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「レイシアさん、今日はこの街に泊まりますからよろしくお願いします」
「分かったわ」
ラインガルまでの道のりで、道中に存在する街に泊まることも時々あった。
今回は以前国民探しの際に寄った街ではなく、レイシアの訪れたことのない小さな港町に滞在することになった。
人口はそこまで多くない、素朴な港町。
ただし聖教会の影響が強いのか、信者らしき人の姿は見られる。
その街でレイシアたちは宿を取った。宿の一室はレイシア一人で使うものである。最も霧夜もいるので実質は二人ともいえるが。
「……レイシアさん、それが『魔剣』だとは知られないようにしていただけると助かります」
「聖教会の信者が沢山いるからよね? 大丈夫よ。アキは聞き分けが良いからちゃんとするわよ。まぁ、何かあってアキが『魔剣』だと知られたとしてもどうにでもすればいいだけよ」
「……レイシアさん、お願いします。どうか、そのような物騒なことはしないでください」
「ふふっ、分かっているわよ。今回の目的はあくまで元ラインガルの地を取り戻すことだものね。私もちゃんとその辺は分かっているわよ。だから聖教会とやりあうにしてもなるべく帰り道にするわ」
「……やりあわないという選択肢はないんですか?」
何とも言えない表情を浮かべて、そんな風に言う元ラインガルの民の男性。
彼からしてみればわざわざ聖教会という強大な存在を敵に回す必要はないのではないかと思っているのかもしれない。奪われてしまったラインガルの地を取り戻すなんていう目標を立てているにも関わらず、そういう風に保守的な部分があるからこそまだラインガルの地は奪われたままなのかもしれない。
「私の国にはアキが居るわ。『魔剣』であるアキを国作りに携わらせている国を聖教会が認めるはずがないから、聖教会と戦うのは決定事項だわ」
そう口にしたレイシアを男性は何か言いたそうに見ている。
「何よ、何か文句あるの?」
「わざわざ聖教会を敵に回してまでその『魔剣』を使用する理由はあるんですか? レイシアさんが国を作りたいというのならば『魔剣』を建国に携わらせるよりも聖教会と親しくした方が楽だと思うんですか」
「そんなことをしたら国政に聖教会が口出してくるじゃない。私は私の国を好きなように統治するつもりしかないのよ。私がやることなすことに色々言ってくる存在は要らないの。それにアキが居た方が楽しいもの」
一般的な感覚しか持たない彼からしてみれば、わざわざ世界中に信徒の居る聖教会を敵に回す必要性が分からないのだろう。『魔剣』とは基本的に忌むべきものとされている呪われている武器である。そんなものをわざわざ所有し続ける意味が理解出来ないのだろう。
《お前たちさぁ、レイシアに力を貸してもらおうとしている立場でごちゃごちゃ意見を言うのはやめろよ》
「……」
《レイシアが聖教会と敵対するかしないか、俺を所有するかしないかもすべてレイシア自身が決めることであって他国民であり他人でしかないお前たちがどうこう言うことではない。それにどうせあの国の存在が広まれば聖教会は徹底的に潰そうと躍起になるはずだ。お前たちが助力を頼んだ相手は聖教会と敵対することが決まっている存在だ。レイシアを動かす条件としてラインガルを取り戻せた暁にはレアシリヤの地を助けるとお前たちはいっただろう。その行為自身が聖教会を敵に回すことだ。もう既にお前たちだって、取り戻したラインガルの地だって聖教会の敵みたいなものだろう》
霧夜が淡々と冷たい口調でそう言い切れば、その男性は息をのんだ様子だった。
レイシアの力を借りるために、そういう条件を口に出したのは彼らである。しかし彼らはそこまで思い至っていなかったのだろう。自分たちが聖教会の敵だと『魔剣』に断言されて少し青ざめている。
(本当になんて言うか、人っていうのは自分の信じたいものを信じて、良い方向に行くと思うものだよな。人だったころの俺と一緒で誰かが助けてくれるはず、なんとかなるはずってそんな淡い期待を勝手に抱く。元ラインガルの地は取り戻せたところで、その後継続してその地を治め続けられるかっていうのはこいつら次第だけど……聖教会をそれ相応の覚悟がないならまた潰されて終わりそうだ)
霧夜はそんなことを考えながら男性を見る。
覚悟も何もかも足りない。取り戻したいと思っているのは本音だろうけれども、どんなものを対価にしてでもそれを成し遂げるといった気持ちが何もかも足りないように霧夜は思った。
「あら、気づいてなかったの? 貴方たちが私の国を助けようとすれば、それは聖教会を敵に回すことよ」
レイシアも霧夜に続くようにそう口にした。
レアシリヤの土地はキレイドアという未開の地の奥深くにある。それはある意味自然の要塞のようなもので、そこまで敵が辿り着くのも時間がかかる。しかし元々ラインガルのあった土地は既に開拓されている場所である。だからこそレアシリヤの存在が広まった時、ラインガルの方もさぞ大変なことになるだろう。