15
レイシア・ラインガルは、レオソドアの加護を歴代のラインガル王家の中でも強く受けている少女であった。
その片鱗は幼い頃から現れていた。
例えばまだ五歳の幼い姫が騎士達でさえ持つ事の困難な銅像を一人で持ち上げたり。
例えば五歳年上の男の子と腕相撲で勝ったり。
例えば驚いて誰かの手を掴み、その相手の指をおってしまったり。
強すぎる加護であるが故に、困難があった。苦労があった。
力加減が出来ないほど幼い頃は人を傷つけた事もあった。
だけど、それでもレイシアにとってこの強すぎる加護はない方がよかったなどと間違っても言えるものではなかった。
ラインガルが滅んだ時、逃げだせたのは体力とスピードがあったからだ。
一人で幼い子供が旅をする中で、カツアゲなどにあった時に対処する事が出来たのもそのおかげである。
今、生きているのはこの加護があったからだとレイシアは思っている。
そして国を作るという野望を叶えるためには、この加護は必要なものだ。だからこそレイシアは加護を与えてくれた戦の神レオソドアに感謝をしている。
今、此処でレイシアはその力を振るっていた。
十数人もの男たちがレイシアに飛びかかった。レイシアのすぐ傍にいた放心状態のメナトはそのうちの一人にさっさと回収されていた。
「数が居れば私に勝てると思っているの?」
レイシアは笑った。
そしてすぐに動き出す。
多対一の戦闘というのは、一人で大勢を相手にしなければならない一人の方が圧倒的に不利である。まずその戦力差を覆す事はたやすいことではない。
それを覆すために必要なのは、圧倒的な力である。
レイシアは飛んだ。
地面をけって上空へと飛ぶ。男達よりも高い位置まで跳躍し、着地は一人の男の顔面だった。顔を蹴るように着地して、まず一人を戦闘不能に追い込む。
それを見てレイシアに向かって飛びかかる男達。
レイシアはその剣筋を慣れた様子で避けていく。避けきれないものは霧夜で受け流す。
金属と金属がぶつかり合う音が響く。その際に相手の男たちの長剣は一つ、二つと切断されていく。
同じ武器でも普通の武器と魔剣は大きく違う。
数多の人の魂を食してきた魔剣、『災厄の魔剣・ゼクセウス』にとって金属を斬る事は難しい事ではない。
もちろん、それは使い手の技量にもよる。
レイシアはそれを起こすのに充分な技量と力を持ち合わせていた。
そして武器を失い呆然としている男達は、霧夜の餌食となった。
レイシアが魔剣を振るい、その魔剣が男達の命を奪ってく。
それは対等な戦いと呼べるものではなく、まるでレイシアという獣によって男達と言う餌が狩られていく―――そんな狩り場のようなものだった。
加護を持っている者と持っていない者。
その差は大きい。
それに加えてその加護持ちのレイシアが『災厄の魔剣・ゼクセウス』と呼ばれる魔剣を手にしている。
まず、普通の人が勝てるわけがないのである。
そこには圧倒的な強さがあった。
そうしてレイシアが男達を葬っていく中で、新たにその場にやってくる者たちが居た。
「何をしている!?」
それはこの街の警備兵達であった。
レイシアとその周りに散乱している死体を目の前にして、顔を強張らせていた。レイシアはそれに対して一瞬顔をしかめた。
「あら、私は喧嘩を売られたから戦っただけよ」
レイシアは只そう答えた。
《おい、こいつも殺せばいいだろ》
(魔剣だからってアキは物騒ね、これで話が収まるならいいじゃない)
霧夜の意見にくすくすと笑って、レイシアは答えた。
基本的に脳筋な考えを持つレイシアだが、相手を自分の敵と定めない限りはなるべく殺さないようにしているのが彼女である。とはいっても彼女は敵と定めたものに対しては全く容赦がない。
レイシアは極端だ。
味方だと定めたら最後まで守り抜くし、敵だと定めたら徹底的に潰す。
「この人数を相手に生きているとは……」
死体へと視線を向けて放たれたのはそんな言葉である。
口調からして女。
一人の女が十数人の男達を葬りつくす。
それは言葉にすると簡単なように見えるが、決して誰にでも出来る事ではないのだ。
警備兵達は眉を潜めている。
それはレイシアに対する不信があったからである。
隅で唯一生きていたメナトが異常なほど震えているのもまた、警備兵達がレイシアに対して訝しく思う一つの要因となっていた。
「詳しく話を聞こう」
「いや、待ってください。あの女の持っている大剣……」
警備兵の代表らしい男の言葉を止めたのは、後ろにいた部下であった。
その目は食い入るように霧夜―――『災厄の魔剣・ゼクセウス』に釘付けであった。
「あれは……、魔剣ですよ!」
その叫ばれた言葉に、その場は固まった。
《おい、話が収まりそうにないじゃねぇか。やっぱ殺すか》
(何で気づくのかしらね。気づかなければよかったのに)
《見る人が見れば普通に気づくだろ》
言葉を発さずに霧夜とレイシアはそんな会話を心中で交わす。
レイシアの手にしている得物が魔剣だという事を理解した警備兵達の目は厳しかった。
それも当たり前だろう。
現在の街の状況は魔剣のせいである。
魔剣が暴れている――その情報故に危険だからと民衆は家へと引きこもった。
その事実を考えれば、レイシアが相手を葬っていたのは暴れている一環にしか見えないものである。
少なくとも警備兵達は魔剣を手にし暴れていた人物がアイドであった事も詳しくは知らない。それに加えて魔剣を手にしているものは総じて狂うものというのが一般常識であった。
――狂ったようには見えないけれども、狂っている。
結果として狂ってるようには見えないけれども狂っている、というのが警備兵達のレイシアに対する認識となった。
そういう認識になれば後は想像できるだろう。
警備兵達は得物を構えて、レイシアを囲んだ。
「……面倒だわ」
そしてたため息交じりに呟かれた言葉と共に、また狩り場が形成されるのであった。