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「ふざけるな!」
その知らせを受けた時、レイシアはそれはもう怒り狂って声をあげて、思わず椅子から立ちあがったほどさった。
『blackcat』に知らせたい事があると呼び出されたレイシアは、すぐにそこにやってきた。そこで、レイシアが怒るには充分な理由―――『災厄の魔剣』が盗まれたという情報を聞いたのだ。
『災厄の魔剣・ゼクセウス』がこの街にあるという情報を元に時間をかけてやってきた。そしてそれが本物であるという情報に歓喜した。
幾らお金をはたいてでも手に入れてやろうと思っていた。
それなのに、その目当てのものがなくなったのだ。
レイシアが取り乱すのは仕方もない事だった。
「…怒るのも尤もの事だとは思うが、事実、『災厄の魔剣』ゼクセウスは盗まれた」
店主はレイシアの怒れる様を見ながら、ただその事実を告げた。
「……詳しく話を聞きたい」
レイシアは軽くため息を吐いて、冷静さを取り戻すとまた椅子に腰かけた。その青く透き通る目が、急かすように店主に向けられた。
「『災厄の魔剣・ゼクセウス』が盗まれたとカートス・ディンガルンが気づいたのは昨日の夜の事らしい。相当焦っていたようでな、他にも侍女達が仕える中にあそこで働いて長い執事が飛び込んできてその事をカートス・ディンガルンに伝えたらしい。その場に居合わせた侍女にもしっかり確認をとってあるから間違いないだろう」
レイシアは説明をする店主の言葉をただ黙って聞いていた。
「どうやって『災厄の魔剣・ゼクセウス』が盗まれたか、誰が盗んだかも現状は不明だ。昨日の夕方には『災厄の魔剣・ゼクセウス』がディンガルン家の宝庫にある事は確認されている。だから盗人が侵入したとされるのはその短い間だ」
夕方に確認されていたものが、その夜には消えている。
そんな短い間に盗人が宝庫に侵入したと言うならば、逆に犯人特定は簡単なようにも見える。しかしだ、どうやって盗まれたか、誰が盗んだかも現状はわからないと情報屋は語るのだ。
情報が少なければ盗まれた物の行き先も想像が出来ない。
「それで、闇オークションは今日だが、どうするつもり? 今更目玉の商品である『災厄の魔剣・ゼクセウス』がないとなると客の不満も高いだろう」
「それに関してだが、一つ喜ばしい情報がある。もちろん、別料金をいただくが、聞くか」
「もちろん」
レイシアはその言葉に、腰に下げていた手提げの中から銀貨数枚を取り出し机の上へと放り投げる。
それに店主は頷いて、ようやくその情報を口にした。
「カートス・ディンガルンは相当焦っているようだ。『災厄の魔剣・ゼクセウス』を求めてこの地にやってきた連中を抑える事も子爵家程度では出来なかったのだろうな。『災厄の魔剣・ゼクセウス』は見つけた者のものにするという事になった」
その言葉にピクリッとレイシアの体が反応する。
「もちろん、ディンガルン家に雇われた連中も『災厄の魔剣・ゼクセウス』の足取りを必死に探しているがな」
カートス・ディンガルンは決して大物ではない。
『災厄の魔剣・ゼクセウス』を求めてこの地にやってきた連中を抑えられる力もない。
それにこうした条件を出す事により、『災厄の魔剣・ゼクセウス』の場所をはやく確定出来るという利点もある。『災厄の魔剣・ゼクセウス』を求める者達も見つけた者に与えるという条件ならそれはもう必死に探すだろう。
そして連中が見つけた所をどうにかカートス・ディンガルンは自らの手におさめようとたくらんでいる事だろう。
「…へぇ、それはいい。はやく『災厄の魔剣・ゼクセウス』を手に入れる事が出来ればお金を使わなくていいって事だろう」
レイシアは口元を緩めて笑う。悪だくみをするようなあくどい笑み。
「なんだ、手に入れられる気なのか?」
「もちろん、そういう条件ならどんな奴だろうと蹴散らして私が『災厄の魔剣・ゼクセウス』を手に入れて見せるわ」
自信に満ちた笑みがそこにあった。
椅子からガタリと立ち上がったレイシアは、「良い情報をありがとう」と一言お礼を告げるとそのカフェを後にした。
そしてその情報を聞いたレイシアは、『災厄の魔剣・ゼクセウス』を手に入れるために動きだす。
*
そこは薄暗い廃墟。
人気のないスラムとも言いあらわせるようなルインベルの一角。
その場には、一振りの大剣と幾人かの人々が存在する。
封紙を張り巡らされた不気味な大剣―――先日盗まれた『災厄の魔剣・ゼクセウス』。
それは、廃墟に突き刺さっていた。
この崩れかけた廃墟に突き刺さっていようとも、その魔剣は何処か尋常ではない雰囲気を纏っている。
禍々しい黒は、封紙の白に埋め尽くされて視界には映しだされない。
それでもそれは何処か、禍々しくも不気味であった。
圧倒的な存在感を持ってその場に存在する『災厄の魔剣・ゼクセウス』の周りに居る人々の表情は硬い。
まだ若い幾人もの人々は表情を硬くしたまま、険しい目でそれを見つめていた。
その内の一人が意を決したように頷くと、恐る恐る『災厄の魔剣・ゼクセウス』へと手を伸ばす。
その太い柄に触れようとする。
が、柄に触れた瞬間その手は弾かれてしまう。
まるで『災厄の魔剣・ゼクセウス』自身が触れられる事を拒否しているかのような現象であった。
「……やっぱり触れないか」
弾かれた手を抑えながら、まだ若い黒髪の男が言った。
「何でだろうね? 持ちだした時にはこんな事なかったのに」
はぁとうんざりしたように息を吐く一人の少女が居る。
此処に居る幾人もの男女こそ、カートス・ディンガルンの屋敷から『災厄の魔剣・ゼクセウス』を盗み出した張本人達である。
彼らが『災厄の魔剣・ゼクセウス』を盗み出せたのは、入念な準備も一つの理由だが、最も大きな理由は運が良かった事だと彼ら自身は思っている。
たまたましっかりとかけられているはずの鍵があいていたり、見張りの兵士が油断しきっていたり――とそんな感じで運が良かった。
自身に触れるものを選ぶと言われている『災厄の魔剣・ゼクセウス』にも持ちだす際は彼らは触れられた。持ち運ぶためにはどうしても触れなければならない。その事を彼らは懸念していたが、あっさりとその際は触れて持ち運ぶ事が出来た。
その事に安堵し、彼らは喜んで『災厄の魔剣・ゼクセウス』をその場から持ちだした。
だが、『災厄の魔剣・ゼクセウス』はやはりそう簡単にはいかなかった。
一端姿を隠そうとこの廃墟の中に足を踏み入れ、しばらくした頃に突然『災厄の魔剣・ゼクセウス』に触れられなくなったのだ。
いや、拒絶されたというのが一番正しいだろう。
衝撃に手から滑り落ちた『災厄の魔剣・ゼクセウス』は床に突き刺さり、そのまま誰にも触れる事を許さなくなった。
盗んだ品物が、この場から動く事を拒絶しているなんて盗人達にとってみれば悪夢でしかないだろう。それを盗み出した彼らもはやく町の外に持ち出したかった。
しかし、持てないのだ。
触れた瞬間、その手は弾かれる。
盗人達は盗み出す事の出来た当初、すぐさまこの場を離れて高額で『災厄の魔剣・ゼクセウス』を売り払うつもりだった。
只でさえそれは悪い噂の付き纏う武器なのだ。そんなもの好き好んで手中におさめておきたいなどと思う者などそうはいない。只彼らはお金がほしかった。だからそれを盗んだ。すぐに売り払いたかった。だけれども触れられない。
「どうする?」「折角盗み出したのにこれじゃあどうしようもない」「このまま逃げようか」「いや、でもそれは危険を冒して盗み出した意味がない」「そんなことをいっても仕方ないでしょう」「現にこれは動かせないのだから」
会話が繰り広げられる。
静かな廃墟の中で響くのは、盗人達の話声のみだった。
解決策も何もない、無意味な会話。
その会話はすぐに「逃げ出した方がいい」という結論で終わった。これからそれに触れられるようになる可能性はない。それならば捕まる前に逃げ出した方がいいというのが、彼らの結論だった。
だけれども、それは出来なかった。
逃げ出そうと踏み出した足は、突如動かなくなった(・・・・・・・)。
何か大きな力に妨げられているように突如、盗人達全ての足が止まった。それを自分の意志で動かす事は叶わない。
「な、何」「足が重い」「動かない」「何これ」「どうなってるの」「何で動かない」「どうして」「わからないよ。体が」
口々に言葉が発せられる。
そう、突如足は重さを持った。動かす事が困難であるほどの重さが足にかかった。
理解不能な出来事――それに遭遇した人と言うものは総じて混乱するものである。彼らは事実、混乱した。
どうして、という疑問が脳内を埋め尽くした。
そこで、益々彼らを混乱させる声が響いた。
《駄目だな。それじゃあ、俺がつまらないだろう?》
それは、何処からともなく聞こえてきた。それはまだ若い男の声のように聞こえた。何かを面白がるような、愉快がるような響きがそこにはあった。
そしてそれは―――『災厄の魔剣・ゼクセウス』から発せられていた。