8
レイシアたちはキレイドアの地を抜けると、そのまま船着き場へと向かう。
――このまま船にのって、元ラインガルのある大陸まで時間はかかる。その場所まで船でゆられる。
「アキ、船の上は気持ちが良いわね」
《そうだな》
レイシアは楽しそうに笑いながら、船の上から海を見下ろしている。
青い海を見つめるレイシアの瞳は、好奇心に満ちている。
これから何が起こるのか、そのことを考えるだけで楽しくて仕方がないのだろう。元ラインガルの地を取り戻すということは、簡単なことでは決してない。
それでもレイシアと霧夜にとって、そのことはそこまで気を負うことではないことは確かなのだろう。
《レイシアは両親の形見だと何が欲しいとかあるのか?》
「何でもいいわよ。本来なら私の手に入ってくるはずのない、元ラインガルのものだもの。どんな形でも私の国に役立つわ」
《そこで情に訴えた話をしないのが、レイシアだよな》
「何よ、アキは私に両親の形見が手に入って嬉しいって感涙でもしてほしかったの?」
少し馬鹿にしたように、レイシアは鼻で笑う。
《別に、レイシアらしいなと思っただけだ。ただそうやってもしレイシアが両親の形見を手に入れられるって感激していても、それはそれでいいかなって思ったけど》
「……アキって、身体重ねたからか、私に若干甘くなってない? あんた、《災厄の魔剣》なんて呼ばれている物騒な存在なのよ? もっとシャキッとしなさいよ」
《うるせぇな。俺は人としての感覚が少なからず残ってんだよ。そりゃ、一応伴侶なんだろ、そのくらいの情は湧く》
「ふふっ、そんなことを言っているアキは面白いわね。まぁ、アキが私がやることなすことに反対しなくなるならそれはそれで楽だからいいわ」
《いや、甘くなることと反対しないことは別だろ。レイシアがやらかすことで問題がありそうなら俺は止めるぞ》
霧夜はなんだかんだ、レイシアという少女そのものを面白い存在と思っている。それでいて身体を重ねて、情もわいている。……だからこそ、霧夜の思う”レイシア”という少女と違う行動をレイシアがしたとしても受け入れるだろう。
「まぁ、私も両親の形見が手にが入ること自体を喜んでいないわけではないわ。私の親は統治者としては駄目だったと思うけれど、親としては私にとってたった一人の父親と母親だったから」
――国民に反旗を翻され、亡びた国の王と王妃。上手く対応が出来ていたのならば、ラインガルは最強国家と呼ばれていたまま存在していただろう。
だから統治者としては駄目だったとレイシアは思う。けれども、その王と王妃はレイシアにとっては唯一の両親で、過去を振り返らないレイシアにとっても大切な存在だったことは確かである。
《なら、良かったな。その大事な両親の形見を取り返すことが出来るんだから。それは本来レイシアが受け取るべきものだっただろう」
「そのまま当たり前にラインガルが存在していたらそうね。私が全て受け取っていたはずだわ」
《なら別に本来手に入らなかったはずのものではないだろう。寧ろこれから取り戻すラインガルの地も、レイシアの両親の形見も――本来ならレイシアのものなんだ。奪われたものを取り戻す感じじゃね?》
「私は自分をラインガルとは何も関わりがないものって認識だもの」
レイシアははっきりとそんなことを言う。
それはそれだけレイシアという存在が、過去と決別しているからと言えるだろう。レイシアは過去を振り返らない。だからこそ、元ラインガルの地を取り戻すという頼まれごとに関しても全く持って心が動かされた様子はない。
――それでもレイシアがラインガルのお姫様だったという過去は紛れもない事実である。
《レイシア、レイシアの両親の墓はラインガルにあるか?》
「あるわね。……亡びた国の王族の墓だから、どうなっているかは分からないけれど」
《なら、折角だから挨拶にでもいくか。レイシアは墓参りなんてする性格じゃないだろうけど、俺はレイシアの両親には挨拶はしたいからその墓に行きたい》
「アキってその辺、義理堅いわよねぇ。本当に『魔剣』らしくない部分も多いわ。でもアキは『魔剣』らしくぶっ飛んでもいるのよね。本当に面白いわ。いいわ。アキが挨拶をしたいっていうなら、墓に連れてってあげる。でもそうね、それも……ラインガルの地を取り戻さないとかなわないことだわ。さっさとラインガルを取り戻すことと、アキの望む挨拶を終わらせましょう」
レイシアは楽しそうに笑いながらそう言って続けた。
「アキ、それらの目的を終えた後は帰りながら観光でもする? この遠出がアキの言う新婚旅行ってやつならそういうのをやるのもありだと思うけど」
《まぁ、そうだな。目的を終えたらちょっと遊びながら帰るか》
そして船の上で、レイシアと霧夜はそんな会話を交わすのであった。
そうやって楽し気に過ごしているうちに、時間はあっという間に過ぎていき、船旅は終わる。




