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キレイドアの、広大に広がる森の中でレイシアの怪我が治るまでの間、霧夜はレイシアを守りながらも世話を焼くことになった。
わけだが、正直言って魔剣である自分に看病をさせ、身を任せるレイシアには霧夜は呆れてしまったものである。
魔剣として生を受けて(こういう言い方をしていいのかわからないが)、百二十年、魔剣に身を任せる使い手なんて今までいなかった。
そのこともあって、霧夜はレイシアという存在を面白がりながらも看病をこなしていた。
「……あんた魔剣のくせに人間の看病うまいわね」
「俺は元人間だったっていっただろうが。もうほとんど覚えてねぇけど、なんとなく覚えてんだよ」
人間の姿を取っている霧夜は、感心したようなレイシアの言葉にそう告げる。
元々人間であったという『災厄の魔剣』ゼクセウスは、なんとなく人間だった頃の記憶を覚えているなどと告げる。
レイシアは、その人間だった過去について気にならないといえば嘘になる。しかし、霧夜は問いかけても話さないだろうと思えた。
―――自分が、ラインガルでの話をわざわざ霧夜に語らないのと同様に。
レイシアは目的のために霧夜を欲した。
霧夜はレイシアが面白い何かを起こしてくれることを期待して所有者とした。
二人の関係は利害の一致でしかない。であったばかりの一人と一振りの間に信頼関係なんてものがあるはずもなく、ただ互いに利害が一致しているから傍にいるだけである。
例えばレイシアは霧夜以上に使える魔剣が居ればそちらを手に取るかもしれないし、霧夜はレイシア以上に面白い使い手が現れれば迷わずそちらの手を取るかもしれない。
そういうものである。
そういう関係であるが故に、二人の会話はさっぱりしている。
「それにしても毒があるものとかもよくわかるわね」
「少なくとも長く生きているからな。そういう知識ぐらいはある。お前が知らな過ぎるだけだろーが」
「アキが知りすぎているだけよ」
レイシアと霧夜はそんな会話を交わしながらも、ただ、森の中を生きていた。
まだこのキレイドアの入り口で、危険度の低い場所にいる。少なくともレイシアの怪我が治るまでの間はあまり深い所までに足を踏み入れる気はない。そんなことをすれば、一瞬で深手をおったレイシアなんて死んでしまうことであろう。
レイシアがこうして命をつなぎとめているのは、《災厄の魔剣》が、霧夜がレイシアの事を面白いと感じ、生かしているからだ。
―――面白くないと一度でも思われてしまえば、レイシアの命なんてすぐに奪われてしまう事だろう。
そんなこと、レイシアは理解している。理解しているが、その心におびえは一切なく、驚くほどに図太い。
「いろんな話を俺は聞いてきた。俺の事を魔剣だと思っていない武器商の会話とか、俺を使って金儲けをしようとする連中の会話とか、嫌でも耳に入ってきたからな。最もあいつらは俺にここまでの自我があるなんて想像もしていなかったみたいだが」
「ま、それもそうよね。魔剣に意思があるってことぐらいは知っていたとしても、アキほどに自我を持ち合わせている存在なんて滅多にいないわ。ううん、そんな魔剣なんてアキだけかもしれない」
魔剣に意思があるということぐらいは周知の事実だろう。でもここまで自我がはっきりしている魔剣はそうはいない。霧夜自身も百二十年も魔剣として生きているが、自分以外にそういう存在が居るなんて話は聞いたこともなかった。
「だから幸福だと思うわ。貴方みたいな特異な魔剣を私の所持品にできた事を」
自我のある魔剣。脅威の力を持つ恐ろしい人外。手にするのも恐ろしいと人々に思わせる魔剣が自分の所持品であることは幸福だとレイシアは言う。
「で、とりあえず治ったらどうすんだよ」
「人が住まえるような土地があるか探す。そしてこの場所で人が暮らしていけるって証明するの。この土地に住まう魔物についても詳しく生息図や特性も調べる必要があるわね。ま、それはおいおいここを探索しながら暮らしていけばわかるとは思うけれど」
「……お前、俺が手に入れられなかったらどうするつもりだったんだよ」
「アキを手に入れられなかったとしても、私はここで生活をするつもりだったわ。だって、ここは私が目指す理想の国家を作るのに最も適しているってそう思うから」
誰にも負けない最強の国家を。目指す理想はそれであって、それをかなえるためならどんなことをするのだってレイシアは厭わない。
最強の国家をこのキレイドアに作りたいというのならば、まずこんな危険な場所でも人は生きていけるのだとそれを証明する必要がある。だからこそ、レイシアは単身でも、例え霧夜の事が手に入らなかったとしてもここに来るつもりだった。
横になったまま、今も霧夜が居なければ死にそうなぐらいなのに、それでもまっすぐに霧夜の目を見て、その言葉が本気だと霧夜に知らしめる。
(こういう面白い奴だから使い手にしたけれど、やっぱりこいつは面白い)
霧夜はレイシアの言葉を聞いて、そんなことを思って笑うのであった。
――そしてそれからしばらくして霧夜の看病の甲斐もあり、レイシアの傷は治るのであった。