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魔剣と少女の物語  作者: 池中織奈
第一章 魔剣と少女の出会い
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 人々の溢れる街と名高いルインベルの北には、この街を治めるユトラス帝国子爵家の一つであるディンガルン家のお屋敷が存在する。

 このルインベルはユトラス帝国において重要な街の一つであった。

 しかし此処は帝都から遠く離れた辺境だ。それに加えて危険地帯と名高いキレイドアにもっとも隣接している土地である。

 此処は栄えている街だが、常にキレイドアの魔物という脅威にさらされているのだ。

 そんな土地を与えられている貴族が帝国においてどういう立場にあるかと言えば、然して重要な立場ではない。

 仮にキレイドアの魔物によって殺されたとしても帝国に影響のないような家系――――それがディンガルン子爵家であった。

 キレイドアの脅威によってディンガルン子爵家が滅びたとしても帝国には一切の影響がないのである。実際、ディンガルン子爵家がこの土地を与えられたのはつい五十年ほど前の事であった。

 五十年前には男爵家が滅び、それよりも百年前にも一度この土地を任された貴族は滅んでいる。

 常に危険と隣り合わせなわけではない。しかし家系が滅びるほどの脅威が時折この街に襲いかかるのは確かだった。そのため、この街にはほぼ貴族は訪れない。

 そして辺境であるが故に、帝国の皇帝の目もあまり行き届いてはいない。

 だからといって圧政を行えば皇帝が黙ってない事もわかっていたため、民を苦しめる政治は此処では行われていない。

 しかしそれ以外の、違法な取引などは辺境のこの場所では度々行われていた。

 「カートス様」

 そんなディンガルン家のお屋敷は二階建てで、表面積が広い作りになっている。

 このディンガルン家当主である、カートス・ディンガルンが居たのは二階の中央部に位置する部屋であった。

 その広々とした部屋の椅子に腰かけているカートスは四十台手前ほどの、小太りな男である。その手には葉巻が握られていた。

 煙を吐くカートスの前には、恭しく頭を下げている一人の老執事が居た。

呼びかけにカートスはただその目を細めて、貫禄のある髭を生やした老執事へと向けただけだった。

 「――の準備が整いました」

 「そうか。ならば予定通り三日後に行う」

 老執事の言葉に、カートスは葉巻を吹かして満足そうに笑う。それに対し、老執事は「はっ」と了承の言葉をただ口にするのであった。

 「ところで」

 頭を下げたままの老執事に、カートスが続ける。

 「――アレはどうなっている?」

 事情を知らないものにとってはきっと通じない言葉であろう。しかしカートスの信頼を得て、三日後に行われるモノの詳細を事細かに知っている老執事には「アレ」が何を指すのかすぐに理解することが出来た。

 「アレは、現状何の問題もありません」

 そう答えた老執事の表情は何処か硬かった。それだけ「アレ」は二人にとって重要な意味を持つモノなのだろう。

 「…しかしアレがあの程度の『封紙』で封じられているのがどうも信じられないのだ」

 「それは…、そうでございます。しかしあの『封紙』は有能と噂される術師に依頼してつくられた物でございます。アレを封じられてもおかしくはないかと…」

 カートスの懸念するような声に、老執事はそう返す。しかしその返事は何処か歯切れが悪く、老執事自身も「アレ」が『封紙』によって封じられている事実が信じられないといった様子であった。

 『封紙』とは、その名の通り力を封じる効果のある特別で、高価な札であった。

 この世界には稀代の職人の手によって作られた強大すぎる道具や偶然が重なって生じた強大な力を持った道具が幾つも存在している。

 時折強大すぎる力を持った道具、『封紙』とはそれらの強すぎる力を封じるためのものであった。

 「私は心配だ。少し、地下にいってくる」

 「私もお供いたします」

 椅子から立ちあがったカートスに、老執事は慌ててついてくる。そしてカートスと老執事はその部屋を後にするのであった。








 *


 ディンガルン家の地下には、子爵家の財産である様々なものが収められている倉庫が存在する。それの入り口は全部で三つ。それらの入り口の前には、子爵家の雇った見張り番が立っている。

 一階の南西の端に存在する部屋。

 それが地下への入り口の一つであった。階段を下りてすぐの場所から一番近い地下への入り口がその部屋にあった。

 カートスと老執事がそろってその部屋へと顔を出せば、見張りをしていた二人の兵士がすぐさま頭を下げた。倉庫の見張り番をしている男達はそれなりにカートスの信頼を得ているものたちであった。

 彼らに道をあけてもらい、地下へと階段をゆっくりと降りる。

 その先は分厚い扉があった。その前にはやはり見張り番が居る。これだけ見張りを立てている事から、この場所がディンガルン子爵家において重要な場所だというのがすぐに想像できるだろう。

 事実、この地下の倉庫には先祖代々受け継いできた歴史ある物も幾つも存在していた。

 だが、此処におさめられているのはそういう私財だけではない。

 倉庫内は分厚い扉で区切られ、幾つかの区画に分かれていた。

 その一角には檻に入れられた存在も居た。その首には鉄の首輪がはめられており、その手足には枷がはまっている。カートス達を視界に入れると彼らは敵意や怯えを含んだ目を向けてくる。

 そんな彼らの態度にカートスは一瞬老執事に目配せをする。それに老執事は頷くと、ポケットからボタンの幾つかついたリモコンのようなものを取り出し、幾つかのボタンを押す。

 そうすればカートスに敵意を向けていた者達が一瞬体をびくつかせた。何か衝撃が与えられたのだろう。

 衝撃を与えられた彼らは苦しみに表情を歪め、痛みに暴れる者も居る。最も暴れたものには新たに衝撃を与えるわけであるが。

 彼らに自由は存在しない。彼らに逆らう事は許されていない。―――そんな彼らは奴隷と呼ばれる存在であった。

 一人ずつ家畜のように檻の中に捕らえられている奴隷の数はおよそ二十名近くは存在していた。

 そんな奴隷の中で人間はたった二人しか存在しない。ほとんどが獣人、エルフ、竜族などといった亜人達であった。

 亜人達は高値で取引される、大事な商品であった。

 奴隷商人達は常に亜人達を奴隷に落とす機会がないかと目を光らせている。人間でも容姿や能力、そして年齢によって高値で売られる事があるが、亜人の方が高値で取引されるのだ。

 寿命も人間よりも亜人の方が長く、奴隷として長期間活用できる利点がある。それにエルフに関して言えば、容姿の整った者が多い。そういう容姿の整った者は、性欲処理の奴隷として高値で売れるのである。

 帝国内で奴隷は禁止されていないため、貴族の中には何人もの奴隷を所持している者も多い。カートスのように奴隷という存在を商品として扱う者も少なくはない。

 「では、行くか」

 カートスは檻の中で苦しむ彼らに興味がないといった様子で、老執事に告げた。

 それに老執事は答え、二人はまた歩き始めた。

そしてたどり着いたのはこの地下室の中でも一番奥に存在する部屋であった。厳重に鍵のかけられたその扉を老執事はあける。

 開け放たれた先には、宝石類や武器などといった様々なものが並べられている。

その中でも圧倒的な存在感を放っているのが、その部屋の中央部に存在する二人の言う「アレ」であった。

 それは、禍々しいオーラを纏っていた。

それは、一振りの大剣であった。

 それはその大剣は見る者にアレは「キケンだ」と思わせる何かがあった。

 事実、それは危険なモノだった。

 真っ黒な鞘や柄は全て『封紙』で埋め尽くされている。何十枚もの『封紙』によって抑えられているこの大剣は『魔剣』と呼ばれるモノであった。

 魔剣とは『悪魔の道具』と人々に恐れられるモノである。

 最も有名な『魔剣』について書かれている書物には、このように書かれている。



 それは意思を持ち、所有者を惑わす。

 それは契約を交わす事により、使い手に多大な力を与える。

 それは個別に異なる力と特徴を持つ。

 そして、それは人の魂を食らう神への冒涜の悪魔の道具だ。



 そう、『魔剣』とはそういうものであった。

 そして現在、カートスと老執事の前に存在するそれは、『魔剣』と呼ばれるものの一つであった。

 『封紙』が隙間がないほど貼られている事から、その『魔剣』が並みのモノではないことが窺える。それは、これほどの『封紙』を貼り付けなければ抑えられないほどの強大な力を持つのである。

 いや、それだけではない。

 これだけの『封紙』を貼っているというのに、カートスや老執事が不安に思うほどの実績と力をそれは持ち合わせていた。

 「子爵様、今の所変わった様子はないようですが…」

 「そのようだな。しかしあの『災厄の魔剣』がこうも簡単に人の手で封じられているなど私はどうも信じられんのだよ」

 それはカートスの心からの言葉でもあった。

 その黄色い目を『魔剣』へと向けながらも、カートスは一歩ずつゆっくりと『魔剣』へと近寄っていく。老執事もその後に続いた。

 それは、『災厄の魔剣』と呼ばれるものだった。

 『魔剣・ゼクセウス』――――凡そ百二十年ほど前に世界に姿を現したその『魔剣』はこれまで様々な人物の手に渡った。しかし、長く『魔剣・ゼクセウス』を扱えたものは居ない。

 噂では『魔剣・ゼクセウス』は気まぐれで、時折望むままに使われるが、飽きたら使い手の魂を食らうのだという。

 一番長い『魔剣・ゼクセウス』の使い手も、たった三年しかそれを使う事は叶わなかった。それは今まで長くても三年しか、使い手がそれを満足させ、飽きさせないでいる事が出来なかった事を意味する。

 『魔剣・ゼクセウス』よりも前から存在する『魔剣』は数多く存在する。しかしだ、たった百二十年で、これだけ名を広めた『魔剣』は他にないといえよう。

 「……」

 カートスは無言のまま、思わずと言ったように『魔剣・ゼクセウス』に手を伸ばす。しかし、その手は見えない何かによって拒絶を受ける。バチッという音と共に、カートスの手は弾かれたのだ。

 カートスは『魔剣・ゼクセウス』に触れる事は叶わない。

 それは『魔剣・ゼクセウス』の拒絶の証であった。

 力の弱い『魔剣』なら『封紙』をこれだけ貼られれば、拒絶する事さえもできない。それだけの力も残らない。

 それなのに、『魔剣・ゼクセウス』は確かにカートスに触れられる事を拒絶していた。

 それだけの力が残っている事がまず異常である。その事もあって、カートスは余計この『災厄の魔剣』と恐れられるモノがこれだけの『封紙』で封じられているのか不安なのであった。

 しかし、幾ら考えても答えは出てこない。

 拒絶はあるものの、カートスにはそれを判断する術はない。

 (…どうせ後三日で手放すものだ。それまで封じられていればいいか)

 結局、どうする事も出来ないカートスはそんな思考に陥り、そのまま老執事と共に地下室から消えていくのであった。



 地上へと戻っていくカートスと老執事の背後で、かろうじて表面に出ている黒い鞘が煌めいていた。



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