! 俺を潰したいなら、そっちも潰される覚悟でかかってこい!!」

まぁ、とりあえず、全力で、振り抜いたほうが考えるよりも早かっただけのことだ。

「こっちは殺る気だがな!!」

無機物に対して、俺は何を叫んでいるのだと考えるが、今は置いておいて、この空中に浮く奴らを、殺るとしよう。

サディストも裸足で逃げ出す暇もなく気絶するほどの凶悪な笑みで教官から俺の体の芯まで叩き込まれたこと。

殺られる前に殺れ。

それを実行するために、教官たちが乗り移ったかのように、俺は自然と笑みを浮かべていた。

「ククク、どうにかなるじゃねぇか」

意外と自然に笑いというものは、土壇場でも出てくるものだ。

もうだめと思っていた状況など、案外自分で縛り付けてただけで、開き直ってしまえば簡単に脱することができるのだ。

打ち払ったやつらの爆風を背後に浴びながら、崩れた姿勢の状態でのフルスイングを起点に、徐々に姿勢を戻しながら打ち返す打ち返す打ち返す打ち返す、段々と早くなっている敵に合わせるかのように俺が鉱樹を振るう速度も上がっていく。

その中で一体、たった一体、綺麗に切り捨てたと思ったら今度は、こっちに飛んでくる球体がだんだんと切れるようになってきた。

「ククク、カカカカカカ、アハハハハハハハハハハハ!!!」

今度はこちらの番だと宣告するように、じわりと、一歩踏み込むだけで、自分の領域が広がった気がする。

ランナーズハイという現象がある。

走れば走るほどテンションが上がり、いつまでも走っていたいと思わせる精神的な高揚のことだ。

いつの間にか笑っている。さっきまで怯えていた俺はどこに消えたのやら。

そんな俺を冷静に見つめる俺がいる。テンションは高いのに視界がすっきりとしている。

体は熱く、心臓は激動し血が激流になって体を突き動かしている。

だけど、脊髄が鋭く体を反応させ、頭は冷静に現状を考えている。

頭と体で二律背反している俺の現状は、最高のポテンシャルをはじき出していた。

足りない。

こんな速さではまだ遅れる。

足りない。

こんな力ではまだ打ち負ける。

足りない。

こんな鋭さでは相手を一撃では倒せない。

足りない、こいつらを倒し切るには足りないことが多すぎる。

数は相変わらず数えるのが面倒になるほど多く、まだ増える。

「早く! 速く! 捷く! 疾く!」

手が足りないなら考えろ、効率を上げていけ。

無駄を省け、立ち位置を変えろ、こんな端にいる必要はない。

もっと密集地に、それこそ中央に行けばもっと効率的に倒せるはずだ。

「ああ、ここまで来るとな!! 負ける気がしねぇよ!!」

鬱憤を爆発させる、嵐を創れ、蹂躙しろ。

何もかも調子がいい。

見えないはずのものまで見えてくるような気がする。

背中に目があるかのように、相手の位置がわかる気がする。

「まぁ、気のせいかもしれないがな!」

それでも振れば当たるという感触は、今までの積み重ねが答えてくれているみたいで嬉しく思い、さらに効率を上げてくれる。

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

もうここまでくれば、やれるところまで出し切りたい。

切り結ぶというより、既に切り捨てるといった感じだ。

振り回すというより、繋げ広げるといった感じだ。

殺陣をやっているかのように、順序だて、足運びが決まり、そう動くと向こうも合わせるかのようにこっちに飛んでくる。

中央など敵の密集地の爆心地にもかかわらずにだ。

「奥の手ってか?」

次第に押し戻されていた形勢を戻すためか、一発の球に刺が生えた。

その刺は鋭く、俺の装備している防具など紙のように貫くだろうと容易に想像できる。

幸い跳ねることはなく地面に突き刺さっているが、体当たりだけで致命傷になるようなバリエーションはこの状況で俺にプラスになるわけがない。

「だから、どうした」

プラスになるわけがない。

だが、それすらも俺は切って捨ててみせた。

殺るか殺られるかの瀬戸際、対応できなければこっちが負けるような土壇場で、こっちが絶望してやる筋合いはない。

『いいか次郎、恐怖というのはセンサーになる。だが、絶望は重りにしかならない。それをしっかりと体に染み込ませてやる』

『然り然り、われらが教えるのは恐怖、決して絶望ではない』

ああ、研修の時の教官たちの言葉がいま理解できた。

確かにそうだ。

恐怖というのは、どこに何がどうやって脅威になるかを教えてくれる。

下がればかわせ、振り抜けば切り捨てられる。

その動作を補佐してくれる薬のような存在が恐怖だ。

「恐怖食して、糧とせよ」

すっと入り込むように思いついた言葉を口にすれば、余分な力がさらに抜け落ちるような感覚が体に満ちた。

恐怖が味方についたような感覚は、だんだんと俺の剣撃をはやめる。

爆心地ですら楽しむかのように切り込んでいったら、一つが二つに、三つが四つにとピンボールゴーレムの倒す数を増やし続けていった。

気づけば時間などあっという間に過ぎ去り、最後の一体を切り捨て背後で爆発させて戦いは終わった。

「うっし、辛勝」

完勝とは言えない。

何回も爆風を受けて体中煤だらけ、破片が飛んできて切り傷だらけ、せっかく巻いた包帯など途中で破り捨てた。

「くっそ、歳は食いたくないな。もう動きたくない」

若い頃というより、強化した体でも無茶をする時に無意識にストッパーをかけてしまうせいか全力で動いた時の反動がでかく感じてしまう。

若い頃にできたことが年をとるとできないというのは本当らしい。

「おつかれさん」

肩に担ぐように峰を乗っけてやり、酷使した鉱樹を労わる。

仮にも生きていると言われる金属だ。

これで床を引きずりながら持ち運んで、万が一へそでも曲げられたらたまったものじゃない。

「っち、潰れているな」

そして、俺には一服と手を伸ばせば、爆風やら転げ回った、なんやらが混じったせいで見事にタバコの箱は歪んで潰れていた。

普通に引っ張れば破けるのは目に見えていて、四苦八苦しながら一本取り出して吸った一本はジンと体に染み渡る。

「爆散して何も残らなくて足場が悪くならなかったことに安堵するべきか、爆散して一切の戦利品が消し飛んでしまったことを嘆くべきか、俺はいったいどっちの表情を浮かべればいいのやら」

半分も吸い終わる頃には冷静になった思考が、周りを見渡す行動を取らせるが、過程と結果でのメリットが俺の表情を呆れたものを見るような顔で固定させる。

「まぁ、もとより赤字は覚悟の上、無事に切り抜けたことを喜ぶとして、慰めがてら今日は摘みを豪華にする。ああ、スルメじゃなくてジャーキーにするぞ、一袋千円する奴食べるぞ」

結局、結果で勝ち取った安全よりも、過程で失った現金の方が表情を形成してしまった。

自分を鼓舞するように普段の晩酌のつまみのランクアップを糧に、わずかに残った魔石を回収して、階段を上ることにした。

「これで、出られるはずなんだが、容赦ねぇなファンタジー」

だがなんとなく、というよりは念のため、ゆっくりと足音を立てないように階段を上ったが正解だったようだ。

視線だけ階段から出し、覗き込めば、安全地帯という言葉はどこへ行ったのやら、ボス戦のあともしっかりと戦闘地域を配置しているあたり、さすがダンジョンといったところだ。

見たところ、一層と種類は変わらないように見えるが数が違う。

加えて中ボスのウッドゴーレムがいるあたり、しっかりとレベルを上げてきている。

「魔物のいる状態であれ使えるのか? まぁ、無理だろうなぁ。でも、個人的にはできるという願望に賭けたい。そろそろビールにたどり着いても文句は言われないくらい頑張ったろ、今日の俺」

出口だと言わんばかりに階段から反対方向の壁際に設置されている腰の高さ程度の支柱に水晶らしき球体を載せた装置、研修の座学で教わった通りなら触れば数秒のタイムラグで転送され脱出できるはず。

普通に考えれば危険なものが周りにある状態で使えるわけがない。

となると自然と行動は決まってくる。

「もうちょっと親切設計にしようぜダンジョン」

勇者を迎撃するためのダンジョンに安全エリアなる相手側を援護するようなエリアを作るわけがないのは当然といえば当然だ。

だが、爆発、爆発と連続で爆発に身を晒した現状を少しでもいたわってほしかった。

ため息をこらえて、鉱樹の柄を掴む。

ここまでくると諦めて開き直って、惰性で仕事に向かう感覚に似てくる。

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! こんちくしょうめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

そして、八つ当たりめいた自棄になるのもなんとなく仕事が忙しい時に似ているように感じたまま、突撃するのであった。



「えっと、大丈夫ですか?」

「階層単独で突破したことが大丈夫だというなら、多分大丈夫かと」

結果だけ言うなら俺は無事脱出できた。

突撃に突撃を重ねて、強襲した二階層の最初の戦闘は援軍を三回繰り返してようやく終わりを見せた。

ズタボロになった俺は、どうにか脱出装置、転移陣を起動させてダンジョン入口へ、それから治療するために医務室へ移動しているところスエラさんにばったり会ったわけだ。

「一層を一人で突破したのですか!?」

「ええ、さすがにあのピンボールには度肝を抜かれましたが」

「お怪我は!?と言うより、よく見たら体中怪我だらけじゃないですか!?」

怪我をしている当人よりも、怪我を心配する方が慌てているのはどうかと思うが、素直に心配してくれるのは嬉しい。

「……正直、疲れました。具体的に言えば、あの時引き返さなかったあの俺を殴り飛ばしたいくらいに、まぁ、教官たちの研修と比べたらまだマシな方ですから、医務室に行けば問題ないかと」

実戦よりも研修のほうがきついというのは、対策としては合っているかもしれないが、どこか間違っているような気がする。

けれど、そのおかげでこうやって生き残っているので文句は言えない。

だが、どうやら俺は言葉の選択を間違ったらしい。

「医務室に!? そこまでの怪我を!? 肩を貸しましょうか? 担架はどこに? それよりも浮遊魔法で、いえそれよりも転移魔法で直接移動したほうが早い」

俺としては薬がないから軽く治療しておけば問題ないと安心させるつもりであったが逆に重傷だと思われてしまった。

まぁ、それはとりあえず置いておくとして、できれば今は落ち着いてほしい。

仕事ができるせいなのか、慌てていても次から次へと俺を搬送する手段が思いつくのはいいが、周りからの視線がきつい。

悪名というか風評が悪いせいか、彼女の対応がえこひいきにも見えてしまうのだろう。

加えて、スエラさんの見た目も相まって、男どもの視線がきつい。

「いえ、そこまでしてもらわなくて大丈夫ですよ。歩けますし」

「自己判断なんて当てになりません!! 善は急げといいます!! いきましょう!」

「ちょっと!?」

だが、彼女は周りの視線など気づいていないかのように俺の手を取り歩き出してしまった。

スエラさんとの身長差は頭半分ほどあり、体型的には俺の方がでかく最近の運動量から筋肉もついた。

なので、そう簡単に引っ張られることなどないはずなのだが、彼女はいとも簡単に俺を医務室につれていこうとする。

感覚的に、身体強化の魔法を使っているのはわかる。

そこでふと思った。

なぜ、彼女はここまで親身に、必死に、なっているのかと。

思春期に染まっている頃なら、彼女は俺に気があるのではと思ってしまうのだが、あいにくと一昔前にそんな考えからは抜けた俺にそんな発想は浮かばなかった。

ただ単純に、彼女の人の良さ、真剣に向き合ってくれる彼女の性格ゆえに暴走してこんな行動をとってしまっているのであろう。

そんな彼女の行為を、照れくさいという個人理由で振り払うのは何か違うと思う。

周りの視線は一層きつくなるが、ここは美人の女性に手を引いてもらうという役得で割り切るとしよう。

少々早歩き、だが俺にとっては普段の歩く速度と変わらない歩行速度で医務室についてからも、スエラさんは俺が行動するよりも早く手際よく、俺の治療を行ってくれた。

それこそ、常駐の担当医よりも早く。

「これでいいでしょう。打ち身に火傷、切り傷、幸い骨折などはありませんでしたが、魔紋の適応のため体に熱が残りますので今日は寝づらいかもしれませんね」

明日は安静にしてくださいねと、医者顔負けの診断、背後に立っているここの担当医、リザード(蜥蜴人)がチラリチラリと全く進んでいない書類とこっちを交互に見ていることから手持ち無沙汰具合がよくわかる。

仕事をとっていいのかと聞きたくなる。

「さて、次郎さん、少しお話いいでしょうか?」

しかしパタンと内包量が拡張された救急箱を閉じ、笑顔で話しかけてくる。

ゾクリと鳥肌が立ち、反射で背筋を伸ばしてしまった。

「どうやら、少々研修内容が足りていなかったみたいで、ええ、今回の怪我はその知識不足、危機意識の欠如が原因だと思われます。もちろんこれは我々、いえ私の不手際なので今回の治療費に関しては対処させていただきます。ひいては今後このようなことを起きないように是非ともここで講義をしたいと思うのですがいかがですか?」

俺にはわかる。

いや、生物なら生存本能で理解できる。

礼儀正しく、疑問形で聞いてくれているが、これは選択肢が『イエス』か『はい』しかないやつだ。

それも、上司からの指示をいやいや受けるイエスではなく、軍隊での上官からの命令に対する問答無用の条件反射で答えるイエッサーに近い。

「いいですか、そもそもダンジョンで単独で動くこと自体危険なのですよ。ですのでパーティが必要となるわけで」

医務室で始まった講義はスエラさんの同僚が彼女を呼びに来るまで続き、終わった頃には夕飯を食べる気力どころか何もする気が起きず、ただ休みたいという欲求が体中に満ちていた。

「明日は絶対安静ですよ!!」

その一言を最後に、彼女を見送った俺がすることといえば、休みますかと聞いてくるリザードの担当医に断りを入れて、自室に戻り外せるものを無造作に脱ぎ捨ててベッドに倒れこむ、ただこれだけにつきた。

目を瞑るだけで、意識はあっという間に落ちる。

明日は休み、昼まで絶対に起きないと心に誓って



その誓いも割とあっさり覆されるのだが



「なぜ、こうなった」

「聞いてますか次郎さん?」

俺が座っているのはザ・ファンタジーを表しているわけでもなく、どちらかといえば現代でもヨーロッパ地方を探せばありそうな感じのレトロチックな酒場、いや居酒屋といえばいいのだろうか、そこでスエラさん俺に寄りかかるように隣に座っていた。

目が据わって、完全に酔っ払っているせいで色気がさらにやばいことになっている。

だが、それに反応するわけにはいかない。

視線を、となりから向かいに変えれば、この状況を作り上げたであろうニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべているエヴィア監督官、キオ教官、フシオ教官が普段からは考えられないほど静かに酒を飲んでいた。

絶対にこの状況を楽しみ、さらに何かが起こることを獲物を待つ獣のようにじっくりと待っていやがる。

それを見て、第三者から見れば楽しい状況をこの人?たちが見逃さないだろうなぁと諦め、ここまでの経緯を思い起こす。



きっかけは、安静にすると今日一日は部屋にいようと心に誓った今日の朝だ。

「あああ、あの! 今夜良ければ、一層突破したのでそのお祝いがてら食事でもいかがですか? あ、あの、用事があれば断っても構いません……から」

何この可愛い人は。

何度寝かわからないくらい、寝ては起きてを繰り返していい加減起きるかとまどろんでいた時に鳴ったチャイムに反応して、寝ぼけ眼で俺が捉えたのは褐色肌なのにわかるくらいに顔を真っ赤にしたダークエルフだった。

いや、スエラさんだった。

「はぁ、食事ですか」

傍から見れば女性から食事に誘われているという、非常に珍しいケースなのだが、あいにくと寝ぼけている俺は現状非常に幸運に恵まれているという状況を把握できていない。

「何時からですか?」

「行ってくれるのですか?」

「ええ、特に予定はないですし」

できたことといえば、今日一日のスケジュールの判断と相手方の要求に応えられるか否だという判断だけ。

「で、でしたら七時に地下施設の入口で待ち合わせを!!」

「七時に地下施設の入口ですね、分かりました」

「で、では失礼します!」

「はい……って、行ってしまった」

なので、返事を聞かずに走り去ってしまったスエラさんに対しても、休日を返上して仕事をしている彼女が合間を縫って急いで俺のところにきたという、仕事脳の判断しかできない。

「……コーヒーでも入れるか」

俺の寝起きはそんなに頭が働く方ではない。

それでも動け、ある程度思考的判断ができるようになったのは前職のせいだが今はいいだろう。

そんな俺がインスタントコーヒーを入れて、ボーッと休日の昼頃に流れるバラエティ番組を見る。

「今日は七時まで暇だなぁ、安静にしろって言われているから訓練もできないし、ダンジョンに入れないし、あれ? 俺無趣味?」

だんだんと覚醒して、ぼやけていた思考がはっきりしてくる。

「趣味はおいおい探すとして、どうにか七時まで時間を潰して、夕食をスエラさんと……? スエラさんと、二人で? ゴフォッ!?」

そして思考が追いついてきた俺は、やっと現状を把握し、コーヒーを気管に入れむせていた。

デート、という言葉が一瞬頭にちらつくが今はそれどころではない。

「ゲホゲホ、ヤバい、ホットコーヒーの気管入りはやばいって、むせている場合じゃねぇ、私服あったか?」

転職して二ヶ月とちょっと、普段はダンジョンに入るために装備を着ているか、寝巻きかトレーニング用のジャージの三択、そして、前職の時はほとんど遊びに行く時間がなかったため私服と呼べるのがほとんどない。

当然、女性と一緒に食事に行くための服なんてあるはずがなかった。

「……行くか」

時間は昼手前、車を使えばなんとか間に合う。

さらに出費することに頭が痛むが、背に腹は代えられん。

流石に、まともな格好をしなければいけない状況だ。

この際、多少の出費は覚悟しよう。

「装備を修理に出してから服の買い物か、時間足りるか?」

着替えながら、床に散らばった装備を見て、朝寝をしていたことを後悔しながらも、今は、素早く動く。

そして、少し高めの服屋でマネキン一式で購入してとんぼ返りして、どうにか間に合ったかと思い待ち合わせ場所に行けば

「おいおい、次郎、いきなり回れ右はないだろうが?」

『カカカカカ、残念だったのう、あの小娘じゃなくて』

一部を除いてレッドアラーム全開の布陣が待ち受けていた。

全員が全員、私服姿だが、揃っているメンバーがおかしい。

まずは一部である緑色を基調としたワンピース姿のスエラさんがいるのは、いい。

だが、アロハ姿のキオ教官、甚兵衛姿のフシオ教官、スラックススタイルのエヴィア監督官、おもにレッドアラート全開のメンバーがおかしい。

「すみません、撒けませんでした」

「逃がすかよ」

『左様左様』

「逃げられると思っていたのか?」

このメンバーが、本来なら来ないことはこの会話で分かってしまった。

「次郎がダンジョンの一層目を突破したんだ、弟子の偉業を褒めねぇで何が教官だ!」

『然り然り、それに、ヌシの歓迎会も兼ねておるからのぉ』

「安心しろ、今回はお前らには払わせん、好きなだけ飲んで食べるがいい」

そして、これだけはわかる。

三者三様で、俺のことを歓迎しているが、勘というか、俺の中にある何かが訴えている。

裏があるぞと。

そして、予約していたのかすんなりと席に通され、座席もあらかじめ決まっていたかのように俺とスエラさんは隣同士になり、楽しそうに少し広めの座席に三人が座る。

「では、タナカ ジロウの歓迎と第一層突破を祝って」

「「「『乾杯!』」」」

そしてエヴィア監督官の音頭でこの飲み会は始まった。

最初は問題なかった。

軽く雑談を交えながら、近況と研修時の話といった感じで、教官たちの私見混じりの俺の評価を聞いたり、改善点を聞けたりするのは今後のためにもかなり貴重な経験だといえよう。

だが、向こう、イスアルのことをスエラさんに聞きながら酒を飲んでいるときに気づくべきだった。

彼女のコップの酒が全く減らず、コロコロと中身が変わっていることに。

ダークエルフ特有の褐色肌が顔を赤くするという酔っぱらいの状態を気づかせない要因になっていたものもあるかもしれないが、三人?にうまく誘導されてしまったような気がする。

「それにしても、貴様随分と無茶をしたようだな」

「おう、まさかそのステータスで単独突破するとはな!」

『カカカ、通常なら徒党を組んで攻略するものを一人でやるとはな、機王もだいぶ悔しがっておったわい』

「いや、結構ギリギリ「そうですねぇ、危なかったですねぇ、その話を聞いた時の私がどれだけ心配したか知りませんでしょうねぇ、次郎さんは」でした、よ?」

軽くのしかかる温かい何か、いや、スエラさん。

そして、一瞬見せた心配するような表情から一変、始まったと言わんばかりの全開の笑み、身体能力を上げたステータスが、その表情からの答えをはじき出す。

やったことは単純だ。

エヴィア監督官がスエラさんに悪魔の囁きで酒を飲ました、それを唯一のストッパー成りうる俺の意識を教官たちが逸らす。

俺が気づかぬうちにだんだんと彼女に酔いが回り、あとは結果を御覧じろとばかりに現状が完成する。

おかしい、まだ二日酔いには程遠いはずなのに頭痛がする。

まぁ、状況を把握できたとしてもどうにもならない。

いわばさっきの俺への心配の言葉はトリガーみたいなもの、この状況が完成したと悪魔(エヴィア監督官)が囁いただけだ。

事態を収拾させる方法は

「おい、もっと酒を持ってこい!!」

『ふむ、ならわしはこれをもらおうかの』

「スエラ、グラスが空いているぞ」

この方々がいる時点でないに等しいだろう。

追加の注文をする教官たち、そしてペースを落とすどころかさらに加速させるようにスエラさんに酒を飲ませるエヴィア監督官、この状況、からかわれ、楽しまれているように感じるが不思議と苦痛に感じず、雰囲気的にはむしろ楽しいと感じる。

「次郎さん、聞いてますか? ですから私はですねぇ」

諦めてこの状況を受け入れ早々に俺も酔っ払ったほうがいいのだろうか?

次の日が大変のような気がするが、幸いにして明日も休みだ。

少しくらい状況に流されてもいいような気がする。

「お、スエラ奇遇「邪魔をするな」フベラ!?」

途中、エヴィア監督官がダークエルフの男性を吹き飛ばしたことはみなかったことにする。

とりあえず、注文した酒を呷る。

延々と続く彼女の愚痴は聞き流すこととする。

「ん?」

だがその愚痴も、ピタリと止む。

急に静かになり俺の方に体重がかかる。

このパターンから考えられるのはラブコメ的展開(寝落ち)か美女的にしてはいけない絵面の展開、どちらにしても向かいの方々は楽しめる結果になるだろう。

無視するわけにはいかない。

恐る恐る見てみれば。

「じろうさん」

絶対に教官たちが求めたドラマ的ラブコメが迫っていた。

「次郎さんが来てくれて本当に私は嬉しかった」

「え? あ、はい」

一瞬シラフに戻ったかのように優しい顔で言われて、俺の体温は上がる。

酔のせいか、それとも別の何かのせいか頭が回らない。

とりあえず頭を冷ますかのように一気に酒を呷る。

「オオオオ」

『カカカカ』

「クククク」

いいものを見たと言わんばかりの最高の笑みを見せる方々など見えない。

「めでてぇなぁ!! お前ら今日はとことん飲むぞ!!」

『カカカカ、然り然り、久方ぶりに飲み比べするのも悪くはないかのぉ』

「ふん、私も付き合うとしよう」

「「「「イエェェェェェェェイ!!!」」」」

昔語りの鬼みたいに周囲の客を巻き込んでの大宴会を実行するキオ教官、そしてそれに付き合うかのように、最初に酒を飲み干すフシオ教官とエヴィア監督官。

向こうは向こうで楽しんでいただくとして。

「とりあえず飲みますか?」

「はい、仕事は全てケイリィに任せました。明日は休みです。だから今日はお祝いしますね」

いつも冷静なスエラさんがハメを外し、周りと同じように楽しんでいる。

一瞬見とれて、またからかわれる前に酔っ払うとしよう。

「ようこそ! 魔王軍へ、私たちはあなたを歓迎します!」

「よろしく、スエラさん」

経験したことのないほどの大宴会、その中で俺は彼女と乾杯する。

今までの人生で一番楽しい宴会はこうやって、始まっていった。




田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


ステータス

力   87    → 力   105

耐久  117    → 耐久  157

俊敏  52 → 俊敏  66

持久力 74(-5) → 持久力 90(-5)

器用  53     → 器用  82

知識  36    → 知識  36

直感  14    → 直感  22

運   5     → 運   5

魔力  70    → 魔力  80


状態

ニコチン中毒

肺汚染


今日の一言

入社して、どんな未来になるかわからないが、少なくとも今は続けどんな自分になるか知りたい。

そう思える会社に俺は巡り合えた。


次から次章となりますが、ストックが心もとないため更新が遅れます。

誤字脱字等ありましたら指摘の方を、気軽に感想を書き込んでいただけたら幸いです。

これからも、勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いします。

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