5
レアシリヤの城が建設され、次は街に取り掛かっている。
森の中にそびえたつ巨大な漆黒の城。それが驚くほど短期間で出来上がったことは、他の国にもそれはもう広まっている。
相変わらず書簡は届き続けており、それはレイシアの望まないものばかりが書かれている。
書簡を届けに来たものの一部は、道中でその命を落とすこともしばしばあるようだ。それだけこのキレイドアという土地は危険な場所である。
「本当に、どいつもこいつも上から目線で仕方がないわね」
レイシアはぐしゃりっと届いたそれを握りつぶす。
《すげぇ、顔がこわばってる》
「それはそうよ。アキも読みなさい」
霧夜はレイシアの言葉に、その身体を人の姿へと変化させる。そしてくしゃくしゃに握りつぶされたそれを手に取り、書いてあることに目を通した。
「うわ、これはレイシアが怒るのも分かる」
「でしょ? というか、あんたも怒りなさい」
「俺はこれでも怒ってる」
「本当かしら?」
彼女はそう言いながら、霧夜の顔を覗き込む。
その書簡に書かれているのは、他の国からの申し出と変わらない自分勝手なもの。それだけではなく、『ラインガルの血を引くレイシア姫を我が国に妃として迎え入れよう。そのような荒々しい土地を統治するのは男でなくては』などという彼女を望むものである。
レイシアは中身はともかくとして、見た目は美しい少女である。
一目見たら忘れられないような、そんな美しさを持つ。
それでいてラインガルという偉大なる王家の血を持つ少女となると、求める者はそれだけ多いだろう。
「私に妃になれだなんて、愚かだわ。私はこの国の女王を名乗っているのに、馬鹿にしているわね。確かに女性が治める国は少ないけれども、女王が居てはならないなんて決まりはないのに。大体、あっちが主軸っていうのが気に食わないわ。私と縁を結びたいなら向こうから来なさいよ。婿になるではなく、嫁ぐ用にと言っている段階でこちらを見下しているわ」
「……レイシア」
「あら、アキ。そんな目で見ないでよ。私は例えば婿に来ると言われても断ったわよ? そういう有象無象の存在よりも、アキの方が私にとって価値があるもの。アキは私が他の男とそういう仲になったら、あんたの子を産ませてくれなくなるでしょ」
「……まぁ、そうだな。俺は伴侶を他の男と共有する趣味はない」
身分の高い存在であるのならば、その分伴侶が沢山いるという場合は多い。それは跡継ぎが必要だから。血を繋いでいくことも高貴なる身の義務であるから。
そういうこの世界での常識を霧夜は知っているけれど、そのあたりの感覚の基準はやはり人として生きていた頃なのだ。
「あんたがそういうから、誰かを受け入れる気はないわよ。例えばそれで戦争になったとしてもね。アキだってそういうことになったとしても拒否するでしょ?」
「ああ」
誰かのためにと犠牲になること。何かを譲歩すること。
それは人によっては美徳なのかもしれないけれども、少なくとも彼らは自分の意思に反する取引を行うつもりは全くない。
「一先ず断りの文は書くけれど、それでどう動くかよね。どうしても私とこの国を手に入れようというのならば力づくでは来るだろうし」
「その時は、全員ぶっ飛ばせばいいんだろ」
「ええ。その通りよ。アキに沢山、魂を喰らわせてあげる」
「聖教会が全力でこちらを潰しにかかる可能性も考えておかないとな。あいつらは厄介だし」
「アキに喰らわせまくっていたら寄ってきそうよね。それも全部排除してこそ、最強国家よね。聖職者にとって忌み嫌うものを沢山並べてもいいわ。相手が魔法を使うっていうのならばそのあたりを阻害するものも沢山用意させるわ。罠ももっと並べて、この場所を攻め落とせないようにしておかないと」
この場所は要塞化が推し進められている。
結局のところ、攻め入られたとしても耐えることが出来ればなんとでもなる。女王であるレイシアさえ死なずに生き残れていればどうにでもなる。
「俺をどうにかするために『聖剣』でも持ってくるかもな」
「それもどうにかしてこそよ。圧倒的な力で勝てるのが一番ね。そうしたら私たちの国に手を出そうなんて思わなくなるでしょう。それにアキに魂を喰らわれたくないと恐れるものは、こちらに攻め入ることもなくなるだろうし」
「敵対する者にどれだけ容赦なく撃退するかを見せた方がいいな。周りがこの国を恐れれば恐れるほど、この国は平和になる」
――敵対する者に対しての甘さなどは不要。相手がどういう者だろうとも、自分たちの作ったこの場所を攻めてくるのならば、全員もれなく殺す。
彼らはそんな思考をしており、今後のためにも最初が肝心だと思っている。
残酷に、容赦なく。
そうすることに意味がある。
さて、そんな彼らの前に現れた最初の犠牲者は……、魔物狩りをしていた国民に襲い掛かった騎士たちだった。




