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霧夜が驚いて後ろを向けば、数人の人影があった。それは霧夜が観察していた空飛ぶ人々だ。空を飛べる不思議な人種が、霧夜の事をにらみつけている。人間とはまた違った察知能力を持ち合わせている霧夜だが、彼らの接近には一切気づけていなかった。
失敗した、と思考しながらも霧夜はあくまで冷静を装う。霧夜はあくまで『魔剣』であり、人ではない。未知の存在が目の前に居ようとも、基本的には命の危機には晒される事はない。
「なんだと思う?」
霧夜は敢えて挑発する。自分の優位を保つために。——決定権をこちらで持つために。
彼らは霧夜を睨みつける。自身達の集落の傍をうろつく不審な人物。彼らの目には霧夜はそうとしか映らない。
彼らは霧夜の挑発に対し、飛んだ。
そう、文字通り、飛躍した。霧夜を発見した数名だけではない、村にいた者達も警戒したように霧夜を見据え、空へと羽ばたく。それは霧夜という不審者を警戒しているからに他ならない。空へと逃げれば、飛べない者達は手出しを出来ない事を知っているから。
霧夜は彼らを見て、口元をゆがめて、嗤った。
(全員が空を飛べる種族ねぇ。翼もないのに、なんていう面白い事か。どういう種族なのかは分からないけど、俺を見てこれだけ警戒しているっていう事は、ここには他の種族が寄り付かなかったという事だろうか。まぁ、キレイドアっていう危険地帯に寄り着くやつなんてそうそういないからこそ、彼らはひっそりと生きてこれたのか)
閉鎖的な村。未開の地に潜む、誰も存在しない種族。そしてその危険地帯は、今――レイシアの手によって国が作られようとしている。キレイドアは、これからレイシアの手によって未開の地ではなくなっていくのだ。——そんな未来を思い描くと、霧夜は愉快でならない。
(キレイドアに住んでいるこいつらをレイシアが放っておくわけもない。絶対に取り込もうとする。レイシアの望む最強国家には、こういう規格外の、空を飛べるような連中がいた方が面白い)
そんな思考に陥って、霧夜はまた笑った。
囲まれていても、空を飛ぶ存在に注目されていても、霧夜はあくまでマイペースだった。それは、霧夜が『魔剣』であるからだ。しかし、人の姿になっている霧夜を『魔剣』などという武器だとは彼らは想像さえもしていないだろう。
彼らにとってみれば、集落の近くにいた不審者。こんな状況でも笑みを浮かべている恐ろしい存在でしかない。
彼らのうちの若い男性の何名かが、霧夜へと襲い掛かった。手には棒を持っている。ちゃんとした武器は持っていないようだ。襲い掛かってくるのを目視して、剣を手に出す。自身そのものである剣を。一振りの大剣。人一人で振り回すのには難しそうな大きな剣。しかし、自身に対してそんな重さを感じるわけもなく、霧夜はそれを使って、彼らをあしらう。
『魔剣』そのものである霧夜は誰よりも剣の使い方を知っていた。自身がどのように振るわれたら効能を発揮するか、それを『魔剣』生活の中で熟知していたのだ。だからこそ、彼らは霧夜に軽くあしらわれる。
「――俺の使い手が、お前たちに興味を持っている。これから俺達はお前たちに接触するだろう」
剣を振るいながら、霧夜は言う。
「――ただし、悪いようにするつもりはない」
霧夜はそう告げながら、端の方まで移動していく。後ろを振り返れば眼下に広がるのは森。山頂付近にいるのもあって、地面は随分下である。
「まぁ、次に接触する時には、もう少し話を聞いてくれれば助かる。じゃあ、今回はずらかる」
霧夜の声は聞こえているだろうに、止まる気はなく、どんどん追撃してくる若者たち。不安そうに上空に留まる者達。彼らの様子に、今回はこれ以上留まってもどうしようもないだろうと判断した。判断した故に、霧夜はとんだ。
――地面へと跳躍する。
落ちていく中で、上にいる空を飛ぶ者達が驚愕の表情を浮かべているのが分かった。彼らにとってみれば、空を飛ぶことが出来ない人が、山頂から下に飛び降りるのは自殺行為でしかない。だからこそ中には助けようとしているのか駆け寄ろうとして止められている者もいた。しかし、霧夜に関して言えば、それは無用な心配だ。
落ちていく中で、霧夜はその身を『魔剣』へと戻していく。
そしてそのまま、地面へと落ちていく。大きな音を立てて地面へと突き刺さった霧夜であった。『災厄の魔剣』はこの程度で壊れるような耐久度をしていない。それを自覚した上での跳躍だったが、霧夜は内心少しはらはらしていた。
(……大丈夫だったか。大丈夫だろうとは思っていたが、やっぱり、あんな上から真っ逆さまに落ちるとか心臓に悪い。まぁ、俺に心臓はないが)
人の心を持ち合わせている『魔剣』だからこそ、真っ逆さまに落ちていくことに恐怖は感じていたようだった。
――それから霧夜は村へと戻り、報告をしたところ、レイシアに「宣戦布告するなら私も行きたかった!!」と怒られるのであった。




