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魔剣と少女の物語  作者: 池中織奈
第一章 魔剣と少女の出会い
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 情報屋から『災厄の魔剣・ゼクセウス』を見つければ自分の物に出来るという情報を聞いたレイシアはすぐさま行動を開始していた。

 探し物をする際に必要なのは事前の情報収集である。だが、この街で最も情報を持っていると言っても過言ではない『blackcat』の人間が何処に『災厄の魔剣・ゼクセウス』が存在するかわからないと口にしているのだ。

 そのため、どんなに情報を探ったとしてもめぼしい情報は手に入らないだろうというのがレイシアの結論であった。

 情報がない状態で動く事――それはある意味危険な事であった。だが、そこで行動しないという選択肢はレイシアにはなかった。

 レイシアは街中を駆ける。

 それなりの重量のあるであろう兜と鎧を身につけているというのに彼女の足取りは軽い。それらのものに重さを感じていないといった様子であった。

 街にはそれなりに人が賑わっている。

 街の人間には笑顔が見られていた。

 当たり前の日常を生きている街の住人達は、この街に恐ろしい魔剣が存在している事など知らないだろう。そしてその魔剣が厳重に保管されているわけではなく闊歩しているなど想像さえもしないだろう。そんな風にレイシアは考える。

 誰かの日常の裏に非日常は存在する。いつだってそうだ。

 人々が笑っている裏で人身販売が起こっていたり、人が殺されたりする。

 どうにかして、一番に『災厄の魔剣・ゼクセウス』を見つけなければならないとレイシアは焦りに足を進める。

 駆け抜ける中、レイシアを呼びとめる一つの声があった。

 「待て!」

 静止の声にレイシアは立ち止まった。

 そして振り向く。

 振り向いた先に存在するのは鎧を身に付けた、百九十センチを超えるであろう巨体を持ち合わせている男だった。その後ろには男の仲間であろう男達が幾人も存在していた。

 男の付けているエンブレム――赤色の四本の線で形成されているそれにレイシアは見覚えがあった。

 それは、つい先日レイシアがぶちのめした傭兵の付けていたエンブレムと同じだった。

 レイシアはそれを見て、ああ、来たかと冷静に思考する。

 傭兵とは団結力の強い集団である。一人がやられれば仲間が出てくるものである。先日レイシアが仲間の一人を気絶させた事に対して、報復に来たのだろう。

 レイシアは何も答えずに腰に下げている長剣に手を伸ばした。

 右手に長剣を手にしたレイシアを見据え、リーダー格であろう男は口元を緩めた。

 「ほぉ、この数にも動じずに迎える気か」

 「ええ。私は強いもの。少なくとも貴方達に負けないぐらいわね」

 その口調でようやくレイシアが女だと気づいたらしい男は顔をしかめた。それはレイシアが『女である事』に対してと、それでいてなおこの人数に勝てると口にしている事に対してだった。

 多対一で勝利するというのは、それだけの力量がなければこなせない事である。

 傭兵団の男達の数は有に十人にも及ぶ。一人で十人を相手にし、それでいて勝つ事が出来るとレイシアは躊躇いもせずに口にしていたのだ。

 長剣を構えるレイシア。目の前には、幾人もの男達。

 レイシアは長剣を腰に下げる気も、「許してください」と請う事もする気配がなかった。

 「いい度胸だ。俺が相手してやる」

 「後悔しても知らないわよ?」

 男が背中に抱えていた大剣を引き抜いた。

 レイシアの華奢な体なんて一振りで真っ二つにしてしまえるように思えるほどの大きな大剣である。

 それを手にする男はレイシアよりも圧倒的に背も高く、でかい。

 体型だけで言うならレイシアに勝ち目がないのは一目瞭然であった。

 実際に野次馬のようにレイシア達を見ている市民達の目には、レイシアに対する心配をするようなものも存在していた。

 まず最初に動いたのは男だった。

 その巨体からは考えられないほどのスピードで、レイシアへと近づく。大剣を両手でつかみ、それをレイシアへと振り下ろす。

 その振り下ろされた大剣を右手で持った長剣で受け止めようとする。

 それを見て傍観者も、大剣を振り下ろした男もレイシアの愚かさに眉をひそめた。普通に考えて両手で得物を振り下ろした男のそれをレイシアの細い腕で受け止められるはずもないからだ。

 誰もがレイシアはそのまま、力で負けてその身さえも切り裂かれる事を想像した。

 だけれどもそうはならなかった。

 カキン。

 そんな金属と金属がぶつかり合う音がその場に響き渡った。

 「なっ」

 男は驚きの声を口にした。

 振り下ろした大剣は、レイシアが片手で手にした長剣に受け止められた。

 男は両手の持てる力一杯で振り下ろしていたというのに、片手でその力に負けていなかった。いや、寧ろ勝っていた(・・・・・)。

 レイシアは笑って、大剣を押し返した。

 普通に考えてそれはあり得ない光景だった。女の片手が、男の両手の力に勝るなど。

 だけれどもその光景は確かに現実として存在していた。

 男の大剣は押し返される。圧倒的な力によって押し返され、男は体勢を崩した。

 レイシアはまた長剣をふるった。

 それをよけようとした男は益々その体を崩す。そして男はそのまま尻もちをつくように倒れ込む。

 レイシアはそれを見逃さない。

 もう一度長剣を振るい、まず大剣を手放させた。

 そして次の瞬間には、長剣は男の首にあてられていた。

 「私の勝ちね」

 レイシアは不敵に笑った。

 周りがシンッと静まっている。予想外の結末に驚きを隠せない様子の野次馬達は、現状を理解すると歓声を上げた。

 「まだやる? やるなら、殺すわよ?」

 「――…いいや、降参だ」

 レイシアの言葉に男は言った。

 その言葉を聞いてレイシアは長剣を男の首からどけた。

 立ち上がった男は、問いかける。

 「……加護か?」

 「ええ。私は祝福もちよ。何の加護かは言えないけれど」

 男の問いに、レイシアは答えた。

 この世界では神の存在は割と一般的に知られている。

 彼らは人の力の外側を生きる者である、永久の命を持つ存在である。

 彼らが地上に姿を見せる事は滅多にない。だけれども彼らはその力を『加護』として人に与える事がある。

 例えば戦闘系の神ならば、腕力が強くなる加護や魔力を増加させる加護が。例えば芸術系の神ならば、細かい細工が得意になる加護や模写するように絵がかける加護が。

 数え切れないほどの祝福があるが、その加護の強さは人によって違う。

 少し力が普通よりも強い人程度しか腕力が強くならなかったり、少し細工が得意な人レベルの加護も世の中にはある。寧ろその程度の加護しか持てないものが大多数だ。

 体格差のある男の両手の力を片手で押し返す。

 それが出来るだけでもレイシアの加護がどれだけ強いか見てとれることである。

 「先に言ったでしょう? 私の方が強いって。喧嘩を売る相手は見た目で決めちゃ駄目なのよ?」

 不敵にレイシアは笑って言った。

 「なぁ、あんた」

 「何よ」

 「うちの傭兵はな、強いものが団長をやるんだ。それで、俺が今の団長だった」

 「ふぅん?」

 「勝った奴が俺達の団長になる決まりだったわけだ。だからあんたが決まりでは次の団長なわけだ」

 男が言った言葉に、レイシアは目を瞬かせた。

 そして、次の瞬間口元を緩めた。

 「名だけの団長ならいいわよ。そして貴方達が私の手足になるっていうならなってあげる」

 何処までも偉そうで、何処までもその言葉は強い意志を持っていた。

 レイシアの言葉に男は笑った。面白い女を見つけたとでもいう心境なのだろう。

 「俺はガイザー。よろしくな、新団長」

 「私はレイシア。これから貴方を使ってあげる」

 「はっ、偉そうだな、本当」

 「私は少なくとも貴方達より偉いもの」

 はっきりとそんな事を自分からいいだしたレイシアにガイザーは声をあげて笑った。レイシアの不遜な態度はその強さから来るものだった。

 強者であればあるほどこの世界は生きやすい。

 「いいぜ、使われてやる」

 「そう、じゃあ早速お願いがあるの」

 レイシアは頷くと、笑って今の望みを告げた。

 「『災厄の魔剣・ゼクセウス』を見つけなさい」

 周りの野次馬に聞こえないように小さな声で告げられたそれに、ガイザーは目を見開いた。


  







   *




 『災厄の魔剣・ゼクセウス』―――、この世に現れて一世紀と少ししか経たない魔剣。だけれども、『災厄』とまで呼ばれる世界でも有名な魔剣。

 そう、そんなものが、そんな恐ろしいものが、『封紙』などといった人工物で抑えられるか否か。

 その答えは簡単だ。

 ―――抑えられるはずがない。

 魔剣は力の象徴。

 それは、大いなる力を持つ。

 だけれども、一筋縄ではいかない諸刃の剣。

 『災厄の魔剣・ゼクセウス』――その一番厄介な点は明確な自我があるという事だった。だが、その事実はあまり世には広まっていない。

 何故かと言えば、知ったものは一人残らず魂を食われ、死に至ったからである。

 そして『災厄の魔剣・ゼクセウス』は口と言う器官がないのに、言葉を発せられた。

 そのこの場には酷く場違いな愉快な声に、略奪者達の顔が恐怖に染まった。理解出来ない現状を受け止められるほど彼らの心は強くなかった。

 動かない体。

 聞こえてきた愉快気な声。

 そしてその声を発しているのが、『災厄の魔剣・ゼクセウス』以外あり得ないというその事実。

 それは、彼らを畏怖させた。

 《だんまりか。はっ、つまんねーな》

 なんて口にしながらも、くつくつと不気味な笑い声を上げるそれ。

 その間にも、奪略者達の足は動かない。

まるで床に張り付けられているかのようだ。

 その原因が笑い声をあげているそれにある事が理解できるからこそ、そこにいる人間達の恐怖心は一層増した。

 理解出来ない現象、未知なる存在。

 そんなものに対して人は恐怖する生き物である。彼らの恐怖も当たり前と言えば当たり前なのだ。

 《おい、そこの赤髪》

 それの意識が、一人に向いた。

 それの意識は、周りと同じように立ちつくす一人の青年に向けられていた。

 燃えるような赤髪を持つ褐色肌の青年。

 《お前、俺の事使いたそうに見てたよな?》

 青年の、心臓はドキリッとした。

 それは、ただ、愉快そうな笑い声をあげて確かに意識を青年に向けていた。

 赤髪の青年の顔が固まっていた。

 でもそれは恐怖からではなかった。

 『災厄の魔剣・ゼクセウス』の告げた言葉が真実だったからだ。

 ―――青年は、畏怖しながらも『災厄の魔剣・ゼクセウス』の不気味な魅力に魅了されていた。

 魔剣とは、麻薬のようなものなのだ。

 近づけば近づくほどその身は危険に晒される。破滅への道を歩む事になる。

 だけれどもその魅力は高い。

 魔剣は、破滅を呼ぶが、力を与える。

 圧倒的な力、人知を超えた力。

 それを持っている。

 力に魅了されたものは、魔剣を自らの手で取ってしまうものである。

 《俺を使いたいなら使ってもいいぜ? 俺が楽しい内はお前の魂喰らわずにおいてやるよ》

 それは誘い。

 それは、まるで悪魔の誘惑。

 甘い蜜を垂らして、人を誘惑する。甘い蜜を求めて、人はそれを手にする。だけれども甘い蜜は何時しか有害な毒へと変わる。そして人は破滅する。

 そう、まさにそれ。

 手に取れば破滅は目に見えた。

 『災厄の魔剣・ゼクセウス』は明らかに楽しんでいる。愉快犯というのはたちが悪いものである。

 「そんな」「アイド」「まさか、魔剣を」「駄目だ」「魔剣を使うなんて危険で」

 周りの止める声。

 赤髪の青年――アイドを案じた声。

 だけどその声はアイドには届いてなかった。

 アイドはただその赤い瞳で『災厄の魔剣・ゼクセウス』を見つめていた。


 《ほら、力がほしいなら俺を手にとれよ》


 魔剣の誘惑の声が、只その場に響いた。

 そして、アイドは――――。



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