1 ダンジョンテスターを引き受けてみました
こんな会社が存在したらいいなと思い、筆を取らせていただきました。
朝というのは絶対にやってくる。
人間の事情など無視してその姿を輝かせその日の始まりを伝える。
日本のサラリーマンがそれを最も自覚するのは出社しタイムカードを切った瞬間だろうか。
それは俺も一緒だ。
手袋のハメ具合、篭手の位置合わせ、そして武器の確認。
平和な日本とやらはいったいどこへと消えたのやら。
普通に考える仕事とはかけ離れた格好をしている自覚はある。
「さぁて、お前ら仕事の時間だ」
でも仕方ない。
それが俺の仕事なのだから。
最後に同じように点検していた同僚に向けて確認の言葉を向ける。
「今日のノルマは各自頭に入っていると思う。サボるなよ手を抜くなよ怪我するなよ以上三点を守っていくぞ」
最初の常識を疑うような日本人特有の曖昧な笑みは消え去り、代わりにいっぱしの仕事人が浮かべるような力強い笑みが俺の言葉に答えてくる。
俺の仕事はダンジョンの攻略いや。
「今日も全力でダンジョンの洗い出しを始める」
勇者が攻略できないダンジョンを作る。
これは、隠れた日常から湧き出るように出てきたファンタジーに巡りあったサラリーマンたちの話だ。
田中 次郎 二十八歳独身、彼女いない歴七年、そして現在ニート
「自由だァァァァ!!!」
近所迷惑だなんて気にしない。ベッドに大の字になって俺は叫ぶ。
月の残業時間百二十時間オーバー当たり前のブラック企業に勤めて早六年、休日出勤当たり前、残業手当は絶対満額でない。
人員の入れ替わりなんて、数えるだけで無駄になるくらい見てきた。
もうすでに慣れた手つきで、仕事を片付けていてストレスでイライラする気持ちを、タバコでごまかしていたとき、喫煙室に入ってきた上司の言葉がきっかけだった。
「おまえ、タバコ吹かしている暇なんてあるのか? そんなに暇ならもっとやることがあるだろう? 昨日の報告書さっさとあげろよなぁ」
そのときの俺は締め切り間近の仕事を終わらせるために会社に泊まり込み、徹夜したあとだ。
いつもならヘラヘラして、スンマセンと一言謝って仕事に戻るのだが、その時はつい上司を睨みつけてしまった。
「あ? なんだその目は、嫌ならやめちまえ、おまえの代わりなんていくらでもいるんだよ」
人間の堪忍袋の緒って、本当にぶちって切れるのだとその時知った。
上司は、黙って喫煙室を出ていった俺が仕事に戻ったと思ったのだろう。
胸ポケットからタバコを取り出す上司に思いっきり舌打ちを聞かせて、自分のデスクに事務所経由で戻って、最初にしたのはダンボールの中に私物を詰め込む作業だ。
会社の資料には一切手をつけず、私物だけ手当たり次第詰め込めば十分もあれば作業は終わる。
「主任、俺、今から会社辞めますわ」
それだけ言って立ち去ろうとする俺を引き止めようとする声なんて完全に無視だ。
スタスタとロッカーの中身も含めて私物を全部車に詰め込み、キーを回し帰宅する。
そうして、ニートが一人誕生する。
そのニートが自宅の安アパートに戻ってまずやったことといえば、タバコに火をつけることだった。
「これからどうすっかなぁ」
カッとなって、飛び出すように会社を辞めたが後悔はしていない。
むしろよくやったと、自分を褒めてやりたいと思うのは不満を溜め込みすぎたせいか、無職となったにもかかわらず不思議と胸がすっきりとしていた。
携帯の電源は切っている。
今頃、会社から俺の携帯に電話をかけているだろうが、知ったこっちゃない。
無責任だと罵られようが、気にする必要もない。
それに、休みの日は寝るか仕事をしていたので貯金も二、三ヶ月どころか一年くらい働かなくても良いくらい蓄えてある。
すぐに飢え死にするような状態でもない俺は今後のことをのんびりと考える。
仕事は、やらないといけないだろう。嫌だけど。
貯金があるから慌てる必要はないが、一生食っていけるわけではないのだ。
幸いある程度休んだら、仕事をしようと考える程度には気力はある。
まぁ、あの会社に戻る気だけは欠片もない。
「うわ、郵便受けが大惨事に」
1Kの部屋の間取りから見える郵便受けをさっと見れば、もうどうやって郵便屋さんがいれたのかわからないくらいパンパンになっている。
寝に帰ってくる。もしくは着替えに帰ってくる以外にここ最近使っていない部屋だから、当然といえば当然なんだが、せめて郵便受けくらい片付けろよと自分に言いたくなる。
どっこらしょとオヤジ臭い掛け声をわざと上げながら立ち上がる。
「うわ、抜けねぇ」
見た目通りのビッシリ感は伊達ではない。それを証明するかのように、チラシの束を引いても僅かに動くだけでそれ以上抜けない。
「ったく、仕方ねぇな」
一人暮らしになってから増えた独り言をこぼしながら、玄関口にしゃがみこみ抜けるまでチラシを小分けにしながら引き抜く。
「あ、破けちまった……って、宗教勧誘かよ、なら良し。それでこれが近所のスーパーのチラシで……って三週間前か、ん? なんだこりゃ」
タバコの灰の量を気にしながら、一回灰を灰皿に落として、妙に気が惹かれるそのチラシを覗き込む。
「テスターの募集? え~と、なになに」
〝ダンジョンテスター募集!
募集人員百名!
内訳
正社員 三十名
アルバイト 七十名
年齢 十六歳~三五歳
寮完備!
駐車場完備!
武道経験者優遇!
給与 正社員 月給三十万+危険手当+歩合制
賞与年二回
アルバイト 時給三千円+危険手当+歩合制
勤務時間 正社員 一日五時間以上週休二日+祝日
アルバイト 一日三時間以上(最低週三日出勤できる方)
仕事内容
我々、魔王軍が設計したダンジョンが勇者に対して有効か皆様にテストしてもらいます!!
実際にダンジョンに挑みモンスターと戦い、宝を捜索し階層を突破してください。
なお、怪我等危険がありますので、同意書を作成するので以下の物をご用意ください。
「くだらねぇ、イタズラかよ」
タバコの煙を吐き出して、読むのをやめる。
チラシの構成としてはかなりの力の入れようだ。
目を引くように写真や文字配列にも気を配っているし、紙の材質も悪くない。
明らかにプロが作ったチラシだ。
だが、内容がいただけない。明らかに悪質なキャッチだろうとたかをくくる。
電話番号も書かれ住所どころか地図も描かれている。
しかもその住所が
「隣町かよ」
車はもちろん、電車、バス、頑張れば徒歩でも行ける。
「釣りにしては、手の込んだイタズラだよな」
俺の中では九割がたイタズラだと思い込んでいる。
給与面は破格、休日もかなり魅力的だ。
「やめだやめだ、こんなくだらないいたずらに構ってられるか」
テーブルにチラシを投げて、灰皿に押し付けるようにタバコの火を消す。
「こんな都合のいい会社があってたまるか」
ゲームのテスターにしてもこんな怪しい求人見たことがない。
ベッドに倒れこむように横になって見えるのはテレビとその前に山積みになっているゲームの数々、これでも学生の頃にそれなりにゲームはこなした。
仕事のせいで最近全く手をつけず積みゲーになってしまっているが、主にRPG系がメインだったから、こんなチラシの内容でもあれば面白いとは思ってしまう。
「武道って、剣道もありだよな?」
そしてもう一つ目に映る、部屋の片隅にある使い込まれた剣道道具。
体のサイズが変わったり、単純に壊れるたびに道具を交換してきた代物だ。
仕事が忙しく最近は行けなくて、最後に行ったのは半年も前だが、それでも近くの道場に顔を出して続けてきた。
九割がたイタズラだと決め込んでいるのに、残りの一割が興味を刺激して、自分に整っている条件を提示してくる。
「あ~、どうせ暇だし、イタズラならイタズラでいっか」
我ながら言い訳がましい。
あるならそんな場所で仕事をしてみたい。
そんな願望を抱いてしまっている自分がいる。
「携帯携帯っと……ってうげ、なんだよこの着信履歴」
着信件数十件、その大半が会社からだ。いくつか先輩である主任からの連絡だが、無視してチラシに書いてある番号を打ち込み、一瞬悩むも発信する。
『はい、魔王軍ダンジョンテスター募集係、スエラです』
「え、えっとチラシを見たのですが、まだ募集していますか?」
てっきりいたずらだと思い、使われていないというアナウンスが流れると思っていたが、想像以上にはっきりとした女性の受け答えについどもってしまう。
名前からして、間違いなく外国人なのだが、流暢な日本語だと思ってしまった。
『はい、ご連絡ありがとうございます。現在、正社員、アルバイト両方共に募集しておりますが、どちらのご希望でしょうか?』
「正社員です」
勤労意欲は萎えていたのでは?と考えるが、まだ残っていたのだろうと割り切り、さすがにこの年でアルバイトはきついと思い、給与面と休日で正社員を選択する。
『正社員ですね。承りました。つきましては、面接を実施したいのですが、ご都合のよろしい日はございますでしょうか?』
「えっと、いつでも大丈夫です」
『……かしこまりました。でしたら、お名前と年齢、電話番号を伺ってもよろしいでしょうか? 本日中にこちらから日程をお知らせします』
「分かりました。名前は」
そこからの話はとんとん拍子で進んでいった。
名前と年齢、そして携帯電話の電話番号を伝えたら軽く武道の経験の有無と必要書類を教えられそれだけで通話は終了した。
『お話は担当スエラがお受けいたしました。では、失礼します』
「イタズラじゃない?」
最後の挨拶が済み、何も言わなくなった携帯を見ながらついこぼれてしまう。
それともヤバイ系のチラシだった?と思ってしまう。
なら素直に電話番号など教えず、さっさと切ったほうがよかったかもしれない。
後悔先に立たずとはまさにこのことだ。
「次の電話の主がヤバそうだったら警察に行こう」
うん、絶対にそうしようと身の危険を感じながらも、そわそわと落ち着き無くチラシを二度見してしまう。
そして、タバコに手を伸ばす。
落ち着くために一服しようと思った矢先に鳴り響く携帯。
「なんだよ、会社か?ってこの番号」
口にくわえていたタバコがポロリと落ちる。
「はははは、早すぎだよ」
携帯に表示されていたのは、会社の番号ではなく、チラシに書かれた番号であった。
「うわ、でけぇ」
一応スーツにアイロンをかけて、ワイシャツも新品のものを用意した。
ヒゲも剃り、しっかりとスーツを着て、身だしなみを整えた俺を出迎えたビルは二十階建ての巨大なビルだった。
しかも複合企業のように各階のテナントとかではなくそのビル丸ごとが応募した会社のビルだ。
「MaoCorporationって聞いたことがないぞ」
これだけでかい会社なら、さすがに聞いたことがあるはずなのだが、近所に住んでいるくせにかけらも聞いたことがない。
「Maoで魔王ってか? ダジャレにもなってねぇぞ」
車を駐車場に止めて、しばし見上げていたが、このままこうしているわけにもいかない。
玄関口らしき入口に向けて履歴書等の必要書類が入った茶封筒片手に移動する。
そして、自動ドアを抜ければ
「ん? なんか当たった?」
なにか柔らかい、そう、カーテンを潜ったような感触に立ち止まるが、当然あるのは玄関替わりの自動ドアだけだ。
カーテンらしき布のようなものは当然ながら存在しない。
「気のせいか……って」
ここでじっとしていても仕方ない、受付らしいカウンターが見えたからそこに向かおうとするが、またもや足を止めることになる。
「コスプレ?」
いや、正確に言えばハリウッドとかの特殊メイクといえばいいのだろうか。
俺が立っているのは、清潔感あふれる白とグレーを基調とした配色の玄関ホールだ。
グレーの光沢を放つ石でできたカウンターの向こうには受付嬢らしき女性が二人いるのだが、そのどちらもが普通の女性ではない。
「耳の長い外国人っていたっけ?」
アニメとかゲームに出てきそうな種族、はっきり言えばエルフ、もっと詳しく言えば褐色肌に銀髪青目のダークエルフと呼ばれる種族が女性物のスーツを着て受付カウンターに座っていた。
それぞれ左がショートで右がロングと髪の長さに差はあるが、顔と容姿は会社の顔である受付嬢を担えるどころかそこらのグラビアアイドルに負けないほど整っている。
だが、そんな人種ゲームの中でしか存在しないはずだ。
疲れで幻覚症状を引き起こしているのではと、心配になり、おかしな人と思われるのもしょうがないと思い、目をつぶり一回深呼吸をして再度見てみるが結果は変わらない。
「俺が疲れているってわけじゃない、よな?」
変わらぬ現実、あの電話から三日たった今日は土曜日、さすがにブラック企業で溜まった体の疲れも取れている。はず。
帰ろうかなと悩むも、こういった方針の会社かもしれないと割り切る自分もいる。
「あの、すみませんテスターの面接に来たものなんですが」
携帯電話の位置を確認し直して、男は度胸と自分を励まして恐る恐るカウンターに向かい髪が長い受付嬢に声をかける。
「はい、お名前と担当の者の名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
声まで美人だとわけのわからないことを考えながら、背筋が伸びる。
「田中 次郎です。担当の方はテスター募集係のスエラさんですが」
「はい、田中様ですね。お話は伺っております。いま担当のスエラをお呼びします。あちらの席におかけになってお待ちください」
ダークエルフに微笑まれて顔が熱くなる経験など、一生に一度あるかないかじゃないだろうか?
たとえそれが特殊メイクの類いでもそんな経験はまずできないことは確かだ。
顔が日差しとか以外で熱くなったのはいつぐらいだろうかと思い出しながら頷き、待ち合わせ用であろう席に向かい座る。
手持ち無沙汰ではあるが、携帯をいじる気にならない。
ならばと、忘れ物はないかと書類の確認をする。
「よし、忘れ物はないな」
といっても確認なんて直ぐに終わってしまう。
五枚程度の書類の確認など、前の仕事を考えれば一分もあれば終わってしまう。
むしろ五分もかけるほどゆっくり読んだのなんて久しぶりだ。
さてこれで改めて手持ち無沙汰に逆戻りしたわけなのだが……
「ん?」
ハイヒールの踵で床を叩くような音が聞こえついそっちを見てしまう。
そして確信する。
この会社は何かおかしい、主にファンタジー的な方向で。
「お待たせしました。田中 次郎様でよろしいですか?」
「は、はい! 田中 次郎と申します」
「今回、面接を担当します。スエラです」
軽く会釈する女性は、受付嬢とは違ったダークエルフだ。
そしてさっきの受付嬢とは多少距離があったから細かいところはわからなかったが、目の前にいる女性は間違いなく本物だと思える。
むしろ、本物だと思わせるほどの特殊メイクだとしたら、ここは映画スタジオか何かだとしても驚かない。
長い銀髪を結い上げ、シルバーフレームのメガネをつけた知的なダークエルフ、それがスエラと名乗った女性の第一印象だ。
「では、こちらにお願いします」
「はい!」
そして好みの問題かもしれないがさっきの受付嬢たちよりも美人だ。
容姿的には二十歳くらいかな、と思うが仕事ができると思わせる貫禄のせいで年下には見えない。
あまりにも現実離れと言うか、ダークエルフとスーツという現実とファンタジーがごちゃまぜな取り合わせに、もう、この会社はこういうものだと諦めるように納得することにした。
そこに、失敗とか後悔といった感情が浮かばないのが不思議だ。
案内するように先導してくれるスエラさんについて行けば、一階の小会議室のような部屋に通される。
「お掛けください。コーヒーでよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
さっきから、はいしか言ってない気がするが、面接ならこんなものだろう。
アピールするときはアピールしないといけないが、それ以外は必要最低限の受け答えが重要だ。
と、面接のコツを思い出しながら席に着き姿勢を正す。
「は?」
だが、俺はこれから面接をするであろう女性の前で間抜け顔を晒すのであった。
「やはり、見えるのですね」
「え? すごいですね、手品ですか?」
その俺の返答に納得するように頷いていないで、できればオーバーヒートしそうな俺に、落ち着く時間を与えてほしい。
コーヒーが乗ったお盆が飛んでくれば、誰でも同じ反応をしてくれるはずだ。
「魔法です」
余計に混乱するような回答を淡々と答えるスエラさんは、宙に浮いているお盆を受け取るとひとつのカップを俺の前において自分は対面になるように向かいの席に座る。
「魔法、ですか」
オウム返しのように答えている今の俺はどんな表情をしているのだろう、考えるが少なくとも面接向きの表情はしていないのは確かだ。
魔法と言われて思い浮かぶのは、あの魔法だろう。
だが、会社の面接に何か関係してくるのか?
入社条件に魔法が使えないといけないのか?
やめてくれ、さすがにどこぞの動画みたいに大魔法を特技と断言できるような度胸はないし特技もない。宴会芸程度の手品なら練習すればできるかもしれないが
「それでは面接を始めますが」
ってそんなことを考えている場合じゃない。
しっかりと質問に答えなければ、背筋に力を込めて姿勢を正す。
「田中次郎様、あなたには私や受付の彼女たちはどのように見えましたか?」
「……」
しっかり、質問に答えなければ、ってできるか!!
こんな質問されれば、黙り込むしかない。そして、表情を取り繕うしかない。
「ええと」
多少の雑談を想定し、正直、志望動機は?とかのオーソドックスな質問を想像していた俺にとってこれは正直に答えていいものか判断に困る。
だが、悩んでいる俺を気にせず、目の前でじっとこちらを見る彼女は先を促すように俺の返答を待っている。
これは、答えないといけないのか? そう、だよな、面接だし答えないとコミュニケーション能力に難アリだと思われてしまう。
よしここは無難にどうにかごまかす方向で
「ダークエルフですかね?」
無理でした。
そして終わった。
視線に負けて、正直に答えた俺の頭の中はやってしまったの一言に尽きた。
正直、ドッキリ大成功の看板は出てこないのかなと期待したが、一向に出る気配はない。
仮にこれが会社の面接で俺が面接官だったら、俺を見てダークエルフですなんて答えるやつを採用するわけない。
現実逃避をしたいがそれをするわけにいかない。
俺って、ゲームと現実が区別つかなくなるぐらい疲れているのか、帰りに絶対病院に行こうそうしよう絶対。
この際、精神科だろうが眼科だろうが脳外科だろうが全てひっくるめて、精密検査を受けるのもありかなと思う。さぁ、面接終了のお知らせを俺に聞かせておくれ
冷や汗全開、愛想笑いをキープしながら宣告を待ち受ける。
「合格です」
へ?
「へ?」
いい加減間抜けヅラを晒すのはよせと言いたくなるが、ここまで予想を裏切ら続けた俺に表情を取り繕うことなんてできない。
「今なんと?」
「合格だと言ったのです」
どうやら、お帰りくださいと聞き間違えたわけではないらしい。
俺が聞き返している間もスエラさんは淡々と書類を流し読んでいる。
「え? でも、面接は?」
質問一つで決まる面接など聞いたことはない。
しかも、私の姿はどう見えますかって社会人舐めてるのかって質問だ。
「魔法であなたの記憶を読ませてもらいました。表層のみですが人格的には問題ありませんし、不祥事を起こした経歴もありません。武道の経験もある」
何よりと彼女はメガネの位置を人差し指で直し言葉を重ねる。
「魔力適性があります」
ああ、魔法なら仕方ないなぁ、すげぇ、頭の中読まれたのかそれなら納得できるかな? そうか、それに俺にも魔力があるのかぁ、やばい色々あって混乱してきたぞ……って
「魔力!?」
「はい、魔力です」
俺、童貞じゃないんだけど、なんて言葉が咄嗟に浮かんだが、頭を振って追い出す。
まさかのこの面接は大魔法が特技じゃないといけない面接だったとは!
「魔力って、あの魔法を使う?」
「はい、その源の魔力です」
そう言って、スエラさんは軽い動作で指先に炎を灯してくれる。
「俺、生まれて二十八年経ちますけど、魔法なんて使ったことありませんよ?」
「正確には魔力適性、要は魔力を受け入れられる器があるということです」
「……すみません、話についていけないんですが」
「大丈夫です、今まで合格を出した人の大半はあなたのような反応でしたよ」
それは、ちょっと安心できる。
どうやら、現状は異常だが俺と同じ反応をしてくれる人がいる程度には俺の考えは正常らしい。
ダークエルフの受付嬢に、手品のような魔法、一気に終了した面接、急展開過ぎて俺の思考はついていかない。
「コーヒーでも飲んで落ち着いてください」
たとえ今飲んでいるコーヒーが毒入りでもその言葉には逆らえなかっただろう。
落ち着くためにコーヒーを飲む、ミルク少なめ砂糖は二杯、それが俺のコーヒーだ。
「では順を追って説明します」
俺が落ち着き始めたのを見計らい、スエラさんはさっと手を振る仕草を見せた。
すると室内は暗くなり、俺の正面に新入社員のプレゼンのような画像がスクリーンに映し出された。
「飲みながらでよろしいので、説明を聞いてください」
ダークエルフの教師、そんな場違いの考えを押し出す暇もなく指し棒を片手に立ったスエラさんはスライドショウで映る資料を説明する。
「まず、この募集の採用基準は魔力適性です。もちろん、先ほど話したとおり魔法で記憶を読み取りますが多少の人格不良には目をつぶります」
映し出されているのはデフォルメされた人体像だ。
「その魔力適性ですが、あくまで魔力に対して適性があるだけで、決して今のあなたに魔力があるわけではありません」
タンと小刻みな音とともに人間のお腹付近をスエラさんは差す。
当然そこには何も入っていないことを示すように空っぽだ。
「この世界、正確にはこの会社内を除いてこの世界には魔力というものは存在しません。なので、その魔力適性は自然と退化していくのですが、中には退化せずに魔力を受け入れることが可能な体質を持つ人間は存在します」
それが魔力適性ですと、紫色の波動のようなものが表示されデフォルメ人間が二人に増えると染み渡っていく人間とすり抜ける人間に分かれる。
「魔力適性にはランクがあり、全十段階、数字が大きくなればなるほど適性が高いということになります。魔力適性の資質は生まれつきで一生訓練しても変わることは有り得ないと言われています。正確な検査はこれからになりますが、次郎様には最低でも合格基準である四程度の魔力適性はあるかと」
「え? なんでわかるんですか?」
「まず第一にチラシを読めたこと、これは適性一程度の数値があれば読めるようになっており適性がなければそもそも白紙にしか見えません。次に玄関の入口の結界。ここで二以下の適性者は中には入れず、また面接という記憶が曖昧になりはじかれます」
あっさり記憶操作をできると宣言して適性が低ければ俺もそうなってた可能性があると言う彼女が怖くなった。
「そして、受付の姿がダークエルフに見えること、彼女たちは低級の隠蔽魔法を使って姿を変えています。まず間違いなくこの世界の人間では見極めることはできません。ですが魔力適性が三以上あれば見破ることができます。最後に私も似たような魔法を使っていますが内容は一緒です。魔力適性が四ほどあれば見えます」
ここまでよろしいですかと聞いてくれるスエラさんに俺は俺の中でまとめた内容を確認することにする。
「えっと、すなわち、私に魔力をぶち込めば魔力が宿るのが魔力適性で、その宿る量がランクってことで、少なくとも私は合格基準に達していたということですか?」
「そうです」
画像はデフォルメ画像からコップに変わり水の量で魔力適性の基準を教えてくれる。
「それと安心してください。魔力適性によりますが、精神干渉系の魔法は魔力適性の上位の方には効きづらく、また、現在魔力がゼロである次郎様には身体的影響は出ません」
俺の恐怖を感じたのか安心させるように微笑んで補足説明をしてくれる。
それだけで俺は多少安心できる。美人って得だな。
「採用基準についてはよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
これが厳つい男性だったらまだ混乱していただろうが、男とは単純みたいで美人の前では見栄を張ってしまう。
だからといって、多少落ち着いてきたのも事実であるが。
「では、業務内容を説明させてもらいます」
これからが本番だ。
聞いてきた話がファンタジーすぎるが、なによりも仕事内容が重要だ。
前みたいなブラック企業はゴメン被りたい。
さらに気合を入れて話を聞く態勢を取る。
「現在我々魔王軍は敵対している世界、イスアルと魔王城を繋ぐ通路ダンジョンを製作し全部で七つのダンジョンを作りました」
内容は完璧にファンタジーだが、プレゼン資料はしっかりと作られている。
世界の概要、ダンジョンの説明、そして写真資料が添付されている。
「イスアルとは、我々魔王軍と敵対している神々が世界を構築している世界で、次郎様の知識で言う剣と魔法の世界で、獣人やエルフといった亜人が存在します。我々魔王軍はこの世界に侵攻、領土拡大を目的として通路となるダンジョンを作成しました」
資料が本物なら、そしてこの話が映画とかのストーリーでなくて現実ならかなりやばいのでは?
要は、異世界同士の戦争に巻き込まれそうになっているということだ。
しっかりと事前説明をしてくれているので、誠意は見えるが正直尻込みし始めている自分がいる。
「ですが、次郎様に求めているのは決して侵攻のために戦力になってほしいというわけではありません」
「え?」
俺の不安をタイミングよく拭うように話す彼女は絶対プレゼンテーションがうまい。
「これは後で説明いたしますし契約でも誓いますので今はお話をお聞きください。我々魔王軍とイスアルとの攻防は遡ること五千年ほど昔から繰り返されています。歴代の魔王様は様々な方法をとって侵攻していますが、いずれもダンジョンを経由してからの侵攻になります。そして、このダンジョンは通路であると同時に砦でもあるのです」
さらに切り替わって表示されたのは塔のような画像だ。
「今代の魔王様は非常に慎重な方です。歴代の魔王様が勇者と相打ちになる中、防衛という観点を非常に重く見られています」
それは、そうだろうな。
大抵のRPGはラスボスのいるダンジョンを攻略して最深部にいるラスボスを倒すわけだ。
モンスターを配置し罠を張るのは当然として、幹部級の中ボスを配置したり、迷路にしたり、通路に仕掛けを施したりもするだろう。
一直線の通路なんて、ただ攻略してくださいと言っているようなものだ。
「七将軍の皆様にダンジョンの製作を命じ、あとは世界との扉を開通する段階までこぎ着けたのですが、再びイスアルとダンジョンをつなげても過去の二の舞になるだけであると魔王様は考え、とある策を考えました」
「どんな?」
彼女の話し上手についつい相槌をうってしまう俺、しょうがないと思うがここまで現実離れした話になると逆に最後まで聞きたいと思ってしまう。
「策を話す前に、少しずれますが勇者の大半はこの地球という世界の出身です」
「……マジ?」
「事実です」
あれってフィクションの話ではないのかよ。
もしそれが事実って言うなら、拉致問題どころの話じゃないぞ。
神隠しやアブダクションの正体は、異世界召喚だった。
「そして、大半のダンジョンは勇者によって攻略されています」
あれ、この流れってもしかして
「魔王様は考えました。勇者が攻略するなら、勇者が攻略できないダンジョンを作ればいいのではと」
何そのマリーなんとかさん的な発想。
「それなら、最初から幹部級を入口に待機させれば?」
悪い予感と興奮が入り混じった感情に任せて、レベルの低いうちに勇者を倒す方法を俺はついに提示するが、スエラさんは残念そうに首を振る。
「詳細は機密ゆえ話せませんが、大まかに言えば、神々の影響でダンジョンの入口はどうしても魔王様の力が弱まってしまいます。加えて我々の力も弱まるのです。侵攻して領土を確保し、魔王様の影響を増やせば条件は変わるのですがそれには時間がかかります。そんな場所に貴重な戦力である将軍様方をお送りするわけにはいけません」
まぁ、ダンジョンを繋げてもすぐその場がその侵攻してきた軍勢のものになるわけではないからな。
魔力という謎物質をその場に広げてようやく陣地になるわけか……
それまでの期間、どれくらいかかるかはわからないがダンジョン側は弱体化した状態になり向こうは強化された勇者に攻め込まれるわけだ。
これだけでも勝てる要素は減るな。
ファンタジー要素は入っているが内容は納得はできる。
「ですので、まずはしっかりとした拠点を確保、そしてそのためには現状我々にない着眼点を持っている地球人の方をダンジョンテスターとして招き入れ、ダンジョンの改善強化を行ないたいのです」
話は見えた。
要点をまとめると、異世界勇者は強く、魔王軍発想のダンジョンでは攻略される可能性が高い。
なので、同じ強さを持つ異世界人を招き寄せダンジョンのダメな部分を指摘してもらい改善強化するのだ。
「って、言われてもなぁ」
明らかな異世界といえこれは立派な人間族への敵対だ。
すぐにわかりましたと、返事をするには抵抗がある。
「要はダンジョンアタックをして、レポートを提出すればいいのですか?」
「そうなります。付け加えて、これは魔王軍の強化も兼ねています。さすがに七将軍以上の方たちは参加いたしませんが、それ以下の魔族たちは全力であなたがたに襲いかかりますので、命の危険も当然あります。もちろん可能な限りサポートは我々ダークエルフ族他魔王軍で行います」
仕事は至ってシンプル、だけど内容は命の危険を含む完全なブラック企業だ。
あれこれって、仕事を承諾したら魔王軍とやらがいる世界に連れていかれるのでは?
「これって、この世界からおさらばするパターンじゃぁ」
「いえ、ダンジョンにはこの会社から移動してもらいます」
「繋がってるのかい!!」
「なんのための会社ですか。それと勤務時間ですが、正社員は一日最低五時間の攻略を義務付けられますが、別に連続で五時間というわけでもなく、しっかりとレポートさえ提出してくれれば小分けにしても構いません」
レポート内容が賞与に関わってきます。とスエラさんの説明に思わず脱力しそうになる。
まぁ、懸念事項である異世界行きましたが帰れませんってパターンは無いようだからよかった。
「契約魔法で社外口外禁止にしていただくことが必要ですが、施設の見学もできますがいかがですか?」
「危険は?」
「私が同伴しますのでありません。ダンジョン内も見学できますし魔族も襲ってきませんし罠も発動しません。今後の対応の問題となりますので見られるのはダンジョンの一階入口付近と各衣食住施設、そして武器庫のみとなります」
「行きます」
危険がないならたとえ見れる箇所が限定されても行くべきだ。
こんな経験は、二度とできないだろう。
もはや、現実にファンタジーが混じっていることなんてお構いなしだ。
「ではこちらに」
迷いなく立ち上がり、先導してくれるスエラさんのあとに続く。
最初に案内されたのは、七種類のダンジョンの一階につながる地下施設だった。
今は誰もいないが、ズラリと並ぶエレベーターのような扉、そこは監視カメラで監視されている以外は、体育館のような広さを誇るだだっ広い空間であった。
「ここは、ダンジョンへの入口です。次郎様が正社員になられましたらここでパーティを組むかソロでダンジョンへと挑んでもらいます」
「あのエレベーターの扉みたいなのが入口?」
「そうです、各扉がそれぞれ七将軍様のダンジョンにつながり、一層ずつ攻略すればその分だけ自由に階層が選択できます」
「へぇ、ということは誰かについていって上の階層にも?」
「行けます。ですが、その場合ですと階層記録は行われません。あくまで自分の足で行けた場所だけ選ぶことができます。そして、これがダンジョンです」
迷いなく左端のダンジョンエレベーターに近づき数字を打ち込み扉を開く。
「うわぁ、これまたオーソドックスな」
「ここは、鬼王将軍のダンジョンです」
見た感じは完全な洞窟タイプのダンジョンだ。洞穴を広げて迷路にした感じだ。
「配置内容などは、研修の際に教えますが、残念ながらこれ以上は採用してからになります。ほかのダンジョンも見ますか?」
「お願いします」
「かしこまりました」
絶対に映画のセットとかではない、自然な雰囲気のダンジョンに圧倒されながら、興奮する気持ちを抑えられないまま他の扉も覗き込んでいく。
時には森であり、時にはレンガ造りであり、ホラー映画のようなステージでもあり、断崖絶壁の渓谷のようなダンジョンもあった。
「合計七つのダンジョンになります」
「うん、これが本物じゃなかったら、今後の映画業界は安泰だと思います」
どのダンジョンにも言えることだが、迫力が半端ない。
「そう言ってもらえるなら光栄です。続きまして寮に行きます」
「はい」
未だ興奮が抜けない俺に微笑んで先導してくれるスエラさん。
営業スマイルだったとしても惚れてしまいそうな俺の心臓を押さえ後についていく。
「寮は、関係者専用となっています。正社員、アルバイト問わず関係者なら利用できるようになっています。ですが関係者以外の立ち入りは原則できません。連れてこようとしても結界によってはじかれます」
地球の警備会社が聞いたら泣きたくなるような警備体制だな。
「部屋は個室もしくは、ルームシェアもできる二人部屋です。部屋代は個室の方が高いです。料金に関しましては基本給料より天引き、電気、ガス、水道等のライフライン代金も同様です」
結界だけではなくしっかりとした現代科学のセキュリティが入った自動ドアを潜り、見せてくれたのは一階の個室と二人部屋だ。
間取りは個室が1LDK、トイレと浴室付き、もちろんその二つは別個だ。
二人部屋の方は2LDK、施設は似たりよったりだ。
「ベッドと冷蔵庫、テレビ、洗濯機は備え付けています。あと、連絡事項用の携帯端末も貸与されます」
「インターネットは?」
「情報漏洩防止のため監視が付きますが基本使えます。ですが、情報を漏洩した場合それ相応の対処が行われるので覚えていてください」
「ぐ、具体的には?」
「解雇はもちろんのこと、会社に関係する事象のすべての記憶の操作、それと漏れた先への対処のため冗談だと思わせるための偽装工作です」
「徹底していますね」
「ここは、我々にとって死地です」
「え?」
「私たちダークエルフは魔族にいる数少ない人間に近い姿をしています。死にはしません。ですが、それでも魔力のないこの世界は非常に息苦しく感じます。社内は問題ありませんが、社外に出れば常時貧血のような軽いめまいに襲われます」
中には倒れ命の危険に陥る場合もあるとスエラさんは語る。
「そんな世界で、この世界の国に我々の存在を悟らせるわけにはいきません」
魔王軍は拠点以外動けず、向こうは包囲殲滅できる。
そして、ここは勇者の誕生の地だ。敵対組織で社内に入ってきた人の中に万が一勇者並みの適性を持ったものがいたら弱っているスエラさんたちは無事で済むだろうか。
「それならどうして?」
身の危険を冒してまでここまでやるのかと疑問をつい言ってしまった。
「それほど我々魔王軍が真剣だとお考えください」
今までも真剣であったが、今の彼女の表情はさらに増して真剣に見える。
「無理を言っているのは承知しています。私もこの世界については調べました。この世界、特に日本という国は平和です。過去はともかく今の人たちは争いと無縁です。加えてあなた方にとって我々の争いは蚊帳の外で無関係です。そんな方々に高額とはいえない金で命をかけろと言っているのは烏滸がましいと思います」
興奮が冷めていくのがわかる。
さっきまではしゃいでいた自分が恥ずかしい。
これは仕事で、彼女はお遊びで俺を勧誘しているわけではない。
「ですがこれだけは言わせてください。イスアルの連中は無理やり巻き込んでいますが、我々は誠意を持ってお願いする立場にいます。立場がありますので情報漏洩を許すわけにはいきませんが、次郎様の選択を尊重いたします。どうかそれだけはお忘れなきようにお願いします」
確かに、記憶操作やらダンジョンアタックなど恐ろしいと思うことは多々あったが、騙されているという感じは今のところはない。
俺が気づかないだけかもしれないが、少なくとも彼女は信じていいと思えるのは甘いだろうか。
「話がそれました。他の施設もご案内します」
そんなことを考えながら、彼女の後をついていくのだ。
それから見せてもらったのは、ほとんどのものが取り寄せ可能な売店、社員割引の効くファミレス顔負けの品数を誇る社員食堂、そして
「銃刀法違反どこに行った」
「ここは治外法権ですので」
ファンタジーお約束の鎧やら刀剣類だ。
それが、棚にずらりと並ぶ。
竹刀とか木刀程度しか触ったことのない俺にとって本物の武器とは恐ろしくもあり圧巻でもあった。
「ここにあるのは全て鉄製の武器や革鎧など初心者向けの装備ばかりですが、魔剣なども存在します」
「へぇ、銃はないんですか?」
「次郎様、我々の世界、ひいては魔王様の影響下にあるダンジョンで銃など、ただの豆鉄砲ですよ? ゴブリンならともかく、それ以上になると痣を作れればいいほうです」
なんかファンタジー舐めるなよ現代と暗に言われたような気がするのは、俺の気のせいだろうか。
魔銃とか憧れていたが、素直に魔力這わせて剣で切ったほうが早いとスエラさんは言う。
「研修の際に初期装備は支給します。ですがあくまでそれは最低限の装備です。それ以後の装備に関しましては、基本こちらで用意した店で装備を購入していただくか、素材を調達して社内にいるジャイアントに依頼し作っててもらうかの二択です。もちろんどちらも社員割引での価格になります」
「ジャイアント?」
「ドワーフやダークエルフのような存在だと思ってください。体躯は大きいですが非常に器用で鍛冶が得意な種族です。選抜はしていますが、非常に血の気が多いので気をつけてください」
お金かかるのかと、そして日本円で買えるのか異世界装備、疑問に思う部分は多々あるが、これで施設の説明を一通り聞いたことになる。
会議室に戻ってきた俺は最後に給与面と休日、そして規約について説明を受けるがこれは大したことはない。
俺が守る規約は、ダンジョン攻略の義務、週一の中間報告書、月一の月末報告書の提出義務、あとは社外への情報公開の禁止だ。
そして魔王軍は、俺たちを異世界の戦争には強制参加させない。医療福祉を絶やさない。
他は俺のいた会社とあまり大差なかった。
疑問に思ったのは、社員旅行はどこに行くのだろうと思ったのだが触れないでおいた。
正社員の給与は、基本給三十万+危険手当+歩合制だ。
基本給は言わずもがな、危険手当は月の給与の2割、そして歩合制とは
「魔族または魔物を倒した際の素材は、武器防具にする素材及び保管する素材を除き、こちらで買取ります」
「と言うと?」
「魔族を倒せば倒すほど、価値ある部位をこちらで買取り、現金で支払われます」
買取りごとにレシートのようなものももらえるらしい。
しかしそれって
「それって魔王軍に恨まれません?」
「軍全体には通達済みです。そして、我々は魔王軍、弱肉強食、弱い者は淘汰されます」
後はわかりますね。と恨みを気にする必要はないようだが、非常にシビアな魔王軍事情に俺の給料が関わっていると思うとなんとも言えない。
頑張ればかなりの高給が約束されているのは確かではあるが。
「休みに関しては週休二日ですが、正確には月八日に加え祝日になります。各自テスターの体調に合わせスケジュールを組んでもらうことになります」
最悪八日休んで、あとはぶっ通しというのも可能ということだ。
「ほかにも有給を二十日間用意します。体調不良に合わせ各種保険も用意しています」
そして最後にとスエラさんは契約書の他にもう一つ書類を取り出す。
「同意書です。この仕事は非常に危険です。それこそ命の危険につながる程に、こちらもできる限り命の保証をいたしますが、過度の期待はなさらぬようお願いします。死にかけや明らかに戦闘のできない状態でしたら魔王軍側も助けてくれる可能性はありますが、基本敵だと思ってください。我々もあなた方を敵だと思い襲いかかります」
これで説明は終えたのだろう。
スエラさんは何か質問はございますかと聞いてくる。
「もし、俺がこの仕事を断ったら?」
「記憶の操作はありませんが情報漏洩防止のため、ここでの内容の口外を封じる措置と記録する行動を封じる措置をとらせてもらいます。それが嫌でしたら今日の記憶のみを別の内容に変えることも可能です」
「そうかぁ」
怒涛の展開に、もはや体面を繕うのにも疲れて、椅子にもたれかかる。
「一服、していいですか?」
今の俺には考える時間が必要だと思って言った言葉だが
「どうぞ」
まさか目の前に灰皿が差し出されるとは思わなかった。
「普通なら、姿勢を崩した段階でお帰りくださいになると思うのですが?」
ここまできたのだから、どうとでもなれ、たとえそれでこの話がなくなっても仕方ない。
遠慮なくタバコに火をつけて深く吸い込む。
「イスアルの連中に比べれば、こちらの方々は礼儀正しく可愛いものです」
そうですか。
と、軽く答えているが、頭の中はごちゃごちゃだ、色々な要素が複雑に入り乱れて、受けるか受けないかの判断がつかない。
「スエラさん」
「はい」
「なんで、魔王軍は戦争しているの?」
「帰りたいからです」
「帰りたい?」
なにか判断材料をと思って聞いた質問だったが、てっきり利権やらなんらかの話が出てくると思ったがまたもや予想を覆された。
「もう、五千年も昔になります。今ではすっかり魔王軍という名前が定着していますが我々魔王軍は、元はイスアルの出身だったのですよ?」
スエラさんが語ったのは魔王軍なら誰もが知るおとぎ話という。
太陽を司る神と月を司る神、これらは兄弟で、仲は良くもなく悪くもなく、その眷属たちも似たようなものだったという。
だが、災いというのはいきなり訪れるという。
ちょっとした火種で広がる争いという名の種は、あちこちで芽を出し、やがて戦争という大輪を咲かす。
「私たちの主神ルイーネ様は、滅びそうになった我らの祖先を、その身を犠牲にしてひとつの大陸を別の世界に隔離し匿ってくれたのです」
それが魔王軍の根源。
「はじめは、対話によって和睦を求めたみたいですが、時間が経つにつれ、ルイーネ様は邪神とされ、我々は夜の眷属から闇の眷属へ」
月の神、ルイーネはその大陸とイスアルを繋ぐ術を与え、スエラたちの祖先は道を作った。
それが、ダンジョンの始まり。
「あとは泥沼です」
戦って、戦って、戦って、戦って、ただひたすら戦って、魔王と勇者の決着が終戦の鐘になり始めたのは二千年も前の話らしい。
「遥か昔のことは私たちには関係ないかもしれません。私にはあの月明かりしかない大陸が生まれ故郷で居場所なのです。ですが、それでも感じてしまうのです」
私たちには故郷があるのだと。
「求めてやまないのです。古里に帰り、そこで生き、風を感じ、匂いを感じ、温もりを感じ、そこで果てる。魔王軍でこれを感じない部族はいません」
その思いが一番強い部族の長が魔王になるとのことらしい。
「なんというか、スケールのでかい話だなぁ」
タバコは吸わずに大半が灰になっていた。
どうやらスエラさんの話に聞き入ってしまったらしい。
灰皿に押し付け火を消す。
「正直言えば、俺にその感情は理解できないし、それが真実だと判断できない」
だが、天秤は確かに傾いた。
「そもそも、この会社自体がとんでもないドッキリじゃないかと今でも疑っている部分がある」
よくよく考えれば俺はここまで考えるのを面倒と思う性格だったのだ。それが、歳食っていちいち、理屈こねくり回して、リスクを計算するようになった。
「あと二年もすれば三十だし、もう無理は利かないし、三十を超えれば就職にも響く、こんな危険でいっぱいな仕事なんて、本当だったら即答で断らないといけないんだと判断できる程度には怖いと思っている」
そもそも体が無茶できるものではない。死んでしまったらこの先の人生を棒に振るようなものだ。
「だけどな、これでも体育会系の剣道部出身だ。根性はあるつもりだ」
でもな、面白いと思ってしまったんだ。
「そんな俺を」
ブラック企業で鍛え上げた為せば成るのではという開き直り根性の下、たまには何も考えなくて、突っ走るのも悪くないと思ってしまったんだ。
「雇ってくれるかい?」
「田中次郎様、我々、魔王軍はあなた様を歓迎します」
田中 次郎 二八歳独身、彼女いない歴七年、そして
ダンジョンテスターになりました。
とりあえずは、書き溜めた分を随時投稿していきます。
小説に関しては、素人に毛が生えた程度でございますが、誤字、脱字、ご感想等いただけたら幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。