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《あーあ、俺に看病させるなんてお前ぐらいだぞ》
地面に突き刺さっている、一振りの大剣が不服そうに声を上げた。
そのすぐ横には、大きな岩の上にぐったりと横になっているレイシアがいる。いつもかぶっている兜は脱ぎ捨てられており、無防備にその美貌を曝け出していた。
「いいじゃない、私に死なれると困るでしょう?」
レイシアは怪我がまだ完治していないのもあって、少し顔色が悪いままにそんな言葉を言い放つ。
一人と一振りがいるのは、キレイドア。
魔物が溢れる危険で未開な地域である。
ルインベルに面しているキレイドアの北側の部分は森である。その森はアントの森と呼ばれており、冒険者達の入る地帯は大体その森の浅瀬である。
そもそもキレイドアは未知の地帯だ。
奥にまで足を踏み入れられるものなどほぼ居ない。
そんな場所に手負いの女と魔剣が入るなど正気の沙汰ではなかった。
レイシアは草の上に寝転がっていた。その姿はもうすっかり元気そのものだ。それも霧夜による看病の賜物であった。
魔剣に看病をさせる使用者というのも他に例を見ないだろう。
《で、これからどうするんだ。聞いてなかったけど》
「国を作るっていったでしょう」
霧夜の問いかけにレイシアは笑って答えた。
《それはわかってるっつーの。そうじゃなくてだな、キレイドアで何をするかって事だよ。キレイドアに入ったのにも目的があるんだろ?》
「ええ。あのね、私、キレイドアに国を作りたいの」
《は?》
寝転がるレイシアのすぐ横に突き刺さっている霧夜は、流石に驚愕の声を上げた。
外は晴天。
木々に囲まれた場所で会話を交わす少女と魔剣。時折襲いかかってくる魔物達は霧夜が勝手に排除していた。
幸い襲いかかってくる魔物が雑魚だったため、霧夜だけでも対処が可能だったのだ。
《お前、此処に国を作りたい?》
「そう、此処に作りたいの」
《こんな魔物が溢れる地にか》
「ええ。此処だからよ。私は最強の国を作りたいの。なら此処は相応しいでしょう? キレイドアでも生きていける。国民も一定以上に戦える。そんな国がいいわ。それに此処以外は全て他の国の領土でしょう? 奪うのは面倒よ。だから新しく此処に作りたいの」
ふふっと笑って、事もなさげにそんな野望をレイシアは口にした。
最強の国家として相応しい場所――それがキレイドアだとレイシアは言う。国民達も一定以上に戦えて、誰にも負ける事のない国を作りたいと。
「だからね、とりあえずこのキレイドアで人が生きていけるって事を証明するの。私が生活出来ないなら他の人が生活できるはずがない」
自分が生活出来なければ、他の人がキレイドアで生きていけるはずがないときっぱりと言い切った。
《…じゃあしばらくキレイドアで生活するのか》
「ええ。そうよ。私は此処で生活して、ここについて色々知る必要があるもの」
《お前な、確かに土地は国において重要だけれども他にも大事な事があるだろ。人材とかさ》
清々しい笑顔で言い放ち起きあがったレイシアに霧夜は言った。
それに対してもレイシアは不遜な態度である。
「それは後からでもどうにでもなるわ。ラインガルが崩壊してから五年、色々な場所で人脈を作ってきたのよ。本当はもっとはやく此処に来て色々調べておきたかったのだけれども、路銀がなくてアーデュス大陸まで来れなかったのよ。アーデュス大陸に来る事とアキを手に出来た事、それだけでもとりあえず今は満足よ」
《これからだろ》
「ええ。これからよ。ようやく私に見合う魔剣を手に入れたんだもの。これで私はもっと強くなれる。《魔法》に対しても何か対策を練らなきゃいけないし、もっともっと強くならなきゃいけないけれど、絶対に国を作って見せるの」
決意に満ちた言葉を放つレイシア。
その隣には一振りの魔剣がただずんでいた。
このキレイドアに国を作る。
それが、少女の抱いた野望。
そして、この場所で人が生きていけることを証明することが、少女の国づくりの第一歩なのであった。