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『災厄の魔剣・ゼクセウス』――暁霧夜にとって、この世界で船旅というのに良い思い出はない。それは大抵、『封紙』によって封じられ、厳重に保管されていたからといえるかもしれない。少なくとも『魔剣』になってからは霧夜は海というものをきちんと見たことがなく、船旅らしい船旅をしたことがなかった。
だからこそ、
《海はいいな!!》
珍しく、霧夜のテンションは高かった。
契約者にだけ聞こえる声をあげている霧夜。
レイシアは少しそのテンションの高さに煩いなと思いながらも面白いのでその騒ぎようを許すことにしたようだ。
レイシアは霧夜と共に海を渡るための船に乗り込んだ。
あのドワーフたちとの混血たちとは結局あの後、話すことなく船に乗り込んでいた。
彼らがレアシリヤに向かうかどうかは現状分からない。だけれども、危険な目にあったとしても、そこにたどり着くまでいかに大変だろうとも――レアシリヤに来てくれるならいいなとレイシアは思う。
――今、レアシリヤにいるのは戦闘に特化しているものばかりである。
その中でモノづくりに特化しているドワーフとの混血たちがやってくるのならば、あの場所で出来ることは増えていくことである。
「姉御!! そんなところにいたら危険ですよ?」
「そうですよ。中に入りましょう!!」
――さてさて、レイシアは船の所有者である荒くれものたちから姉御扱いされていた。というのも、最初はレイシアに襲い掛かろうとしていた彼らだが、案の定、レイシアに返り討ちにされていた。そしてレイシアの事を逆らうべきではない相手と認識したからか、レイシアの事を姉御扱いして敬っていた。
今の彼らの目標は、レイシアをいかに穏便に送り届けるか――になったのである。
なんせレイシアという存在には、嘘は通じない。そしてレイシアは自分がやると決めたことは、とことんやり遂げたいという人間である。相手が「できません」といったところで、「やりなさい」と言い放つ。そう言った存在である。
「いえ、大丈夫よ。もう少し海を見たいの」
そう言ってレイシアは美しく笑った。
青色の瞳は、自信満々に煌めている。
海を見たいのは、レイシアではなく、霧夜である。だが、霧夜のことを彼らには話していないので、レイシアはそう告げた。
レイシアの美しさに彼らはそれ以上何も言わなかった。
《レイシアだけ戻ってもいいんだぞ》
「アキをここに置いて? いえ、それはやめておくわ。アキは人型になれるとはいえ、あくまでも武器だもの。海にでも落ちたら大変だもの」
霧夜は一人で此処から海を見るのもいいのだが、それだと海の中へと落ちていくと大変なのとはしゃいでいる霧夜を見るのは楽しいのでそのまま此処に留まることにしていた。
それから一時間ほどレイシアは海を見ていた。
《レイシア、次に行く大陸はラインガルがあった大陸だろう?》
「ええ。そうね」
レイシアが与えられている部屋は、この消して大きくはない船でも一番良い部屋である。何故、この部屋を与えられているかといえば、レイシアの強さに彼ら全員が感服していたからである。レイシアが一番良い部屋が良いなどという前に既にこの部屋を与えられていた。
さて、次にレイシアと霧夜が向かう予定の大陸は――、レイシアの亡き故郷のある大陸である。
霧夜は普通、そういう場所に向かうのならばその心は動かされ、乱れるのではないかと考えていた。しかし、やはりレイシアという少女は考え方が普通ではない。
《何か思うところはないのか?》
「あら、心配してくれているの? アキ。大丈夫よ。私にとってラインガルは過去のことでしかないわ。過去のことをうじうじ悩んでいても仕方がないわ。私にとってラインガルは、滅びた故郷でしかないわ。アキに言われるまで気にも留めていなかったもの」
――レイシアは本気でそう思っている。
ラインガルの姫であったレイシア・ラインガルは、国が滅びた日に死んでしまったと言えるのかもしれない。
今のレイシアは、ただのレイシアである。
どこまでも過去の事を割り切っている。レイシアは過去を振り返らない少女である。
《レイシアは割り切りすぎだよな》
などと呟く霧夜には、レイシアのその割り切り具合が理解出来ない。
何故なら霧夜は、まだまだ人間だった頃のことをずっと考えている。レイシアと霧夜は正反対であると言えるだろう。霧夜は過去に縛られている。レイシアは過去を捨てていく。
(俺もレイシアのように全部割り切れていたのならば、もっと生きやすかっただろうな。でもまぁ、俺が過去を気にしないでいたら……執着も何もなければ、ただ人として死んで行って、 『魔剣』になんてならなかっただろうけれど)
そもそも霧夜が過去に執着しない存在なら『魔剣』になんてならなかっただろう。
(レイシアは、未練もなく、死ぬときは死ぬんだろうな。だからこいつはきっと『魔剣』になんてならない。そのまま死ぬんだろうな)
割り切りが良いからこそ、レイシアは未練も感じずに死ぬだろう。
横になり眠っているレイシアを見ながら、霧夜はそんなことを考えるのだった。




