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「うーん、騒ぎになってるわね」
《そりゃ、俺派手にやったからな》
「もっと穏便にやってくれたらよかったのに。此処から出るの少し面倒だわ」
《穏便に事を済ます魔剣なんていねーつーの。大体穏便にってなんだよ。小規模でちまちま事件を起こすとか俺の柄じゃねぇし》
裏路地を後にしたレイシアと霧夜は、広場を見渡しながら会話を交わしていた。
街の外に行くために最短の距離を移動しようと、大通りを通ろうとレイシアはそこを建物と建物の間から覗いていた。
『災厄の魔剣・ゼクセウス』の起こした騒ぎにより、街は騒然としていた。一般市民は家へと引きこもり、代わりにいかつい男たちが徘徊していた。
警備兵達も含めてかなりの人々が件の魔剣――霧夜を探しているようである。
レイシアの外見は傭兵や冒険者といった風貌であるから、堂々と歩いていればバレないかもしれない。が、魔剣が大剣だと知っている者がいれば大剣を背負っているというだけで引きとめられる可能性もあり得た。それを考えるとレイシアは思わず面倒だと思ってしまう。
そもそもレイシアとしては目的のものが手に入ったのだからさっさとこの場からずらかりたいというのが一番の感想であった。
「どうしよう」
レイシアは困ったように口を開いた。
《あ? 俺が居るんだから力づくでぶちのめして去ればいいだろう》
「私一応平和主義なのよ?」
《どの口が言ってやがる。平和主義の女は俺が人の魂喰うの見て平然となんてできねぇよ》
自称平和主義なレイシアに対して、霧夜は呆れたようにいった。
《あ、あとレイシア。人前では心の中で喋ってやるから口に出して答えるなよ》
「…え。出来るかしら。つい口で答えそう」
《出来るかしらじゃなくてやれよ。やらなきゃ明らかに変人だからな》
「貴方魔剣の割に結構常識人よね? 何、私に向かって『殺せ殺せ』って言ってたのはキャラ作ってたの?」
会話を交わしながらも移動する。時折人とすれ違ったものの、幸い引きとめられる事はなかった。
《…ああした方が魔剣らしいだろうが。俺は人間として死んでから魔剣として人生楽しく面白く生きようと決めたんだよ!》
どうやら魔剣らしく振舞おうと思って、あのような態度をしていたらしい霧夜に思わずレイシアは笑ってしまった。
《笑うな!》
そんな声にまたレイシアは笑った。
が、そんな和やかな会話は続かない。
「レイシア姫!」
それは丁度人気のないがらんとした通路にたどり着いた時のことだった。
自身を呼ぶ声にレイシアが振り向けば、そこにはメナトが居た。
こんな非常事態にもかかわらず彼は家に閉じこもる事なく、レイシアを探していたらしい。それだけ彼は必死なのだろう。
《何だ、お前の知り合いか》
「元ラインガルの民よ」
《お前さ、俺が折角心の中で会話してやってんのに、口で答えるなよ》
「いいじゃない」
レイシアはそう答えながらもメナトを見据えている。青色の瞳はメナトからは一切そらされない。それは彼女の意志の強さを表している。
少しでもラインガルの国に対する負い目があるならば。
少しでもラインガルの民を救いたいけれども他の野望を叶えたいという思いならば。
少なくともメナトの真っすぐな目をそらしたくなるものであろう。でもレイシアは揺らがない。
例え自分の助けを求める人が居ようとも、元ラインガルの民が救いを求めていようとも。
だから、何なのだ。
と割り切ってしまえるゆるぎなさを持ち合わせているのが彼女である。
「で、何の用よ、メナト」
レイシアの態度は他人事と言った態度だった。
レイシア達が居るのは、広場の見える位置の通路である。今は人気が全くないが、普段は人のにぎわう通りだ。
そんな場所でレイシアはメナトと向き合っていた。
「何の用って…っ」
その表情は泣きだしそうだった。縋るようにその目はレイシアを見ていた。酷く庇護欲を誘う姿であったが、それを見てもレイシアは顔色一つ変えない。
《おいおい、あいつ泣いてるぞ。男の癖に情けない奴だな》
霧夜がレイシアの心中でそんな呟きを発しているが、それをレイシアは無視していた。
「…レイシア姫。どうして。何で。ラインガルの事知ってるのに」
「だからさっきも言ったでしょう? 私は私の目的を叶えるためにラインガルの再建は必要ないと思ってるんだって」
レイシアはそういって兜越しに笑った。
それは縋る側からすれば割り切った冷たい選択。だけれども、ある意味優柔不断に迷うよりもそちらの方がよい場合もある。
レイシアには欠片もラインガルを救おうという意志はなかった。そういう意志がないからこそ、彼女ははっきりと断っている。
「……何で、ラインガルよりも大事な願いって何ですか」
泣いていた。
メナトは大粒の涙を瞳から流していた。
どうして、とその姿は投げかけている。
何で、とその瞳は訴えかけている。
「メナト、泣いても無駄よ。私はもう決めたの」
でもそんな姿を見てもレイシアは拒絶した。元ラインガルの民の涙を見てもその心は動かない。
「私はね、別にラインガルが嫌いなわけじゃない。寧ろラインガルは私にとって大切な国だった」
レイシアは懐かしむように目を閉じた。
そうして思い出されるのは、幸せだった日々の記憶である。
幼い頃、ラインガルを継ぐことを、ラインガルで生きる事を疑いもしなかった日々の事を。
王族だというのに家族仲は良く、優しい両親に囲まれて幸せだった日々の事を。
幼馴染や使用人や騎士達と一緒に楽しく暮らしていた日々の事を。
何れ国を導くんだって一生懸命勉強していた日々の事を。
「私にとってラインガルで過ごした日々は全部宝物」
レイシアは瞳を開けて、そう断言した。
「だったら…っ」
「でもそれは私にとって過去の事よ。もう終わった事」
レイシアは言う。もう終わった事なのだと。
「もう取り戻そうとは思えない。それよりも私は自分のやりたいように生きたいもの。過去に縛られるより新しい目標に向かっていくってそう決めたの」
無邪気にレイシアはもう決めたと笑う。
「これでもラインガルが滅んでから、しばらくは考えたのよ? でも数年考えて結局私は自分の抱いた野望を叶えたいって思ったの。だから、やるなら貴方達だけでやりなさい」
レイシアははっきりとそう告げた。
過去に縛られて国を取り戻そうと躍起になるよりも、自分の決めた目標に向かっていくってそうレイシアはもう決めた。
その決意は民の涙程度では揺らがない。いや、きっと何があったとしても揺らぐものでは決してない。
「で、でも…」
「でもじゃないわよ。歴史の中でも亡国の王族が国を取り戻す話ってあるけれど、だからって亡国の王族がその国を絶対に取り戻そうとしなければならないわけじゃないでしょう? 本人が奪還しようとしているならともかく、私はそんな事考えていないもの。奪還したいって願ってるのは、メナト達でしょ? なら貴方達だけで取り戻せばいいじゃない」
軽く言ってのけるレイシアであったが、誰でもそんな簡単に国を奪還出来れば誰も苦労しないものである。
自分たちだけでやれとレイシアは言う。自分には関係ないとでもいう風に。
彼女は無慈悲だ。自分の意志を、自分の野望を叶えるために、必要ないものは容赦なく切り捨てる女だ。
亡国の王族だからと絶対に国を取り戻そうと動かなければならないわけではないのだ。周りが何と言おうとも決めるのは、その人自身である。その人自身が決めた人生を歩むのは本来当たり前で、周りがどうこう言うものでは決してない。
でも立場や地位によって、自分の人生を自身の手で掴み取る事が叶わないものというものは、割とよく居るものである。
そう、レイシアが幾ら決めたとはいっても彼女がラインガルの元お姫様である限り、その選択を納得しないものはもちろん居る。
「……そんなのっ、僕は認めない」
メナトがそう叫ぶと同時に、周りを武装した集団が取り囲んだ。