喜ばせて、喜んで
「甘いの、嫌いでしょう?」
「……まぁ」
「特に好きな食べ物あるわけじゃないでしょう?」
「……食べられれば同じだしな」
「欲しいものだって買ってあげられないようなものや、消耗品で残らないものでしょう?」
「……こればっかりは仕方なくね?」
私達高校生にとって貴重なお昼休みに繰り返される問答に、私は大きな溜息を吐き出した。
作ってあげた大きなお弁当は空っぽで、綺麗さっぱり食べ尽くしてくれている。
だけれど、どうにも作りがいがない。
その理由は彼が無駄に料理が得意なことと、好き嫌いが一切ないせいだろう。
好きな食べ物を問うても、基本的に何でも食べれるからの一点張り。
事実食べれるから仕方がない。
唯一食べれないのは甘い物。
と言っても、少量や甘みを抑えたものならば、まぁ、食べられるけれども。
食べ物に限らず、欲しい物は部活用品ばかりだし、行きたい場所は、彼らにとっての夢の舞台。
くそ、私は彼女だぞ。
付き合ってから何度心の中で悪態を付いてきたことか、全く持って分からない。
ついでにそんな私に彼が気付いているのかも分からない。
一応作ってきたケーキは甘さ控えめだし、お弁当だって栄養バランスを考えた食べごたえのある、高校男児に向けたものだ。
私が勝手にしていることだと言われればそれまでなのだが、付き合っていて彼氏彼女なのだから、勝手にしているで割り切られても、こちらが煮え切らない。
「てか、それ食っていいの?」
それ、と彼が指差したのは私が作ってきたケーキ。
食えるもんなら食えばいい、差し出せば鼻歌交じりに箱を開ける彼。
楽しそうですね、ちくしょう。
彼の誕生日に、何故私はふてくされなくてはいけないのか。
私が悪いのか、そうか、そうなのか。
ケーキの箱を開けた彼は「スゲェ」とか言っているけれど、私の心中はそれに反応する余裕なんて存在しない。
ホールのそれなんて食べ切れるわけないのに、いくら甘さを控えたからってどうしようもないことなのに、私はフォークを手に取った彼を睨む。
食べ切れないって分かってて、何で作るのかなんて、喜んで欲しいから以外存在しない。
喜ばれるかどうかは置いといても、そういう気持ちがないと作れないということだけは、分かってい欲しい。
「ん、美味い」
ニッ、と歯を見せて笑う彼が好き。
彼のためにケーキもお弁当も作った。
美味しいとも有難うとも言ってくれるけれど、本当は迷惑かもしれないと何度も思った。
それでもこの日は特別なんだ。
私はフォークも使わずに、ケーキの上にのっかった真っ赤な苺に手を伸ばす。
ツヤツヤのそれは、私からしたら凄く輝きて見えて、とても魅力的だった。
もぐもぐ、咀嚼すれば「美味いだろ?」と私が作ったやつなのに、嬉しそうに告げる。
後、苺は果物だから、スーパーで買ったのだから、余程のことがなくちゃ不味くならないよ。
そう思っても、笑顔の彼を見ては何も言えなくなり、咀嚼を続けながら頷く。
「俺さぁ、正直言って、高校生にもなって何が誕生日だよとか思ってたんだよ」
それに関しては、祝っておきながらも同意だ。
高校生にもなれば、プレゼントなんて現金で済ましてもらった方が楽だし、別にパーティとかしなくてもいいと思える。
むしろまた一歩成人に近付くのか、と気が重くなるのが私だ。
「でもさ、お前に祝われるとスゲェ嬉しい」
「そう」
「おう。誰に何言われるよりも嬉しくて、産まれて来て良かったなぁとか思うんだよな」
「……そう」
彼の笑顔を見ていられなくなって、俯く。
なんで、どうして。
どうして、そんなにも恥ずかしげもなくそんなことを言えるの。
イケメンってズルイ。
作りがいがない、とか、祝いがいがない、なんて思っていたはずなのに、そういうのは全部霧散してしまった。
ズルイズルイ。
今日はお前の誕生日なんだよ、なのに何で私が喜ばされてるんだよ。
甘い物が苦手な癖に、私の手作りケーキを食べたがるなんておかしい。
大して好きな食べ物があるわけでもなくて、私よりも料理が上手いくせに、私の作ったお弁当が食べたいなんておかしい。
「ところで今年は何くれんの?」
去年はタオルと帽子くれたよな、彼の声を聞きながら、顔は上げずに背中に隠してあったそれに手を伸ばす。
物欲だってそんなにないくせに、何でそんなに子供みたいなウキウキした声を出すの。
「……靴、サイズ変わったって言ってたから」
ガサリと音を立てて、彼に袋を突き出す。
彼が気に入っているブランドの靴。
色違いの同じタイプのサイズ違い。
「マジで?!ありがとな!」なんて声に、俯いたまま頷く私。
喜んでもらえるのは嬉しい。
自分の誕生日なんて興味もなくなってくる年頃なのに、彼の誕生日はワクワクしてドキドキする。
何をしたら喜んでくれるかな、とかそんなことばかり考えてしまうのだ。
それでも、目の前で喜ぶ彼よりも、私の方が喜んでいる気がして仕方がない。
「なぁなぁ」
彼の声が近くなる。
影が降ってきて、反射的に顔を上げた先には、意地の悪い笑みを浮かべる彼。
誕生日を祝っている瞬間に相応しくない笑みに、背筋がピンっと張った。
何、私が言うよりも早くに「もう一個欲しいものあるんだよなぁ」と甘ったれた声を出す彼。
年頃の男の子らしい少し掠れたそれで、甘えるように言われるとどう反応していいのか分からない。
けれど、彼の誕生日、喜ばせたい、そんな気持ちのある私は、瞬きをしながら彼の言葉を待つ。
皮の厚い手が私の頬を撫でる。
少しザラッとした感覚は、多分マメとかタコとかそんなののせい。
目を細める彼を見て、反射的に目を閉じた私の唇に、柔らかくて温かいもの。
手はあれだけど、唇は荒れてないらしい。
啄むように、ふにふにと感触を楽しんでいる彼は、ここがどこだか分かってるんだろうか。
いくら人目につかない屋上だからって、限度を弁えるべきじゃないのか。
頭の中で回る理屈に、相反する零れた吐息。
わざとらしいリップ音を響かせて離れる彼は、きっと目を細めて唇を引き上げて、余裕綽々の笑み。
「誕生日……おめでとう」
「おう」
「産まれて来て、出会ってくれてありがと」
「こちらこそ」
ははっ、声を出して笑う彼は、その大きな手で私の頬を撫でて、もう一度唇を落とす。
もう一個って言ったんだから、一回にしろよ。
頭の中で付いた悪態なんて、彼には聞こえなくて、私は彼の首に手を回してそれに答えた。