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魔法使いというのは、本来ならば倒すことの難しい存在である。
その魔法使い本人が幾ら接近戦が出来なかったとしても、基本的に魔法使いというのは重宝されるものなので周りに守られて、その命が散らされることが少ない。
しかし、今、加護もちの少女レイシアの手によってその貴重な魔法使いの命は失われていく。その魂さえも『魔剣』が喰らいつくし、彼らは神の元へさえ行くことが出来ない。
「ひぃいい」
「『魔剣』に魂を喰われたくない!!」
――レイシアの持つ武器が『魔剣』だと理解した彼らは、騒ぎ、逃げていく。
『魔剣』に魂を喰われてしまうことは、人を恐怖させるには十分なことだ。
レイシアは霧夜に魂を喰われたいなどと言っていたが、そういう考えを持つものは基本的には居ない。
『魔剣』に魂を喰われたくないと、彼らは逃げ回っている。
「逃げるなんて情けないわね。叶えたい望みがあるのならば、自分の命を犠牲にしてでも死にもの狂いで殺しにかかってくればいいのに」
《それだけの覚悟がある奴なら、死に物狂いで向かってくるだろうな》
「そういう相手なら、少しは敬意を表してやってもいいのだけど」
レイシアは偉そうにそんなことを言いながら、顔色一つ変えずに霧夜を振るっている。
その『魔剣』を返り血で染め、その命を奪っていく。
時折、魔法使いがレイシアに向かってくる。
その魔法は、彼女にはあたらない。
魔法にあたるだけでも人にとっては基本的に致命傷だ。向こうは一撃だけでもこちらにあてればそれだけで効果的だ。魔法使いを相手に一番重要なのは、その魔法にあたらないことである。
《レイシア、後ろは俺が対応する》
「任せたわ」
霧夜が自分の意思で動き、その魔法で形成された土の塊を地面へと叩き落した。レイシアは霧夜が魔法の対処をきちんとしてくれると理解しているのだろう。全く心配した様子もなく、不安も焦りもない様子でのびのびと戦っている。
魔法使いをまた一人、二人と殺していく。
レイシアに向けた魔法は結果として、彼女に一つもあたらなかった。
彼らの魔法は、全く清廉されていない威力の弱い魔法。
「どうせならもっと魔法を使える存在が居ればいいのに。そういう人を私とアキで倒せれば、私たちが最強だってもっと示すことが出来るもの」
《あんまり強力な魔法を使う魔法使いだと、こっちが死ぬだろ》
「あら、そういう存在相手でも勝てるからこそ最強なのよ。どんな相手にも勝ち続けなければ最強国家とは言えないもの」
レイシアは何処までも欲望に忠実な少女である。
何があったとしても、自分の望みを叶えようとそう決めている。
どこまでも強く、誰よりも最強でありたいとそう願っている。
レイシアの目指す最強国家は、その名を周りにその名を轟かせるものだ。それでいてその名を聞いただけで、誰もが恐れおののくような――そんな国にしたい。
その国の女王であるレイシアが誰よりも強くあることが望ましい。力の象徴であり、誰もが跪くようなそんな風にならなければならない。
――殺して殺して殺して、それを続けていけばレイシアの周りには人はいなくなった。
ずっと続くかのようなその戦いは、終わりが訪れる。
レイシアが敵を殺しまくっている間に、ヨームたちも城の制圧が完了したらしい。
「レイシアさん」
『魔剣』を手に、返り血でその身を染めた少女に反乱軍の一人が近づく。
彼はレイシアを前に青ざめている。ためらいもせずに敵の命を狩って行った様子を見て、怖れているのだろう。
ヨームを含む反乱軍の者たちは、なるべく相手を殺さないように戦っていた。必要であれば殺しているが、基本的には生かそうとしていた。それだけ残忍になれないのか、それとも割り切れないのか……。
そういう者とはレイシアは全く異なる。
やると決めたら、とことん行動を完遂させる。
「……城へ案内します。これ以上向こうは抵抗しないそうなので、勝手な真似はしないでくださいね」
その言葉はまるでレイシアが、敵を見つければ相手の敵意が失われていても殺し切るとそう思っているのかもしれない。
警戒心と恐れのようなものがにじみ出ている。
《レイシア、警戒されてんじゃねぇか》
「失礼よねぇ。流石に向かってこなきゃ、殺さないのに」
霧夜とレイシアは心の中でそんな会話を交わす。
レイシアは脳筋と称される少女で、考えるよりも動く。しかしだからといって思考する人間である。獣のように本当に何も考えていないわけではない。それに暴れることは好きだが、殺戮自体を楽しんでいるわけではない。そのこと自体に愉悦を感じるほどに関心はないのである。
周りには中々理解されないだろうが、それがレイシアである。
ただレイシアは周りに理解されなくても特に気にはしない。そういう視線などはどうでもよく、ただ自分が好きなように生きられればそれでいいのである。
そして周りから恐れの表情を向けられながらも、レイシアと霧夜は元ラインガルの城へと向かうのであった。