格子ごしの恋
日が沈みかけ、この街にも人が集まってきた
今日も仕事が始まる時間なんだと、有無を言わさない雰囲気になっている
「胡蝶ねぇ様、どうしました?」
私の雰囲気がよいものとは言えないことに禿の千里が気がつく
「いえ?千里に心配させましたね。大丈夫ですよ。今日も1日が始まるのだと思いましてね。そろそろお客が来る頃です。下がって大丈夫ですよ」
禿は座敷には出せないため、下がらせる 。番頭が客を案内してくるまで、琴や三味線の準備をする
私は花魁ではないため、不特定多数の客と一夜を過ごすこととなる
「胡蝶、今日も来たよ」
「あら、長介さんじゃないですか」
客が来ればお酒や食事を提供し、その間に琴や三味線を演奏する。場合によっては新造の子が座敷に入ってやってくれるが、今日は入らない日のため、一人でやらなければならない
「いつ見ても、胡蝶さんはとてもきれいだね」
「まぁ、ありがとうございます。長介さんも素敵ですよ」
手練手管を駆使し、いい雰囲気にしていき床入れまで持っていく
「胡蝶さん、今日も素晴らしい時間をありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます。また、来てくださいね」
長介さんを見送り終わり、部屋に帰ると
「胡蝶ねぇ様、伝えたくなくてよかったのですか?」
千里が泣きそうな瞳をしながら私を見つめてくる
「いいのよ。別れを伝えるほどの仲ではないのよ」
「胡蝶ねぇ様、」
「千里、泣かないで。嫁ぐ準備をするしなくては」
「はい。わかりました」
私は明日、客の一人に身請けされる。この遊郭を出ていくのだ
私が長介さんを好きだと言うことは、千里にしか伝えてない
もし伝えたとして、長介さんが全てを投げ出して迎えに来ても嬉しくはない。私は、妻や子供などを全力で愛している姿を好きになったのだ。それを全てを手放した長介さんなんて好きではない。だから、何も伝えなかったのだ
私は自分のものにしたいとは思わない
ただ、その人の愛しているものも愛したいだけだ
私の心には格子がかかっている