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魔剣と少女の物語  作者: 池中織奈
第一章 魔剣と少女の出会い
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二話連続投稿

 食堂を後にしたレイシアは一時間後、とあるカフェに来ていた。

 『blackcat』という店名の書かれた看板が下げられているそのカフェは、人目のつかないような場所に存在した。

 そのカフェは一応、人のにぎわう区画に存在はしていた。しかし、それは目立たない小さな路地の先にあった。それに加えてそのカフェの外装はお世辞にもお客さんを惹きつけるとは言えなかった。

 そんな理由が相まって、レイシアがそこに足を踏み入れた時に店内に居た客はレイシアを含めてたったの二人だった。

 レイシアがその場に足を踏み入れたと同時に、一瞬だけだが客の一人とまだ若い店主の意識が自身に向いた事をレイシアは見過ごさなかった。

 一人旅をして五年もの月日の経っているレイシアは、その経験が故に人の視線に敏感になっていた。

 一人旅という物は、この世界において大変に危険な物である。この世界は優しい人だけで構成されているわけではない。旅人を狙った詐欺なども溢れている。そういうものに対処できなければ一人旅などやっていけない。

 レイシアは二人席まで歩き、腰かける。

 そして店主を呼び、ホットミルクを一つ注文する。

 その時に一枚の折りたたんだ紙をレイシアは彼に渡した。

 受け渡されたそれに店主は驚く表情すらも見せずに「ご注文は以上ですね」と告げながら、それを胸ポケットの中へと突っ込んだ。

 そしてそのまま何事もなかったように店の奥へと消えていく。

 店主が去った後、ふぅと息を吐いてレイシアは手足を伸ばしてくつろぐ。

 しばらく待っていれば、レイシアの元に店主が戻ってきた。その時に、店主がちらりっともう一人の客へと視線を向ける。

 それだけのその客は何かを理解したのか、自分の食べた分の料金を机の上に置いて店内から去っていった。

 バタンとカフェの扉が閉まる。

 それと同時に店主はレイシアに声をかけた。

 「―――『災厄の魔剣』についての情報だったな」

 そう告げた店主の雰囲気は何処か、先ほどとは異なっていた。

 威圧感があるような、修羅場をくぐった事のあるような、そんな雰囲気へとガラリと変わった。優しそうな店主の仮面から――この街の情報屋の顔へと変わったのだ。

 「ああ。知りたい事は幾つもある。最も知りたいのは二日後に行われる闇オークションに、本当にあの『災厄の魔剣』――ゼクセウスが出品されるのかという事だ」

 レイシアの目が細まった。

 その言葉を聞いて、店主はレイシアの真っ正面に腰かける。

 そして懐から何枚かの紙を取り出す。それに視線を落とす。

 「その情報なら、銀貨一枚になる」

 店主の言葉を聞いて、レイシアは無言で腰に下げた革袋の中から銀貨を一枚取り出した。

 もとより『災厄の魔剣・ゼクセウス』の情報を手に入れに来たのだ、それなりのお金が持っていかれる事は理解していた。それにその情報だけでも銀貨一枚の価値がレイシアにとってはあるものだった。

 店主はレイシアの差し出した銀貨一枚を懐にしまうと告げた。

 「『災厄の魔剣』はつい三月ほど前に商人の手によって、カートス・ディンガルンの元へと運ばれた。俺もその情報を手に入れた際に偽物かと疑い、独自のルートで調べたが、俺の調べによるとアレは本物だ」

 「商人の手によって運ばれたとは?」

 「俺も詳しい話は知らない。だが、その商人が言うには地面に『封紙』で埋め尽くされた『災厄の魔剣』が突き刺さっていたのだと聞いたが」

 レイシアの疑問に対し、只店主はそう答えた。

 「その経緯は?」

 「不明だ」

 そう答えた店主の言葉に、レイシアは嘘がない事がわかった。

 だけれどもならば何故、という疑問が湧いてくる。

 「『災厄の魔剣』は、時に国を滅ぼし、人を破滅の道へと追いやるとされている危険な『魔剣』のはずだ。それが何故そんな事になっているの」

 『魔剣・ゼクセウス』には、『災厄の魔剣』と呼ばれるだけの『魔剣』としての功績がある。

 『災厄の魔剣』と呼ばれたからそうなのではない。

 それは事実、国を滅ぼし、人を破滅に導いた。そして使い手の魂さえも必要だと思ったら食らう。そんな存在だからこそ、アレは『災厄の魔剣』と呼ばれるまでに至った。

 百二十年、一世紀と少しの間だけで世界中で噂されるまでになったのはそれだけ事を起こしている証であった。

 危険だとわかっていても手を伸ばしたくなるような強大な力。

 それを『魔剣・ゼクセウス』は持ち合わせていた。

 「わからない。今回『災厄の魔剣』がこの街にある事には不可解な点が幾つも存在している。ただ、あれほどの力を持つ『魔剣』が『封紙』を貼られた状態で放置されていたというのはおかしい。それに強大な『魔剣』であるならば『封紙』を貼られるなんてヘマはよっぽどの事がなければしないだろう」

 「『勇者』を喰らった『魔剣』が、『封紙』によって封じられているなんて普通じゃないな」

 レイシアは店主の言葉に、何か考えるようなそぶりを見せて言う。

 『魔剣・ゼクセウス』が恐れられる逸話の内の一つ――それが、『魔剣・ゼクセウス』が『勇者』の魂を喰らった話である。

 『勇者』とは『魔王』を倒すために生まれる強者だ。紛れもない、英雄だ。

 この世界では時折、『魔王』と呼ばれる存在が出現する。何故かと聞かれても誰も知らない。ただ、時折魔物の中で強大な力を持った者が現れ、『魔王』として姿を現す。『魔王』とはこの世界においてそういうものだった。

 そして最も新しい『魔王』が、百二十年前のそれだった。

 時折、信仰心に溢れた国――光の神・レイナシア(古語でレイシアが光の意味を持つのはこの神の名が由来であるとされている)を唯一神としているレイ神聖国は『異世界から英雄を呼ぶ』という行為を行う。俄かには信じられない事だが、何百年も前から『異世界人を呼ぶ』技術を彼の国は保持している。

 そうしてレイ神聖国の言う『英雄召喚』の儀式で呼ばれた英雄は信じられないほどの力を持っている。レイ神聖国の言い分は『神に選ばれた英雄だからだ』などと言っているが、その真相は定かではない。

 百二十年前の『勇者』は、レイ神聖国の呼んだ『異世界人』だった。

 その名はマサキ=タグチだったと文献に記録されている。その『勇者』は過去最高の『勇者』と言われていた。人格面でも、強さといった点でも、あらゆる意味で最強だったと言われている。

 実際に『魔王』を倒すための期間も歴代の『勇者』の中でも最も短かった。

 そんな『勇者』の魂を文字通り喰らった『魔剣』―――それが『災厄の魔剣・ゼクセウス』。

 「そうだ。『勇者』の魂を喰らったほどの『魔剣』が、大人しく『封紙』に封じられている事は異常だ」

 向かい合った二人の会話は続く。

 『勇者』の魂を喰らった事で、『魔剣・ゼクセウス』は世界中に名を広める事になった。それ以後もとある国の滅亡にかかわっていたり、とある高貴な方がそれに惑わされたが故に破滅したり―――、そういう事を繰り返してきた『魔剣』。

 それが、『災厄の魔剣・ゼクセウス』。

 「異常な事で、その原因は分からないとしても本物の『魔剣・ゼクセウス』と思われるものが闇オークションに出される事は事実なのでしょう?」

 レイシアは店主としばらく会話を交わした後、そう言って切り出した。強い意志を持った青い目が、店主を見つめていた。

 「―――『魔剣・ゼクセウス』が確かにこの街にあるというなら、私はそれをどんな手を使ってでも手に入れるだけよ」

 続けられた言葉には、『魔剣』に対する恐怖心など微塵も感じられないほどの堂々とした声だった。

 『魔剣』を手に入れる事は誰でも躊躇してしまうものだ。

 それなのにレイシアの目には一切の迷いはなかった。

 「…何故、お前はあんな危険なものを手に入れようとする?」

 店主はその目を見て、好奇心にかられて口にした。

 そんな彼の言葉に返ってきたのは、

 「私にはやりたい事があるの。そのためには『魔剣・ゼクセウス』があった方が楽なのよ」

 そんな言葉だった。

 兜越しに見える蒼い瞳は確かに強い意志を持って、そこに存在していた。やりたい事がある。だからこそ、レイシアは危険でも『魔剣』を求めた。

 やりたい事がある。

 どうしても叶えたい目的がある。

 その思いが、レイシアを『魔剣・ゼクセウス』を求めてこの土地にまで動かした。

 「……そうか」

 強い瞳に見詰められた店主はただそう答える他出来なかったのであった。

 「最後に一つ」

 去っていこうとするレイシアに店主は声をかけた。

 「『災厄の魔剣・ゼクセウス』が闇オークションにかけられる情報は少なからず広まっている。もしかしたら厄介な人もやってくる可能性もある。――例えば聖教会とかな」

 聖教会はレイ神聖国に拠点を置く世界でも最大の宗教である。彼らの信仰対象である『勇者』を喰った魔剣――『災厄の魔剣・ゼクセウス』は彼らに目の敵にされていた。

 それを理解しているレイシアは店主の言葉に只頷くのであった。





 *



 『魔剣・ゼクセウス』の出品される闇オークション。

 その開始時間は少しずつ時を刻みながら迫っていった。

あと一日、それだけの時間が経過すれば、ディンガルン家主催の一大イベント――『魔剣』の出品される闇オークションが開催される。



 そんな時に、事件は起きた。




 その時、カートス・ディンガルンは執務室で優雅に紅茶を飲んでいた。椅子に偉そうに腰かける彼の周りには幾人もの使用人が居る。そのほとんどがメイド服に身を包んだ女性という事を思えば、カートスの性格が窺えるだろう。

 「カートス様」、「子爵様」と若い女の使用人達が自分の世話をする様子にカートスは大変満足そうであった。見た目の麗しい若い女性達が自身に仕えてくれるという事実はカートスではなくても喜ぶ現状であろう。

 「ふふ、お前達こちらによるのだ」

 そう口にするカートスは何処までも機嫌が良かった。

 この状況を喜んでいるといえば、そうなのだ。しかしそれよりも彼が機嫌のよい原因はあと一日で行われる闇オークションの準備がうまくいっている事であった。

 『魔剣・ゼクセウス』を出品する準備が黙々と進んでいるのだ。『災厄の魔剣』とまで言われる『魔剣・ゼクセウス』の事だ。カートスの予想以上に高値で売られる事は間違いなかった。

 カートスは愉快でならなかった。

 大金が手に入る。それを喜ばない人間なんて居ないだろう。

 くくっと笑い、驚くほどに機嫌の良さそうなカートスは傍から見れば不気味としか言えないものがあった。

 事実、周りに居る使用人達は何処か不気味なものを見るような目をカートスに向けていた。普段そこまで機嫌がよろしくない人間が驚くほどにご機嫌だと何処か不気味に感じるものなのだ。

 可愛い女の子が機嫌が好さそうに笑っているなら見ていて気持ちの良いものかもしれないが、良い年したおっさんがご機嫌な様子を見ていても誰も喜ばないだろう。

 にこやかに笑うカートス。

 それを不気味に思いながらも仕事を全うする使用人達。

 そんな空間に、一つの声が響いた。

 「カートス様!」

 大きく扉の開け放たれる音と共に響いた声は、あの老執事の声であった。

 その表情は厳しい。いつもの涼しい表情は老執事にはない。

 焦っている。その事がすぐにわかる様子の老執事にカートスは驚く。椅子に腰かけたまま、視線だけを老執事にやり、カートスは言い放つ。

 「そんなに焦ってどうした」

 その声には、折角気分良くのんびりとしていたのにという怒りが含まれていた。

 「それが…」

 老執事は自分の主人であるカートスの不機嫌な声を聞いて、一瞬はっとなる。そして言いにくそうに言葉を濁す。

 「どうしたというのだ!」

 「………『災厄の魔剣』、ゼクセウスが盗まれました」

 カートスの急かす声に、その事実はようやく伝えられるのであった。



 『災厄の魔剣・ゼクセウス』。

 カートスに栄光をもたらす予定だったそれが、宝庫から消えたのだ。


 

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