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「私に何の用かしら?」
「レイシアさんと、話したかったんです。噂でだけずっと聞いていた貴方と話してみたかった」
女性はそんなことを口にしながら、レイシアに視線を向けている。
その視線に込められているのは、憧れや期待のようなもの。元ラインガルの姫であるレイシアに対して彼女が特別な感情を抱いているというのが分かる。
「手短に話しなさい」
「……レイシアさんは、過去のことに触れられるのを嫌がっていると聞きました。でもこの場では許してください」
「それで、何が言いたいの?」
「私はラインガルが栄えていた頃のことを、詳しくは知りません。その頃私はまだ子供だったから。その頃のことを覚えていません。レイシアさんのことは噂でしか聞いたことがありませんでした」
「それはそうね」
その女性はレイシアと同じ年頃なのでそういう記憶があまりなくても仕方がない。
レイシアの場合は、ラインガルの王家が倒れる瞬間をこの目で見ていた。だからこそ、レイシアにとっては記憶に残っているものだ。しかし一般のラインガルの民に関しては、子供だと反乱で危険な目にはあっていなかったのだろう。
女性や子供は率先して避難させられていたのだ。
レイシアはラインガルの姫だったからこそ、そういう惨劇を目にしなければいけなかった。
だけど彼女に関して言えば平民の娘であり、そういうものを実際に目の当たりにしたわけではない。
「……私はお父さんが、そうであった方がいいからとずっと言ってきたから。ラインガルの地を取り戻すことが悲願だとそうずっと聞かされてきたから……。そうあるべきだと思って、手伝ってきました」
――彼女はそう言い切って、レイシアのことを見る。
過去のラインガルの亡びた時のことなど、彼女は知らない。ただただ家族がそれを望み、それが悲願だと言い続けたからラインガルの地を取り戻すことだけを望み、こうして反乱軍に所属していたというのに過ぎない。
「……だけど、レイシアさん。貴方は元々ラインガルのお姫様という立場でも、ラインガルの地を取り戻すことを悲願としていない」
「それはそうよ。私はそれよりも叶えたいことがあるもの」
「……私はラインガルの地を取り戻すべきだと思っていました。不当に奪われてしまった大切な故郷だから。でもレイシアさんのことを見ていると、本当にそういうものなのか分からなくなっています」
「それは貴方自身が決めることよ。そもそもラインガルがああなったのは、国民たちが王家に反旗を翻したからというのが大きいわ。自分たちで手放してしまったものを、後悔して取り戻そうとしているっていうのが貴方たちでしょう? そもそも物事にすべきというのはないのよ。そんなものは個人個人が決めることであり、誰かから定められるものではないわ」
「……レイシアさんは、私たちのことを恨んだりしていないんですか?」
「あら、どうして?」
「だって国民たちが王家に反旗を翻したからそうなった……とレイシアさんは言いました。私だったら、国民たちが王家を裏切ったせいだって恨んでしまうと思います」
彼女はそう言って、レイシアのことを見る。
「恨みなんてないわよ。起こってしまったことは仕方ないもの。朽ちてしまったものは、もう二度と同じ形では戻らないものよ。例えばこれから元ラインガルの地を取り戻して、貴方たちがラインガルを名乗って国を復興させようとしても、もうもとに戻らないものがあるもの」
――朽ちてしまったものは、もう二度と同じ形では戻らない。
元々ラインガルをおさめていた王家は、レイシア以外が死に絶えた。そしてレイシアはラインガルを治めるためにこの地に戻るつもりはない。
加護を持ち、最強とうたわれた国はもう二度と戻らない。
違う形の、レイシアが故郷としていた頃のラインガルとは別のものが出来上がるだけである。
「レイシアさんは……全然悩んだりしていないですよね。私は皆がそういっているからって流されているだけで……だからレイシアさんがラインガルのことを割り切っているのが眩しいです」
「今から自分が思う通りに動けばいいじゃない。要は重要なのは自分がどうしたいかなのよ。貴方が元ラインガルの国民だからってその地を取り戻すことを強要されることが当然だなんてそんなわけはないもの。生い立ちで縛られて苦しいっていうなら、私の国にきてもいいわよ」
「……レイシアさんの国に?」
「ええ。私の国はまだまだ人が少ないから、国民は幾らでも欲しいわ。それでいてそれぞれの事情もどうでもいいの。私の国の国民になるっていうなら、貴方が悩んでいることが全部関係なくなるわよ」
レイシアが笑ってそう提案すれば、女性は何かを考えるような素振りで黙り込んだ。
「まぁ、来るって言うなら受け入れるわよ。私はどんな人でも受け入れる気しかないから。ついでに他にも同じような悩みを持つ連中がいるならそれも受け入れてあげるわ。取り戻さなければいけないとか、そういう煩わしいことを嫌がっているのならば、それもありだと思うわよ」
黙り込んだ彼女にレイシアはそれだけいって、そのままその場を後にするのであった。