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「ちょっとは上手くいくようになったわね。あとはアキにぶら下がるのもありかしら」
《……よくバランス取れるよなぁ。本当にレイシアは運動神経がすさまじいな》
「この位練習すれば出来るわよ」
《いや、人だったころの俺は運動神経も体力も皆無だったから絶対出来なかったと思う。加護もちだからというのもあるけれど、それだけではなくてレイシアって元の運動神経というか、体幹がやばいと思う》
レイシアは霧夜の刀身の上に乗ってバランスを取ることに成功していた。
とはいえ、少しの時間だけである。宙を舞う『魔剣』の上に乗り、楽し気にする少女。……誰かに見られればさぞ噂になることだろう。
レイシアだからこそ、『魔剣』の上に乗って宙を舞うというのが可能である。彼女は霧夜が言うように大変運動神経が良い。軟弱な者であればまずその『魔剣』の上で立つことも出来ないだろう。
「人型のアキって、そんなに運動出来ないの?」
《『魔剣』になってからはまだ身体を動かせるようになった方だとは思う……。けどレイシアほどは動けねぇよ》
「ふぅん。そうなのね」
《お前ほど動ける奴なんてめったにいないだろうからな》
「それにしてもこのまま敵に突っ込んだら面白い反応されそうね?」
《実戦に突入させるには甚だ危険だと思うが》
「あら、私とアキが揃えば大丈夫じゃないかしら? 思いっきり暴れられたら楽しいことにしかならないわよ」
レイシアは楽しそうに笑いながらそんなことを言った。
その場に居るのはレイシアと霧夜だけである。森の中でマイペースに宙に浮く霧夜の上に乗る練習をしていたのだ。
「ちょっとぶらついて敵見つけたら飛び込みましょう」
《いきなり実戦はかなり危険だからおすすめしない》
「本当にアキって『魔剣』のくせに保守的ね? どうせ、アキは聖教会に回収されて破壊されるとか以外だと滅びることもないんだからもっとどんどん行きましょうよ」
《いや、俺はいいけど、レイシアは人間だろうが。レイシアに死なれるのは俺は嫌なんだよ》
「大丈夫よ。こんなに楽しいことの最中に死ぬなんてしないもの」
新しいことを始める際や誰かと戦いに向かう時、少なからず不安や心配を感じるのが普通である。その点でいうとレイシアよりも霧夜の方が人間味があるのかもしれない。レイシアは全くそういう感情は抱いていないらしい。その様子に霧夜は呆れた様子を見せている。
結局なんだかんだ霧夜はレイシアがやることに対して甘いので、それは決行されるのである。
――森の中を闊歩する者たちの前に現れる、大剣の上に立つ少女。
「なんだ、あれは!!」
「剣の上に人が乗っている?」
宙に浮かぶ剣と、その上に立つレイシア。
その光景は異常の一言に尽きる。この場所がキレイドアという未開の地であることがより一層、その状況の異質さを強調している。理解不能なものが目の前にある状況に陥ると、人は混乱してしまうものである。
彼らも総じて、その現実味のない光景に混乱していた。
レイシアが美しい顔立ちをしているのがより一層、人ではない何かを目撃しているようなそんな気分にさせてしまっているのかもしれない。
「この状況でどうしようかしら。アキの上に立っているとちょっと動きにくいわ」
《そりゃそうだろう。……レイシア、宙からあいつら見下ろしたかっただけで対峙した後にどうするか考えてなかったのか?》
「ええ。そうね」
《自信満々に頷くなよ。それでどうするんだ?》
「そうね」
レイシアは楽し気に笑うとその場で屈み、柄に手をやる。そしてそのままその『魔剣』にぶら下がるような形をとる。
「アキ、これでそのまま突撃しなさい。地面が近づいたらどうにでもするわ」
《はいはい》
霧夜は彼女の言葉に頷くと、そのまま敵を殲滅すべく突撃した。
物凄いスピードで向かってくる『魔剣』とそれにぶら下がる美しい少女。
それを真正面からどうにかしようという考えは彼らには浮かばない。それだけその光景が異常で、怖ろしいものだったから。
「情けない連中ばかりね。私のことを怖いと言うのならばそもそも攻め入ってこなければいいのに」
《実際に向き合わないと分からないんだろう。自分が相手にしようとしているのが何なのか》
「まぁ、いいわ。ちょっと空を飛んだり遊びながら、こいつら全員殺しましょう」
《……危険そうなら遊ぶのは却下な》
「私とアキが揃っててそこまで危険はないわよ。寧ろ空に逃げた方が手出しは出来ないから安全でしょ」
《お前、空を飛びたいだけだろ》
戦闘の最中というのに、彼と彼女は相変わらずである。
目の前で対峙している者たちは怯んでいる。理解が出来ない存在を前に及び腰であり、へたり込んでいる者や逃げようとしている者もいる。なんとかレイシアに切りかかろうとしても、即座に切り捨てられる。その様子を見ていれば、戦意が徐々に失われていくのも当然のことだった。
それも魂を喰われていく様子を見せられているので、その心が恐怖心に染まるのも道理である。
一人残らず彼らに遊ばれながら、敵対する者たちの魂は喰われていった。
残されたのは魂が抜けた亡骸と、楽しそうに笑う二人でだけである。