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魔剣と少女の物語  作者: 池中織奈
第一章 魔剣と少女の出会い
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 『災厄の魔剣・ゼクセウス』を見つけ出せという無茶な要求に、カイザーは頷き、傭兵団《赤鴉》は動き出した。

 レイシアはそれを見届けてから、自身の足で『災厄の魔剣・ゼクセウス』を探すために動きだした。ただ命令を与えて待っているだけはレイシアの柄ではなかった。

 それに幾ら強いものに従う傭兵団とはいえ、つい先ほどであったばかりの《赤鴉》である。信用はしていなかった。

 レイシアは『災厄の魔剣・ゼクセウス』をどうしても手に入れたかった。それもこれも、彼女の中にある野望故だった。

 危険なのは承知していた。

 それを手に取れば破滅の道に陥るかもしれない事も知っていた。

 けれども、それでも、叶えたいものがあった。

 レイシアを突き動かしているものなんてただそれだけである。

 街では、いつも以上にあらくれ者達の姿が映る。それも全て、裏情報である『災厄の魔剣・ゼクセウス』の事を知った者達であろうことはレイシアにも予想が出来た。

 そうやって動く者はほとんど集団であった。

 それも考えれば当たり前である。まともな人は、『災厄の魔剣・ゼクセウス』を単身で手に入れようとはしない。一人でそれに立ち向かう事は困難だ。

 魔剣に精神をヤられ、正気を保てなくなる恐れも充分あり得るのだ。

 彼らが『災厄の魔剣・ゼクセウス』を手にするために動くのは、それが封紙によって力を封じられているからだとはレイシアにも予想出来た。

 (まぁ、私は力のある『災厄の魔剣・ゼクセウス』にしか用はないけれども…)

 今、レイシアの思考を読む事の出来る者がいたのならば、彼女を精神異常者として医者に突き出してもおかしくなかっただろう。

 解放された魔剣に用があるというのは、それだけ異常な事である。

 力の弱い魔剣ならともかく、国を滅ぼしたり、『勇者』の魂を食らったりとした実績のある『災厄の魔剣・ゼクセウス』に用があるなんて自分の身を滅ぼす行為である。

 レイシアは誰に何を言われようとも力のある魔剣を欲していた。

 街を探し歩くレイシア。

 そんなレイシアに声がかかった。

 「レイシアさん」

 それはレイシアにとって聞き覚えのある声だった。

 振り返るとそこに居たのは、メナトだった。

 見知らずのレイシアを家に泊めた料亭の息子。

 彼が何故此処に居るのだろうとレイシアは首をひねらせた。

 「レイシアさん」

 メナトは再度その名を呼んだ。

 そして、口にする。

 「貴方は、レイシア姫ですよね?」

 その、確信したような疑問を。


 その問いにレイシアの顔から表情が消えた。


     









   *



 強くなりたいという願望は誰にでも存在する。

 強ければ手に入れられる物が多いこの世界であるから一層そういう願望を持つ者は多い。

 力があれば今まで出来なかった事でさえも可能になる。

 圧倒的すぎる暴力を前に人は幾ら数が居ようとも抗う事は難しい。

 加護などという、人外の力を持つ者も居るこの世界ではそういう例は多くあった。

 とはいっても力を手にし、暴君として生きたものの末路は大抵『勇者』や『英雄』に倒されて終わった。

 出る杭は打たれるもの。

 好き勝手に生きた人は死をもってその人生に終止符を打つ。

 そんな現実誰でも知ってる。

 それでも、知っていても人は力を求める。

 手に入れた力が強大であればあるほど、制御しきれなくなる。使いたいという欲求に負けてそれを危険だとわかっていても使ってしまう。

 力を手にしながらそれを振るわない。

 それは案外難しい事である。いきなり強い力を手にしたのならばなおさらそうだ。


 そして、そう、『災厄の魔剣・ゼクセウス』を手にしたものは大抵欲求に耐えられず力を振るったものである。



 手を伸ばす。

 『災厄の魔剣・ゼクセウス』にそそのかされて、アイドはその手を伸ばす。



 周りの仲間たちが止める声もアイドには聞こえない。

 その様子にせせら笑う『災厄の魔剣・ゼクセウス』の声が響く。

 この状況をそれは、心底楽しんでいた。

 暗い廃墟の中、響くその声は酷く不気味だ。



 そして、アイドはそれの柄を手に取った。



 『災厄の魔剣・ゼクセウス』は触れる事を拒絶しなかった。あっさりと今まで抜けなかったそれは鞘から引き抜かれた。

 封紙は既に全てはがれおちており、その真っ黒な刀身が見えていた。

 アイドはそれを両手で手にする。手にしているだけで、彼はどうしようもない興奮を感じていた。

 彼は力を感じていた。

 邪悪で、だけれども強大な力。

 『災厄の魔剣・ゼクセウス』の力が、アイドへと流れていた。

「ア、アイド。そんなもの手にしたら駄目だよ」

そう口にしたのは一人の少女だった。その水色の髪を持つ少女は、アイドにとって心を通わせた幼馴染であった。

 魔剣を手にした幼馴染に恐怖を感じているはずなのに、止めるようにアイドの前に出れたのは一重に彼女がアイドの事を信用していたからだ。そしてとても大切だったからだ。

 例え魔剣を持っていてもアイドが決してそれを自分に向ける事はないという信頼。

 そして大切な幼馴染が魔剣の餌食になってほしくないという感情。

 その信頼が、感情が、少女を動かした。

 だけど少女の願いは叶わない。

 アイドの目が、その赤い目が、少女を見た。

 その瞳を見つめ返した少女は、体を固まらせた。

 あまりにもその目は冷たさを持っていた。いつもの暖かい瞳はそこにはなかった。

 アイドの心に少女の声は、思いは届いていない。なぜなら、彼の心はずっと『災厄の魔剣・ゼクセウス』の声で埋め尽くされていたのだから。

 《力がほしかったんだろう?》《お前は今なら殺れるぞ》《幾らでも何でもできる》《力を振るってみたかったんだろう?》《折角手に入れた力だ、振るえよ》《この力できればいい》《力を示すために目の前の存在を切るのがいい》《せいぜい俺を楽しませろよ? 楽しませないなら、今すぐその魂喰らうからな》《手始めに誰かを殺れよ》《殺せ》《構わず殺せ》《誰であろうと殺せ》《今のお前は殺せる》《力を使え》《力を使えば楽しいぞ?》《くはははははははっ》《殺せ》《殺せ》

 ずっとずっと、『災厄の魔剣・ゼクセウス』の声がアイドの心の中で響いていた。

 使用者は魔剣の声を何時でも聞く事が出来る。

明確な自我のない魔剣でさえも殺せ殺せと使用者に囁き続けて、その精神を狂わせる。

『災厄の魔剣ゼクセウス』は言葉巧みに使用者の心を狂わせる。

 殺せと囁く。

 楽しませなければ喰らうと脅かしながら。

 邪悪な魔剣から発せられる声は、人の心を狂わせるには充分なものだった。

 言うなればそれは精神を侵す毒。

 それは人の思考を鈍らせる。

 アイドの思考は既に正常ではない。

 魔剣の力に魅了され、その心は既に正気ではない。

 殺せ殺せと囁く魔剣の声に従い、彼は動く。

 『災厄の魔剣・ゼクセウス』を手に、それを振りかざす。

 「な、何で」

 振り下ろされる先――、泣きだしそうな顔をした少女が自身の大切な幼馴染だとアイドは気づかない。


 飛び散る血液と悲鳴。

 残酷なその現場の中で『災厄の魔剣・ゼクセウス』の楽しげな笑い声が響いた。



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